カテゴリ:雑記( 7 )
お知らせ
「西瓜鯨油社」としての活動は今後もないのでブログ記事を非公開設定にした。

主な電子所在は夕立鯨油です。
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by suikageiju | 2016-06-30 10:50 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
町中の当代詩人
 町中をぶらぶら歩いているときに強烈に惹きつけられた言葉群を「当代詩」と呼び、それを編み出した詩人を「当代詩人」と呼んで紹介する。現代詩ではない理由はお察し下さい。

笑顔で譲り合ひ smaill and HAPPY
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(世田谷区宮坂) 梶山と名乗る当代詩人の作品。「顔」や「譲り合ひ」という旧字旧仮名と小文字大文字が混在した英文とがよく調和している。「smaill」は「smile」のことだろうか。学校英語が泣いている。なんとなく終戦直後の匂いもある。駐車場御利用申込受付の上にこんなハイセンス標語を掲げる地主・梶山氏は何者なのか? 現在鋭意調査中である。

汚文字漢字多数案内ですが色々困ってして一緒に働きましょう。
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(渋谷区神山町) 渋谷Bunkamuraから代々木公園の方へ伸びる道沿いにあるコンビニエンスストア・ローソンの求人広告。たぶん店長が漢字圏出身のバイト君こと当代詩人に書かせたのだろう謎文句が並ぶ。「汚文字漢字」の「汚」が「文字漢字」を修飾しているとしたら「文字」とは何を指すのか、興味深い。そして一番上の「求人深夜勤務希望集う」が前向きで好ましい。非母語話者による日本語使用の一例でもある。

調整中調整中調整中調整中調整中調整中
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(飯田橋駅) 超大手企業内当代詩人の登場である。一瞬どこかの中学校の応援幕かと思った。もちろん消費税増税に際して「間違い」となってしまった運賃表を隠すという実用のためのデザインであるが、一種の狂気さえも孕む。「作業中」や「工事中」ではなく「調整中」という文言を選んだセンスが当代詩にふさわしい。実直さゆえの狂気とでも言えばおさまりがつくか。

圏外活動
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(千代田区神田神保町) きっとどこかのよくわからない集団が貼っているステッカーのひとつ。町の隅っこ、物陰にある死角、多くの人が見ているはずなのに意識に留めないあたり、記憶と想像力の盲点、そこに暗号めいたものを嗅ぎ取って足をとめてしまい、読んだり撮ったりする。そしてこの町と違う町で同じステッカーを見つけたとすると、何かその尻尾をつかんだような、気になる。その誘い水が当代詩となって。

この男は三浦春馬の偽物で変質狂人ストーカー犯罪死刑囚の修正しまくったバケモノが本当の姿です。
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(文京区向丘) 町中を歩いていると掲示板やアパートの門や家の塀にびっしりと文字の書き込まれた貼紙を見ることがある。その貼紙にびっしりと書き込まれた文字はたいてい何事かを訴えかけようとしている。何も訴えようとしていない人はそんな貼紙は出さない。まず何か訴えるものがある、それだけでもうその人は当代詩人と言える。そこに書かれている内容がいかに狂気に充ちていて、根拠も論理もなくて、どうしようもない便所のチリ紙程度の内容であったとしても訴えかけようとする意志だけでその文章は当代詩だ。当代詩人は歓迎しないけれど当代詩だけは歓迎だ。

そんな執念に充ちた当代詩をもうひとつ。

私は六年前に狭心症と大動脈瘤の手
術を同時に受けた八十六歳の一人暮らしの老
人です。厚生年金を頼よりに細々と生活
して居るのです。それが一寸したスキを狙れ
て葬式代の足しにと一生懸命に貯めた
大切な金を盗まれた。クヤシクてクヤシクて夜
も仲々眠れない。犯人はだいたい分かっている
が手元も見ないので捕らえる事が出来ず
に居る。だから犯人が早く姿を消す
ことだけを神佛に祈りつづけている

人間て!!正直なもんだ
犯人の奴も事件の前と今
では毎日の生活態度が
一変して居る。被害者の俺より
後悟の気持で苦しんでいる
ようだ 大馬鹿野郎!!

