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突き抜け5
 男が好きな女の子に言われて一番喜ぶ言葉は「おしっこが出るところと精子が出るところって同じなの? 」だという。なんで初っ端からこんな言及をしたのか自分でもわからないけれど、突き抜け派は文学フリマ派系サークルの雄として知られている。ちなみに雄とか言っておいて他の派系は破滅派と耽美派ROOMくらいしか鯨は知らない。「読んで楽しい」合同誌ではなく「読むのが楽しい」合同誌と言えるだろう。読んでいて分厚い鉄板が胸に蓋をする感覚を味わえる。だから、こういう合同誌があって良かったと思う。
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ドナルドダックとコーヒーをひのじ
 りょうこさん(さっそく平仮名にしてみましたよ)のコンプレックス描写が鮮明で、占いの読解とか魔法使いサリーちゃんごっことか「そうそう女の子ってそうなんだよね」とかつてダメダメ娘だった季節を思い返してしまう。本を読んで気分が沈むって、なんか悪いことのように聴えるけれど、そういう話が心地良いときもあるんだよね。ああ、なんか自分、気分沈んでいるなって。そう、音がぴきぴきとするくらいの。最後、二人の距離がぐっと縮まる描写が実体験と近くて個人的「イイネ!」ボタンを連打した。

チャモンしーなねこ
 何が起こったのか分からないけれど変だなあって、そう思う。

眠るのにいい時間イガラシイッセイ)
 境界線が曖昧。

時空のおっさんたかはしりょうた
 登場人物が無駄に豪華。
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by suikageiju | 2012-11-30 20:48 | 感想 | Trackback | Comments(0)
頑張って育てているキャラクターを下劣にねじ曲げられる作者の痛み
 文学フリマ、と仮にも「文学」の名を冠するイベントにサークル参加して文学作品を世に問う文学結社の一員である以上、記録として残しておくべき出来事があったのでここにブログ記事にさせていただいた。

 2012年11月18日、第十五回文学フリマで千円札を右手に握りしめた鯨は東京流通センターの2階、「絶対移動中」ブースの前に立っていた。ある密告者から「霜月みつかが上で『それでは、眠れない夜を』って言っているよ」と聴いたからだ。それは弊社が同人誌即売会で独自に使用する文句であり、一週間前から何時間も掛けて顔芸を鍛えてきた末に披露しているもので、素人が何の下積みなしにやっているなんて許せないと思ったのだ。その数分後、鯨は絶対移動中の新刊と眠る犬小屋さんの『後輩書記とセンパイ会計、不滅の陶器に挑む』を購入してエスカレーターを下りていた。

後輩書記とセンパイ会計、不滅の陶器に挑む

青砥 十 / 密林社


 11月27日、20時ごろに『後輩書記とセンパイ会計、不滅の陶器に挑む』を読み終わって楽しんだ鯨は、この本についても感想を書くべきかを考えた。必ずしも読んだ全ての文芸同人誌の感想を書いているわけではないからね。思考の末、書くことにした。そしてこの本をもてなすのに一番ふさわしいとたどり着いたのが二次創作風感想だった。ありきたりな感想なんて今さら誰も求めていないだろうし、渾身をこめて書いただろう作品のリアクションとして二次創作を書かれれば青砥十さんも喜ぶだろうと思ったからだ。己の欲する所を人に施せ、である。自分の作品の二次創作が出回る。文芸同人作家にとってこれほどの喜びがあるだろうか。
 そこで書いたのが「後輩書記とセンパイ会計、普通の体位に挑む」というブログ記事だ。ちょっぴりエロ風味になって書きあがったのは21時過ぎになった。青砥さんがこの記事を見つけて喜ばれる様を想像しているといてもたってもいられなくなるくらい嬉しくなる。それからしばらくAKBINGO!のこととかタトホンのこととか考えて時間を潰していた。そして午前0時前にTwitterを見るとその記事へのリンクを霜月みつかがRTしていたので公式RTした。ふと気付くとダイレクトメッセージが来ていた。立て続けに3通来ていた。
まったく笑えない冗談です。即刻削除していただけますでしょうか。よろしくお願いします。 @sleepdog

