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Natural immunity
 その老人は蝋燭の明かりだけで眼鏡の蝶番を調節しながら、片方二重の女性作家について語る。
「私は彼女に人間の形を見いださなかった」
 でも霜月みつかはきちんと人間であったのでしょう?
「確かに人間だった。けれど私は概念的な世界において、作家としての彼女を球体ととらえていた」
 それは彼女に人間性を見なかったということか?
「違う。最も先鋭な人間性を持つため作家は球体でなければならないのだ」
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 自然免疫力とも訳せる本書『Natural immunity』(霜月みつか著、1103号室。)には三篇が収められている。その最後の篇「わたしはかえる」に書かれた言葉が心に刻まれた。
その人とわたしの差は何。

 人間皆平等と思いたがるとき、その裏には「私を見て欲しい」という思いが隠されている。人間は生きていく上で何度か、或いは数え切れないくらい選択しなければならない。選択するということはそれ以外の選択肢を捨てることだ。ある場合には、特になんでもない理由である人を選び、ある人を捨てなければならないこともある。またはある命を生かし、ある命を殺すこともある。それは自分にとっては大したことではなくても、他の人にとっては重大なことかもしれない。特に「私を見て欲しい」という思いにとっては痛いくらいに重すぎる。この篇を読むと、いくつもの選択肢を非情にも踏みにじってきた読み手には辛い記憶が甦ってしまう。
 この短篇集を覆うビニル袋は作者の言うようにこの本を守る"免疫力"などではなく、この本から読み手を守るための"ゴム"なのかもしれない。

Natural immunity

霜月みつか / 霜月みつか


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by suikageiju | 2013-04-30 21:03 | 感想 | Trackback | Comments(0)
生放送から卒塔婆文化を理解すること
 うちひしがれた鯨と酔客を乗せて私鉄は蛇行しながら郊外を目指す。ただひたすらに後悔の念が押し寄せていた。後悔するのに費やす時間がいつもより長く、考えをまとめるのに時間がかかったのは脳の糖分が不足していたからだろう。きっと、レッドブル一杯では足りなかった。アルコール飲料を摂取して忘れていた方が、その後の頭痛を考えなければマシだったのかもしれない。

 4月14日夜、大阪難波の高島屋8階にある居酒屋さんぽで第十六回文学フリマの打ち上げとして鈴木さんとクロフネ3世と伊織さんに囲まれて飲んでいたとき、超文学フリマ一週間前の20日夕に開催するニコニコ生放送を使った宣伝会議の話を聞いた。そのとき鯨は参加を表明した。これは、一週間に一回の頻度で人と会うのも楽しいだろうと思ったからだ。それもニコニコ生放送をするとのこと。新奇でおもしろそうである。難波で話を聞いた時点では、それは極めて内輪な生放送になるだろうと容易に予想できた。あるいは「卒塔婆」的な。
 開催の数日前までに参加メンバーにいくつか変更があった。そしてノンポリ天皇がメンバーに名を連ねていた。違和感を得た。こんな極めて内輪の生放送になぜノンポリ天皇が、と。普段のノンポリ天皇の活動とはあまりにかけ離れた選択に戸惑いを隠せなかった。ノンポリ天皇の芝浦慶一氏はその参加メンバーをよくご存じなかったのではないかと疑ったくらい。ただ準備時間、目白の森の某教室で鈴木さんが「あのノンポリ天皇が来ますよ」と言ったとき、すべては大丈夫なのだろうと信じた。ただ16時半過ぎにノンポリ天皇の一行が遅刻して来場した後、渋澤怜が放送開始前に来場して鯨に「ブログがすごいしっかりしていて意識が高いと思って」と間の抜けたことを言っていて、もしかしたら芝浦氏も渋澤怜の轍を踏んだのかもしれないと危惧して、氏のこけた頬を見る。それは凶相である。