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(世田谷区千歳台) 「人間て!!正直なもんだ」という八十六歳老人の快哉が天まで届けと木霊する。呪詛で貫かれた内容、そして最後の「大馬鹿野郎!!」が気持ち良い。この古アパートの木戸に貼られた2枚1組の貼紙は当代詩の傑作と言える。一年のうち何度も画像を取り出して読んでしまう。この老人の心持ちだけは忘れてはならない。その心持ちが当代詩を生む。
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by suikageiju | 2014-05-26 22:25 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
パリ書店めぐり
 フランスのパリに行ったことのない人はたいてい「パリなんてどうせ大したことはない」と思っているけれど、行ったことのある人は好きになったにせよ嫌いになったにせよ、従来の過小評価を覆される。ノーベル文学賞作家のアーネスト・ヘミングウェイは友人に
もし君が幸運にもパリで若者として暮らせたなら、その経験はずっと君の人生につきまとうだろう。なぜならパリは移動祝祭日だから。

と言った。パリについて考えるとき、この言葉、そして移動祝祭日という言葉は常につきまとう。ただの都市であるパリはただの人間を芸術家に変える。通りの吸殻だらけの片隅に、市場から見上げたアパルトメンの欄干に、美術館の階段下の暗がりに、チーズのむせかえるような匂いただよう地下鉄に、旅人はきっと祝祭的な機微が隠されているように思わされその機微を見いだそうとする。そうさせるのはパリが移動祝祭日だから。
 パリ滞在中、ポンピドゥ・センターヨーロッパ写真美術館とrue du Cinémaにあるフランソワ・トリュフォー映画図書館へ行った他はセーヌ川左岸、ラテン地区(quartier latin)にある書店(librairie)を巡った。街歩きの最中に見つけた書店もあれば、人に教わった書店もある。
 ヘミングウェイがパリ時代に通ったShakespeare and Company(37 Rue de la Bucherie)はパリの名物書店で、英語書籍を専門としている。戦間期にはジェイムス・ジョイスの『ユリシーズ』を出版した書店としても知られる。
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中は英語の本が所狭しと並べられている。
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2階は読書スペースやメッセージペーパー掲示板があり、単に書店としてよりも作家や読書家の交流スペースとして活用されている。
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 シテ島の南、サン・ミッシェル橋からラテン街へ渡っての左右に、黄色地に黒い男の顔の看板が目立つ書店Gibert Jeuneがある。この手の少し大きいパリの書店によくあることなのだが、専門によって店舗が分かれている。写真は文学書、美術書、写真集、バンドデシネ、パリ案内書や文房具のある、シテ島から見て左手の店舗だ。日本では考えられないフランスの書店の特徴として、古書と新刊書が一緒の棚に並んでいる。同じタイトルが古書と新刊書ともに並べて置いてあることもある。
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 Boulinier(20 Boulevard Saint-Michel)は店頭で古書が0.2ユーロで投げ売りされている。何でもいいからフランス語の本を買いたい人はここに立ち寄ると安く何かを買える。バンドデシネも充実。
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 Librairie Compagnie(58 Rue des Ecoles)は人文学系の専門書店である。店の奥には文学書や美術書がある他、地下には政治経済、社会科学、哲学系の本が置いてある。
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 Rue des Ecolesには書店が多く、専門書店が数軒ある。なかにはアフリカ専門の書店もある。
