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第3回福岡ポエイチ報告
「書いている文章とは違う人ですね」と二度言われ。

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 6月7日(土)と8日(日)に、福岡県福岡市博多区の冷泉荘で第3回福岡ポエイチが開催され、西瓜鯨油社は両日ともに参加した。福岡ポエイチは第1回から計3回5日間開催され弊社はその全日程に参加している。それほどまでに牟礼鯨は福岡ポエイチが好きなのだ。殺伐かつ軽薄な人間どもの集いである文学フリマにはない、福岡ポエイチの家族的で和やかな雰囲気が好きなのだ。今回は小説や物語だけでなく、文学フリマなどに参加する作家7人の俳句・掌編・墓碑銘を収録した句誌を頒布した。でも俳句はジャンルとして所謂「詩」ではなかったみたい。それでも11月には次号を刊行する予定だ。俳句から「逃避癖の言葉」としての徘句へ、首都圏からはるか成層圏へ。
詩人「俳句はよくわからなくて」

 福岡ポエイチでは他にも20余のブースがあり毎日100人をこえる来場者があった。ブースには将棋文芸誌や自由律俳句誌、小説、統合失調症の本、高橋しか登場しない歌集、精神科病院の歌集、現代アジア社会を描いた小説、詩集と詩集と歌集と歌集が頒布されていた。そして数人の美女と美少女がいた。無名な詩人が吐いた言葉でも有名な詩人のこさえた言葉でもかまわない、ただ言葉を欲している人がいてそれに見合った詩句が置いてあり、買える。そんな幸福な市場が福岡市の博多川端にある。
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 福岡ポエイチは実行委員会とサークルと来場者とゲストの距離が近い。文学フリマ程度で「内輪」とか「文壇」とか発言する気負いが気恥ずかしくなるくらいに。でも福岡ポエイチには大塚英志がいない。だから詩壇と歌壇とオフ会が入り乱れた福岡ポエイチはこのままであるべきだし、このままで楽しめる。第4回からゲストパフォーマンスだけではないサークル参加者オープンマイクが始まることを期待している。
 1日目は打ち上げに参加せず、仮眠後に薬院大通のRead cafeへ赴いて福岡の地方出版事情に触れた。2日目には詩人たちとの打ち上げに参加した。長卓の端っこ喫煙者集団のなかにいて、夏野さんや三角さんやとある患者さんや森井さんや1984年生まれの高森先生や1983年生まれの売り子さんと駄弁っていた。その打ち上げ後には森井御大と明治通り沿いのブルックリンパーラーに入って文学フリマや小柳日向などについて話したあと、中津へ帰る御大を中洲川端駅で見送った。
ヒモとなったり親の脛をかじったりしながら文学活動を続けていく。それが現代文芸の一つのゴールなのかもしれないな。

