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ヤシャル・ケマルがゲジ公園について書いた
Yaşar Kemal, Gezi Parkı üzerine yazdıEdebiyat Haber(トルコ語、文学情報サイト)からの意訳

ヤシャル・ケマルはLa Repubblica紙に、ゲジ公園ではじまったことと全トルコに広まった反抗について書いた。
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「いつも私が声に出して支持しているように世界はひとつの文化庭園である。そこで数千もの花が育ち、全ての花にそれぞれの色と香りがある。私たちの世界はこの千種類もの花々であって、とても美しい。文化はこれらの花ととともに更に美しくなる。しかし一つも花が無いのだとすると、その時には色も香りも世界で果ててしまう。

文化の消滅と同時に、私たちの人間性もまた消滅するのだ。しかし知られる必要がある、そのときに社会の健全さ、能力と正義といったものの耐久力が明らかになるのだと。もし弾圧に遭ったとしたら、そのときは(私たちは)同情心を失い、弱体化して創造性を失うだろう。

人種差別も重篤な病である。財産を失うと憎悪の種子が人々の心の中で育まれ人種差別が生まれる。

そして表現の自由と民主主義に対してつくられた憎悪は、私たちの世代の悲惨な事件のために、大きな役割を演じていて決して許容できない。今日私たちに必要なのは民主主義体制であり、常に非人間的な圧迫とともにあってはならない。

ほんとうの民主主義の秩序を据える必要がある。なぜなら民主主義は必要なものだからで、それが均衡のための要素だからだ。体制もすべての人自身の名誉のもので、そして主要な基本的人権を保護しなければならない。私たちの自尊心、私たちのパンと豊かな私たちの文化を取り戻すことが私たちには急務だ。みな団結し、調和のとれた民主主義のために手と手をとりあって私たちの心、私たちの知性を高めていこう。」

2013年6月5日
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by suikageiju | 2013-09-03 21:31 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
死ぬまで私はノーベル賞候補者のままだろう
Hürriyet紙2006年12月15日からの意訳

作家ヤシャル・ケマル(Yaşar Kemal)は自身がノーベル文学賞候補者になった「最初のトルコ人」であることを明らかにし「1973年からノーベル賞候補者となった。死ぬまで候補者のままだろう」と言った。講演の最後の方で自身に向けて「何のために書くのか」と問いかけ声に出したヤシャル・ケマル、「長年にわたり書かないよう努めた、しかしできなかった。まだ書いている」と話した。
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ヤシャル・ケマルはカドゥキョイ地区のジャッデボスタン文化センターで企画された本祭りの開会式に妻のアイシェ・ババンとともに「名誉賓客」として参加した。
ヤシャル・ケマルは、本や本の著者は以前はもっと興味を示されていたと注意を引き「くだらない社会でわれわれは生きている、そんななか、この社会にいる作家たちの一人として本当に残念に思っている。私は四十冊の本を書いた、四十冊がこの国に何をもたらしたのかはとてもじゃないが分からない」と話した。

ムスタファ・ケマルはそのままだ
ヤシャル・ケマルは講演が終了した後で、聴衆のうちから3人だけに自身への質問の許可を与えた。
「オルハン・パムクが獲得したノーベル文学賞は政治的なものですか、違いますか」と質問されたヤシャル・ケマルは笑いながら「この質問は私にしちゃだめだよ。私はノーベル文学賞候補になった『最初のトルコ人』だ。1973年からずっと候補者で、死ぬまで候補者のままだろう。彼のためにも私にはその質問をしてはならない」と言った。
ヤシャル・ケマルは「政治的反動は私たちを降伏させるだろうか?」といった形式の質問に「私はそう考えていない。何をしてきてもムスタファ・ケマルはそのままだ。最後までそのままだ」というふうに返事をした。
ヤシャル・ケマルが「私は嘘は言わないよ」と口を開いてから出た言葉は次のように進んだ。「もう一度、社会に出るならトラクター運転手になったろうね。なぜなら私は若い頃にトラクター運転手をやっていて人生でもっとも幸福な時代はその頃だったからだ」
シュメール学者のMuazzez İlmiye Çığも参加した開会式でカドゥキョイ地区長Selami Öztürkはヤシャル・ケマルに金属の盾を贈った。
Öztürk地区長は盾を授与する際に「結婚式も私は惜しまないだろう」と言ってヤシャル・ケマルの妻アイシェ・ババンを来客たちに紹介した。ジャッデボスタン文化センターは12月17日まで続く本祭りでいろいろな種類の随筆やパネルや署名を用意する。
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by suikageiju | 2013-09-01 22:53 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)