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 美術書専門古書店の店頭はフランス語を読めなくても楽しめる。
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 Les Autodidactes(53 Rue du Cardinal Lemoine)は「独学者たち」と気取った店名を名乗る、白髭の老爺が経営している雰囲気抜群の書店。シュールレアリスムやダダイスム、前衛などの美術書に強い専門古書店らしい。
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 Le Pont Traversé(62 rue de Vaugirard)はリュクサンブール公園北辺の通りを西に進んだ右手にある書店。19世紀~20世紀半ばまでの書籍が多い。いわゆる水彩画で思い描いたようなパリの古書店。
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 Gibertなどのチェーン店でなければ、書店同士のネットワークも強い。もし欲しい本があればどこかの書店員に声をかけるのが最適解だろう。その書店になくても他の書店にあれば教えてくれる。おそらく書店員はMarelibreなどの検索サイトを使っているので声をかける前に自分で調べてから書店を訪問するのも手だ。
 ルーブル、オルセー、シャンゼリゼ通り、オペラ座といった典型的な観光地では飽きたらぬ人は、ラテン街を書店めぐりという目的を持って散策してはどうだろうか。パリに新たな影が加わるだろう。
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by suikageiju | 2014-03-03 01:45 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
ジョアン・フォンクベルタのカモフラージュ展
 パリ4区にあるヨーロッパ写真館でカタルーニャ人のシュールレアリスト、ジョアン・フォンクベルタ(ホアン・フォンクベルタ、Joan Fontcuberta)のカモフラージュ(Camouflages、偽装、擬態)展を見た。まず地下階へ行き、その階段横に並んでいる本やHERBARIUMの展示室を見ても、その意図に気付かなかった。FAUNEの展示室における、トリケラトプスのような背鰭のついた鰐や二本脚の生えた貝の偽剥製を見て、それらとケンタウルスのように下半身が四足動物であるチンパンジーについての写真を見て鳴き声を聴いて、ただ鼻行類めいた癖のある衒学趣味だけを連想していた。しかし階段を昇り、人魚の化石発見のドキュメンタリー風映像を見て、そこにジョアン・フォンクベルタ自身が神父の服を着て立ち現れて、展示された写真機や絵具や顕微鏡、そして階段に並べられた本や奇妙な植物写真の意図に気付いた。
 それらは中世や近代の権威的博物学、あるいは共産主義的なプロパガンダ、アメリカ帝国主義による映像操作へのカモフラージュ・オマージュであり、揶揄である。そして更に一歩進んで新たな自己の創造である。
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 ジョアン・フォンクベルタは芸術家を、現実を、真実を偽装するために別の世界と別の自分自身を写真と展示品によって創造していたのである。そしてピカソやミロやダリの偽写真を見て森村泰昌を連想し、「スプートニク」でジョアン・フォンクベルタが宇宙服を着てニッコリ笑っている写真を見て、自然と声を出して笑った。シリアだかパレスチナだかの街を背景にジョアン・フォンクベルタがアラブの服を着て座っている写真を見て、彼ならば何にでもなりたい職業に就けるのだし、なりたい人物になれるのだと考えた。これらを国家的虚構へのオマージュとだけ捉えるのはつまらない。これらは「自分」という可能性への挑戦である。
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 小説家があらゆる職業を疑似体験できるように、ジョアン・フォンクベルタはその作品によってあらゆる職業を僭称できる。その僭称は宇宙を夢見た子供の頃の落描きや写真やスケッチ、それから新聞などによって補強され現実味を帯びる。真実かどうかはどうでも良い。