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 福岡ポエイチ後の6月9日には福岡アジア美術館を訪れ常設展ギャラリーで2日目のゲスト三角みづ紀さんに遇い、中洲ぜんざいを食べたあと福岡空港へ向かった。去年と同じく保安検査場でひっかかりカッターナイフだけ入れた段ボールを預けた。そして遅延した飛行機で東京に帰る。
 この福岡行で有益な情報を仕入れることができたので2015年初頭までの西瓜鯨油社の方向性が決まった。そのことだけでも有意義な遠征であった。
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by suikageiju | 2014-06-09 23:01 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
BARラジカルにて
 8日20時30分、地下鉄西新駅の改札を出て右手、3番出口近くの無機質なベンチに野良評論家久保田輝が座っていた。文学的ストーカー行為を繰り返し、東京や大阪の文学フリマで文学的ナンパを繰り広げてきたこの男は三重県を飛びだして、とうとう福岡市までやって来てしまった。久保田の隣に鯨が腰掛けると改札から高村暦女史が歩いてきた。もしかしたら鯨と同じ電車だったのかもしれない。
 5番出口から出て西新の町を歩く。博多、中洲、天神に続く繁華街として知られる西新だけれど数十歩離れただけでもう地方都市特有のコンクリート的な寂れの湿っぽい臭いが漂う。うす暗い大通りを3人は南東に向かって歩く、まるで藻の生えた海を掻き分けて進むように、文学的な期待で窒息しそうになりながら。城西二丁目交差点の角、右手にある建物の壁にフリードリヒ・ニーチェの横顔がデカデカと貼られている。そこがBARラジカル、福岡における文学的叛徒どもの拠点だ。[BAR ラジカル foursquare]
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 先客がライダースーツを投げ出してカウンターに座り珈琲が淹れられるのを待っている。マスターに対して右端奥から久保田輝、牟礼鯨、高村暦と座った。まず5人は西新そして福岡という土地の確認をする。西南学院や修猷館などがある西新、そして文官で唯一戦犯として処刑された広田弘毅を軸に親不孝通りの予備校文化などで形容される福岡にこびりついた文化の残滓を手探りしていった。
 続いて如何にも文学青年という感じの眼鏡男子が入店して鯨たちとは離れたカウンターの席に座る。彼は西南学院大学読書会『十二会』の人と名乗る。
「どんな本を読むのか」
 と問えば
「世界の文学」
 と答え
「たとえば」
 なら回答は
「20世紀後半の作家」
 である。そこで久保田が「カフカとか」と頓珍漢をするが、彼は表情を変えることなく
「マルケスとか」
 と言った。ガルシア・マルケスなら鯨も昔少しかじったことがある。何でも直近では『コレラの時代の愛』を読んだと彼は告白する。
「是非とも『予告された殺人の記録』を読んでもらいたい」
 と鯨は勧めておいた。それに頷くようにして頭を垂らし、再び彼は目の前の印字された紙の束に目を落とす。
 やがてポエイチの交流会に参加していた森井御大が入店した。そこで御大に暦、輝、鯨の4人は将棋盤のあるテーブルにグラスを移し語り合った。
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 森井御大にとって高村暦と久保田輝は初対面であり、久保田輝にとって森井聖大は初対面であり、高村暦にとって森井聖大は初対面であった。まずはそれぞれの存在理由の確認から入った。そして久保田が「何故?」の今後を森井御大に問うと、御大は商業誌に活動の拠点を移すと宣言した。理由はもう同人誌が嫌になったからだと云う。賢明な選択だと思った。「鯨も同人誌であることに行き詰まりを感じていると思う」と森井御大は言いのける。それは確かに鯨もそうだと思っていたのですぐに肯んじた。その上で御大は
「鯨も小説だけで食っていきたいんだろ」
 と半ば押しつけるように言ってくる。そこで鯨は
「そんなことはない」
 と答え
「カフカが作家としての鯨の理想像である。どんな作家であっても浮き世の義理として働かなければならない。それは書くこととは別だ」
 と補足した。もちろん死ぬまでということではない。もうこれでたくさんだと思うまで浮き世で働いて、不必要なことで騒ぎ立てたとしても書く自由を与えてくれた社会に報いる、それが生活者による生活者のための文学の根拠であり糧だ。その答えに森井御大は不服だったようで
「でもカフカは生前無名だったではないか」
 と言う。もちろん本当に無名であったとしてもだからどうしたという質問だったが、それは文学史とは別の作家神話に過ぎない。カフカは世界的ではなかったにせよ無名ではなく、むしろ有名だった方だ。そこで
「そんなことはない」
