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狙われたキツネ

狙われたキツネ 新装版

ヘルタ・ミュラー / 三修社


 共産主義国家、あるいは社会主義国家の生活を描いた小説が好きだ。それは一種のファンタジー小説だと思うからである。もちろん日本人にとって社会主義はまぎれもない現実だったが、それでも崩壊したベルリンの壁の向こう側に異世界が広がっていたという史実は、人間の創造力をかきたてる。小学校のときの社会の授業で何度も「もうこのソビエト連邦という国はありません」と言われたときの私の感覚もそれに近い。
 ヘルタ・ミュラーのノーベル文学賞受賞はベルリンの壁崩壊20周年の今年でなければありえなかったかもしれない。
 子供たちの手にある「いぼ」や「人生との関係はうまくいっていますか」という深い挨拶、ポンコツの戦車、工場の様子、アネクドートなど瞼の裏に焼き付けておくべき表現が並ぶ。ファンタジー小説の楽しみ方は、現実に生きる世界との違いを楽しむのに尽きる。この本にはそのお楽しみの具がつまっている。
 では、印象深い一文を抜粋して終わりにする。
「わたしはあなたたちをわが子のように愛してきたのですよ」と独裁者の妻がブラウン管のなかから部屋に向かって語りかけていた。

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by suikageiju | 2009-11-24 21:13 | 感想 | Trackback | Comments(0)
憧れの先輩
 僕は部長に怒られている。なぜ怒られているのか、それは分からない。態度がどうのこうの、言葉遣いがどうのこうのと言っているけれど、怒鳴っているから言葉がはっきりしないのだ。それに部長の怒鳴り声とフロアの雑音とが混ざり合う。部長の声に意識を集中しようとするけれど、うまくいかない。僕はどうもこれが苦手だ。聴くべき音も聴かなくていい音もすべて同じように聴こえてしまう。虫眼鏡のように聴きたい音に焦点を合わせられればいいのに。みんなはどうやって聴くべき音を聴いているのだろうか。先輩は、どうやっていますか?

続く
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by suikageiju | 2009-11-24 19:09 | 掌編 | Trackback | Comments(0)
期待の新人
 部長が新人の橘君をまた怒鳴りつけている。橘君はどこか抜けたところのある、気のきかない新人君で、金額をしっかり確かめもしないで領収書をお客さんに送付したことがある。仕事にいい加減な態度で臨む、今時の男の子という奴だ。私は彼の世話役だからちょっと大変。それにしても部長はひどい怒りよう。いったい、橘君は何をしでかしたというのだろう。まあ、何をしても不思議ではないな、彼の場合。今、部長は椅子から立ち上がり、橘君のネクタイをつかんでいる。でも橘君は背が高いから、もう四十代後半白髪混じりの部長でも橘君の前に立つと、子供のように見えてなんだか滑稽だな。

続く
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by suikageiju | 2009-11-19 09:48 | 掌編 | Trackback | Comments(0)