詩客-詩歌梁山泊さんに寄稿
短歌・俳句・自由詩という三つの詩型を横断するサイト「詩客」さんに俳句連作10句を寄稿した。
それが4月14日に公開された。
同日公開に、西東三鬼賞の松井真吾さんや陰山恵さんの連作もある。

俳句連作は貫く一つのテーマがあってもいいし、テーマがばらばらでも構わない。
季節が違ってもいい。
今回は貫く一つのテーマを設けた。私事だが、まだ公にしてはいない事案をテーマにした。
ぜひ、読んでほしい。



f0208721_07250488.jpg
【伝達事項】西瓜鯨油社としての活動は終えた。今の主な電子所在は夕立鯨油となっている。
このブログの旧記事資料庫:internet archive (表示に時間がかかる)

[PR]
# by suikageiju | 2018-04-14 15:45 | 俳句 | Trackback | Comments(0)
博多メモ
中洲川端まさかどでの会話メモ

森=森井聖大、錆=矢野錆助、柳=小柳日向、靭=上住断靭

●新しいイベントについて

森 文学フリマに変わるイベントを鯨がやるなら手伝いたい。それは作家に次のステージを設けるためだ。
鯨 それはどんなイベントか。
森 やる気のある人だけを募るイベントだ。
鯨 そこで何をするのか。
森 作家と読者の出会いがある。
鯨 それは文学フリマ・テキレボ・福岡ポエイチなど既存のイベントと同じ状態に陥る。
森 違う。やる気のある人だけを募る。
鯨 参加サークルを査定するのか。
森 しない。やる気のある人だけを……。
鯨 それは既存のイベントと同じになる。作家に次のステージを設けるならイベントではなく企画だろう。文学フリマなどの弱点は批評だ。文学フリマという枠で括らないでもインディーズ作家の批評企画は今誰もやっていない。
森 文学フリマガイドブックがある。
鯨 あれは推薦に落ち着いた。信頼に足らない、感想ポエムだ。マンガは勘所と萌を共有すればよいが文章は読まれる価値の発見と共有、批評が必要だ。文学史を紐解いても文学に批評は不可分。森井の言う、インディーズ作家に次のステージを設ける目的のためには信頼に足る批評が必要だ。佐藤は非公式ガイドブックでそれをやろうとしたのだろう。公式化で文学フリマは文学への可能性を捨て同人誌即売会へ後退した。
錆 確かに俳句に批評は切っても剥がせない。
森 文学フリマの本を全部読むのか。
鯨 時間をかけて、無差別にやるのが理想だろう。
森 とてもじゃないが下手で読めないものもある。
鯨 ならその読めない理由をその作者自身が納得できる形で示せば良い。その批評企画のためにはインディーズ作家の作品をこよなく愛し、文芸の即売会に出展せず、かつ創作も批評もできる人材が最低三人要る。


●文学フリマとの和解

森 鯨は文学フリマと和解しないのか
鯨 こちらは和解する用意も提示する条件も揃っている。ただ文学フリマは歩み寄りを見せない。
柳 大阪(文学フリマ大阪)でも参加できないのか。
靭 難しい。通報された時点でお縄だ。
鯨 実はそれはない。府警ということもあるが警視庁は文学フリマに入場してもよいと明言している。
靭 えっ、でも。
鯨 そう、文学フリマが内規で出入禁止にしているだけだ。文学フリマが警視庁の警告を誤解したのか敢えて曲解したのか知らないが文学フリマは「鯨が参加できないのは警視庁の警告のため」と嘘を言っている。警告の内容なら毎週開催していない文学フリマはどれも入場できる。そのことを望月へメールで指摘したら望月は返信しなかった。
森 大阪が望月へ正しい解釈をしろと言うべきだろう。
鯨 甘い。女性の涙は日本国最高権力だ。張本人と大阪を天秤にかけたら大阪はふっとぶ。望月にしてみれば「文学フリマ京都」を「文学フリマ関西」に変えるチャンスが来るだけだ。
錆 百都市構想じゃないのかよ!
鯨 百都市構想は百ほどの多様な拠点のことではない。イオンのように均一な百の拠点ができるだけだ。
森 鯨は文学フリマに参加したくはないのか。
鯨 参加するメリットはもうあまりない。現状の方が文学フリマ時代より充実しているくらいだ。それにブースの後ろに何時間も座っている必要がなくなった。
森 いや絶対に参加したいはずだ。
柳 本人が参加したくないって言っているんだから和解しなくてもいいじゃない。
鯨 和解はしたいんだよね。仲違いしたままって気持ち悪いじゃん。やってもないDVをやったと嘘をつかれるは気持ち悪い。それに鯨が原因で精神不安障害になったと賠償金をとるために心療内科を受診したら診断は発達障害だったとか目も当てられない。

参照:森井聖大ブログ文学フリマ関連福岡ポエイチ

[PR]
# by suikageiju | 2016-06-24 13:29 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第5回福岡ポエイチ
f0208721_15404660.png
来る6月18日(土)と19日(日)、福岡県博多市の中洲川端駅近くの冷泉荘で第5回福岡ポエイチが開催される。騙りを除けば福岡県下ほぼ唯一と言える文芸メイン即売会である。開催時間は13時から18時、遅いように思うだろうが、福岡は東京より経度が低いので太陽の高さなら午前4時から午前10時くらいの感覚である。



鯨は今回二つのサークルの本に寄稿している。

18日(土)
雲庵(b-6)、自由律俳句のゴリラ
『蘭鋳 vol.2』:異形の自由律俳句同人誌の第二弾。たぶん当日までに間に合わないだろうけれど自由律俳句観賞文と散文「楽園の一言」等を寄稿した。
谷川俊太郎殺人事件』:熊本震災関連本らしい。

19日(日)
日表造形社(c-9)、当代文芸界隈最高峰美女(闇)
『如雨露の泪』:自由詩「雨が雨ではなくなる日」と俳句連作「月片放逐」を寄稿。後者は第八回滑稽俳句大賞入選作、投稿俳句界め〜る一行詩二〇一六年四月号優秀作品、第二回宝井其角俳句大会二十句詠部門特別賞第参席受賞作、信濃毎日新聞フォト×俳句優秀賞受賞作に書き下ろし十三句を加えた魂の三十句追放劇。
『二日酔いのモナムール』:自由詩「狗みたくハンバーグ」と俳句連作「両畿赫歌」と自由律俳句連作「三嶋往還」を寄稿。
[PR]
# by suikageiju | 2016-06-17 15:35 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
文学フリマは滅ぶべきである
もっと作家は自由な存在ではなかったか? なぜ小さなブースを守って一所懸命しているのか。by 文学フリマ参加者