 17時半に放送が始まったけれど、2サークルがまだ遅刻していた。ゆえに段取りもどういう順番で何を話すのかも決めることはできなかった。遅刻したサークルをどう割り振るのかという段取りさえも。そんななか始まった初回の芝浦氏の発表はその創作姿勢と同様に抜け目がなかった、ただ一点だけ、それが普通の本の宣伝であることを除いては。あるいはその時にもう場が変わってしまっていたのかもしれない。
 次の発表はクロフネ3世である。彼が話し出して最初の生放送枠が終わって延長が成功したときに、鈴木さんが喫煙のため場を去ったことに驚く。リアリズムから逸れることを恐れるならば鯨は怒りを覚えた。鯨は嫌煙家ではなく、喫煙家である。怒りを覚えたのは、まず話しているクロフネ3世に失礼だろうという実にどうでも良い見当違いな理由からである。次にノンポリ天皇が普通に本を紹介をしたことで、この生放送が「変人」や「キチガイ」を演出してただ垂れ流すだけの放送から何か宣伝を志したようなキチンとした放送へと変わり司会進行を疎かにできなくなった流れに鈴木さんが気づいていなかったからだ。「流れ」というかこれは天皇陛下の意志だ。鈴木さん、天皇陛下はどうやら白塗りが出てきただけで視聴者が喜ぶような放送はしたくないようですよ。もう鯨自身の発表は本を使わずスライドショーベースで進める以上どうにもならない、それでも鈴木さんはまだなんとかなるだろうとは思っていた。白塗りだけど。主催者である鈴木さんが姿を消した会場内で、鯨は苛々としてミネラルウォーターを口に含んでいた。もし鯨がアルコール飲料が好きなら室内に垂れ込める不穏な空気から来る緊張をかき消すために飲酒してただろう。クロフネ3世の発表がもうすぐ終わりに近づく。さすがにと思い鯨は鈴木さんを呼びに教室後ろに付属するベランダに赴き、ガラス戸を拳で数度叩いた。「どうしました」とガラス戸が開いて白塗りの男が顔を出す。鯨はきつめに言う。
「もうすぐクロフネ3世の番、終わりますよ」
 だが
「まだタバコを吸っているんで」
 と返事をして鈴木さんはガラス戸を閉め、再び喫煙スペースであるベランダに戻った。今度の鯨は怒りを覚えず不安になった。そして不安のあまり席に戻って隣に座っていた渋澤怜の前で暴言を吐いた。このままでは佐藤さんから聴いている芝浦氏の性格から考えてどこかのタイミングで場は荒れる、だがそうなる前に鈴木さんと何かしらの手を打つのは無理だとその時点で判断した。ずばり、鈴木さんを庇うのは諦めた。部屋の対角線上に座る芝浦氏の痩せこけた頬を怯えながら見る。そしてクロフネ3世が話し終わったときも鈴木氏はまだベランダにいた。芝浦氏がカメラの前に姿を現した。そこで発せられた「内輪盛り上がりがひどいんで、コメントでdisってください。こんな屑どもに進行をまかせちゃダメですよ」という芝浦氏の言葉は、語感は悪いけれど、その通りだと思った。だが、それを見てしまってからは後はもう「卒塔婆」でいこう、と割り切ることができた。ノンポリ天皇も本の宣伝も関係ない、4月14日の夜に鯨が、たぶん鈴木さんが、伊織さんが、クロフネ3世がイメージしたままの放送をつくっていこう、そう決めた。
 卒塔婆も白塗りも内輪で楽しむネタにはなりうるけれど、それ以上ではない。そもそもこの超文学フリマ向け宣伝企画会議は宣伝とは名がついているが何ら宣伝にはならない。もし宣伝ならば誰かの知り合いの「生主」か「歌い手」でも招聘すべきだろう。だがそれをしなかったということは、その生放送は最初から趣味の延長線上にある遊び、内輪発内輪向けの放送である。それは告知ブログを見ればわかりきったこと。つまりあの会は最初から卒塔婆であり、卒塔婆として楽しむべきものだった。そうだ、と鯨は気づく、鯨の不安は会の趣旨とメンバアの募集方法が一貫していないチグハグさによって生じたものに過ぎないのだ。それは何の解決にも繋がらない気づきだったけれど、不安はすぐに消えた。そして、ただあなたの道化師になりたい、と願った。
 それからの鯨は自由にやらせてもらった。最初から卒塔婆であることは分かりきっていたので発表も卒塔婆的にやらせてもらった。というよりスライドショーは卒塔婆風に作ってあったので中途半端にやるわけにはいかなかったのだ。自己満足ではあるが、卒塔婆を完結させることができたと思う。その後もすべて卒塔婆的に振る舞った。表に出てくる視聴者もコメントを読めばこの放送が卒塔婆であることが分かっているようにうかがえる。例えば「コメントを読んでくれないなら帰ります」なんてコメントも実に卒塔婆性に満ちている。伊織さんはお菓子とお酒を買い込み顔を朱に染めながら酔っていた。実に卒塔婆婆である。ただ、だいぶ遅れて来た高村暦さんは16時まで寝ていたのに卒塔婆的ではなく振る舞った。普通に本の宣伝をしていた。その実直さが道化師としてしか生きられない鯨には輝いて見えた。そして最後に「楽しかった~」と言っている渋澤怜の朗らかさが羨ましく思えた。