あなたはキャラクターを何だと思っていますか?今後二度と関わることはないと思います。せめて罪悪感があるのなら、とにかく即刻削除をお願いします。 @sleepdog

今日はインターネットにはまだ接続されませんか?不快きわまりなく、また絵師にも大変失礼で申し訳ないので、早く削除してください。エキサイトにも問い合わせてみます。ご自身の良識を疑ってください。よろしくお願いします。 @sleepdog

青砥さんだ!と思って嬉し恥ずかし感謝メッセージと期待して読んだら「ええええっ!」と驚くような文面だった。それは二次創作風感想「後輩書記とセンパイ会計、普通の体位に挑む」に対する『後輩書記とセンパイ会計、不滅の陶器に挑む』作者・青砥十さんからの削除依頼だったのだ。鯨は
キャラクターはコンテンツとは思っています。敬意こそあれ、罪悪感は特にありません。削除を希望されるのであれば削除いたします。 @murekujira

とダイレクトメッセージを返した。そして記事を削除して公式RTとTweetを削除した。基本的に鯨は削除依頼があればその記事を掲載し続ける確固たる理由がないかぎり応じることにしている。今回も掲載し続ける理由がないのですぐに応じた。また青砥さんからダイレクトメッセージがあった。
そうですか。意味がわかりませんが、とにかく削除してください。それだけで結構です。よろしくお願いします。 @sleepdog

削除を確認しました。ご対応ありがとうございます。m(_ _)m
拙作のご購入とお読みいただいたことは感謝いたします。ただ、頑張って育てているキャラクターを下劣にねじ曲げられる作者の痛みをどうか覚えておいてください。
なお、エキサイトの問い合わせはまだでした。さようなら @sleepdog

この返信は送れなかった。ブロックからのブロック解除である。
 注目すべきは青砥さんのキャラクターへのこだわりについて、である。きっと何作品にも後輩書記のふみちゃんや数井センパイのキャラクターを登場させてその人物背景やら隠されたストーリーやらを練り込んで今に至るのだろう。しかし、その努力がたった一本のブログ記事で「下劣にねじ曲げられる」と考えるのは鯨への過信であり、そしてご自身の力量への過小評価である。キャラクターはコンテンツに過ぎない。単に消費して時には浪費するだけの情報に過ぎない。もしあの記事が仮にキャラクターを「下劣にねじ曲げられる」ような情報と力を秘めていたとしても、本編作者であるならば更にそれを凌駕する情報と力で覆せばいいだけなのに。そういえば、あの記事については「本編より面白い」とコメントを寄せてくれた人もいた。鯨も作者に感謝の意味をこめて本編より面白くなるよう丹念に書いた。だからこそだろう、「頑張って育てているキャラクターを下劣にねじ曲げられる作者の痛み」は理解できないけれど「頑張って育てているキャラクターを下劣にねじ曲げられる作者の弱さ」はなんとなく分かる。
 そして文学フリマ出展作品の感想の在り方である。もちろんネットにあがってくる感想については作者が期待していたものではないことなんて多々ある。だがそれについていちいち削除を要請するのは文学に携わる者としては恥ずべき行為だと鯨は思う。正当な論拠があるけれど気に入らない感想であればさらに良い作品を提出すればいいだけだし、弱点だらけで気に入らなければその感想を文章で批判すればいいだけだ。筆執る者でありながら、相手の口を封じて平穏を手にしようとするなら右手の筆は錆び付くだけ。

 最後に、西瓜鯨油社の刊行物については二次創作は大歓迎なのでどんどんやってね。コルキータも澤田彩香も、子宮をえぐってもいいし、船員全員で輪姦してもいいし、痴漢の餌食にさせちゃってもいいよ。それで一定のレベルを超えたら西瓜鯨油社から出版する。原稿料は払わないけどね!
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by suikageiju | 2012-11-28 07:00 | 自己愛な人 | Trackback | Comments(0)
後輩書記とセンパイ会計、普通の体位に挑む
 開枷中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば、遊郭吉原の遊女ながら六代目高尾太夫のように大名家に身請けされ、性技を尽くして奉仕していたかもしれない。ふみちゃんは小学校時代、同じクラスの男子十五人と四十代後半の先生をみんな一分以内で射精させてしまった上級者だったらしい。もちろん口とか手だけではなく、江戸四十八手と女の子なところを駆使して致したという。そんなふみちゃんが仰向けに寝ている上でなんとか余ったところをふみちゃんの足りないところに挿し入れようと努力している一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの童貞で、数学が得意な理屈屋で、女の子とは小学校の修学旅行でマイムマイムを踊りながら手を繋いだ思い出しかない。
 十一月二十七日、ふみちゃんの生理が終わった日である。思えば二日前、なんとなくそんな雰囲気になった僕とふみちゃん。やっぱり男らしく自分から行こうと生徒会室から離れた渡り廊下にさしかかったところでふみ
ちゃんを誘った僕だったけれど、ふみちゃんは「数井センパイ、ごめんなさい」ときっぱり断ってくる。えええ、鼻毛とか出てた?