文学とは悪党の所業である。あるいは悪党の所業を文学と呼ぶ。悪党はかつて合理的社会が崩壊過程で絞り出した潤滑油であり、同時にその存在が合理的社会の非合理性を暴いた。その暴く手段が言葉であれば、それはすなわち文学と呼ばれる。ゆえに悪党とは作家であるが、現代において悪党の対義語はサラリーマンである。鎌倉時代、悪党の対義語は御家人だった。御家人と言えば鎌倉幕府である。

最近は1192年に開府していないというこの鎌倉幕府が、文学フリマを考えるモデルとなる。既存の出版流通システムの外に文学の市場を作るという目的で始まった文学フリマは、既存の朝廷とは別の共同体を作るという目的で始まった鎌倉幕府(と後世呼ばれている超巨大武士団)と似ている。しかも鎌倉幕府が朝廷の令外の官と墾田永年私財法に依拠した朝廷の下部組織(武家労働組合)でしかなかったように、現状では文学フリマも既存の出版流通システムの下部組織でしかないし、それに甘んじることを目指している。

文学フリマ・アライアンスの一部が私腹を肥やすシステム

更に鎌倉幕府は実朝暗殺後、源氏棟梁を戴かなくなり征夷大将軍・日本国惣追捕使・日本国惣地頭といった地位に拠る傀儡将軍を掲げた得宗専制へ移行した。同じように文学フリマも文学の根源である悪党を排除し文学と自由という名目を同時に廃し、最大の文章系イベントという定評に拠るイベントとなった。更に文学フリマ・アライアンスによる百都市構想を掲げ、地方事務局開催の文学フリマやテキレボで参加登録が1サークルあるたびに数百円がwebカタログを作成した山崎良祐氏の私腹を肥やすために送金されるという体制に変貌した。その証拠に第二十回文学フリマ東京から「諸経費の高騰により出店参加費が5,000円から5,500円に上が」った。


また、文学フリマにとって外に向けた唯一の生命線だった批評システム「非公式ガイド」も、悪党は立ち去り「角が立たないようにする」参加サークルによる参加サークルのためのガイドブックへと路線を転じた。文学フリマガイドブックの方針転換は文学フリマ・アライアンスと山崎良祐氏にとって金が入るのがサークル参加登録でしかない現状では、必要な判断だろう。サークルを怒らせてサークル参加登録数を減らしたら身入りが減るだけだ。文学フリマが文学という名目を必要としなくなった以上、悪党は邪魔だ。来場者のための非公式ガイドなんて文学フリマ・アライアンスにとり目の上のたんこぶでしかない。サークル参加者が心地よければ文学フリマ・アライアンスはそれでいい。文学とは単にイベント名に冠するだけの飾りとなった。

なぜ文学フリマ・アライアンスは百都市構想に熱心なのか

それはお金のためだ。元寇以降、鎌倉幕府は御家人へ恩賞を与えることができず信頼関係は失われた。一方で文学フリマの参加サークルは純粋来場者の増加を期待している。しかし百都市構想である。文学フリマ・アライアンスは百都市開催を目指して拡大を続け、開催都市が増えてサークル参加登録が増えるたびに硬貨の落ちる音(たとえば、チャリン)がして文学フリマ・アライアンスの一部メンバーが私腹を肥やす。文学フリマ・アライアンスはお金に直結するサークル参加登録を増やすためには尽力するが、純粋来場者を増やすのはサークル参加者任せだ。

今までは望月代表のトーク力と人望と参加サークルの無知でなんとか誤魔化せてきた。「サークル参加者が1人で2人招けば1000人だ」「サークルに関係ない来場者なんてほとんどいやしない」「文学は内輪で進化してきたんだ。蕉風だって白樺派だって」。内輪でも相互批評があったことを除けば反論のしようがない正論だ。「百都市に文学フリマが拡大すればそれが宣伝となり純粋来場者が増える」東京の現状を見ても希望はいつだって美しい。開催都市数が百都市に近づくたびにうなぎ上りに増え続けるサークル参加者、一向に増えないだろう純粋来場者。査読制度が崩壊し批評機関としての意義が失われた文学フリマガイドブック、各地方都市事務局が公式ブログに載せる記事では目標設定のないままの「成功!成功!」の連呼、足し算で簡単に出来る来場者数の操作。文学フリマ・アライアンスはメンバーである地方事務局に内規を一切明かそうとしない。きっつー、とも言いたくなる。

鎌倉幕府はモンゴルと戦ったとき外にうって出なかった。文学フリマは外へうって出るだろうか。気づいたときには既存の出版流通システムより最悪な集金システムが出来ているかもしれない。

今や文学フリマより市井の一部書店の方が革新的に流通システムに抗っている。同人誌即売会という20世紀のシステムにいつまでしがみついている必要があるのだろうか。しかもそのシステムが事務局の一部の私腹を肥やす道具であり、かつイベントの大義名分も失われているとしたら。

Bunfree delenda est

鎌倉幕府は悪党の跋扈により武士団の内紛という形で別の棟梁を戴く武士団「室町幕府」へと変革されてしまった。同じように速度と無秩序を旨とする悪党的思考を持った作家が跋扈すれば文学フリマは滅びるだろう。そもそも作家は文学フリマという組織に与され机を半分に仕切ったブースを守り製品・商品をトレースし続けるサラリーマンではなく、流動的に作品を創造し喜びと悲しみと怒りをばら撒く悪党であるのが本質だ。文学フリマという動物園で飼いならされた経済的動物が作家としての本分である反社会的性質を思い出し悪党に戻れば文学フリマは鎌倉幕府のように瓦解する。文学フリマ・リスペクターの皆さん、安心してほしい。確かに文学フリマは大きくなり望月代表は優秀だ。しかし代替不可の存在ではない。鎌倉殿が室町殿に変わったように、文学フリマが死んでも代わりの優秀なイベンターはいくらでもあるし、webカタログみたいなシステムを作れる技術者はいくらでもいる。文学フリマ後に別の文章系イベントが発起しないことはない。そして、そもそも文学フリマがある今は作家にとり十全な状態ではない。十全であったなら、文学フリマは存在しなかった。文学フリマを必要としないことが作家の本願であった筈だ。その起源の危うさこそが文学フリマの本質である。