 次の生放送会場に行かなければならない都合で鯨は20時には会場を去らざるをえず、鯨がその生放送のwifiを担当していたので20時に会は終わった。鯨が帰り支度をしていると
「聴いていたなかで高村さんのが一番良かった」
 と芝浦氏が誰宛にでもなく言う。それは間違いなくそうで、普通に本の宣伝をしていたのが高村さんと芝浦さんの2人くらいしかいなかったからだ。一番良かったのは芝浦氏のものだろう。帰り仕度が済んで鯨がいざ帰ろうとしたときに、芝浦氏は鈴木さんを呼び止めて
「参加者に集客力がない」
 と言っていた。鈴木さんは「この人がいるから観ようと思う人はノンポリ天皇さんと鯨さんしかいないんで」などと返していたが、そんな返答はもう無意味だろう。2人の前提は生放送のはじめから大きく食い違っているのだから。
「お酒はやめましょう。鯨さんがうるさくて半分くらいの視聴者は落としましたよ」
 牟礼鯨はチョコレート菓子バッカスのなかに入っている洋酒以外のアルコールは摂取していないし、周知の通り普段から酔っぱらった風体の鯨である。芝浦氏が自己愛のあまり現実を認識する力を失っていたのはいつからだったのだろう。鯨は挨拶をし足早に会場を出て目白の森をあとにした。そのあと、芝浦氏が鈴木さんとどんな会話をしたのかは知らない。
 池袋駅についてから20時20分頃、西口のケンタッキー前に鯨鳥三日の三人で集まりビッグエコーの一室でユーストをした。和やかな放送だった。ラストオーダー後のコメダ珈琲で三人が無言で座っているとき、ふと、生放送の追加枠の料金を鈴木さんに払い忘れていたことを思いだした。超文学フリマでちゃんと払うので待っていてください。
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by suikageiju | 2013-04-21 10:45 | 自己愛な人 | Trackback | Comments(0)
Lull
 大阪文学フリマの翌日13時半過ぎに鯨は中崎町に降り立った。来阪するときに鯨は新大阪から御堂筋線で難波か天王寺へまず行ってしまうので、中崎町へ行くということはもうこれから大阪を離れるという徴である。ただ、まだ東京へどうやって帰るかは決めていなかった。ふらふらと通りを歩き、入ったのはアラビク。なぜそこにしたのか? 文フリ当日に大阪にいるだろう全ての知人を喪失した鯨は、きっとアラビクになら犬尾春陽さん或いは他の作家がいるだろうと考えたからだ。喫茶の鯨は卓に座り天秤ブレンドとチョコケーキを注文して、某誌に載せる原稿をポメラで書いていた。ケーキを食べ珈琲を飲み、あとで宮内悠介さんらが来店されてからはポメラを閉じてkindleで読書をしていた。同じ学部出身ということで話しかけても良かったけれど鯨の方が5歳くらい後輩でしかも面識は無かったので気後れする。宮内悠介さんと同行されていた方が店主と話しているとき、犬尾春陽さん、花森ゆきめさん、そしてFさんが来店した。予想が的中して安堵する。しかも動詞ではなく固有名詞級の的中だ。柱の蔭から犬尾さんがゲルマニックな顔を出されたとき、鯨は挨拶をした。
「犬尾さん、こんにちは」
 驚かせてしまったようだった。鯨は卓の端により、3人と鯨は一つの卓を囲んだ。そのとき、嗅覚を失った花弁一枚とひき換えに花森さんから渡されたのが7篇からなる言葉の断片が収録された『Lull』である。