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 思い出には実際の経験なんて必要なく、思い出を喚起する写真や記念品だけあれば思い出は構成され、記憶という名の印画紙に焼き付けられる。だから写真や記念品は偽造されたものでも構わず、思い出も色褪せない。「これが真実なのだ」そう言って、実際にそう思い込んで写真や記念品を差し出せばシュールレアリスム的にはそれはもう真実なのだ。
 ジョアン・フォンクベルタの作り込みの本気さにビビった。
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by suikageiju | 2014-03-01 00:17 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
ジャージー語
 乳脂率の高いジャージー牛乳やメリヤス地の、田舎の中高生がよく着ている所謂ジャージで知られるジャージー島をご存じだろうか? それはドーヴァー海峡に点在するチャンネル諸島(フランス語ではアングロ・ノルマン諸島)の中心的な島だ。
 国際人工語を学ぶエスペランティストの使命に、少数話者言語と絶滅危惧言語の調査と保護がある。牟礼鯨は少数話者言語の一つであるジャージー語を調査するという使命を帯びて、クロード・カフンの研究者とともに2014年2月末にロンドンのガトウィック空港からジャージー島へ飛んだ。フライトは僅か1時間である。空港から「Town」と呼ばれる島の中心部St. Helierまでは二階建てバスの15号線を使うと30分弱くらいで着く。
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 英仏間のドーヴァー海峡に位置するジャージー代官管轄区はガーンジー代官管轄区とともにノルマンディー公国を形成し、2014年現在大ブリテン女王エリザベス2世をノルマンディー公として戴いている。しかしノンマンディー公国は大ブリテン王国には含まれず、そのためジャージー代官管轄区はマン島とともに王室属領となっている。国ではなく、大ブリテン王=ノルマンディー公という個人に帰属した関係だ。別の言い方をすればジャージー島はノルマンディー公としての大ブリテン王が統治を許された最後のフランス領である。
 ジャージー代官管轄区の主要部分であるジャージー島はフランス・ノルマンディー地方沖合に点在するチャンネル諸島のなかの面積110平方キロメートル強、人口十万人弱の島だ。ジャージー島独自のポンド紙幣で「States of Jersey」と名乗っているように外交と国防の権限はないもののジャージー代官管轄区は独自の法体系と議会を有する半独立国である。ジャージー代官管轄区は行政教区(Parish)という古代的な行政単位によって12の地域に分割され、それぞれの行政教区は選出された委員会(Constable)により運営される。埋葬や婚姻などの記録も行政教区単位で行われる。そんなジャージー島で話されている公式共通語は英語とフランス語だ。一般に飲食店や商店や議会で使用されるのは英語だが、工事現場などで働く労働者からフランス語を聞かされることもあった。
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 また地域的あるいは歴史的には、フランス語の一方言であるノルマン語のそれまたさらに一方言、ジャージー語(Jèrriais)も一部で話され地域言語として公認されている。正確にはジャージー語はノルマン語よりもアングロ・ノルマン語の亜種と言える。ノルマン語もしくはアングロ・ノルマン語はフランス語と類縁関係にあり、ノルマン人の征服以後の中世英語における語彙形成に多大な影響を与えた言語で、英仏間に位置するジャージー島でも勿論話されていた。ジャージー語の文章は一見するとフランス語と見分けがつかないけれど、「parcq」(park)や「hocq」(cape)や「blancq」(blank)などに見られる「cq」の綴りが特徴的でフランス語の語彙と区別できる。また一人称の単数と複数の区別がない。
J'allons abattre les pus hauts bouais dans chu clios. (私たちはこの野原でもっとも高い木を伐ろうとしている。)