 と否定するもここで森井御大と鯨とで押し問答になる。BARラジカル中に2人の怒号が反響し、緊張感で満ちたけれど、2人とも文学フリマ界隈きっての大人なので、埒があかぬと知れるや話題を一旦やめた。いつの間にかメインストリームの桜子さんと尖った感じの青年が入店していた。
 森井御大が商業誌を目指すのは、長年同人誌をやってきて嫌になったからと云う。それは同人誌が商業誌の下部組織でしかないことに我慢がならないからだ。そこで一度森井御大自身が新人賞などを取って名を上げてから文学フリマに戻ってくる。そして大塚英志が掲げていたように、既存の出版業界に並ぶ対等な市場として文学フリマを有力作家森井御大が活性化していく。つまり文学フリマ全体が文壇的なものと対立するものとして一致団結し、もう一つの文学の市場を樹立するために運動をしなければならないというものだった。不遇な時代が長くて御大も日和ったなと思った。
 とは言え森井御大が商業誌を目指すのは応援したい鯨であったが、またもや御大は「鯨も商業誌を目指せ」と言ってくる。まるで技量がなく努力もしないくせに名声だけは得たい我が儘な屑どものように。そこで
「もし商業をやるならまったく書くものを変えなければならないから嫌だ」
 と答えた。
 森井御大はそれに対し「商業もそれ以外も違わない」と言ってくる。
「そうは思いたいが、商売として見た場合、文学フリマに出てくるような本は商品として成り立たない」
 と鯨は反論する。ここでまたもや鯨と森井御大による「違わない」「違う」の押し問答が続く。さすがの鯨も頭に血がのぼってきて「森井さん、あなたはまさか自分の進もうとする道を歩むのが怖くて、同意を欲しがっているのですか」とか「商業もそれ以外も違わないというならあなたが商業誌でデビューしたいというのは文学のモンドセレクションを受けたいということだけですか」「あなたの作品は商品化すると単純につまらなくなるだけだ」と言おうと思って喉まで出かかったけれど止めにしておいたくらいである。
 ここで久保田が森井に同調して文学フリマが一致団結しなければと傾いたので、鯨は対案として、文学フリマに出ている作家は書く意志はあるが読解力も批評力も思考力もない、そんな作家達を文学フリマという枠組みでくくって一致団結させても意味がないと意見。商業誌に対立するための文学フリマにするのであればそれは商業誌、或いは久保田の言う「文壇」という実体のないモノ、によって文学フリマが未来永劫規定されることになる。それは対等なもう一つの市場と言えない、下部組織のまま。文学フリマがもう一つの市場となるためには個々のサークルが「文学フリマの~」という冠を廃して主体として「~が参加している文学フリマ」にならないとダメだ。そのためには個々の作家が森井さんみたいに商業誌で活動する道もあるし、或いは研究職で活動する道もあるし、痴漢で逮捕されても、即戦力として就活しても、政治活動に身を投じても良い、ただそういった色んな局面で活動をしている作家が文章という共通項だけで括られる場としての文学フリマに期待すべきであって、文学フリマの中身である従来の作家どもに期待してはならないということを述べた。だからこそ鯨は多様な人間の生き様のひとつとして森井さんが商業誌で書くことを応援したい、最後にそう付け加えた。
 そこでようやく森井御大と牟礼鯨の間で意見の一致というかなんとなくお互い納得しあえる公約数を見つけて話は一段落した。
 それからは久保田が次々発表している文芸同人誌に対する論文がアカデミックでもなく、一般読者向けでもないどっちつかずになっていることを指摘し、それに久保田が恩寵の時間やらインターネット以前やらとごちゃごちゃ言って、高村暦がメモをとりつつ散らかされた話を収束していき、暇になった牟礼鯨が森井御大と久保田の似顔絵を余白に描いて夜は更けていく。疲労感と浮遊感と、森井御大がBARラジカルのまんなかでタバコをくわえたまま浮遊し出した。そしてどんなもんだいと天井を紫煙で燻す。なるほどねと鯨もふうんわりと浮かび、頭を下にしてこぼさないように淹れたての珈琲を啜る。カウンターの向こう側でマスターが口をあんぐりとして宙に浮いている2人を見る。それを眺めていた高村暦も祈るようにして数センチだけ椅子から浮いた。久保田もかぶりを振って3人を見て「浮かなくちゃ」と思ったのだろう。椅子の上で踏ん張るがひねり出たものは屁だけだった。
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 そして23時半を過ぎると何事もなかったように4人は椅子の上に座っていた。ネットカフェに泊まる森井御大以外の3人は瞼をパチクリさせそれぞれの寝床へと戻っていく。美大3年生の喫茶店における美術論談義の域を超えないようなラジカル談義だったけれど、それぞれがなんとなく満足してその日を終えることができたのは幸いだったろう。でも本当に幸いだったのは順当に考えてBARラジカルのマスターであった。