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 アラビクのあとは芦屋へ行くという予定を聴いていたけれど、結局そこへは行かずに中崎町の古着屋さんで「出産は才能」という知恵を得てから犬尾さん、花森さん、そして鯨は新大阪で新幹線に乗り込む。大阪から名古屋まで、犬尾さんと花森さんは三列席、鯨は二列席の通路側と隔離されていて、そのときに鯨はアラビクで手渡された『Lull』を読んだ。横書きに構成された文塊がその余白に溶け出すようにして文意を拡げていく。韻文でも散文でもない、この蒸溜器とも呼ぶべき言葉の器を読み終わったとき「lulu」の最後の段が、頬の温度を失うくらい素晴らしかったので通路の向こう岸にいた花森さんに言葉をかけようとしたら当の著者は眠っていた。
 名古屋駅を出て花森さんと犬尾さんがどこかへ行き、鯨が誘われたのは三列席の真ん中だった。美女に囲まれた夢のような車内。左隣の犬尾さんが喫煙スペースに立ったとき、右の肘置きに体重を預けて鯨は右隣の花森さんに声をかけた。
「どうして横書きなのですか?」
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by suikageiju | 2013-04-16 21:28 | 感想 | Trackback | Comments(0)
第十六回文学フリマin大阪報告
 人が何かや誰かに「気持ち悪さ」を感じるとき、その感情はまだその事象に気づいてもいない段階からそれを知覚しはじめた段階へと一歩前進した、その反動である。やがて気持ち悪さは快感に変わるだろう。第十六回文学フリマin大阪は大盛況のうちに終了し、1600人の来場者を数えたという。数字ではないのならサークルスペースから望むことができた壇上見本誌コーナーの盛況ぶりを描写すればそのことが伝わるのだろうか。「大阪に創作文芸を買う習慣が無い」「大阪の同人誌即売会は午後が伸びない」という迷信は捨て去った方が良いだろう。そして弊社はまた大阪での文学フリマに参加したいと考えている。それがたとえ「西瓜鯨油社」では参加できず例えば「鯨鳥三日」でしか参加できないとしても、夜行バスに乗って牟礼鯨は大阪へ赴き、たくさんの人が抱えてしまった「気持ち悪さ」と出会いたい。
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 前夜は味園ビル2Fのデジタルカフェスクリプトで鯨ナイトを午前1時まで続けていた鯨は5時半に起きて朝風呂に浸り、6時50分から一時間でブログを書き終えてから御堂筋線なんば駅よりなかもず駅に向かった。改札を出て2番出口へ向かうとm2さんが神戸屋のパンを頬張りながら会場に向かうのと出くわす。2人で並んで中百舌鳥の街を歩き、午前9時前に会場につくとちょうど設営がはじまったところで、鯨はm2さんに軍手をもらって設営に参加した。入口側が会場付属の合板材むき出しの汚い机で、奥側が業者搬入のピカピカの机で、もし入口側に座ったサークルが初心者で敷き布を用意していなかったら可哀想だなと思った。また、外周と数列だけ会場付属の固定椅子で、その他はパイプ椅子となっていたのも気になった。まさか机や椅子ごときで「僕のサークルだけ扱いがひどい。これは文フリ当局の陰謀だ」など不満を述べる人はいないだろうし、運営の金銭的な事情もあるのだろうけれど、全体に統一感を求めやすい病質な鯨は唇を噛みしめて耐えている他なかった。
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 設営後、全サークル一番乗りで入場証をカタログに変えた鯨はポプルスさんが手渡ししてくれた段ボールをこじあけて、初めて新刊『オルカ』と対面した。ノンブルがちゃんと打たれていて安心する。設営に追われていると午前11時になり文学フリマ開場となった。一般入場者数が列を為していること、最初の30分でいきなり10冊売れたことに驚く。今回は高村暦との鯨暦譜企画もあり新刊『オルカ』の購入希望者に「実はこの白い本、高村暦という女の子が書いたもので内容は『オルカ』とまったく関わりがないんですけれど、この本も同時に購入されると合わせてナント1000円。それに特典としてその女の子が書いた『****』という話も読めるんですよ」と勧めると9割の方が鯨暦譜っていった。また、午後3時過ぎにも通路に人が流れ見本誌コーナーにも人が残っているくらい、来客がひっきりなしだったので鯨はほとんど出歩けなかったけれど朝戸紺さんや水城麻衣さんや夛田葛さんや井ノ上岬さんや分離派の久保田輝くんなど関西在住の方とも話せたし、篤里ちゃんをはじめ多くの美女が弊社の本を購入していってくれた。第十五回文学フリマで刷った『南武枝線』は完売し、『コルキータ』第四版も手持ち分は2冊になり、鯨は充実した5時間を過ごせた。彼ら彼女らとその他の名も知らぬ彼ら彼女らにも感謝をささげ、そしてこんな素晴らしいイベントを運営してくれたスタッフの方を褒め称えたい。そして望月代表の閉幕のアジテーションに感涙した。
