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MILLE-FILLES
 桐島こより編集長によるこのがなぜ手もとにあるのか分からない。入手したとしたら銀座か池袋だろうか。でもそこらでこの本を購入した記憶がない。表紙は黒のジェッソに白や黄色のアクリルガッシュを置いたようで、絵本画を粧っている。
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 あちゃと名付けられた瞼の厚ぼったい、子犬のような鼻をした女の子の写真が何枚かある。ナグリアイの子だという。公園であちゃはまるで自由そうに無邪気に遊び回るけれど、やがて終わろうとする搾取の季節を懐かしむような視線を向ける。「ねぇ、私から奪って、いろいろなものを、もっと」 それが"彼女たち"の生きる縁だから。

Stand Alone、町田ひらく
 運動会や合唱会や遠足といった学校行事の撮影・編集・上映係として児童はもちろん父兄や校長先生からも信任篤かった教諭A。だが実際の彼は幼女性愛者だった。運動会の上映会で、あやまって女児の放尿盗撮映像を流してしまったAは処分を待つ身だ。それまでの功績を省みられることなく、実際に女児には触れたこともないのに、単にその性癖により、Aはまるで犬のように罰せられ捨てられるのだろう。不誠実で残酷な社会のなかで生きようとしたAの最後の悪あがきは、この歪んで潔癖症な社会への最後の反抗。

総括ヘビーローテーション、宗像郁
 広井王子を自宅に泊めた秋元才加や彼氏との写真が流出した平嶋夏海や社長の喜び組だったことが発覚した篠田麻里子を、他のAKB48メンバーが次々と「総括」(参照:連合赤軍)していく話。少女たちの「夢」を養分に拡大するショービジネスは多くの犠牲を少女たちにもたらした。ではその先で少女たちは何を諦念し、何を得たのか? もう一度、蜷川実花とともに考えたい。
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by suikageiju | 2013-06-16 19:58 | 感想 | Trackback | Comments(0)
BARラジカルにて
 8日20時30分、地下鉄西新駅の改札を出て右手、3番出口近くの無機質なベンチに野良評論家久保田輝が座っていた。文学的ストーカー行為を繰り返し、東京や大阪の文学フリマで文学的ナンパを繰り広げてきたこの男は三重県を飛びだして、とうとう福岡市までやって来てしまった。久保田の隣に鯨が腰掛けると改札から高村暦女史が歩いてきた。もしかしたら鯨と同じ電車だったのかもしれない。
 5番出口から出て西新の町を歩く。博多、中洲、天神に続く繁華街として知られる西新だけれど数十歩離れただけでもう地方都市特有のコンクリート的な寂れの湿っぽい臭いが漂う。うす暗い大通りを3人は南東に向かって歩く、まるで藻の生えた海を掻き分けて進むように、文学的な期待で窒息しそうになりながら。城西二丁目交差点の角、右手にある建物の壁にフリードリヒ・ニーチェの横顔がデカデカと貼られている。そこがBARラジカル、福岡における文学的叛徒どもの拠点だ。[BAR ラジカル foursquare]
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 先客がライダースーツを投げ出してカウンターに座り珈琲が淹れられるのを待っている。マスターに対して右端奥から久保田輝、牟礼鯨、高村暦と座った。まず5人は西新そして福岡という土地の確認をする。西南学院や修猷館などがある西新、そして文官で唯一戦犯として処刑された広田弘毅を軸に親不孝通りの予備校文化などで形容される福岡にこびりついた文化の残滓を手探りしていった。
 続いて如何にも文学青年という感じの眼鏡男子が入店して鯨たちとは離れたカウンターの席に座る。彼は西南学院大学読書会『十二会』の人と名乗る。
「どんな本を読むのか」
 と問えば
「世界の文学」
 と答え
「たとえば」
 なら回答は
「20世紀後半の作家」
 である。そこで久保田が「カフカとか」と頓珍漢をするが、彼は表情を変えることなく
「マルケスとか」
 と言った。ガルシア・マルケスなら鯨も昔少しかじったことがある。何でも直近では『コレラの時代の愛』を読んだと彼は告白する。
「是非とも『予告された殺人の記録』を読んでもらいたい」
 と鯨は勧めておいた。それに頷くようにして頭を垂らし、再び彼は目の前の印字された紙の束に目を落とす。
