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スロー・ラーナー

スロー・ラーナー (ちくま文庫)

トマス ピンチョン / 筑摩書房


 アメリカの2人の謎の大作家のうち、サリンジャーは他界した。これはもう1人の謎の大作家トマス・ピンチョンの短編集である。やはり秀逸はピンチョン自らが書いた序「スロー・ラーナー」である。謎の作家が書いた、青年時代の作品を中年になって読んでみた感想だ。
あなたはすでにご存知かもしれない、何によらず二十年前に書いたもの――たとえ用の済んだ小切手に書いてある自分の文字でも――を読まなければならないということはエゴにとってどんな打撃になりうるかを。

これを含む最初の段落を読んでピンチョンの人柄に触れたようになる。さて、当の短編だけれど、これらは感想を書く種類のものではなく、ただ作品を読むものだと考える。読んでいくうちに言語化以前の何かが読者の中に形成される、その形成を、或いはその形成の結果である内なる感情を楽しむ類の作家だと思う。「小雨」は読んでいてヘミングウェイ的な、「武器よさらば」的な物憂さが形成していった。その結果として、なんとなくアメリカの中西部を旅したくなった。
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by suikageiju | 2010-01-31 20:05 | 感想 | Trackback | Comments(0)
人狼

ボリス・ヴィアン全集〈7〉人狼 (1979年)

早川書房


 『うたかたの日々』や『心臓抜き』の作者ボリス・ヴィアンの短編集、古書ビビビさんで購入。一番楽しめたのが「ホノストロフへの旅」で、サテュルヌ・ラミエルが最後に床一面血の海のなかで「私はおしゃべりではないですね」と言うのを読んでゾゾゾとなった。「彼らは全員そこで降りた」のしめくくりでウヘェとなった。本当に降りれたのかよ、と。「のぞき魔」も「蟻」も良かった。この手の作家は最初に『心臓抜き』などから読んでしまうと、わけがわからなくてそれ以降その作家の本を手に取らなくなるかもしれない。鯨は幸運にも『うたかたの日々』からはじめたので読み進めているが、もしボリス・ヴィアンに興味のある方は『人狼』など短編からはじめることを勧める。
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by suikageiju | 2010-01-28 11:29 | 感想 | Trackback | Comments(0)
アメリカの鱒釣り

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

リチャード ブローティガン / 新潮社


 西瓜鯨油社の名前の由来ともなったブローティガンの代表作。アメリカの鱒釣り周辺の掌編が収録されている。脳ではなく肌で読む本。この中では「木を叩いて その2」の
「いやあ、失敬」とわたしはいった。「あなたを鱒の川と思ってしまって」
「人違いだよ」と、そのお婆さんはいったさ。

と、鱒のいる小川を売っている「クリーヴランド建造物取壊し会社」が好きだ。これが本当に好き。もし鯨が株式会社を建てるとしたら、クリーヴランド建造物取壊し会社を建てるね。
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by suikageiju | 2010-01-23 20:37 | 感想 | Trackback | Comments(0)
わたしを離さないで

わたしを離さないで

カズオ イシグロ / 早川書房


 安定している文章に常に違和感がつきまとう。その違和感は少しずつ解けていって、最後にへールシャムの秘密が暴露される。キャシー.Hの一人称による語りに読者は感情移入する。しかし「人間」である読者は最後の最後で疑い出すだろう、「今までの読みは正しかったのだろうか」と、感情の綻びはひとつも無かったのかと。
 ファンタジーの醍醐味は、同じ「人間」の視点で語られているにもかかわらず、惑星や文化や人種の違いによって読み手が一人称による語り部との感覚のズレ、違和感を覚えることにある。女性の読者が男性の一人称語り部の作品を読んだときに陰茎が勃起する感覚について正しく理解できるとは思えない、そのことと似ている。『わたしを離さないで』で、鯨はキャシー.Hとなった。ある程度は正しく感覚を共にしたと思うし、ズレはなかったようだ。そのことに恐怖を覚えた。
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by suikageiju | 2010-01-21 08:58 | 感想 | Trackback | Comments(0)
追加納品
 世田谷区は下北沢にある、律儀でハイブリッドな古書店古書ビビビさんに委託している西瓜鯨油社の『掌編集』の売れ行きが好評ということで、6冊を追加納品してきた。正午の茶沢通りを歩いていくと、開店直後のビビビの前では芸術家の卵っぽい感じの女の子2人が本棚をカメラに写していた。撮影の邪魔をしてはいけないと立ち止まると、鯨が両足の靴の裏を同時に地につけると同時に、林檎の頬っぺたをしてカメラを構えていた女子が鯨に「どうぞ」と道をあけてくれて、無事に鯨は店内に入ることができた。撮られるほどの古書ビビビさんの人気を喜ぶとともに、そんな人気古書店さんに本を置かせてもらっている自分の幸せをかみ締める25歳だった。ちなみにカメラ女子は納品後もまだ店の前にいた。寒いのによく粘る。
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by suikageiju | 2010-01-15 16:46 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
販促ポップ
 古書ビビビさんに置かせてもらっている本(横並びになっていた)の販売促進のためにアクリルポップを設置した。第九回文学フリマで使用した広告を大幅改定したものだ。「奇想、幻惑、言語的官能」という副題が結構気に入っている。ビログでも紹介された。だが、このアクリルポップの本当の仕掛けは裏にあるんだよ。
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by suikageiju | 2010-01-11 18:42 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
タタール人の砂漠