 文フリ後は懇親会を待ってもいられず、屋代秀樹さん、山本清風、栗山真太朗ともう1名、渋澤怜、吉永動機、そして神戸在住の碧眼女子・篤里ちゃんの8人で中百舌鳥のデニーズに入った。歓談ののち、篤里ちゃんは飛び立ち、その代わりにと言っては何だけれど高村暦が鯨暦譜の後始末のために合流し、兎角毒苺團の3人もやってきて中百舌鳥の夜は更けていく。最後に残ったのは兎角毒苺團の3人と鯨だった。
 午後7時過ぎに会計を済ませ、地下鉄を乗り継いで長堀橋駅へ移動。駅近くの大阪南郵便局ゆうゆう窓口で伊織さんと超文学フリマへの搬入物を午後8時過ぎに発送した。それから難波の高島屋8階さんぽで望月兄弟、大阪事務局代表、安倉儀たたたさん、鈴木真吾さん、クロフネ3世とあと1名と合流する。望月さんから「そうさく畑はlegacyなイベント」などの言葉も出て来て、あの生放送への思いも聴けた。そしてイベント運営の裏話も聴けてこの人がいるからこそ文学フリマが続いてこれたんだなと実感できた。それから望月兄のバスの時間まで飲み続ける。午後10時40分ごろに高島屋を出て宿泊地へ向かう人、バスターミナルへ向かう人と別れて味園ビルの夕顔楼へ移動する。そこで安倉儀たたたさんがNETOKARUの記事にこめた思いや文学フリマの各サークルへ向けた熱い思いを聴けた。うん、がんばるよ鯨は。
 そして望月代表が地平線に沈む午前1時、それぞれの思いを抱いて伊織、大阪事務局代表、望月代表、安倉儀たたたさん、そして鯨は難波の街に溶けていった。
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by suikageiju | 2013-04-15 10:13 | 大阪 | Trackback(2) | Comments(0)
大阪文学フリマ前夜祭報告
 4月13日(土)20時前、大阪ぼてぢゅう本店で腹ごしらえをした佐藤山本清風渋澤怜、牟礼鯨の4人は徒歩で味園ビル2Fにあるデジタルカフェスクリプトに向かった。味園ビル侵入後、2Fの深夜営業飲食店群を廻ったあとデジタルカフェ店内に入ると雪ヲさん以外の姿はなく、4人は靴を脱いで方形の卓を囲んで飲み始めた。ぽつりと佐藤さんが「このまま寛いで終わればいいなあ」とおっしゃるくらい4人は都市間移動に疲れていて、そしてデジタルカフェは寛げて、居心地がよかった。なにしろ第十六回文学フリマこと大阪文学フリマの前夜である。明日まで体力を温存しておきたい、そんな目論見があったことは否定できない。そして鯨は夜行バスで移動したため2時間も寝ていない。眠い。
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 その後、才能が服を着て歩いているので文芸結社猫の表紙を多数手がける西本愛さんが加わり、鯨に黒い手紙を渡しに来た高村暦はすぐに帰ったけれど、漸次鈴木真吾さん、クロフネ3世さんが参加して7人というマジカルナンバー7±2ギリギリの人数になった。その後、数分だけ顔を見せられた望月文学フリマ事務局代表が残していったのは上住断靭文学フリマ大阪事務局代表、東京の文学フリマスタッフの方2名と寄政さんであった。このときの参加者は11名に達し、マジカルナンバーをはるかに超えてしまったため、数えるのをやめた。
 最早お互いが誰が誰だか分からないので自己紹介をしたあとに良くも悪くも頃合いよく入場したのは西成警察署の前に出張所を構えた森井御大率いる何故?の方2名であった。総勢14名であり、鯨がどうにかできる人数を超えていたので、そのうち考えるのをやめた。ただ大分県から来訪した森井御大は鯨が考えるのをやめさせてくれるはずもなく、さっそく小柳日向問題に触れて鯨は彼女に対してやりすぎてしまったことを反省する次第となる。福岡ポエイチでは彼女に謝罪しなければならぬだろう。