才能ある作家諸君、君は与えられたブースを守るだけの守護地頭のままで満足していられるのか。幕府が一回変わるだけで戦国大名にも天下人にもなれるのに。もし少しでも野心を抱いたのならやるべきことは簡単。失ってしまった液体性を獲得する、ただそれだけだ。

第二十二回文学フリマ東京の戦利品で本棚が大変だ。ともあれ、文学フリマは滅ぶべきであると考える次第である。

[PR]
# by suikageiju | 2016-02-25 17:15 | 文学フリマ | Trackback | Comments(2)
文学フリマ・アライアンス望月倫彦氏の嘘
2015年11月14日公開の対談記事で文学フリマ・アライアンス代表の望月倫彦氏はこう発言している。

全国各地に文学フリマが増えれば、その影響を受けて出店者が減るのは東京と大阪です。でも、それを乗り越えてもう1、2年くらいすると、今度は増えてくると思うんです。福岡や北海道や盛岡でやって、と繰り返していくと、ある段階から、地元で文学フリマを経験した人たちが「年に1回くらいは東京に行ってみようか」「大阪に行ってみようか」みたいな感じになってくるんじゃないかな、と。
引用元:文学フリマ事務局×文学フリマガイドブック編集委員会対談


文学フリマ百都市構想において福岡・北海道・盛岡が繰り返されることは想定しているが、第一回を済ませた金沢については繰り返されることを想定していないかのように省かれている。

しかし11月24日の記事にはこうある。

文学フリマ金沢事務局の体制変更

さて、今年の4月に開催された「文学フリマ金沢」ですが、次回の開催に向けて動いております。

第一回金沢で金沢事務局の代表を務めた山崎さんが代表を離れて、地元のメンバー中心の体勢に変更となります。

もともと石川県出身者とはいえ山崎さんは東京在住だったので、第一回を開催したうえで地元のメンバーに引き継ぐというのは文学フリマ百都市構想の流れとして想定していたことです。
引用元:「第二十一回文学フリマ東京」終了。ありがとうございました!


「第一回を開催したうえで地元のメンバーに引き継ぐというのは文学フリマ百都市構想の流れとして想定していた」ことであればなぜ11月14日の記事で金沢の名が上がっていなかったのか疑問が残る。サプライズを企図していたにしても名を省けば逆に怪しまれてしまう。

つまり11月14日の時点で、望月氏は金沢が繰り返されることは想定していなかった。文学フリマ・アライアンスのスタッフで金沢の代表でもある山崎良祐氏が金沢スタッフへの脅迫事案で代表職を降りざるを得なくなり、その山崎追放のため予期せず金沢が第二回を開催できるようになった。だから、文学フリマ・アライアンス内の醜聞を隠して身内を庇うために予め想定済という記事を書いたのだろう。

二つの記事が明らかにするように望月倫彦氏は金沢のことで嘘をついている。そして参加者と地方事務局スタッフを裏切っている。
[PR]
# by suikageiju | 2015-11-24 23:59 | 金沢文学フリマ | Trackback | Comments(0)
文学フリマガイドブックについての望月倫彦×秋山真琴対談を読んで

文学フリマ事務局×文学フリマガイドブック編集委員会対談

感想

 文学フリマガイドブックは秋山真琴氏の努力によりあるべき形へ動いているという感想を抱いた。あるべき形とは文学フリマという容れ物(=イベント)に合った中身になっていること。その変容は文学が思想や個人の主張の道具から商売道具に変わりつつある変化のなかでは当然おこりうる流れだ。ただ、あえてか無意識にかその変容を考慮せずに望月氏が発言を行っている印象を受けた。あたかも、事務局の行為を正当化するために文学フリマ非公式ガイドブックと文学フリマガイドブックの歴史を意図的に修正しているような。
 確かに文学フリマガイドブックの前身となった非公式ガイドは
立ち上げ時点で軽く炎上した面がありました。(望月)

とあるように現状維持派な方々からの批判意見に囲まれていて商売道具には相応しくなかった。立ち上げ当時から文学のナイフ然としていた。
 ただ、責任編集者を四期務めた経験から言わせてもらえれば、望月氏がそういうことにさせたがっている「炎上商法」は非公式ガイド側からは一度も行われなかった。
望月:それは、炎上商法を狙っていた頃の「負の遺産」みたいなものでしょうね。

 非公式ガイド側の意図した「炎上」は、当然のことだが、一回もなかった。周辺のほぼ全てのトラブルは非公式ガイド批判者による外因であり、「炎上商法」と揶揄されるくらい頒布されたのは最高責任編集者であった佐藤氏と高村女史の一本筋の通った編集意図に由来する。「炎上」であるように見えたのは単に非公式ガイドに(主に私に)反論された批判者感情の発火が激しかったのと、「炎上商法だった」と非公式ガイド側から発言することで周辺のトラブルを過去のものにする意図があった。なので文学フリマが「炎上商法」だとお墨付きをくれるなら有り難いことこの上ないのであるが。
 面倒なほど非公式ガイドは批判とトラブルに巻き込まれた。逆に言えば非公式ガイド立ち上げ時は批判やトラブルへの応酬が可能なくらい人材が豊富だった。なので、わざわざ界隈の意見を調整して当たり障りのない本を作る必要はなかったのだ。しかし、現在の文学フリマガイドブックには批判意見に対して建設的な理論を構築できる作家も、また小説執筆の応用で批判者の心情を抉ることのできる作家も、温情なく斬り捨てる作家も存在しないか、隅に追いやられるかした。クリーンなイメージが売りの編集長・秋山真琴氏に文学的な議論は似合わない。なので
物事を穏便に進めようとさせる調整力

 を必要とせざるをえず、文学フリマガイドブックは商売道具として生き残る道を選んだのだ。そのため自薦を別枠ではなく受け入れたり憲章に
文学フリマにおいて、価値ある同人誌を見いだし、一般来場者に提案すると同時に、出店者を支援し、同イベントの活性化を促すと共に、同人誌の楽しさを広く知ってもらうことを目的とする。

と「出店者を支援し」という一文を入れたりするように文学フリマガイドブックは作品尊重の役割を終え、サークル相互扶助の役割を増すようになった。それも含めて文学フリマガイドブックは現状をふまえ身の丈にあった正しい選択をとっている。
 だが、勘違いしてはならないのは今が正しいからといって過去においても正しいとは限らないということだ。最初から非公式ガイドが穏便さと調整を求めていたら作る側も読む側も「面白くない」と手放していて続かなかっただろう。非公式ガイドの批判とトラブルと議論の歴史の果てに現在の文学フリマガイドブックの中興期があるのだ。だからこの奇跡的に続いた文学フリマのガイド史のなかでは佐藤氏の大局観も高村女史の批評精神も中継ぎの想さんも、斬り捨て御免の屋代氏も消極的積極の真乃氏も、その他ガイドに携わった方々もガイドを批判して炎上し散った方々もみな「負の歴史」や「負の遺産」なんかではなく全て現在の文学フリマガイドブックの人柱、いや礎となっているのだ。