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by suikageiju | 2013-06-12 20:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチ報告
 福岡市中央区天神にある通称「福岡赤煉瓦文化館」は旧日本生命九州支店社屋であり現在は福岡文学館として使われ、一階の常設展で花田清輝や中野秀人など福岡の文学史を来訪者に紹介している。その玄関には「文学する椅子」と題された木彫りが置かれ、背もたれ部には二羽の梟が彫られている。9日朝、鯨はその梟の彫刻に指で触れた。福岡ポエイチのマスコットも二羽の梟であることから
「ポエイチのマスコットは福岡文学館にある文学する椅子の梟に由来するのですか」
 と9日夕の交流会で福岡ポエイチ実行委員会の夏野雨さんに尋ねると
「え、そうなんですか?」
 という返答だった。
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 6月8日と9日に冷泉荘で開催された第2回福岡ポエイチに西瓜鯨油社は2日連続で参加した。8日9時に飛行機で福岡入りし、9日20時に離福するまで35時間福岡に滞在し、そのうち12時間と2時間を福岡ポエイチに捧げた。

6月8日
 中洲ぜんざいで氷を食べてから11時半過ぎに会場入りする。やがて正午12時に第2回の福岡ポエイチは開場した。前回と同じ冷泉荘での開催で、一部屋分だけ会場が広くなってサークル数も増えた。畳敷きの閲覧室に置かれた見本誌の冊数も増えて、今回は作者に向けて一言コメントを届けられる仕組みも新たに付け加えられた。工夫とその結果が目に見えて分かるイベントだ。
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 受付を屋外に置いたのは正解だったと思う。抜け道でぶらりと歩いてきた人が立ち寄れるからだ。また受付の隣にはぱん屋のぺったんさんが出店していた。食べ物で釣ろうとする姿勢も好ましい。前回と同じ和室に設けられた閲覧室は畳が敷かれて脚を伸ばせられる他、ソファーにも腰掛けられるので、鯨はポエイチ開催時間の大半をそこで過ごした。設計上の意図なのか単に離れているからなのかは分からぬが、閲覧室にいれば会場の喧騒も隣の教室から流れる英文復唱のように聴こえる。そこは福岡ポエイチで一番好きな場所、冷泉公園の次に。
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 14時からトルタが突如として30分間のパフォーマンス状態に入っていた。前回のイベント内パフォーマンス時のようなほぼ満員状態ではなかったけれど、本を勢いよく閉じたり他人の朗読に朗読を被せたりと起伏があり見世物として楽しめた。1日目だけでは前回よりお客さんの数は少なかったように思えたが二日に分散したと考えれば寧ろ増えたのかも知れない。
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 17時の閉会ののちにホテルにチェックインして仮眠をとった。1日目の交流会には参加しなかった。19時にホテルを出て楽天地通りにある居酒屋でモツ鍋をつつきながら48グループ総選挙を8位発表まで観る。それから西新駅に移動し、地下のベンチで久保田輝、高村暦と合流して歩いてBARラジカルへ向かった。カウンターに座り、ライダーのあんちゃんや西南学院大学読書会『十二会』の学生さんと広田弘毅やガルシア・マルケスの話題で盛り上がる。その後、ポエイチの交流会に参加したため遅れてやって来た森井御大と終電近くまで将棋席で飲んで語らった。森井御大の商業誌進出と久保田氏の見えにくい活動について、そして文学フリマの中身ではなく場に期待することについて。
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6月9日
 小雨の降る朝、中洲の川沿いの道を歩いているとスーパーメイト製のショッピングカートが衣類ハンガーのように打ち捨てられているのを見つけて拾った。本の入った段ボールを載せて、カートを押して中洲の街中を歩くとなかなか快適である。11時に会場入りする。帰りに他のサークルも荷物搬出で使うだろうと思い冷泉荘の前のカート置き場にカートを停めておいた。
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 2日目は降雨だったので受付は屋内に設けられた。前日とのこのような変調が鯨の肉体に心地よい波動を与える。ブースは売り子の高村暦女史にほとんど任せて、鯨は近くの博多長浜ラーメン風びで替え玉したり、四階の踊り場にある喫煙所から濡れそぼつ冷泉地区を眺めたりした。
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 2日目から無計画書房さんや大阪文庫さんや何故?さんなど文芸サークルが新しく出展している。中嶋葵さんのインタラクティブブックが面白くて2日続けて挑戦してしまった。そうは言っても福岡ポエイチは詩のイベントである。文芸サークルがコミティアで「マンガじゃないんですね」と訊かれるように、福岡ポエイチで文芸サークルは「詩じゃないんですね」と訊かれる。
ぼくは、言葉で敷き詰められている頁よりも余白の広がっている頁のほうが思いを感じるんです。そして伝わるんです。(とある休憩者)

