カテゴリ:ラテンアメリカ文学( 1 )
Invasión 侵入
 大雪のバレンタイン・デーに渋谷の小映画館アップリンクで、アルゼンチン映画「Invasión(侵入)」を観た。金属を引っ掻いたような耳障りな音が常に鳴っている映画だった。最後の場面で、南のレジスタンスたちに銃を渡し彼らを市街戦へと送り出したイレーネ(Irene)の顔のアップとともにまた奇妙な効果音が鳴ってこの映画が好きになった。というのは、映画の序盤は何が起こっているのか分からなかったけれど、観ていくうちに段々と何が起こっているのか理解できて、理解度に比例してこの映画に夢中になっていくからだ。だから最後でこの映画が好きになった。車から飛び出したような感覚になるカメラ回し、夜の場面では地面に水を撒かず光量を減らして黒を濃くするのが記憶に残った。
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侵入者v.s.ドン・ポルフィリオ派
 北東に海岸線を持つ、きっとラテン・アメリカのどこかにある都市国家アキレア(AQUILEA)。この街に白いトレンチコートの男たちがトラックに乗って侵入して来る。白いトレンチコートと言っても白黒映画だからそう見えるだけなので実際はどういう色だか分からない。一方でトレンチコートの侵入者からこの都市国家アキレアを守るべく戦うのは老人ドン・ポルフィリオ(Don Porfirio)率いるレジスタンスである。ドン・ポルフィリオは砂糖ぬきでマテ茶を飲み、家で黒猫ウェンセスラオ(Wenceslao)を飼っている。ドン・ポルフィリオは電話で指示を出す、時には嘘もまじえて。トレンチコートの侵入者はドン・ポルフィリオを殺さない。彼はいつだって孤立無援だから。それに、アキレア市民はドン・ポルフィリオをそんなに支持していないようだ。ドン・ポルフィリオとレジスタンスはアキレア市民のために戦うが市民はむしろトレンチコートの侵入を期待しているのかもしれない。
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エレラとイレーネ
 ドン・ポルフィリオの部下のエレラ(Herrera)は黒スーツを着てドン・ポルフィリオの命令に従い、トレンチコートの侵入者と戦う。ただエレラは「貨車置場へ行け、カフェには寄るな」と言われてもカフェに行ってわざと侵入者に捕まることもあり、それで小隊長格の殺害に成功していたりして、ここでドン・ポルフィリオの命令の虚実はわからなくなった。ドン・ポルフィリオはどこまで計略していたのか。侵入者がトラックでアキレア市内に持ってきた無線装置の破壊に成功したエレラが運悪くまた侵入者に捕らえられても、彼はレジスタンス組織の武器の隠し場所を決して明かさなかった。彼は2度も侵入者に捕縛されながらもその度に逃げ出した。そんなエレラの妻イレーネは夫が昼夜何をしているのか知らない。そしてエレラもイレーネが夜に出歩いていることを知っているが妻が何をしているのか知らない。観客である鯨は、最初イレーネは侵入者の間諜かと思っていた。たぶんエレラもそう疑っていたかもしれない。でもエレラの死後に違うのだと知らされる。
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トレンチコートの侵入者はすごい
 トラックで無線装置をアキレア市内に運んできたり、送信機をスタディアムに設置したり、侵入者の科学力はリボルバーで戦うのが精一杯のドン・ポルフィリオ派をはるかに凌駕している。侵入者はトレンチコートで服装が統一されているのに、レジスタンスは服装に費やす資金がないのか、それともレジスタンスだからかバラバラの私服を着ている。終盤では侵入者は無数の自動車、無数の飛行機、無数の上陸艇、無数のトラック隊(無線装置積載)でアキレア市に侵入する。相手は残ったドン・ポルフィリオとイレーネだけなのに。侵入者の科学力の象徴はそのアジトにあった白黒テレビと電気棒である。白黒テレビが何だかもの凄い未来のモニターのように見える。
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次々と殺されるドン・ポルフィリオの部下
 無線装置の破壊作戦で、「手の静脈を見る」と歌う口髭ギター弾きの死と引き換えに、アキレア市の北北東にある島に侵入者たちをおびき寄せ、ガソリンで彼らを焼き殺すことに成功したドン・ポルフィリオ。しかしトレンチコートの侵入者はその勢力衰えず、次々とドン・ポルフィリオの部下を殺して仕返ししていく。女好きなプレイボーイは女に欺かれても最期まで紳士であったし、「私は盲目だ」と言って銃に気付かず殺された男は脚本のホルヘ・ルイス・ボルヘスを連想させた。また、ドンパチ銃声音のあるウェスタン映画の上映が終わったあと観客が去った映画館で一人残った部下が銃殺されている場面は胸を打った。ドン・ポリフィリオの部下、一人一人の死が印象付けられていた。もちろんスタディアムへ送信機を破壊しに行き増殖するトレンチコートの侵入者たちにタコ殴りにされ芝生コートの上にうち捨てられたエレラの死も。こうして部下は殲滅されレジスタンス側で残ったのはドン・ポルフィリオただ一人となってしまった。と、そう思わせておいて実はエレラの妻イレーネもそしてイレーネとともにアキレア市内で不穏な活動をしていた男たちもドン・ポルフィリオの部下だったのだ。エレラは妻がレジスタンスの仲間であることを知らずに死んでいった。
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文明の侵入
 この映画はドン・ポルフィリオのレジスタンス活動が一敗地に塗れたあとも終わらないことを示して幕切られる。ではアキレア市に侵入するトレンチコートの侵入者とは何なんだろう。きっと侵入者のトレンチコートで画一化された男たちも飛行機の編隊も船舶群もトラックと自動車の隊列も、文化を侵食する巨大な科学文明(とくに北アメリカ大陸のアメリカ合衆国の)を象徴しているのだ。ドン・ポルフィリオのレジスタンス活動はそんなアメリカ合衆国の科学文明に押し潰されそうになりながらもこれに対するアルゼンチンならびにラテン・アメリカ諸国文化の抵抗を描いたのだろう。だから、ドン・ポルフィリオが最後に送り出した、イレーネが動かしていたレジスタンスたちは「南」の人々なのだ。アメリカ合衆国に対してラテン・アメリカが「南」であるように。ドン・ポルフィリオがスタディアムで死んだエレラの遺体に会いに行くとき自宅の鏡に向かい「歳をとりすぎた」と呟く。 そして歳をとりすぎていない、それほど頑固でもないラテン・アメリカの人々はアメリカ合衆国という侵入者を警戒せずに歓迎している向きもある。アキレア市民がそうであるように。だからこそアメリカ合衆国という科学文明の訪れは歳をとりすぎて変われない人や頑固な人にとり「侵入」なのだ。この映画は1960年代のアルゼンチンをとりまく文化情勢と知識人層の焦燥を描いたおとぎ話で、アキレア市は最後まで守ろうとした文化で、戦いはまだ終わっていない。
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Invasión(侵入)
監督:Hugo Santiago Muchnick
脚本:Jorge Luis Borges, Adolfo Bioy Casares, Hugo Santiago Muchnick
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by suikageiju | 2014-02-15 01:40 | ラテンアメリカ文学 | Trackback | Comments(0)