補足として気になったこと

望月発言で気になることがいくつか。
それに、事務局としては「『非公式』って付いてるから大丈夫でしょ」って言われるのは、むしろ迷惑なんですよね。何かあったときに「いやいや『非公式』って付いてるから、何やってもいいでしょ」とか言われて、責任逃れされたら、たまったもんじゃない。「非公式」という言葉を、免罪符みたいに使われるほうが迷惑なんですよ。
そして第1号はまさに「非公式ってついてるからいいでしょ」っていう文脈で「非公式」の言葉を使っていた。その意味でも「文学フリマ非公式ガイドブック」って名前をつけてしまったこと自体、上手くないな、ヘタクソだなと思っていたんです。

望月:あの「最高責任編集者」とかっていう大仰な役職名は僕も気になっていました。僕自身、文学フリマの取材を受けた時に「事務局長」って書かれていたら、必ず「事務局代表」に修正しています。「事務局長」って、なんだか国連とか労働組合みたいな響きがあるし(笑)。

でも、そういう「細部」に神経が通っているかどうかっていうのは、けっこう大事です。これまであの長い役職名を変更しなかったことは、ちょっとセンスがなかったかな、と思いますね。
 
 これらの発言は望月氏の非公式ガイド時代の体制への無知に由来している。憲章を一読すれば分かることなのに基本的な読解で望月氏は躓いている。当時の非公式ガイドは「責任編集者」と「編集者」で役割が違ったし、「責任編集者」と「最高責任編集者」とでも役割が違った。そして非公式ガイドの責任者は「責任編集者」以上であり、責任者の任命責任は「最高責任編集者」のみにあり、責任者は主観によって左右される内容以外の責任を負うと憲章に明記されている。確かに「最高責任編集者」は佐藤氏が言ったとき私も長ったらしくてダセーと思ったのだがこの長さは、細かいようだが、機能的に必要なのだ。なので、非公式ガイドの責任の所在については、第一回文学フリマ金沢において自己都合で好き勝手やった責任を放棄し続けている文学フリマ・アライアンスの代表がどの口で言ったのだろうかというくらい明確だった。

 また「非公式」について、非公式ガイドの正式名称は「文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド」というもので冗長である。しかし望月代表はご存知なかったのかもしれないが、のちに「非公式」だけでニックネームになったようにこの「非公式」が文学フリマのガイドであることの鍵となったのだ。望月発言の

「非公式」っていう言葉自体、ネガティブさとか、イリーガルさがありますから。


 のように、「非公式」は立ち上げ当初の非公式ガイドが必要としていたイリーガルな魅力を表現する的確でクールなネーミングだった。それに非公式ガイドは当初は小説作品のためのガイドであり、事務局のためのガイドではなかった。文学フリマ事務局のご都合ばかりで判断するな。

最後に望月発言で気になったこと
全国各地に文学フリマが増えれば、その影響を受けて出店者が減るのは東京と大阪です。でも、それを乗り越えてもう1、2年くらいすると、今度は増えてくると思うんです。福岡や北海道や盛岡でやって、と繰り返していくと、ある段階から、地元で文学フリマを経験した人たちが「年に1回くらいは東京に行ってみようか」「大阪に行ってみようか」みたいな感じになってくるんじゃないかな、と。

 金沢は繰り返さないの? そういえば第二回の告知まだないし。まさか、あの山崎くんが罪悪感で心を病んで自死したわけじゃないよね?


[PR]
# by suikageiju | 2015-11-15 17:00 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
第4回福岡ポエイチ
高浜虚子は九州へ来ると巨大になった。〈天の川の下に天智天皇と臣虚子と〉を作ったのは太宰府である。また九州の女をよく見ている。小倉では〈落椿投げて暖炉の火の上に〉の句で橋本多佳子を俳句の世界に誘った。そんな文学と女の住まう島九州は福岡の博多で6月の定例行事、福岡ポエイチが開催される。

2015年6月6日(土)と7日(日)の両日12時-17時、福岡市は中洲川端駅近くにある冷泉荘(福岡市博多区上川端町9−35)で開催される第4回福岡ポエイチに、西瓜鯨油社は参加しない。しかし牟礼鯨は福岡へ遊びに行く。

というのも、かの精霊的肉体を持つ文学地母神=小柳日向命が主宰する日表造形社の詩誌『二日酔いのモナムール』に詩と俳句と自由律俳句を寄稿したのだ。その詩誌は6日と7日の両日、a-8「大坂文庫」にて販売される。

この詩誌『二日酔いのモナムール』は地母神が集めた5人の作家が参加している。彼らを世代で分けると以下のようになる。

第一世代 森井聖大(大分県)
第二世代 牟礼鯨(東京都)、泉由良(台湾)
第三世代 上住断靭(大阪府)、小柳日向(福岡県)

どんな作品が集まったのかは知らない。だが創作文芸界隈でよくあるような公募ではなく、小柳日向命が自ら作家を選び編集した。その行為に一つの明確な神慮があるだろう。たぶん、文学を楽しめ、と言っているに違いない。

作家の言葉を、ボクサーの拳のような凶器だと恐れる者は言葉を知らぬがゆえに恐れている。彼らは嘘を知らず、ゆえに言葉を知ることなく、文学を恐れ、文学に背を向け、文学に門戸を閉ざし、文学に敗北する。福岡の地には言葉を楽しみ、文学に親しめる者らが集うだろう。福岡ポエイチの当日、会場となる冷泉荘には私服警官はひとりもいない。なぜなら福岡ポエイチは詩人どものイベントであり、言葉を知るものが司るからだ。言葉と文学に警察は不要である。なぜなら言葉自身が作家と詩人を律し、同時に欺くからだ。そのことを信じることができない者は文学から去る他ない。

福岡では言葉と文学、そして地母神を楽しもう。



[PR]
# by suikageiju | 2015-05-25 10:34 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
寄稿分の感想など