タタール人の砂漠 (イタリア叢書)

ディーノ ブッツァーティ / 松籟社


 成功した着想と充分な記述、そして疎漏なき粗筋の3つが揃ったこの手の本にあらゆる批評は無益である。このブッツァーティの『タタール人の砂漠』はまさにそういう本だ。天使ジブライールがヒラー山のムハンマドに「قل」(読め)と言ったように、鯨も同じことを言うしかない。それにしても何度読んでも気にかかるのは、モーロ中尉とジョヴァンニ・ドローゴ大尉の聖書的邂逅と二十四章である。二十四章の冒頭を引用する。
その間にも時は流れて、その音もない鼓動がいっそう性急に人生を刻んでゆく、一瞬立ち止まり、ちらりと後ろを振り返る余裕すらない。「止まれ、止まれ」と叫んでみたところで、もちろん無益なことだ。すべてが過ぎ去って行く、人も、季節も、雲も。石にしがみつき、大きな岩の先端にかじりついて抗おうとしてもむだだ、指先きは力尽きて開き、腕はぐったりと萎え、またもや流れに押し流される。そして、その流れは緩やかに見えても、決して止まることを知らないのだ。

 バシティアーニ砦は、ある人にとっての会社であり、ある人にとっての学校であり、ある人にとっての家庭である。ジョヴァンニ・ドローゴの身に起こったことは誰もがどこかで経験したことだ。その一致を喜んでいいし、これから自分に何が起こるのかを想像して、人生の短さと儚さを恐れるのもいい。何度読んでも、その度にその瞬間の読者の人生が物語に反映される。
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by suikageiju | 2010-01-11 14:29 | 感想 | Trackback | Comments(0)
下北沢
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 今日もまた下北沢の古書店、古書ビビビへ。「古本屋」と「古書店」ってきっと同じ意味だろうけど、なんとなく古書店のほうが響きがかっこいい。店内には1時間くらい滞在し、表紙の女子高生に惹かれて『コルキータ』を立ち読みしていた青年に「買え!買え!」と念を送ったり、平台の前で談笑している主婦2人組を「掌編集を手に取れ!取れ!」と呪ったりしていた。その後、鯨はボリス・ヴィアンの『人狼』を購入。そして『コルキータ』と『掌編集』の売り上げを勘定台の店長に訊ねると、昨日の時点でそれぞれ2冊、計4冊も売れていた。わう!売っていただいた古書ビビビさま、そして買ってくださった方、感謝です。まだ在庫はあります。でも早く買わないと売り切れになるかもしれません。
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 さて、西瓜鯨油社の本が置かれている領域は玄関から入って2歩ののち、左へサイドステップ(カバディ用語)すること2歩の正面、平台の上だ。手前に『掌編集』、奥に『コルキータ』がある細長い陣形である。その右翼は『TRASH-UP!!』さんが、左翼は『LB』さんが、そして殿軍は『中学二年コース』がそれぞれ固めている。万全の構えだ。あとは玄関から入って2歩ののちに左へサイドステップすること2歩の人が立ち読みして買ってくれるのを待つだけだ。さあ、跳べっ、サイドステップ!
 イベントに参加すれば西瓜鯨油社は当然売り場を持つことになる。しかしイベントは年に4回か6回あればいいくらいだ。それ以外の日は西瓜鯨油社の本を買いたくても誰も買えやしない。それを読者に告げるのは鯨にとって悲しいことだ。でも今なら鯨は「古書ビビビにありますよ」と言える。これは西瓜鯨油社にとってもプラスだし、古書ビビビさんにとっても新しいお客さんが増えるということでプラスになるだろう。古書ビビビさんが望んでいるのかは知らないが、いずれは古書ビビビルが建てばいいな、と鯨は勝手に思っている。そのために西瓜鯨油社はできるだけ古書ビビビさんに貢献する。もしビルが建ったら、西瓜鯨油社は棚を一つもらおう。
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by suikageiju | 2010-01-09 19:30 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
古書ビビビ
 「下北沢の中心部」に「東京の観光名所」こと古書ビビビがある。茶沢通りに面し北沢総合支所を斜向かいに望む場所に、橙色の照明があたたかく冬でも居心地のいい古書店。古書ビビビは去年の夏くらいまでザ・スズナリの手前にある狭苦しい(失礼!)古書店だったが、最近になってdiskunion下北沢店の横に引っ越して床面積が格段に広くなった。品揃えも良く、鯨も『うたかたの日々』などをここで購入している。下北沢文化人なら必ず利用する古書店だ。
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 さて、厳重なる審査の末に、文章系同人「西瓜鯨油社」は『掌編集』と『コルキータ』を古書ビビビさんの玄関入ってすぐの平台に置かせてもらえることになりました。文学フリマで買いそびれた方は是非、下北沢までお越しいただき購入してください。また西瓜鯨油社をご存じない方は見本誌があるので気軽に立ち読みしてください。弊社が扱う物語の登場人物は決して幸福にならないので安心して読めます。古書ビビビなら『掌編集』を東京で一番安く買えます。そして、イベント以外で『コルキータ』を購入できるのは古書ビビビだけです。
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 これは平積み予想図です。実際の置かれ様は店舗でお確かめください。下は古書ビビビの地図です。北沢総合支社とザ・スズナリを目印に下北沢の町を散策して訪れてみてはいかがでしょうか。たとえ弊社の本を買わずとも訪れる価値は十二分にあります。