「そうじゃないんですけど、ちょっとわたし、女の子の日なんです」
「それって、どうとでもなるもんじゃないの?」
 そんなことをなんかのエロ本で読んだような気がする。
「数井センパイ、違います。生理中の女性は穢れと呼ばれて鳥居をくぐることもできないんですよ。だからダメです。」
 ピシャリと言い渡されてしまった。鳥居と言えば、ふみちゃんは家が神社だった。でも今どき穢れって、どうなのだろう。でも嫌がる女の子を無理矢理押し倒したら、きっと生徒会にはいられないと思う。それに自分の欲望に負けてそんなことをしたら二度とふみちゃんの顔を見られないだろう。そんなのは嫌だ。

 そして立ったりしゃがんだり座ったり起きたり寝たり立ったり座ったりした二日間、やっとやってきた放課後。待ちに待ったふみちゃんとの体育館用具倉庫である。バレーボール部の練習が終わって誰もいない隙を見て倉庫に入り込んだ僕は着ていた服を脱ぐとふみちゃんのスカートも脱がせて小さな体を体操マットの上にゆっくり横たえさせた。マットの上に、いつもの白いリボンでくくられた、つやつやな髪の束が広がる。鼻腔にふみちゃんの髪のいい匂いが漂ってくる。その匂いに意識が飛びそうになった僕は焦ってふみちゃんのシャツを上におしあげた。水色のブラジャーに飾られた小ぶりな乳房の形が露わになる。
「かわいいね」
 と僕が言うと、ふみちゃんの仔猫のように小さい顔がぱあっと赤くなった。僕の男の子なところは我慢できなくなって幾度となく腹鼓を打っている。
「じゃあ、いくよ」
 そう言ってふみちゃんのパンツを脱がせた。でも全部脱がせられなくて片方の足首にかけたままになってしまう。もうしかたがない。心臓が口から飛び出そうで、ふみちゃんの女の子なところはとても見ていられなかった。もう頭がぼわっと沸騰して、気ばかり焦り、そのまま腰を沈ませようとした僕、でも
「センパイ、待って下さい」
 と止めるふみちゃん。
「どうしたの」
 と訊く。まだ濡れていないとか、そういうこと?動きを止めた僕。僕の動きを止めたふみちゃんは、おおいかぶさる僕ではなく僕の肩越しに何か別のものを見ている。
「数井センパイ、センパイの背中に乗っている子は気にしないで下さいね」
「え、背中って」
「センパイ、重くないんですか」
 特に背中には何も感じない。でもふみちゃんはやっぱり僕の肩越しに何かを見ている。
「背中に誰かいるの」
「はい」
 そこから噴き出す状況説明は雑だった。おじいちゃんみたいな顔をした子供が藁で編まれたレインコートを着て僕の背中につかまっているらしい。困った。これはやばい。楽しみにしていたふみちゃんとのアレコレはまだ始まってもいない。それなのにふみちゃんは普通から逸脱しかけている。そんなことを思っていると上背を支える僕の両腕がだるくなってきた。
「あ、重い」
 そして急に背中が重くなる。何だろう、背中に漬け物石を置かれたように重いんだけれど。正体不明の重さに押されるように自然と腰が沈む。
「あっ」
「あっ」
 うるんだふみちゃんのつぶらな瞳と目があった。僕の余ったところがふみちゃんのよく濡れた足りないところにスッとうまい具合に入った。ふみちゃんが細い両腕を、誰かがつかまっているという僕の背中に回してくる。二人のお腹がぴったりとくっついて気持ちいい。ふみちゃんの肌はつるつるしていて綺麗だ。目の前の景色が反転しそう。でもついさっきまで童貞だった僕はこれからどうしたらいいのか分からない。だから、あとはふみちゃんの腰の動きに身を委ねるだけだ。