[PR]
# by suikageiju | 2015-05-18 17:00 | 弊社発行物 | Trackback | Comments(0)
第二十回文学フリマ東京
 5月4日に開催される第二十回文学フリマ東京で新しく販売される4種の本に牟礼鯨は寄稿した。他にも過去に寄稿した本も売られているんじゃないのかな。過去寄稿は過去記事をさかのぼってもらうとして、新しく出る本について紹介する。



もっと新しい歴史教科書 世界史C

 まずはこれ。何かの打ち上げが歌舞伎町の海峡で催されそこで同席した唐橋女史に誘われ寄稿した世界史アンソロジー。もともと大学時代にイスラーム史を専攻しており、ラテンアメリカの知識もあったので一部作品の校正も担当した。文化史の寄稿が少ないんじゃないかと勝手に推測し、飲料史か遊戯史かと考え後者を寄稿した。「四品系棋」をシフォンケーキと読むのは当て字である。たぶん文学フリマ会場のD-01で買えるはず。
 ざっと全体を読んだところ栗山真太朗の「エノラ・ゲイの息子」がよく書けている。



文学フリマガイドブック

 次に文学フリマガイドブック第7号へ推薦文を寄稿した。寄稿しておいて何だし非公式時代の責任編集者だった癖に無責任なと詰られるだろうが、文学フリマガイドブックは公式化して闘争心と気概を失った。すでに言及されている問題だが、推薦者や評定者を集めているときに「まだまだ数が足りていない」などと呟いている。公式化したからそれだけで信用されるガイドブックになれるだなんて勘違いするなよ。ガイドブックなのだからハッタリでも構わないから衆生を導いてやる位の態度が必要なんだ。傲慢さが文学的信用を呼ぶんだ。弁舌爽やかでふにゃふにゃ〜んとした人気者ではいけない、悪態と醜聞を愛せ。ただ今は文学フリマ事務局そのものが文学のイベント主催者なのに創造性と好奇心の欠けた“事なかれ主義”かつ権威主義に陥っている。web申込をした参加者の個人情報を利用範囲を超えて濫用し、警察を呼ぶようにもなった。文学フリマガイドブックの凋落もその一端なのかもしれない。でも鯨が寄稿したから買ってね。文学フリマ会場のイ-03で買えるはず。


7文字でつながる連作超短編を書こう!2015

 そして人数で言えばこれ。思い返せば文学フリマ金沢における牟礼鯨追放劇は去年9月第二回文学フリマ大阪後の難波におけるゴタゴタに端緒が開いていたのかもしれない。ミナミの酒場にて既に、事務局に小判鮫のように寄生したい権威主義的人間群と、純粋に文学と作品を愛する人間群の間で亀裂が生じていたのだ。
その難波にて秋山真琴が「7文字だけ引きつけばいいから俳句もオッケー。鯨も参加してね」とか言う。「何のことだ?」と訊けば7文字でつながる短篇集を作るだのどーたらこーたら。それが9月のことで10月に送られてきた前走者4人の寄稿を読むとみんな短篇小説を書いていて俳句はおろか短歌もない。あれ? と疑ったけれど主催の秋山真琴が難波で「俳句でオッケー」と言っていたのだし、まだ4人しか書いていないのだから問題はないと鯨は俳句を送った。ところが蓋を開けてみたら50人くらいいる参加者のうち俳句で書いていたのは鯨だけだった。これにはさすがの鯨も腰が砕けた。しかし別回路で考えれば他の寄稿者は一人につき1つのストーリーだが、鯨は16のストーリーで構成された血族の秘史を寄稿できたのだ。文学フリマ会場のイ01-02と他のブースで買えるはず。


俳句と超短編vol.1

 最後に忘れちゃいけないこれ。7文字企画の前走者である櫛木千尋さんに招かれて俳句と超短編の本に寄稿した。櫛木さんの短篇を鯨が俳句で繋いだという縁である。確かに俳句も超短編も省略によって生じた余白を読者に委ねる文芸という点では類似している。だが違いはある。今回「怪」というテーマを与えられた。短篇なら怪と作者が思うものを書けばよいけれど、俳句は作者が怪と思ったものを書けばよいだけではなく、大概のひとが怪と読み取りうる装置を十七文字のなかに的確に仕掛けなければならない。俳句と超短編の違いを楽しめる一冊となっているだろう。こちらは文学フリマ会場のE-50で買えるはず。


 以上が5月4日に平和島の流通センターで開催される第二十回文学フリマ東京で手に取れる本の一覧だ。4冊とも君の戦利品としてくれ。

[PR]
# by suikageiju | 2015-05-04 11:00 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
てきれぼ一般参加
 2015年3月8日に川崎市産業振興会館で開催されたText-Revolutionsに一般参加した。春霖のなか原付を走らせて多摩川を渡り産業振興会館に着いて十階へ昇ると和室の上がり框にハイヒールが一揃え置いてあった。細いフォルムの影が障子から透ける光に混ざる。すぐに淫靡なものを感じた。全身の生殖細胞が「逃げろ」と叫んでいた。四階に逃げた。十階の和室は休憩室で、てきれぼの会場は四階だったのだ。
 4の数字が輝く階でエレベーターが開くと、すぐ賑わいに圧倒された。振り返れば川崎市産業振興会館でここまでの賑わいを経験したことはなかった。鯨はすぐに真乃晴花さんから委託窓口を頼まれた。委託窓口はひっきりなしに来客があって対応に追われた。暇を見つけてブースを回った。
f0208721_14355934.jpg

 買い物を済ませて再び十階の和室へ行くと誰もいなかった。お茶やお菓子が置いてあったので寛げたけれど、即売会の休憩室は会場の喧騒の隣、一体感の辺境にあるから楽しめるのであって会場から離れすぎているとそこはもう別の体系で組み立てられた空間なのだなと思った。みんな欲しいんですよ、一体感。あとカタログがなかったのは不便だった。webカタログがあったらしいけれど配布されたパンフレットにurlなどの記載がなかった。
 ともかくテキレボが開催され無事終幕したことを祝福する。おつかれさま、ありがとっ。

[PR]
# by suikageiju | 2015-03-08 14:16 | テキレボ・本の杜 | Trackback | Comments(0)
世界史Cに執筆者・校正担当として参加
 歴史は生きる上で大切だ。まず、歴史はエアリプをしてはならないという教訓を与えてくれる。フランス革命の指導者ロベスピエールは、テルミドール8日の国民公会で「粛清されるべき議員がいる」と発言した。彼は最後まで誰が粛清されるべきか明示しなかったため、彼を恐れ脛に傷のある国民公会議員たちが結束し、翌9日にテルミドールの反動が勃発。市庁舎に逃げ込んだロベスピエールは捕えられ翌10日のうちにギロチン刑に処せられた。「粛清されるべき議員がいる」発言は歴史に刻まれたエアリプであり、「対象者を明示しない批判」=「エアリプ」が無差別絨毯爆撃であって予期していない人からの反撃を受ける危険を伴うことを教えてくれる。また、ロベスピエールはエアリプにより命を落とした人間のうち、おそらく最初の人である。
 そして、我々が歴史を学ぶのはロベスピエールをエアリプで死んだ最後の人にしたいからだ。