 やがてポエイチの交流会に参加していた森井御大が入店した。そこで御大に暦、輝、鯨の4人は将棋盤のあるテーブルにグラスを移し語り合った。
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 森井御大にとって高村暦と久保田輝は初対面であり、久保田輝にとって森井聖大は初対面であり、高村暦にとって森井聖大は初対面であった。まずはそれぞれの存在理由の確認から入った。そして久保田が「何故?」の今後を森井御大に問うと、御大は商業誌に活動の拠点を移すと宣言した。理由はもう同人誌が嫌になったからだと云う。賢明な選択だと思った。「鯨も同人誌であることに行き詰まりを感じていると思う」と森井御大は言いのける。それは確かに鯨もそうだと思っていたのですぐに肯んじた。その上で御大は
「鯨も小説だけで食っていきたいんだろ」
 と半ば押しつけるように言ってくる。そこで鯨は
「そんなことはない」
 と答え
「カフカが作家としての鯨の理想像である。どんな作家であっても浮き世の義理として働かなければならない。それは書くこととは別だ」
 と補足した。もちろん死ぬまでということではない。もうこれでたくさんだと思うまで浮き世で働いて、不必要なことで騒ぎ立てたとしても書く自由を与えてくれた社会に報いる、それが生活者による生活者のための文学の根拠であり糧だ。その答えに森井御大は不服だったようで
「でもカフカは生前無名だったではないか」
 と言う。もちろん本当に無名であったとしてもだからどうしたという質問だったが、それは文学史とは別の作家神話に過ぎない。カフカは世界的ではなかったにせよ無名ではなく、むしろ有名だった方だ。そこで
「そんなことはない」
 と否定するもここで森井御大と鯨とで押し問答になる。BARラジカル中に2人の怒号が反響し、緊張感で満ちたけれど、2人とも文学フリマ界隈きっての大人なので、埒があかぬと知れるや話題を一旦やめた。いつの間にかメインストリームの桜子さんと尖った感じの青年が入店していた。
 森井御大が商業誌を目指すのは、長年同人誌をやってきて嫌になったからと云う。それは同人誌が商業誌の下部組織でしかないことに我慢がならないからだ。そこで一度森井御大自身が新人賞などを取って名を上げてから文学フリマに戻ってくる。そして大塚英志が掲げていたように、既存の出版業界に並ぶ対等な市場として文学フリマを有力作家森井御大が活性化していく。つまり文学フリマ全体が文壇的なものと対立するものとして一致団結し、もう一つの文学の市場を樹立するために運動をしなければならないというものだった。不遇な時代が長くて御大も日和ったなと思った。
 とは言え森井御大が商業誌を目指すのは応援したい鯨であったが、またもや御大は「鯨も商業誌を目指せ」と言ってくる。まるで技量がなく努力もしないくせに名声だけは得たい我が儘な屑どものように。そこで
「もし商業をやるならまったく書くものを変えなければならないから嫌だ」
 と答えた。
 森井御大はそれに対し「商業もそれ以外も違わない」と言ってくる。
「そうは思いたいが、商売として見た場合、文学フリマに出てくるような本は商品として成り立たない」
 と鯨は反論する。ここでまたもや鯨と森井御大による「違わない」「違う」の押し問答が続く。さすがの鯨も頭に血がのぼってきて「森井さん、あなたはまさか自分の進もうとする道を歩むのが怖くて、同意を欲しがっているのですか」とか「商業もそれ以外も違わないというならあなたが商業誌でデビューしたいというのは文学のモンドセレクションを受けたいということだけですか」「あなたの作品は商品化すると単純につまらなくなるだけだ」と言おうと思って喉まで出かかったけれど止めにしておいたくらいである。
 ここで久保田が森井に同調して文学フリマが一致団結しなければと傾いたので、鯨は対案として、文学フリマに出ている作家は書く意志はあるが読解力も批評力も思考力もない、そんな作家達を文学フリマという枠組みでくくって一致団結させても意味がないと意見。商業誌に対立するための文学フリマにするのであればそれは商業誌、或いは久保田の言う「文壇」という実体のないモノ、によって文学フリマが未来永劫規定されることになる。それは対等なもう一つの市場と言えない、下部組織のまま。文学フリマがもう一つの市場となるためには個々のサークルが「文学フリマの~」という冠を廃して主体として「~が参加している文学フリマ」にならないとダメだ。そのためには個々の作家が森井さんみたいに商業誌で活動する道もあるし、或いは研究職で活動する道もあるし、痴漢で逮捕されても、即戦力として就活しても、政治活動に身を投じても良い、ただそういった色んな局面で活動をしている作家が文章という共通項だけで括られる場としての文学フリマに期待すべきであって、文学フリマの中身である従来の作家どもに期待してはならないということを述べた。だからこそ鯨は多様な人間の生き様のひとつとして森井さんが商業誌で書くことを応援したい、最後にそう付け加えた。