感想・質問等ございましたら西瓜鯨油社掲示板まで。

【追記】
古書ビビビびんびん物語のほうでもう西瓜鯨油社のことが扱われていました。
twitterでのつぶやきがきっかけで牟礼鯨さんという方の文庫サイズの自費出版小説を置かせていただくことになりました。コンパクトサイズですので通勤のお共にどうぞ。

感謝多謝。
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by suikageiju | 2010-01-07 16:39 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
楽園への道

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

マリオ・バルガス=リョサ / 河出書房新社


「ここは楽園ですか」
「いいえ、お嬢さん、ここではありません。次の角へ行って訊いてください」
温かいうねりがコケの胸に込み上げてきた。これで今日は二度目だ。ポールの目は涙にあふれた。
「楽園遊びをしているのですね、シスター」と背が低くほっそりとした、大きな襞のある修道女服に半ば埋まったような修道女に訊ねてみた。
「あなたが決して辿りつけない場所ですよ」小さいな手で握りこぶしを作ると、ポールに向かってちょうど悪魔祓いのようにかざしながら修道女は答えた。

 ストーリーではなく、言葉を楽しむ類の物語がある。それがバルガス=リョサ(ジョサ)の『楽園への道』だ。本書の奇数章は「スカートを履いた煽動者」フローラ・トリスタンを描き、偶数章はフローラの孫で「芸術の殉教者」ポール・ゴーギャンを描いている。フローラ・トリスタンは労働組合とユニオン殿堂を設立することにより労働者のための楽園を築こうとし、ポール・ゴーギャンは芸術を創造するために楽園を目指しポリネシアにやってきた。しかし結局彼らは楽園(ユートピア)を探し当てることはできず、死んだ。
 どちらかと言えば奇数章が好きだ。奇数章のほとんどはフローラがフランスの都市を巡回し、労働者と集会を開いて激怒したり、フーリエ主義者や文化人に噛み付いたりする場面で占められていて躍動感があり、おもしろい。いっぽう偶数章は元ブルジュアのポールが芸術家として社会に反逆する様子が面白いのだが、残念ながら『月と六ペンス』のイメージが強すぎた。
 奇数章と偶数章が互いに干渉しあうことはない、二人称の呼びかけが共通しているだけだ。しかし、このような対位法は、変革者が常に世間の無理解と嘲弄に晒されること、しかしそれでもめげずに己の道を突き進めばやがて世間の理解(楽園)を得られることを、社会運動と芸術という性質の異なった2分野で同時に示している。そして変革者自身は本当の楽園には到達しえないことも。
 自分が世界にとっての異端児であることを自覚し、変革すべきことを世界に訴えたい者は本書を読むべし。
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by suikageiju | 2010-01-04 21:12 | 感想 | Trackback | Comments(0)