 その日も新宿の海峡靖国通り店で唐橋史女史相手に上記のような話を一席ぶった。いい気になった鯨はそのまま「熱」繋がりで「旅人よ、行きて伝えよ、ラケダイモンの人々に。我等かのことばに従いてここに伏すと」の碑文を読み上げると、女史は鯨の話を遮るように「そういえば鯨さんも世界史Cに寄稿してはどうですか?」と言った。あまりに唐突な提案に
「え?」
 鯨はキョトンとした顔をした。史文庫の『日本史C』については知っていた。歴史島だけでは留まらないその政治的な影響力について京童たちが噂していたからだ。しかし『世界史C』についてはうすうす予感はしていたものの、その未来を確証できる情報を何も得ていなかった、モサドも沈黙していた。だが鯨は腹を括って答えた。
「やろうじゃないか。どこの地域でもいつの時代でも構わない。アダムとイブの時代からオバマ時代まで、有史時代であれば何でも書いてやろうじゃないか」
 唐橋女史の飛び出る眼鏡が両面同時に曇り、右に三十度ずれたことに鯨は気づかなかった。新宿の夜は湿り気を帯びながら更けていく。

 そして今に至る。
 牟礼鯨は『世界史C』の執筆者の一人になった。なおかつ校正担当を引き受けた。従来から文学フリマと距離を置くため、文学フリマに参加する人のために何かできないかと考えていた。その「何か」のひとつとして、文学フリマにはその手の事務的な作業をこなす業者はいるけれど、小説の校正校閲さらには一読ののちの改善策提案役を引き受けられる知識と技量と経験と振れ幅のある人がまだ育っていないと考え、鯨自身がその役を今後引き受けるための練習として校正担当を買って出たのだ。まだまだ鯨はその役としては未熟かもしれないけれど鯨の他にも3人の校正担当がいるし、なにより唐橋史というよく肥えた人柱が毅然と立っている。あるいは寝坊することのない執筆者たちからきっと遅れることなく作品が届くのだ。必ずや『世界史C』は良い本になるだろう。いやそうしなければならない。

 あなたは思うのだろう。なぜ日本国の教育制度は「日本史」と「世界史」というおかしな分類で歴史を分断してしまったのかと。その答えは第二十回文学フリマ東京で『日本史C』と『世界史C』を読めば必ず分かる。
[PR]
# by suikageiju | 2015-02-10 00:37 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
Twitter
三十歳になったので、まずTwitterはブログやその他の記事へのリンクとしてのみ使うのが最適と考えた。次に文学をしたいのであれば人間関係に機軸をおいてこれからも発展し続ける文学フリマとは適切な距離を置くべきだと考えた。この2つの考えを実行するための手段として、二桁に及ぶTwitterアカウントのうちいくつかを整理するため一時的に退会処理を施して削除した。そうしたところ別のルートで会った方や接触した方に「生きていたんだ!」「心配していた」などと言われた。なかには「望月さんはこう言っているがアカウントを戻さないのか」と忠告してくださる方もいた。 望月代表のtweetについては思いつきで作った一夜限りのアカウント「文学フリマ日本事務局@BunfreeNippon」についてのお叱りだという説もあったけれど、文面だけでは判断は難しいし、そう解釈するには「削除しないようだったら」などの言葉が使われていないと不自然だ。どのような説にせよ「牟礼鯨」アカウントを再び設けろということだ。
 それにしてもなんともおかしなことだ。「牟礼鯨」アカウントに何の価値があるというのだろう。たとえTwitterアカウントがなくなっても中の人の生死はわからないというのに。そもそもこのブログは残っていたし、Gmailへメールを送りさえすれば返事くらいした。連絡手段はちゃんと残されていたのだ。だが、確かにDMなど簡易な方法での連絡はとりにくくなっていたのかもしれない。確かにその間に誰かが「牟礼鯨」や「西瓜鯨油社」を名乗ってTwitterをはじめて混乱を生じさせたかもしれない。(無論そうなれば鯨は「やっと肩の荷がおりた」と言ってその人物に役割を譲っただろう)。そう考えると「牟礼鯨」アカウントを削除したことで周囲に迷惑をかけたことは大変すまなく思う。
 この現象のように、Twitterを使っている人はTwitterという道具に生死さえ垣間見てしまうほど依存しているし、鯨も依存している。なのでTwitterとは適切な距離を置くことにした。故・森井御大の言葉にあるように「所詮ネット」なのだ。さまざまな方法を試したが、今までメインに使っていたTwitterアカウントを復旧させることはなく、今までこのブログのURLを貼り付けるためのbotアカウントであったアカウントを「牟礼鯨」アカウントとして残し、URLを貼り付けるためと連絡という用途にのみ使うことにした。

[PR]
# by suikageiju | 2014-12-28 23:50 | Trackback | Comments(0)
古書ビビビに俳句誌などを納品した。
古書ビビビさんとは下北沢の茶沢通り沿い、ザ・スズナリ近くにある古本屋さんだ。そこへ第十九回文学フリマでも販売した俳句誌『逃避癖のための句誌</haiku id="02">羇旅』のほか小説本『日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』『南武枝線』を新しく納品した。もう買える状態にある。
f0208721_20110537.jpg
ついでに新しくポップを作り置いてもらった。そのポップには『逃避癖のための句誌</haiku id="02">羇旅』の掲載句を6句選んで短冊を作り貼った。この句の選出にあたっては投句者内の互選を行った。どんな句が選ばれたかはぜひ下北沢へ足を運んで確かめてみてほしい。またここには文庫フリマのほか文学フリマ関連の『山吹色外典』や『墨妖』も置いてある。毎週火曜日定休日だが平日も夜9時まで開いている。仕事帰りにぜひ。
[PR]
# by suikageiju | 2014-11-30 19:29 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
第十九回文学フリマ
 2014年11月24日(月祝)、大田区平和島の東京流通センターで開催される第十九回文学フリマに西瓜鯨油社は参加する。弊社はじめての詩歌カテゴリでの参加である。今年の3月に俳句をはじめたり『詩誌84-2014.08』へゲスト参加したりと詩歌カテゴリへの接点が多くなった。2014年は西瓜鯨油社が総合文学結社へ歩を進めた一年と言えよう。
 小説からストーリーと世界観をはぎ取った文芸が詩歌なのではない。文字だけの漫画が小説ではないように、小説と詩歌は異なっている。詩歌は独立した文芸であり、そのうえで詩と俳句と短歌はそれぞれ違う。文芸はそれぞれにそれぞれの理由で異なっている。しかしただひとつ共通点がある。それは、どの文芸であっても言語を使っているということ。
 言語には2つの用途がある。まず独話、そして対話である。これら用途で文芸を分類するならば、現代詩や短歌や物語は独話の文芸、俳句や小説は対話の文芸と区切られる。文芸を書く人読む人は自分が独話向きの人間か対話向きの人間かをよく認識したうえで泥むカテゴリを選択すべきだろう。そしてあなたが対話向きな人間であれば西瓜鯨油社の門戸を叩くがよい。
 ちなみに会話向きな人間は対話向きではなく、独話向きである。ゆめゆめ混同されるな。
f0208721_2354023.png