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by suikageiju | 2012-11-27 21:10 | 感想 | Trackback | Comments(0)
甘いものは別冊1
激甘な3人によるチョコレート・アンソロジー。チョコレート・アンソロジーというと、毎年最初のコミティアがたいてい2月開催になっていて偶然バレンタインデーと重なったり(たとえば2010年のCOMITIA91)、前後になったり(2011年のCOMITIA95)するとチョコレート・アンソロジーを企画して結局企画倒れになるサークルが多いと思う。弊社もCOMITIA91にて勘違いも甚だしいチョコレート・アンソロジーを企てて『Ĉokolado』を刊行している。その中の一篇を電子書籍化したのが『ペレイッラとカカオの森』である。さて、今回のチョコレート・アンソロジーに各人の字数制限はあったのだろうか。

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ちょこあ~んぱんまでスリーマイルⅠ(今村友紀)
企業体描写が細かくて読み応えあり。続編に期待。

ゴッド・ブレス・ガルボ(渋澤怜)
もっと話をスリムにして、N「実はアルフォート、あれは僕のうんこなんです」とオチをつけちゃうと星新一になっちゃうから、この作品を渋澤怜たらしめるためにはこうするしかなかったのだろうか。でもそれが「渋澤怜らしさ」だとしたら単なる自己矮小化だ。無理をして奇異を追いかけることはない。

