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文学フリマと人類存亡
 人類の最後の個体がたとえ一秒であってもより長く生存できるようにする事象に「善」の価値を見いだす。人類の最後の個体がたとえ一秒であってもより短くしか生存できないようにする事象に「悪」の価値を見いだす。これが鯨の掲げる唯一の絶対真理である。そもそもこの地球上に人類が生存する必要はない。恐竜とかゴキブリとか他の生命でも良かったはずだ。それは地球という規模で考えたからそうなるのであって、人類という規模で考えた場合、人類が一秒でも長く生存する必要が出てくる。「その必要がある」とでもしないと生きることに徒労感だけが残るからだ。この絶対真理を掲げたがために鯨は日常生活に起こりうるすべての事象に対して相対主義の態度をとらざるをえなくなった。

 かつてナチスという人間集団がヨーロッパ大陸に住むユダヤという人間集団を全滅させようとした。これは一般に「悪」とされる。でも本当にそうだったのだろうか。ナチスの計画は途半ばで終わったが、もしその計画が完遂されれば人類は今の世界よりも一秒でも長く生きながらえたかも知れないし、もしその計画がそもそも存在しなかったのであれば2011年を迎えずに人類が滅亡していたかもしれない。これは別にユダヤ人が人類を滅ぼそうとしているだとか、鯨の前世がアウシュビッツ強制収容所でガス死したユダヤ人少女だとか、そういうことを言っているわけではない。絶対真理を掲げたが故の相対主義の苦悩について述べたのである。ある事象がその人間集団(家、民族、国)の存亡にとって「善」か「悪」かはその人間集団の規模によって異なるし、「善」か「悪」かは歴史という振り返りの視点でしか判断しえない。そして人類にとっての「善」か「悪」かは誰も判断しえない、少なくとも人類自身には判断しえない。

 人類の存続に影響を及ぼす事象の範囲はあらゆる学問とあらゆる思想とあらゆる技術とあらゆる営みである。フェミニズムという思想がある。鯨が大学の西洋哲学史の講義ではじめてこの思想の存在を知ったとき、「不老不死の人間のための思想だな」と思った。今、鯨がフェミニズムを肯定するためには、以下に述べる2つの条件のうちのどちらかが成立しなければならない。1つ目は不老不死の人間が生まれていること。2つ目は異性生殖以外の方法で異性生殖よりも繁殖力と生命力のある個体を生み出す生殖方法があること。だが、これは鯨が繁殖こそが人類にとって「善」だと盲信しているからで、もし繁殖を否定することが人類から食糧不足の可能性を排除し人類を3世紀だけ長く存続させるのであるのならば鯨は誤謬を犯していることになる。

 文学も人類の存続に影響を及ぼすだろう。たとえばヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは『若きウェルテルの悩み』を著わした。この著作を読んで自殺した若者のうちの一人が生き延びていたら、もしかしたら人類を3分間だけ長く生存させるための給水技術を開発していたかもしれない。同じように、2011年11月3日東京流通センターで文学フリマが開催されるが、そこのウ-36で頒布されている『ガリア女』を買ったことである男がある女に子供を産ませるかもしれない。そしてもしかしたら、その子供が45歳になったときに人類を5時間長く生存させる給餌技術を開発するかもしれない。文学が人類の存続に及ぼす影響はきっとそのような間接的なものであろう。もし『ガリア女』をその男が買わなかったことで、その子供が産まれず人類の存続が5時間短くなったとしたら、鯨はインドカレーなんて食べている場合じゃなかった、もっとあの男に押し売れば良かったと後悔する。きっとする。しかし時すでに遅し、鯨は妻夫木聡君ぶりの悪人面で灯台から海を眺めるしかない。

 文学フリマは人類の存亡を左右する。どのブースで売られている本も人類の存続時間を数秒単位から数年単位、あるいは数世紀単位で変動させる可能性がある。だからこそどのブースで売られている本にも価値があるし、どの本にも人類に対する悪意で満ちている。さて、一般参加者のみなさん、人は自分にとって必要な本を知り得ないのと同じように、人類にとって必要な本を知り得ないのだから、選り好みせず手当たり次第に文学フリマで本を購入されてはどうだろうか。あなたがその本を買わなかったことで人類の存続が1秒短くなったと最後の人間に恨まれないように。
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by suikageiju | 2011-10-30 19:47 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)