【配置場所】
 F-01 (1階入口入り左隅)
f0208721_23102537.gif



【頒布物】
新刊逃避癖のための句誌</haiku id="02">羇旅』(60頁200円)
 普段散文を書いている日本語作家22組23人による「旅/瞬間」をテーマにした俳句、そして墓碑銘を収録した句誌。
-『逃避癖のための句誌羇旅』関連のつぶやき
f0208721_2331636.png


東京新刊日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』(100頁500円)
 母親に棄てられた娘とその娘を引き取った父親の話。世間と上手く折りあうことと自由に生きること、逃げ出したい全ての父に捧げる一冊。
-反響などの記事
f0208721_9192042.png


・『逃避癖のための句誌</haiku id="01">』(44頁200円)
 「普段散文を書いている首都圏の作家」による俳句71句と掌篇9篇、それと墓碑銘を収録。
-牟礼鯨による「余白を読む」
-反響と古書ビビビ納品記事
f0208721_14162380.png


・『南武枝線』 (82頁300円)、牟礼鯨
 痴漢で出会った嘘つきとサイコパス。嘘つきの始めた「新日程」が南武支線を怪異させる。記憶を喪う鉄道幻想譚。その第二版
-痴漢という言葉からは恋の芽生えしか想像できない。小説『南武枝線』牟礼鯨(著)
-ガジェット通信-Amazonが『南武枝線』を販売停止にした件(西瓜鯨油社)
f0208721_6241743.jpg


※ 『受取拒絶』や『譫妄とガラナ』、『コルキータ』など手持ち分は完売していますが、リンクの貼っているものはアマゾンで購入できます。

※ 文学フリマwebカタログで気になるサークルさんの「気になる」ボタンをクリックすることで「気になる」登録できます。

【備考】
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
[PR]
# by suikageiju | 2014-11-24 00:36 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
第十九回文学フリマの配置
 11月24日(月祝)に開催される第十九回文学フリマの配置が確定した。西瓜鯨油社の配置はF-01である。通例ではF-02からF-04までの短歌同人誌「一角」さん、短歌同人誌「羽根と根」、短歌同人誌「」さんなど歌人の方々と入口左の壁際でひとつの短詩島を形成することになるだろう。しかし、西瓜鯨油社に短歌はない。あるのは俳句のみだ。新刊として『逃避癖のための句誌</haiku id="02">羇旅』、略称「羇旅」を販売する。また、創刊号の『逃避癖のための句誌</haiku id="01">』や小説『日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』(感想)もある。
 従来、西瓜鯨油社には「小説」か「物語」か、というイメージが付きまとっていたように思う。しかし西瓜鯨油社は文学結社であり、文学結社でしかない。西瓜鯨油社が「小説」や「物語」などカテゴリを定義することはあっても、自らを「小説」や「物語」などのカテゴリで規定することはない。
 新刊「羇旅」には、文学フリマもしくは現代日本語世界のアルティマ・トゥーレへと至る道筋が秘められている。この本を手にし、読むことのできた者には、誰も見たことのなかった航路が開けるだろう。
[PR]
# by suikageiju | 2014-10-15 21:51 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
古書ビビビに『日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』を納品する
 下北沢は茶沢通り沿い、ザ・スズナリちかくにある古書ビビビさんから『受取拒絶』完売の知らせを受けた。『受取拒絶』は手持ち分がもうないので、大阪で販売した最新刊『日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』を納品した。
f0208721_23113994.jpg

 ほかの委託本と同じように幅広の帯をつけたので美麗な表紙が半分以上隠れてしまったけれど、表紙がどんなものか気になる人はぜひ下北沢に足を運んで見本誌の下を見てほしい。
 ちなみにポップの惹句は「やめて、お父さん」である。

 『日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』以外にも古書ビビビさんには『南武枝線』や『逃避癖のための句誌</haiku id="01">』を委託してある。その他、文庫フリマも絶賛開催中だ。
[PR]
# by suikageiju | 2014-09-24 23:23 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
第二回文学フリマ大阪報告
自菟餓野、有聞鹿鳴(『日本書紀』仁徳天皇卅八年)

12日(金)
 金曜日、代々木のカフェ・ロリータで「夜の暦」を終えた。人形写真と膝裏写真の共通項を抱えながら、夜行バスで大阪へ向かった。車内はひどく人の臭いがした。