きっと負ける(吉永動機)
140頁をあけて2行目にさしかかった途端、コメダ珈琲三軒茶屋店中に響き渡る声で「どっかーん!」と叫んだ。この本に収録された三作品で「どれか選べ」と野条御大に命じられたら消去法でなくてもこれを選ぶ。長さと話とで過不足のない作品。作話能力に定評あり、としていいのだろうか。諸賢の御批判を待ちたい。
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by suikageiju | 2012-11-27 16:21 | 感想 | Trackback | Comments(0)
領域
「痴漢はお好きですか?」
犬尾春陽さんが『月夜』と『領域』を以て鯨の本と交換しようと持ちかけてくれたとき、鯨はこう尋ねた。これは間違いだった。同性愛や少女性愛のように、痴漢は誰の隣であろうといつの間にか佇んでいて、優しく微笑んでいる存在だ。その属性に好きか嫌いかもない、あるのはその個人特有の人間性が好きか嫌いかだけだ。あたかも同性愛者や少女性愛者が他者や社会の反応によっては規定されないように。交換劇からしばらくして高村暦が弊社ブースにおとなった後で「さきほどお渡しした『領域』には唖の少女が出てきます」と犬尾春陽さんは笑顔で教えてくれた。暦が犬尾さんを楽しませることができたのであれば僥倖と言えよう。
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 7頁に「この子、どうせ喋れないんだもの。わたしが何を言ったって一緒よ」という台詞がある。これ、すごい。自分が何も「傷つく」ようなことを言われないのなら、自分は誰かを「傷つける」ような言葉を吐いてもいいのだという発話者の傲慢さをたった一言で巧みに表現している。そして「お金のことは大丈夫」なのに「どこの家も他人の娘を育てるような余裕はない」という一瞬矛盾のように読める箇所は読者を立ち返させる表現だ。こういう場合、一般にはお金だけ預かって例えば寝る前の虫歯予防の蜂蜜水を単なる砂糖水にすり変えるインチキをしてでも費用を浮かせて私腹を肥やし、その娘が虫歯になるのも構わず放っておく。そんな一般性〈里子〉理論を打ち破るほど、少女はこの一族に疎まれていることがこの文から浮かび上がる。なかなかの技巧派である。犬尾春陽、抜きん出た語り部だ。
 どういうキッカケになるのかは人ぞれぞれなので分からないけれど、男性は一生で一度だけこの作中のような少女を抱えることになる。不幸そうで、誰からも愛されていなさそうな、可哀想に見える少女を。だから彼女には自分が必要なのだと男は勝手に思いこみ、一生に一度だけの本気でその少女を愛する成り行きになる。しかしその少女を愛する人は他にちゃんといて、そして少女が在るべき場所もちゃんと別に用意されてあって、そして男はやがてすべてを奪われ絞り尽くされた後で手痛く裏切られる。ドストエフスキーの"Белые ночи"やフランス映画の「Quatre nuits d'un rêveur」を思わせる後味の悪さにもう一人の鯨は泣いたと聴く。
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by suikageiju | 2012-11-25 19:17 | 感想 | Trackback | Comments(0)
山のモノ
「突然!鬼との共同生活」のライトノベルというと、今流行りの学園&同棲ライトノベルなのかと思うかもしれないが、断じてそんな甘いものではない。みすてーさんの女房役と言えば聞こえは良いだろうMildさんのとれたて怪奇ライトノベル『山のモノ』。
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これは正統派怪奇物と思いきや、まさかのエロ展開。「逸物は正直じゃぞ」で(ち、父上……母上っ……!!)はのけぞった。これ、どんな顔をして書いたんだろう? しかし古事記と桃太郎伝説の故事を融合させての対魔戦術考証がしっかりとなされた鬼退治、そして思わず天を仰ぐ結末。何だ、さらっと読めて楽しめる。あっぱれ「柊草子」、めでたしめでたし。
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by suikageiju | 2012-11-25 17:25 | 感想 | Trackback | Comments(0)
ゆらし、
なんとなく晩夏の平日、昼下がりに書かれたものだと思った。詩に添えられた写真の色合いが安っぽいけれど鮮明で、あの夏の日の立ちくらみを思い出す。セカンドインパクト後のいつ終わるとも知れぬ夏のような。なんとなく晩夏の平日、昼下がりに書かれたものだと思った。強烈な日射しから逃れ、扇風機をつけたけれどまだうだるように暑い畳の部屋で、二人の熟女が全裸で過ごしていて、くたびれた肌を汗で濡らしている。そして気がついたように短い舌で互いの汗を舐めとりながら、口から言葉を放つ。蚊取り線香と食べ残しの西瓜のまざった匂い。時折ずんぐりした方が白痴のようにカメラを片手に縁側から外に出て、ゆらゆら揺れる指でシャッターを切る。
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 「長野まゆみの『夏至南風』は読んだことがある? 」
そう訊かれた。
 「読んだことない」
そう応えた。
 問いかけたのは恣意セシル? いいえ、泉由良、西の魔女。
「では東の魔女は誰なの?」
 秘密。蝉も鳴かない夏に。
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by suikageiju | 2012-11-25 08:58 | 感想 | Trackback(1) | Comments(0)
月夜
 遅れて10時30分ごろに自分のブースへ行ったとき、すでに犬尾春陽さんのブース設営は終わっていたと記憶している。横目で見たとき和装の麗人だな、と思ったら洋装だった。もし頒布されているすべての本の表紙が、犬尾さんを斜に構えさせ写したブロマイドに題字を添えたものであったとしたらとても売れたことだろう。しかしきっとそうはなさらないだろうし、そうしないだけの矜恃を支えるに足る自信がきっとおありだと思う。ちなみに和装だったのは犬尾さんではなく犬尾さんのブースを訪れていた松尾憂雪さんだった。過去と未来、男と女を錯誤したのだ。