 そこでようやく森井御大と牟礼鯨の間で意見の一致というかなんとなくお互い納得しあえる公約数を見つけて話は一段落した。
 それからは久保田が次々発表している文芸同人誌に対する論文がアカデミックでもなく、一般読者向けでもないどっちつかずになっていることを指摘し、それに久保田が恩寵の時間やらインターネット以前やらとごちゃごちゃ言って、高村暦がメモをとりつつ散らかされた話を収束していき、暇になった牟礼鯨が森井御大と久保田の似顔絵を余白に描いて夜は更けていく。疲労感と浮遊感と、森井御大がBARラジカルのまんなかでタバコをくわえたまま浮遊し出した。そしてどんなもんだいと天井を紫煙で燻す。なるほどねと鯨もふうんわりと浮かび、頭を下にしてこぼさないように淹れたての珈琲を啜る。カウンターの向こう側でマスターが口をあんぐりとして宙に浮いている2人を見る。それを眺めていた高村暦も祈るようにして数センチだけ椅子から浮いた。久保田もかぶりを振って3人を見て「浮かなくちゃ」と思ったのだろう。椅子の上で踏ん張るがひねり出たものは屁だけだった。
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 そして23時半を過ぎると何事もなかったように4人は椅子の上に座っていた。ネットカフェに泊まる森井御大以外の3人は瞼をパチクリさせそれぞれの寝床へと戻っていく。美大3年生の喫茶店における美術論談義の域を超えないようなラジカル談義だったけれど、それぞれがなんとなく満足してその日を終えることができたのは幸いだったろう。でも本当に幸いだったのは順当に考えてBARラジカルのマスターであった。


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by suikageiju | 2013-06-12 20:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチ報告
 福岡市中央区天神にある通称「福岡赤煉瓦文化館」は旧日本生命九州支店社屋であり現在は福岡文学館として使われ、一階の常設展で花田清輝や中野秀人など福岡の文学史を来訪者に紹介している。その玄関には「文学する椅子」と題された木彫りが置かれ、背もたれ部には二羽の梟が彫られている。9日朝、鯨はその梟の彫刻に指で触れた。福岡ポエイチのマスコットも二羽の梟であることから
「ポエイチのマスコットは福岡文学館にある文学する椅子の梟に由来するのですか」
 と9日夕の交流会で福岡ポエイチ実行委員会の夏野雨さんに尋ねると
「え、そうなんですか?」
 という返答だった。
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 6月8日と9日に冷泉荘で開催された第2回福岡ポエイチに西瓜鯨油社は2日連続で参加した。8日9時に飛行機で福岡入りし、9日20時に離福するまで35時間福岡に滞在し、そのうち12時間と2時間を福岡ポエイチに捧げた。

6月8日
 中洲ぜんざいで氷を食べてから11時半過ぎに会場入りする。やがて正午12時に第2回の福岡ポエイチは開場した。前回と同じ冷泉荘での開催で、一部屋分だけ会場が広くなってサークル数も増えた。畳敷きの閲覧室に置かれた見本誌の冊数も増えて、今回は作者に向けて一言コメントを届けられる仕組みも新たに付け加えられた。工夫とその結果が目に見えて分かるイベントだ。
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 受付を屋外に置いたのは正解だったと思う。抜け道でぶらりと歩いてきた人が立ち寄れるからだ。また受付の隣にはぱん屋のぺったんさんが出店していた。食べ物で釣ろうとする姿勢も好ましい。前回と同じ和室に設けられた閲覧室は畳が敷かれて脚を伸ばせられる他、ソファーにも腰掛けられるので、鯨はポエイチ開催時間の大半をそこで過ごした。設計上の意図なのか単に離れているからなのかは分からぬが、閲覧室にいれば会場の喧騒も隣の教室から流れる英文復唱のように聴こえる。そこは福岡ポエイチで一番好きな場所、冷泉公園の次に。