 14時からはヤリタミサコさんのパフォーマンスがあった。詩人が朗読する際に詩句を、気違いじみたというか常軌を逸したように発音することがあって、もしくは非日常的なイントネーションで演奏することがあって、だからこそ詩巫、詩は霊的なものと繋がる手段なのかと夢想した、言葉で、手つきで。
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 また、福岡ポエトリー界隈の男性と反人間主義について話した。反人間主義の呑気なまでに人間的なところ、博愛精神に満ちた人間主義の反人間的なところについて。
 17時に閉会してから片付けたり搬出したりして45分頃に冷泉荘前に集合して移動、18時から川端商店街のまさかどで交流会が催された。隣のテーブルでは、6~7月に博多の随所ですれちがう法被姿の男たちが集まって飲んでいた。こんな光景は博多祇園山笠の本番まで見ることができるという。20時に東京へ向けて離陸する飛行機に乗らねばならない鯨はモツ鍋と串とキャベツを掻き込んで18時45分には離席した。福岡空港への移動中、冷泉荘の前にショッピングカートを置き忘れたこと、そして森井聖大ではない方の小柳日向女史に会えなかったことを悔いた。
 来年開催の福岡ポエイチにもまた参加したい。2日ではなく1日だけで。そして2014年は彼岸花が咲くころにでも大阪へ行きたい。
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by suikageiju | 2013-06-10 19:10 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
福岡ポエイチ報告
都市は詩を必要としています。でも詩はどこにもありません。書店にも図書館にも夕焼け空を飛ぶ鴎にもありません。だから私はここに来ました。「こことは?」福岡ポエイチです。(某参加者)
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 第一回福岡ポエイチが6月10日17時4分くらいに終わった。地方都市の文学系同人誌即売会、小スペースでの第一回開催にしては賑わっていたと思う。各ブースで立読者が1人いる状態を満員(すなわち24人満員説)とするならば入場率80%超になったのがトークイベント時を含め2回くらいあった。あと狭い会場で24ブースしかないのに数時間滞在されている方も何人かいらっしゃった。見本誌閲覧スペースとなっていた和室でゆったり読書でもされていたのだろう、あるいは隣の棟のベーグル屋で腹ごしらえか。行政をまきこんで集客、和室を見本誌閲覧スペースとした会場設計。そして無事にこのイベントを完結させた実行委員会と冷泉荘事務局の皆様、出展者と参加者の皆様には形だけの感謝を捧げる。鯨の心からの気持ちを知りたい人は個別に、どうぞ。手段はいくらでもある。この言葉はすべての同人誌即売会で言えることだ。手段はいくらでもある。だがその手段のうちのどれか一つを使うか使わないかはその参加者の意志に委ねられているのだと。
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どの手段も使わず一歩も踏み出さない人間は何も失わない。そのかわりに何も得ない。

 鯨は会終了後の交流会には参加せず、20時正刻福岡発のJAL0332便で帰京、そのまま帰宅した。文学フリマの交流会も参加しないのだから、たとえ家が福岡県内でも鯨は参加しなかっただろう。誰も嫌っているわけではない、ただ優しさと気遣いとの応酬に身体を保つことができないだけだ。何故?の森井さんも交流会にはやはり参加しなかった。また森井さんは詩人さんのトークイベント時でも「全く興味ないから、一服継続中」とtweetされていた。「文学フリマの文学性の無さ」から変わっていない森井さんの生き様に感銘を受ける。是非文学フリマ嫌われ者クラスタに名を連ねてもらいたいくらいだ。でも、会終了後に弊社ブースに「それでは」と挨拶に来られた森井さんの背後には、首まわりの涼しげな絶世の美少女・小柳日向さんがちょこっちょこ随いていた。何故?
 東京の11時にも似た福岡12時に第一回福岡ポエイチは開幕した。福岡ポエム市を略して「福岡ポエイチ」と称していることもあってやはり地元の詩や短歌のサークルさんが賑わっていたと思う。参加者の方々の目も「詩を! 詩を! 詩を!」求めていた。人だかりができていたのは福岡ポエトリーさんやかばんさん、くるぱさん、平地智さん、メインストリームさん、潮流さんなどだ。それと小説系では北九州書房さん、オリ神さん、浦橋天地堂さん、高森純一郎さんなど九州牧たちが賑わいを見せていた。東京から飛行機で来た鯨とお隣のTrue MemoryのTAKAさんの「東京区画」はトイレへの通路に置かれたため会場内周回動線から僅かに外れた衛星軌道上で暇そうに互いにちょっかいを出し合ってふざけていた。ちなみに今回、詩人たちがひねり出した糞尿を受け止め続けていた便器はこちらとなっている。
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わかる。君が自分の作品と才能とそして自分の可能性にしか興味がないのはわかる。そして僕は誰が偽物で、誰が本物かは分かる。だから君は充分に打ちのめされたほうがいい。そのときには君を慰めてくれる女性が必要だろう。もしかしたら1ダースでは足りないかもしれない。でも、それを経て君は本物になる。