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実は夏目漱石の顔を思い浮かべながら先生の「アナベルの夢」のくだりを読んでいた。そして、冷徹な筆致でありながら夢と現との境を徐々に曖昧にぼかしていく語りに魅了される。現で読んでいたかと思ったら、いつの間にか夢の中で続きを読んでいた。夢日記を書けばわかるけれど、夢で出会った少女というのはそれが誰であれ、そして誰でもなくても、特異な存在である。それは夢日記仲間の作中人物・茶倉遊女で例示するまでもなく、そうなのだ。その特異点に因ってその夢を去りがたくなり、ずっと夢に浸っていたいと思うくらいに。もう二十三時になった。鯨もあの娘に会いにいくとしようか。「それではあなたの望む夢だけを」この本を手渡されたとき、そう呪われたような気がしてならない。
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by suikageiju | 2012-11-23 23:05 | 感想 | Trackback | Comments(0)
『文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド』第二版と『コルキータ』を古書ビビビさんに納品
 下北沢は茶沢通り沿い、ザ・スズナリ近く、北沢タウンホール前にある古書ビビビさんという古本屋をご存じだろうか。これからの肌寒い季節にはふらっと入りたくなるだろう暖色系照明に満たされた本とサブカルの空間、それが東京観光のメッカ・古書ビビビだ! 今は齋藤裕之介展をやっていて店内がすごいことになっているので是非お早めに遊びに行ってみてね。
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その古書ビビビさんに本日『文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド』第二版と『コルキータ』第四版を納品した。その他にも『物語群』を委託してあり、入り口近くに平積みして貰っている。徳川店長の心意気に感謝である。
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今年5月の第十四回文学フリマ終了後から委託してもらっていた『文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド』第一版は13冊を完売させてくれた。その他3年弱で西瓜鯨油社の本を約100冊売って貰っている。また、文学フリマ界隈の評論系サークルさんの本も何件か受託しているようだ。そして今回の納品にあたり店長に下のようなポップを委ねた。これは実物で見て、鯨に報告して欲しい。是非この3連休は下北沢へ、そして下北沢の中心地・古書ビビビへ。
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by suikageiju | 2012-11-23 18:51 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
音楽の花嫁
 いつまでも創作文芸なんて続けられるものではないと知っていた。21世紀のまっただ中だった。少しお金を出して毎日少しずつがんばれば表現手段なんていくらでも選択できた。アニメーションも自分一人で作れたし、アイドルに歌わせることだって簡単だった。電子情報上だけで存在する国家だってシミュレーションできる。そのなかで地味で華のない文章を表現手段として選んだとき、その先なんて無いことは分かり切っていた。それでも文章を選んでしまうくらい鯨は書くことが好きだった。2022年のある日、山本清風から招待状が来た。ベージュの洋紙に清風らしくない日時と場所だけの簡潔な文面。この10年で山本清風と牟礼鯨とでは随分と差が開いている。9年前、山本清風は営業作家となった。文章を企業の営利のためだけに使う職業だ。文章を表現手段とする時代はもう終わった。いや、すでに終わっていたのか。文章はもはや広告手段でしかなく、その潮流にサーファーよろしく巧く乗った山本清風はたった一字書いただけで一億円を生み出す売れっ子作家となった。そして鯨はといえば前の第三十五回文学フリマin館山で新刊を百部を頒布しただけのしがない創作文芸作家のままだ。もちろん1冊売る度に5円の赤字が出る。ちなみに隣の大学サークルは電子書籍を千部単位で頒布していた。主宰だろう男子学生に「おっさん、まだ紙の本なんて売っているんですか。レトロでいいですね」と言われた。嫌みとして受け取った。
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 山本清風に指定された第3日曜日に指定された場所へ赴いた。あの山本清風からの招待状、2022年のあの時点でこれほど矜恃をくすぐられる手紙はないだろう。きっと誰もが予定をあけたはずだ。江東区にある廃止された中学校、下駄箱でスリッパに履き替える。甲部には東雲中学校PTAと金文字で打たれている。壁に貼られた矢印にそって進んだ先にある体育館にパイプ椅子だけが整然と並べられていた。すでに50人ほどが散らばって座っているのが見える。青砥十さんや伊藤佑弥くん、唐橋史さんに島田詩子さんの後ろ姿が見えた。文学結社猫主催の、創作文芸作家の同窓会だろうか。入り口にいた受付嬢に招待状を渡すと座席を指定された。指定されたA-08のパイプ椅子に近づくと右隣に先客がいた。
「お、牟礼~、久しぶり」
 渋澤怜だった。実に10年ぶりである。会釈してからパイプ椅子に腰掛ける。
「元気にしてた~?」
「ああ」
 お互いに「老い」という名のせっかちな獣と経年劣化からは逃げきれなかったようだ。鯨が37歳なら渋澤怜はすでに35歳だろう。女の盛りはもうとっくに過ぎていた。肌荒れはひどいし、目尻の皺は容易には隠せないくらい深い。それでもまだ黒タイツを履いていた。きっと彼女なりに何かにあらがっているのだ。
「霜月みつかちゃんも最近会わないけど何してんの」
 おい、渋澤怜。その名はもう口に出してはならない。
「もう三回忌を済ませたよ」
 一瞬だが渋澤怜の顔にバツの悪そうな翳りが差したけれど、すぐに消え、笑みが浮かんだ。「そっか~、残念」そうか、この子ももう10年も生きたのだ。その10年分だけ大人になったのだろう。
「そういえば『音楽の花嫁』読んだよ。感想聞きたい?」
 すぐに鯨は話題を変えた。湧いて出た新話題に渋澤怜は笑いこける。
「ええ! それいつの作品? そんな若書きの感想なんて……聞きたい!」
 10年前にその作品読んでずっと感想を言おうと思っていて、言えなかった。それを今伝えよう。
「あの渋澤怜版「不思議の国のアリス」とも言うべき……」

