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文学フリマ非公式ガイドブック第四版掲載作決定会議
 最高責任編集者と責任編集者2名が代々木のカフェ・ロリータに全員集ったのは30日の午後7時半になった。これは非公式ガイドブック第四版に載せる候補作を持ち寄って、その中から実際にどの本を載せるのか決めるための集会である。前の晩に下北沢の山角で山本清風と飲み食いをした鯨は懐疑的になっていた。果たして自分たち、就中鯨に「拒否権」を発動する資格があるのかどうか、と。
 文学フリマに参加する諸先生方は確かに心のなかで美しいもの、涙誘うもの、躍動感あふれるもの、大笑いさせるものを抱いている。それは鮮やかなイメージだ。そして、それぞれの書く技量を用いて心の中のイメージを文章という形で表現しようとしている。たいていはそれに成功している。でも技量の限界によって、その心の中の一大スペクタルを小説に投影しきれなかった作品を前にして、鯨は無慈悲に「拒否権」を発動できるのかどうか。これが懐疑である。そんなことをすれば逆に「なぜ彼らの心の中の映像を察することができなかったのか」と鯨が責められやしないか、と。だから鯨は懐疑を打ち砕くため「何を描くのか」ということ、つまり心の中のイメージには目を瞑った、と表明する。そんなもの、判じようがないからだ。そして「どうやって描くのか」という技量にだけ目を向けて判じることにした。それならば証拠が本という体裁で残されていて誰もそのことを否定しようがないからだ。
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 責任編集者3人の集いは、まず名古屋編集者から送られてきた本の査読から始まる。それぞれがそれぞれの方法で査読していった。一例をあげると山本清風は名古屋から来た本をカフェのトイレで読んでいた。それも彼なりの査読法なのだろう。
 査読が済むや否や今までに査読した候補作の中から3人で掲載作を判定していく。各責任編集者に理由と決断が要求された。その後、決められた掲載作を編集委員会のなかでどう処理するのか方針を定めるためにひたすら升目を埋めていった。升目が全て埋まる頃には時計は午後10時を回っていた。疲労と徒労感だけが残った。
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by suikageiju | 2013-08-30 22:35 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
20/20
 文学フリマで売られていたら絶対に「買い」の一冊。成人式のあとで催された高校のクラス会、そこで栗原花穂という語り部系女子がお母さんのお腹にいたときから身近で自殺した20人の物語をつむぎだす。20人が自殺して最後の自殺者は「嘉島ことり」なんだと分かっていると、ここまで安心して読めるのかと今、思い返している。良質な自殺エンターテインメント小説。

20/20

木地雅映子 / 木地雅映子


誰が自殺するのか分からない
 栗原が昔話をしていくうちにひとつひとつのエピソードで自殺しそうな人間が複数人出てくる。でもそれは人物紹介じみた前説なので、章題になっているX人目の自殺者がどういう自殺をするのか最後まで明かされない。そのためエピソード中の複数人が自殺するのかもしれないし、最後の方で付け足し程度に出てくる人物があっけなく自殺してしまうのかもしれない。え、そんな理由であの人が自殺……、今までのエピソード何だったの? ということもある。誰が自殺をするのか推理をして、それが正解かどうか確かめる楽しさ。犯人が別の人を殺す推理小説は鯨怖くて読めないけれど、これは自殺だから何だかほのぼのとしているよ。

自分の範囲わきまえていないんじゃない?
 「わたしのまわりでは毎年1人は自殺しているの」という悩みを抱えている女の子はよくいる。でもたいてい「まわり」の人はその人とは関係のないところで自殺している。たとえばそれは地域性の問題であったり、通っている学校の問題であったり。でもそういう悩みをかかえている女の子は全部「もしかしたら自分のせい?」→「きっと私のせいだあ」と思ってしまう。自分がどこの範囲まで制御できるのか、ちゃんと境界を設けていない。だから自分ではとうてい制御できない範囲までも自分の範囲内だと思ってしまう。でもそれって、君の範囲外なんじゃないのかな。そう、そこが境界石だよ。こっちに勝手に入ってこないでね。

 あまちゃんを演じる能年玲奈さんに是非この木地雅映子作『20/20』を読んで貰いたい。
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by suikageiju | 2013-08-25 10:05 | 感想 | Trackback | Comments(0)
文学フリマ非公式ガイドブック第4版第2回編集会議
 お盆時期の科学喫茶コペルニクスは短縮営業中である。8月16日夜、オーナーである深谷氏の都合により非公式ガイドブック第4版第2回編集会議は午後8時半を回ってから開始された。まずお忙しい中、店を開けてくれた深谷氏には感謝したい。革命家のアジトじみた要町の科学喫茶で7人の文学フリマ参加者がシーシャを囲み、紫煙をくゆらせ、冷珈琲の匂いを嗅ぎながら、棘のある意見をぶつけ合う。その中で最高責任編集者である高村暦女史が黒板の上で白墨を滑らせた。
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 佐藤氏が前任者ゆえの現実論を語り、伊藤なむあひ氏が冷静に心を説き、屋代秀樹氏が大鉈でぶった切り、山本清風さんが斜に構えながらもあらぬ角度から切り込み、安倉儀たたた氏が幅広い知識と経験から導かれた確かな提案を打つ。高村暦女史は四方八方から投げられた彼らの意見をさばきながら白墨を消耗させる。 そして牟礼鯨は上の空だ。
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 午後9時20分を過ぎて話題は推薦作の陳列に移る。論陣に酔いがまわりはじめる。ニコチンがグラスに溶け込み、アルコールが煙草に浸み込む。安倉儀たたた氏が軽口を叩いたつもりでパンドラの箱を開く。やがて彼の説得力のある言が場を支配する。腹が減った山本清風がピザを頼み、鯨がソーセージを頼む。話題は分割され、議論は流れ、焦燥感が肉を蝕む午後10時。とうとう酔っぱらったアラサー男子6人が各自適当なことを始めて収拾がつかなくなる。山本氏と安倉儀氏は名刺交換を始め、佐藤氏は酩酊し、屋代氏は劇のポスターを壁に貼り、伊藤氏は黙々とポップコーンをかじる。だが、ジャンヌ・ダルクこと高村暦女史がジル・ド・レたるアラサー男子6人を見事にさばき話に一応の決着をつけさせた。パテーの戦いかくの如し、の采配であった。会議の実際的なところは後日、高村暦女史が明らかにするだろう。
 帰りに安倉儀氏と山手線内回りで話したのだけれど、R.S.嬢をはじめとするメンヘラ女子がファンタジー世界に自分の心象風景を投影させることによって組み立てた「閉じられたオモシロい」を見守って(あるいは一緒に形だけでも盛り上がって)あげなくて何が文学フリマ、何が文学なのだという意見には賛同せざるをえなかった。それだけの説得力があった。やはり安倉儀たたたは相州賢人の号に相応しい。
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by suikageiju | 2013-08-17 01:28 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)