 和室の見本誌閲覧スペースで本を読んでいただき「グッと来た」と買ってくれたお姉さんや佐藤こおりさん、前夜に森井さんや山本桜子さんと飲んだBAR ラジカルのマスター、そして〈福岡ポエイチに咲いた可憐な一輪の花〉小柳日向さんなど7名もの方に弊社発行物を買っていただいた。感謝はしない、ただ眠れない夜を彼らに手渡しただけだ。ひとつ心残りがあって、それは黒と白の細かい市松模様のためにほとんど灰色に見えるワンピースを着た眼鏡の女性である。彼女は弊社の本を立ち読みして購入こそしなかったが、黒髪に数本の白髪やうつろな黒目がちの目など澤田彩香のモデルにぴったりだったので無理矢理にでも彼女の鞄に本をねじこんでおけば良かった、と後悔している。「この本はきっとあなたを救います」、もちろん本は誰も救いはしないし、鯨は誰も救えないだろう。ただあの女性の存在を肯定できたのはこの世界で鯨だけだったのかもしれない。根拠はない。

誰かの本を買うという行為はその誰かの才能を認めるものではなく、君自身の知性を認めるものだ。
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 幼児多数来場、14時からの詩人によるトークイベントについて言及すれば松本秀文さんの朗読は体温を自然と上昇させる力を秘めていた。それは朗読というよりもほとんど叫びだった。ちなみに何故?の小柳日向さんはトークイベント中、鼻がムズムズしていてかみたいのをこらえていたらしい。最高の売り子さんじゃないか。
物語作家は世界図書館の秩序に従い、物語と称されたテキストを出力する。単純労働者である物語作家の個性は無意味であり、作品に付記される著者名は責任の所在を明らかにするのみ。もしある種のテキストが罪とされる社会を生きたのならそれを出力した物語作家は処罰されるべきだ。その処罰は物語作家の個性によるものではなく、世界図書館の意志によるものと社では解釈される。西瓜鯨油社宣言

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 リノベーションミュージアム冷泉荘は思った通り文学系同人誌即売会として文句ない趣のある佇まいで川端商店街の横、人通りの少ない路地に聳えていた。初めて訪れる方は冷泉公園側から駐車場を対角線に抜けて入るのがわかりやすいだろう。冷泉荘内部で何より興味をひいたのは卓球室隅に置いてあった、どこから拾ってきたのか大量の活字をおさめた活字棚である。もちろん欠けている文字もあったけれど、いにしえの文選工の仕事ぶりに思いを馳せるには十分な迫力だった。是非訪れた方は見て欲しい。
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 冷泉荘の立地条件は東京流通センターやビッグサイトやPiOよりもアクセス面で良いとは思う。ハコの小ささも会場規模にぴったりだった。第二回、第三回と回数を重ねて客層の幅を韻文から散文へと徐々に広げられたら、九州の文学系同人誌即売会として成功したイベントになると思う。そのこときのハコが冷泉荘かどうかは分からないが。その「成功」のためには望月代表の文学フリマ参加サークルに対するスタンスを福岡ポエイチに持ち込むことが必須となるだろう。トイレへの通路配置でもいいので鯨は第二回にも参加したい。そして前夜には西新のBAR ラジカルに飲みに行きたい。

戦利品一覧
 最後に福岡ポエイチでの戦利品一覧を並べる。
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・『最後のトルタ』、トルタ
 夏野雨さんからもらった。隣のTAKAさんが読んで驚嘆の声をあげていた。鯨も驚嘆の声をあげた。