 Maro Jonesの『Jèrriais Jersey's Native Tongue』によれば1989年には5,720人いたジャージー語話者も2001年には2,984人までに減り、その3分の2は60歳以上の老人で日常語として使用している人は113人に過ぎないという。この死に絶えつつある言語をジャージー代官管轄区政府とジャージー島の人たちは絶滅から防ごうと学校教育などを利用して保護を図っている。

子供向けの教科書とジ英・英ジ辞書(Les Quennevais branch library)
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ジャージー語初心者向けの冊子『怪物に注意しろ! ジャージー島の幾つかの伝説』(Jersey Library)
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 また島の主都であるSt. Helier市街を散策していてもジャージー語と出会うことがある。

ゴミ箱の表示「紙と雑誌」「缶とプラスチックボトル」「ゴミ」(King street, St. Helier)
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La Vaque dé Jèrri「ジャージーの牛」(Bath street & Peter street, St. Helier)
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 英王室属領でありながらフランス本国に近く、歴史的にはノルマンディー公国として英仏両国関係に翻弄されながら、ナチス・ドイツにも占領されながら、その立地を活かして半独立国として生き残り続けているジャージー島。政治と経済の必要から公用語の地位を英語とフランス語に委ねながらも島独自のジャージー語は、ジャージー代官管轄区の地位が国際社会で守られる限り、強かにこの島で博物館の化石のように自治の象徴として生き残り続けるのだろう。
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by suikageiju | 2014-02-27 07:14 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
中上健次が生まれた新宮市春日と聖地巡礼
 2013年12月31日19時のことだ。年が変わる5時間前に青春18切符を渋谷駅で購入した。あと5時間遅かったら買えなかったし、1月1日10時に旅立てなかっただろう。青春18切符を購入したときも、そして1月1日10時に出発したときですらその切符でどこに行くのか決めていなかった。登戸駅に立ったとき、電光掲示板の「立川」という文字と「川崎」という文字を見比べて、はじめて行き先を決めた。中央本線で名古屋まで行き、そこから紀勢本線で紀伊半島をまわって南から大阪に入ると決めたのだ。旅はそうやってなんとなしに始めるものだろう。モビーディックのイシュマエルの冒険もそうやってはじまったのだから。
 雪をかぶった山岳地帯を抜けて大都市名古屋を過ぎる。一日目は四日市で泊まった。二日目は午前6時に四日市を出て丸一日かけて紀伊半島の海沿いを走った。多気や新宮や紀伊田辺や御坊や和歌山といった紀伊半島の諸都市を経て大阪に辿り着いたときには夜の22時になっていた。
 新宮駅では2時間以上も紀伊田辺行きの電車を待った。その間に徐福公園や浮島の森を見て暇をつぶしていると、駅の近くで集合住宅群を見つけた。駅から徒歩3分もしないところに団地なんて珍しいなと思ったのだ。
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 その団地に近づいてみると草っぱらに「中上健次生誕の地とその付近」という看板が立っていた。どうやら駅近くで目に付く集合住宅群のひとつは『千年の愉楽』などの著書を持つ作家、中上健次の生誕地跡に建っていることになる。中上文学の読者である牟礼鯨を中本の血が引き寄せたのだろうか。その看板によれば中上健次作品に出てくる天地の辻や礼如さんとオリュウノオバの家とされるところも近くにあるらしい。つまりそこ新宮市春日は「路地」であるようなのだ。思いがけなく中上文学の「聖地巡礼」を果たしてしまった。
 看板をおしまいまで読んで周りを見渡した。真新しい新宮市人権教育センターが見える。そしてなんてことない町並みだ。若松孝二監督の『千年の愉楽』を新宿で観たけれど映画の中の「路地」をとりまく景色は海のある静かな漁村だった。もちろん新宮市春日地区は中上健次がいた当時から今に至るまでにだいぶ開発が施されているのだろうけれど、海は遠いし地形やら何やら違っていた。ひとり立ち尽くし狐にだまされたような気になった。実際の「路地」の景色よりも映画の中の「路地」の景色の方がイメージに合っていた。何で実際の「路地」を見てしまったのだろうと後悔の念に襲われた。それは映画の中の「路地」を観てしまったときの後悔に似ていた。
 ウルスラの顔をこうだと提示されてしまったら『百年の孤独』のイメージがいくつか損なわれてしまうように、文学作品の場合、所謂「聖地巡礼」はその作品が持つ地理への想像を損なう危険がある。中上健次の「路地」については映画の「路地」の方が良かったし、更に言うなら文字情報だけの「路地」のままにしておきたかった。
 文学作品も分かりやすく伝達するために挿絵がついていたり、メディアミックスで映画化されたり漫画やアニメになったりする。そういったことでその文学作品の知名度が高くなるのは良いことだ。でもそういったことでその文学作品を受容するのに支障を来たすこともありえると考える。そして実際に支障を来たしていて、読み手の側が鈍くなっていて気づいていないだけなのだ。でも映画化や漫画・アニメ化を抗議するのは筋違いだ。だから、本来的に漫画やアニメとして描かれるべきであった小説を除いて、文学作品を受容するときは読み手の側がよくよく注意して選択しなければならない。何の映画を観るべきではないのか、あるいはどこに行くべきではないのか。
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by suikageiju | 2014-01-03 23:19 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
くすみ書房
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 札幌市琴似にある久住書房こと、くすみ書房。最初に私が店に入ってびっくりしたのは、狭い店舗の真ん中に岩波文庫やちくま文庫、ちくま学芸文庫、講談社学芸文庫、中公文庫などが「売れない文庫フェア」として大々的に売られていたことだ。普通、この規模の書店ではこういった「売れない文庫」は小さなスペースで済まされるか、岩波文庫は仕入れていないか、なのに。こういう良心的というか、書物に情熱を注ぐ本屋がまだあることに驚かされる。

 9月30日に琴似の今の場所から厚別区大谷地のキャポ大谷地に移転するとのこと。そうすると私はあまり訪れることはできなくなる。今のうちにこの店を楽しんでおきたい。そしていつかは西瓜鯨油社の本もくすみ書房の片隅で売られるようになれば、いいな。「売れない本を売っています。」
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by suikageiju | 2009-09-02 12:20 | 雑記 | Trackback | Comments(0)