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 その後、分離派文芸組合さんが赤福を片手に来訪され、読んでいないのに付箋だらけの『南武枝線』と西瓜鯨油社宣言について滔々と語ったあと鯨、清風、鈴木の3名を千坂恭二氏が参加している同じ味園ビル2Fの「政治と芸術」のトークイベントに引き込んだ。このタイミングで佐藤、渋澤、西本は味園ビルを後にする。一方トークイベントに加わる破目になった3人はコーヒーを片手に大阪と他の都市との地理的・社会的な構造の違いと芸術についてトークした。清風さんが飛田新地の話題を出すとワッと盛り上がる、着地点の見えないトークイベントだった。絶滅危惧種の極左活動家は人間国宝になるのかもしれない。
 デジタルカフェに戻ってから森井御大は非公式ガイドブックなど昨今の創作文芸事情に触れ「最近の鯨はぶれすぎ、ゆらぎすぎ。創作文芸を率いることができるのは牟礼鯨しかいない。だから、牟礼鯨を名乗った以上もう後戻りはできない」ということをおっしゃられていて、鯨は正座して聞く他なかった。話題が可能性の文学についてへ移行していくなか、東京・姫路を経由して入阪した伊織さんが日付が変わったか変わらないか定かではない時刻に卒塔婆を片手にログイン。清風さんがその巨乳に見入っているのを鯨は見逃さなかった。
 震度6弱の地震が起こった4月13日が終わり、いつの間にか清風と森井御大とJASONさんと伊織さんとラガーマンさんだけとなったデジタルカフェ、鯨はふらりと立ち上がり雪ヲさんに自分の飲み代2100円を支払い、その場を立ち去った。確かにその瞬間4月14日午後1時5分に“鯨ナイト”は終わったのかもしれない。でも大阪文学フリマ前夜祭はまだまだ続いていたと聴く。無論、最初からそれは“鯨ナイト”なんかではなく、文学フリマ前夜祭であって、参加した各人が主役であったのだ。言うまでもなく。
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by suikageiju | 2013-04-14 07:50 | 大阪 | Trackback | Comments(0)
空港まで歩く
2005年3月7日
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 午前6時に朝食を摂る。エルハナはスーサのエルハナビーチよりも菜単が貧弱だ。朝食後、ダール・アル・アブダラー博物館へ行き、帰りはスーク(市場)で箱のお土産を10ディナール(言い値は40ディナール)で、また、チュニジアおやじ達が着ていた茶色のコートをこれまた25ディナール(言い値は40ディナール)で購入した。風が強い。
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 11時15分までホテルで粘りネプチューン食堂で少し早めの昼飯を食べる。まだ今日のランチメニューが書き上がらないときに入店して、食べているときにメニューが書き上がっていた。店員が説明してくれたクスクスとマカロニのうちクスクスは昨日食べたのでマカロニを注文する。出てきたのはなんとスパゲッティだった。しかも味は肉とソースだけ。食べている内に哀しくなってpommeを頼もうとするが無いとの返事。で、ファンタを頼む。で、飲む。そして空港まで歩いていくことを決意する。地図で見るとそこからどうやら10㎞はある模様。歩けない距離ではないといえ見知らぬ土地での長距離歩行はきついか。でも時間はあるのだし休み休みゆっくり行けばいいしゆっくり行ってもまだ離陸時間まで7時間あるのでと空港まで歩くことを決行する。食堂を出て11月7日広場から北上していく。今日は昨日までの疲労感は薄れ、体中すっきりとしている。抜けるような青空も気持ちがいい。そしてラ・メゾン・ブランシェの角を右折しまっすぐ歩く。ここいらから道は舗装されていない泥道と化す。そしていつか道は郊外の都市間道路の様相を呈してくる。トラックに乗った少年が鯨に向かって叫ぶ。なんだか英雄になったみたいで気持ちが良い。もしかしたら罵声を浴びているのかも知れないけれど。35号線のバスが旅客運送をしているのを見てこの道があっていることを確認する。それはチュニス到着の日に乗ったバスの路線だ。