・『バイカル湖』、只松靖浩
 詩集、週末文房具屋さん。鯨もタイプライターで値札をつくりたい。

・『雪白書』、TAKA、True Memory
 東京在住だけれど福岡のイベントによく参加されている放浪同人作家。恋愛小説を専門とされている。

・『創星』vol.3, vol.5、星屑書房
 全号無料の迫力。一路真実さんは東京在住とのこと。

・『何故? 別冊ー九州創作集ー』、何故?
 小柳日向買い。

・『雪のハンカチー15幕の悲劇ー』トリスタン・ツァラ、山本桜子
 金曜日からダダイズムに興味を持ってしまっていた。
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by suikageiju | 2012-06-11 00:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
リノベーションミュージアム冷泉荘
 九州初の文藝系同人誌即売会といわれる福岡ポエイチは「リノベーションミュージアム冷泉荘」のB棟1F2コ1多目的スペースを会場に6月10日に開催されるという。では、会場となる冷泉荘とはどんな建築物なのだろう?
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 まず「リノベーション」について「(指原)莉乃(のマスタ)ベーション」などと九州ならではの不埒な妄想をしてしまった鯨であるが、renovationは英語で「修復; 刷新」という意味の語句、「リノベーションミュージアム」で〈修復〉博物館といった案配だろう。冷泉荘は「冷泉荘とは」によれば「博多区上川端町で築53年を迎える昭和のレトロビル」で福岡のビルストック文化の一環として保存・活用されているとのこと。すぐ近くにある冷泉公園は博多どんたくの集合場所であり、博多祇園山笠では山笠が立ち並ぶ都市の祝祭空間を担っているという一面もある。また冷泉荘から博多川を渡ればすぐに鎮西随一の歓楽街中洲が賑わうという立地の良さ、まさに福岡娯楽の中心地にある施設だ。福岡市内には冷泉荘の他にも「リノベーションミュージアム山王マンション」や「新高砂マンション」や「KYOYA薬院ビル」といったレトロビルを再生させて活用する試みがある。これらのプロジェクトの根源を辿ってみるといずれも吉原住宅有限会社という企業に繋がっていて、この歴史ある不動産管理会社あってこその福岡ビルストック文化であるようにうかがえる。スペースRデザインNPO法人福岡ビルストック研究会といった吉原住宅の意志を受け継ぐ団体を通して福岡の古い建築物とまちを守る活動は存続しているようで、こういう運動が企業体を巻き込みながら展開している福岡市って、きっと文化的な奥深さを持った大都市なんだろうなという印象を抱いた。明治維新では目立たなかったけれど、なんだかんだ言っても筑前一国五十万石を支配した福岡藩の城下町といった風情だろう。
 冷泉荘にはレンタサイクルの福チャリアトリエ穂音などが入居しており多目的スペースもあって毎週様々なイベントが催されている。その一つであろう福岡ポエイチに出展するということは西瓜鯨油社も福岡のビルストック活動に知らず知らずのうちに参加するということなのかもしれない。
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by suikageiju | 2012-05-28 21:03 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
七度目の鎮西旅行、福岡ポエイチ
 いわゆる九州をときどき鎮西と呼びたくなる。なぜなら「九州」には対馬国や壱岐国や奄美・琉球など海流の島々は含まれないし、どうも孔丘由来の儒教臭さが消えないからだ。だからいわゆる九州地方を示すとき、鯨は鎮西と呼ぶ。西海道よりも語呂がいい。
 福岡に転勤した祖父鯨をおとなう旅が最初の九州だった。父鯨といっしょに3歳の鯨は8月お盆休みの全日空ジャンボ・ジェット機に乗って羽田空港を飛び立ち福岡空港へ向かった。母鯨は東京に残っていた。貧乏籤をひいたようなものだった。機内からのぞいた雲の景色が鮮やかすぎて、まとわりつくような福岡の湿気のことは忘れてしまっていた。
 二度目に九州をおとずれたのは1998年8月、中学二年生の夏休みである。それは城研夏合宿なので鉄道を使って小倉城、福岡城、太宰府、大野城、水城、吉野ヶ里遺跡、佐賀城、唐津城、原城、熊本城と筑豊肥の諸城旧蹟をまわった。大野城で営林署の車に石礫をぶつけた嫌疑だけで三人の山男に説教をくらったのと吉野ヶ里遺跡の高床式倉庫から落ちて足を挫いた以外は、ぼんやりと鉄道に乗り写真を撮っていた。九州はひたすらに暑い、そういう印象だけがあった。帰りの寝台列車で、今は研修医をやっている男が持ってきた「こち亀」を読んでいた。