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 14時からトルタが突如として30分間のパフォーマンス状態に入っていた。前回のイベント内パフォーマンス時のようなほぼ満員状態ではなかったけれど、本を勢いよく閉じたり他人の朗読に朗読を被せたりと起伏があり見世物として楽しめた。1日目だけでは前回よりお客さんの数は少なかったように思えたが二日に分散したと考えれば寧ろ増えたのかも知れない。
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 17時の閉会ののちにホテルにチェックインして仮眠をとった。1日目の交流会には参加しなかった。19時にホテルを出て楽天地通りにある居酒屋でモツ鍋をつつきながら48グループ総選挙を8位発表まで観る。それから西新駅に移動し、地下のベンチで久保田輝、高村暦と合流して歩いてBARラジカルへ向かった。カウンターに座り、ライダーのあんちゃんや西南学院大学読書会『十二会』の学生さんと広田弘毅やガルシア・マルケスの話題で盛り上がる。その後、ポエイチの交流会に参加したため遅れてやって来た森井御大と終電近くまで将棋席で飲んで語らった。森井御大の商業誌進出と久保田氏の見えにくい活動について、そして文学フリマの中身ではなく場に期待することについて。
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6月9日
 小雨の降る朝、中洲の川沿いの道を歩いているとスーパーメイト製のショッピングカートが衣類ハンガーのように打ち捨てられているのを見つけて拾った。本の入った段ボールを載せて、カートを押して中洲の街中を歩くとなかなか快適である。11時に会場入りする。帰りに他のサークルも荷物搬出で使うだろうと思い冷泉荘の前のカート置き場にカートを停めておいた。
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 2日目は降雨だったので受付は屋内に設けられた。前日とのこのような変調が鯨の肉体に心地よい波動を与える。ブースは売り子の高村暦女史にほとんど任せて、鯨は近くの博多長浜ラーメン風びで替え玉したり、四階の踊り場にある喫煙所から濡れそぼつ冷泉地区を眺めたりした。
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 2日目から無計画書房さんや大阪文庫さんや何故?さんなど文芸サークルが新しく出展している。中嶋葵さんのインタラクティブブックが面白くて2日続けて挑戦してしまった。そうは言っても福岡ポエイチは詩のイベントである。文芸サークルがコミティアで「マンガじゃないんですね」と訊かれるように、福岡ポエイチで文芸サークルは「詩じゃないんですね」と訊かれる。
ぼくは、言葉で敷き詰められている頁よりも余白の広がっている頁のほうが思いを感じるんです。そして伝わるんです。(とある休憩者)

 14時からはヤリタミサコさんのパフォーマンスがあった。詩人が朗読する際に詩句を、気違いじみたというか常軌を逸したように発音することがあって、もしくは非日常的なイントネーションで演奏することがあって、だからこそ詩巫、詩は霊的なものと繋がる手段なのかと夢想した、言葉で、手つきで。
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 また、福岡ポエトリー界隈の男性と反人間主義について話した。反人間主義の呑気なまでに人間的なところ、博愛精神に満ちた人間主義の反人間的なところについて。
 17時に閉会してから片付けたり搬出したりして45分頃に冷泉荘前に集合して移動、18時から川端商店街のまさかどで交流会が催された。隣のテーブルでは、6~7月に博多の随所ですれちがう法被姿の男たちが集まって飲んでいた。こんな光景は博多祇園山笠の本番まで見ることができるという。20時に東京へ向けて離陸する飛行機に乗らねばならない鯨はモツ鍋と串とキャベツを掻き込んで18時45分には離席した。福岡空港への移動中、冷泉荘の前にショッピングカートを置き忘れたこと、そして森井聖大ではない方の小柳日向女史に会えなかったことを悔いた。
 来年開催の福岡ポエイチにもまた参加したい。2日ではなく1日だけで。そして2014年は彼岸花が咲くころにでも大阪へ行きたい。
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by suikageiju | 2013-06-10 19:10 | 福岡 | Trackback | Comments(0)