 そして前近代的な飛行機のモニュメントが見えたので左折。石油タンク(ガソリンタンク?)が見えたので空港地区に着いたのだということを確信する。しばらく行くと空港らしき建物が見えたので期待するがよく見ると見たことがない建物だ。看板には「AEROGARE FRET」と書いてある。なんなのかよく分からなかったけれど旅客用の建物へはもっと歩くのだと道ばたにいたおっちゃんは教えてくれた。どうやらそこは貨物専用の空港施設のようだ。箱詰めは嫌なので前進。すると前に見たような建物が見える。1時間ちょっと歩いてやっと空港に到着である。チェックインにも早すぎて空港のカフェでchocolat chaudを頼む。
 空港の土産物屋にも飽きたので無駄な抵抗ではあるが空港の西へ歩いて行ってみる。なにしろ風が強いし、寒いし、何も無いし、心細いし道が立体交差だしと戻ってきてまた土産物屋を冷やかしたり、絵画の説明を受けたりした。そして飽きるとまたおなじカフェであるCAFFE RITAZZAの同じ席、つまりカウンター席の一番端のかべに背中をもたれさせてまたchocolat chaudを頼む。というより店員がなにか言ってうんうんと頷いていたら出てきたのがそれだったのだ。1ディナールだから気にしない。昔は1ディナールで1人が年間に食べる量の小麦を買えたのだと佐藤次高教授が言っていたのを思い出す。それが今やチョコレート1杯だけだ、ディナールの価値も下がったものだ。それからチェックインと出国審査を済ませる。職業とかいろいろ訊かれたけれど理解してくれて無事に出国できた。持っていて両替できなかったディナールを減らすためゲート内のカフェでミルクティーとガトーショコラを食べる。
 チュニスからパリへの飛行機の機内食も最低だった。カイラワーンでクスクスを食べたときの感動を一瞬で無に帰すような味だった。味つけのないクスクス、チーズのはいったサラダ、まずい魚の缶詰、冷えた豚肉。とにかくまずい。デザートも水っぽくてまずい。おいしかったのは唯一パンだけ。
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 チュニジアの一般的な民家の扉につけられた「ファーティマの手」
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by suikageiju | 2013-04-02 23:57 | チュニジア旅行記 | Trackback | Comments(0)
第十六回文学フリマ前夜祭
 大阪文学フリマの前夜に集まろうと文学フリマ前日に大阪で文学的存在と会うにはという記事を書いたところ

 という嬉しい反応があった。御大それって「鯨ナイト」に参加したいってことじゃないですか? というツッコミは無しにして「『非公式ガイドブック』なんてくだらないことをどういう了見でやっているのか」という命題についても4月13日(土)20時より味園ビル2Fで徹底的に話したいと思っている。鯨も当初非公式ガイドブックはくだらないと思っていた。だからこそ鯨は非公式ガイドブックに責任編集者として加わる選択肢を採った。それぞれがこの企画について思うところや怨み節があるだろう。だから鯨は君の「理屈」を聴きたい。

 気骨のある人はぜひそれぞれの「武器」を持参の上で来て欲しい。鯨は自分を怨んでいる人間、嫌っている人間と話すのがとても好きなのだ。なぜなら鯨を怨んでいる、嫌っているということはその人のなかに鯨と同じ部分があるから。その人がその人自身の内なる「鯨」とどう向き合っているか、それを知りたく思っている。また、鯨のことを好ましいと思っている人間と話すのも勿論好きだ。その人は鯨にないものを持っているから。

 それだけではない、第十六回文学フリマ前夜には同じフロアの秘密倶楽部にて猟奇的な人々の魔宴が催されると聴く。どうやら13日の夜、味園ビル2Fは文学フリマ界隈の人で溢れることになるだろう。

 あと、4月15日(月)に有給休暇を取りました。
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by suikageiju | 2013-04-01 22:45 | 大阪 | Trackback | Comments(0)