 三度目の九州訪問は2000年8月、高校一年生の夏休みである。それも城研夏合宿であって鉄道に揺られ小倉城、中津城、府内城、飫肥城、都城城、人吉城、熊本城と南九州を中心に攻めた。小倉では仲間が恐喝に会い、人吉では台風に襲われた。まだ自我が肉体と結びついていなかったのであやふやな記憶しかない。まだ道はどこまでも続いていると思っていたし、まだ精神はどこまでも飛翔すると信じていた。
 四度目の九州上陸は2008年8月12日、また8月だ。青春18切符で西を目指した。山口県の徳山で旧友と会い、福岡の紀伊國屋書店でクンデラの『存在の耐えられない軽さ』を買い、門司港駅前の噴水広場で遊ぶ少女たちの日焼けした素肌を楽しんで、関門トンネル人道を歩いて関門海峡を越えた。帰りの鉄道ではひたすら雲の造形学について考察していた。ただの仕事の憂さ晴らしだったのだ。
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 五度目の九州上陸は2008年9月である。職場放棄をして、携帯電話を穴太寺に捨て、秦野市から九州まで鉄道で逃げてきた。福岡から高速バスに乗って鹿児島へ行き、そこからフェリーで奄美大島へ渡ったときには10月になっていた。国道58号線を古仁屋まで歩き、バスで名瀬に帰った。またフェリーで沖縄へ航って沖縄そばを食べて首里城を回り、一日がかりのフェリーで鹿児島に戻る。鹿児島新港は雨上がりの匂いがした。そこから鹿児島中央駅まで歩いていった。次の行き先は北海道は知床斜里である。宮崎県を鉄道で北上していたときのこと、車掌に
「どこまで行きますか?」
 と尋ねられた。鯨はすかさず
「知床斜里まで」
 と答えた。すると車掌さんはとまどいつつも姿勢をただすと
「この列車は佐伯で止まりますので」
 と大分県の駅名を言って去っていった。
 六度目の九州行は2010年末2011年始の熊本である。東京から青春18切符で二日かけて熊本へ行った。でも特に何もすることはない。熊本市内でボーリングをして熊本城へ行って、ゲストハウスの投宿者から高千穂行きの往復バスチケットをもらって高千穂渓谷を見て来ただけの旅だ。ただ九州に体を持って行っただけのこと。
 そして七度目の九州行は6月10日福岡ポエイチ冷泉荘)参加のための旅である。一度目と同じように羽田空港から飛行機で行く。でも今回は全日空ではなく日本航空を使う。そして本を持って行く。『物語群』と『flugas filozof'』(賢者は飛ぶ)である。西瓜鯨油社はいままで関西には何回か行ったことがある。でも本州を出たことはなかった。そして今回は九州ではじめて活動する。福岡に、眠れない夜を。
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by suikageiju | 2012-05-27 09:31 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
福岡ポエイチからチラシが届いた!
 福岡で2012年6月10日(日)に開催されるという福岡ポエイチに西瓜鯨油社は申し込んだ。単に遠くへ行きたいなという出来心である。「旅に出たい」という目的だけじゃ野山を当て所なくさまようだけだ。それはもう飽きた。だが「本を持って、それを売りに行く」という目的ができたらどうだろう。大した目的じゃないが、なんだかワクワクしないか。もしかしたら「鎮西遠征」とか言っちゃうのかもしれない、もしかしたら「西瓜鯨油社、九州初上陸」とか言っちゃうのかもしれない。そう、福岡は九州である。ときどき東北や北陸にある福々しい県と間違える人もいるけど違う。手榴弾の街、福岡である。そういえばオリ神の堕天王さんと関西コミティアで隣同士だった。彼は福岡の田舎出身だったなと思ったら既に参加申し込みされていた。あと九州のブリマーと言えば大分県の何故?さん、彼も参加されるとのこと。九州暴発である。
 ポエイチとかいう名前なので詩を主とするイベントなんだろうけれど、関係ない。「【内容】 文学系同人誌の展示即売会および交流会」だ、なら参加できる。鯨は短歌だって詠んだことがある、「道を行く女子高生を数えては2を掛けたれば乳首なりけり」これで充分だろう。なんか文句あっか。
 あとポエイチさんから封筒が届いたので参加案内早いなと思ったら、なんのことはないチラシ束が届いた。大量のチラシだ。「これを東京で配布するのか? 」それに効果があるかどうか分からない。でも配ってみよう。「鯨と福岡へ行かないか? 」そう、そんな調子で。チラシは下に貼っておく。良かったら参加申し込みしてみては。閲覧コーナー設置誌も募集しているってさ。
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by suikageiju | 2012-03-29 20:45 | 福岡 | Trackback | Comments(2)