「あ~あ~」
 そのときだ。会話に夢中になっているうちに体育館のパイプ椅子は9割方埋まっていた。体育館の袖からひょろチビの山本清風がマイクを右手に出てくる。遠目にもわかる、奴の鼻の下にはチョビ髭が生えている。天才営業作家、山本清風殿のお出ましだ。会場中が拍手で盛り上がる。
「ああ、せいふ~さ~ん」
 渋澤怜が立ち上がる。どうやらあの作品の感想を伝えるにはもう10年が必要なようだ。
「え~、みなさん。創作文芸作家のみなさん、今日はお忙しいなか、お集まりいただきましてありがとうございます」
 そう山本清風は口上を述べる。体育館の前の方のパイプ椅子には佐藤さんやみすてーさん、伊藤鳥子さん、わたりさえこさん、それに冷亜暦の面々も見える。
「つきましては、皆さん。お聞きください。いつものまわりくどいのはやめて、いきなり本題といきましょう」
 ここで会場にどっと笑いが起こった。
「不肖山本清風はずっと思っておりました。創作文芸はすでに死んだ、と。でも、なかなか死なない。末期のオスマン帝国のように死亡通知書をつきつけられてもなかなか死なない。なぜか? 文学フリマがまだ続いているからです。なぜ文学フリマが続いているのか? それは皆さんのような創作文芸作家がまだ生きていて、ものを書き続けているからです。だから積み上げられる無用な本、そして書かれる無駄な文字列。なんという資源の浪費。私、山本清風はこの無駄を一気に解消する方法を思いつきました。みなさん驚かれると思います。でも画期的な方法です。さあ、ここで発表しましょうか。つきましては創作文芸作家の皆さん、ここで死んでください」
 雲行きがおかしい。体育館のなかが静まりかえる。この場に及んで、死んでください、だと。逃げなければ、動物の直感がそう告げていた。一刻もはやくここから逃げなければ。
「反応が何もないですね。それでは何か質問のある方、挙手でお願いします」
 右隣の渋澤怜が立ち上がったまま挙手し「はい~はい~」と声を張る。そしてまだ指名されてもいないのに
「死ぬってどういうことですか?」
 とまるで小学生のようなことを訊いた。山本清風の顔に笑みが浮かぶ。
「こういうことです」
 と言い終わってすぐマイクをおろした山本清風の口が大きく開く。彼の両耳が10センチくらい側頭部から飛び出し高速で回転をはじめる。ギュイン、ギュイン、ギュインと非生物学的というよりむしろ物理学的な音が体育館中に響きわたる。鯨の全身の毛が逆立った。「まさか、荷電粒子砲!」 危ないっ、とも叫べなかった。激しい耳鳴りがしたので顔を伏せ、床に反射する青白く目映い閃光を見た。そのまま右隣に視線を戻すと黒ストが2本、床と垂直に立っている。(良かった)と視線をあげると渋澤怜の首から上が消滅していた。はたりと、頭部を失った「渋澤怜だったモノ」がパイプ椅子に静かに腰掛ける。そして後ろを振り返ると渋澤怜の椅子から後ろ数列のパイプ椅子に座っていた創作文芸作家たちの姿がまったく見えなくなっているか、体の一部が欠けていた。右腕だけを失った踝祐吾さんと左腕を失った秋山真琴さんが哀れ床でのたうち回っている。数脚のパイプ椅子も部分的に欠けている。たった一撃で体育館の床は穿たれ、後ろの壁には大きな穴があいている。なんという破壊力だろう。再び壇上の人、山本清風は口を開き両耳、いや〈加速器内蔵型耳殻〉は回転をはじめた。体育館のなかは騒然となり、作家性をまったく喪った群衆が出口へと殺到する。しかし出入り口の鍵は閉められている。いくら叩いてもその厚い扉は破れまい。出入り口に人が集まっているなら、山本清風が火線を合せるのは楽だ。次の発射まで約10秒といったところか。鯨は自分のパイプ椅子から動かなかった。いや、動けなかった。この瞬間にどう動けば助かるのか考えるよりも、結局渋澤怜に『音楽の花嫁』の感想、というよりあれは小説未満であるという事実を伝えられなかった後悔が先立った。
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by suikageiju | 2012-11-23 10:00 | 感想 | Trackback | Comments(0)