13日(土)
 翌朝、天王寺動物公園前に降り立った鯨は天王寺駅のツリーカフェで朝食をとった。それから兎我野町にあるホテルに荷物を預けた。そこは犬尾春陽さんに勧められた宿泊地である。仁徳天皇の難波高津宮は今の大阪城のあたり、和泉国から「河内海」へ北に突き出るように伸びた細長い半島の中核「上町台地」の北端にあったとされる。兎我野は難波高津宮の北、崖を下りたところに広がる狩猟のための原野であったのだろう。かつては日本書紀に書かれたように鹿がいたのか。そんな古代の難波へ思いを馳せながら今宮へ向かい午前十時のスパワールドで汗を流した。

f0208721_20583838.jpg


 自由軒で名物カレーを食べた後、昭和町の金魚カフェにて金魚鉢でメロンソーダを啜って情報収集をしていると千日前の丸福珈琲店で「宵の暦」が立つことを思い出した。鯨は御堂筋線でなんば駅へ向かい、歩いて丸福にたどり着いた。店内には誰もいなかったので外で待っていると高村暦女史がやってきた。女史も今朝大阪に着いて昼から青波零也女史と水族館へ行ってきたらしい。店内の突き当りを右に折れた奥、マフィア映画で殺される奴が座っているような席に座り、遅れてきた詩架の容女史と「宵の暦」をした。容女史の発する「知的な大阪弁」に聞き惚れた。
 その後、ホテルにチェックインをし、午後八時過ぎに日本橋の味園ビルにあるデジタルカフェスクリプトにログインした。鯨がその日最初の客だった。そこで第二回文学フリマ大阪前夜祭が開催される。前日に大阪入りした日本人のための集会である。鯨のログイン後すぐ入った真乃晴花さんとそのBL師匠の3人で前夜祭をはじめる。数分して、じゅりいさん、北西彩さんと伊織さんがログイン。20分後に高村暦女史がログイン。21時、同じ建物の赤狼にいた東京の文学フリマ事務局の望月代表を呼びにいった。腸詰を賞味されていた。しばらくして全日本わかば愛好会の森井聖大さんとJ島さんがログイン、そこへ望月代表がログインした。これで10人となった。じゅりいさんと真乃さんがタロット占いをはじめ、望月代表と森井御大が文学フリマのありかたと広告のありかたについて議論をはじめた。森井御大の理想は愛すべきものだけど、実践者望月代表の前では形無しだった。その後、永遠の底五<泉由良>が11人目としてログインした。上住初采配の設営に不安を持っていた鯨は、翌朝のため午後11時に前夜祭を解散した。

f0208721_2115926.jpg


14日(日)
 午前9時からはじまった設営は無事に済みそうだった。搬入された段ボールを仕分けているとき、カタログの入った段ボールを受付に運んだ。「これが文学フリマ大阪のカタログか、どんな表紙だろう」と思いながら運んだ。ブースナンバーを貼り、アンケートを配り終えて受付に戻ったとき、数人の大人たちがカタログを見ていた。戯画化された太陽の塔が笑っていた。ひどい落丁があった。最初の数ページが空白となっていたのだ。西瓜鯨油社のサークル紹介文も載っていなかった。書籍工暦の高村女史が設営に参加していたことを思い出した。鯨は独自の判断で設営の指揮を執る女史の近くに寄った。
「今、カタログのデータを持っていますか」
「なぜですか」
 高村女史は首を傾げた。
f0208721_2124843.jpg

 傀儡舞で始まった第二回文学フリマ大阪が終わった。ひどく疲れたので中百舌鳥を離れ、ホテルに戦利品を預けた。ホテルから歩いて行ける中崎町の珈琲舎・書肆アラビクでその日購入した俳句の本を読む。文学フリマが終わったら落ち着ける場所で、その日購った本を静かに読むことをお勧めする。それは真剣に本を書いている作家たちへ示す敬意のひとつだ。
 電話が架かってきた。飲み会への誘いである。一度は断ったが、断りきれなかった。急いでケーキを頬張り、珈琲を流し込んだ。本を閉じた。
 指定されたHUBなんばダ・オーレ店へ行くと誰もいなかった。ひどいことをされたのだと思った。アスポールドラフトサフォークサイダーの瓶を買い、一人でテーブルに座って飲んだ。コップに入れた分を飲み干してもまだ誰も来ない。瓶を傾けてまたコップを飲み干しても来なかった。あきらめて帰ろうとしたとき、やって来た。ヤツらが!
 鯨が座っていたテーブルに呑気な3人組、秋山真琴<泉由良>高村暦が腰かけた。鯨鳥三日の2Pキャラを思い浮かべれば妥当だ。しばらく飲んでいると上住断靭、猿川西瓜、尾崎、そしてもう一人が来店した。円卓で犯人が数回踊ったら、別の店へ移動した。ここら辺からあまり記憶がない。佐藤現象といえる。どうやら薄荷塔ニッキによればそのよくわからない店で連歌をしていたらしい。
秋の水鎖骨にたまる泉由良(発句)
赤蜻蛉時速五キロの逃避行(<まだ見ぬ友の背を負いて見る>からの)
実らずの栗の花咲く岸辺にて(<童貞野郎の熱き思いを>からの)

 などが鯨の担当だったと記憶している。
 気づいたらなんばの町を歩いていたので御堂筋線で兎我野町へ帰った。胸ポケットにはいつ買ったのか黄色いアメスピとくまもんのライターが入っていた。14日の締めくくりとして、キタでそのアメスピを一本喫んだ。

15日(月)
 兎我野町から中崎町へ行くと喫茶Yは定休日だった。幼い4人姉妹が父親に取り残された喫茶店で朝食を済ませた。天神橋筋六丁目駅から阪急線に乗り終点の京都・河原町近くの築地で一服した。
f0208721_2153365.jpg

 夕方、京都駅から新幹線ひかりの3号車で帰った。もしかしたら同じ新幹線の2号車には犬尾春陽さんが乗っていたかもしれない、と思った。
[PR]
# by suikageiju | 2014-09-17 21:13 | 大阪 | Trackback(1) | Comments(0)
『日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』など














[PR]
# by suikageiju | 2014-09-16 10:26 | 弊社発行物 | Trackback | Comments(0)
第二回文学フリマ大阪
 9月14日(日)大阪府堺市北区の堺市産業振興センター(中百舌鳥)で開催される第二回文学フリマ大阪に西瓜鯨油社は参加する。
 文学フリマは文学作品の展示即売会である。販売される文学作品の多くは同人誌であるが、コミケやコミティアなどのいわゆる「同人誌即売会」や大東亜戦争後に発達した同人誌文化とは違う文法で運営されている。文学フリマの基底としてあるのは「ホトトギス」など明治期から日本にあった同人誌文化と文学の土壌である。
 文学と訊くと「純文学」を連想して「とっつきやすいのかな」「読みやすいのかな」などと思うかもしれない。その通りである。ゴテゴテして難解なSFや、ボテボテして複雑なファンタジー小説、ジュルジュルする奇怪なライトノベル、ポエムで晦渋な詩や短歌などとは違う、文章そのもの、言葉そのものの喜びが純文学や俳句といった文学作品には残されている。第二回文学フリマ大阪ではそんな文学作品と出会える。

【配置場所】
 A-15 (壁の中央)

【頒布物】
新刊日曜日の娘たちは星々をシャワーヘッドの穴だと信じている』(100頁500円)
 母親に棄てられた娘とその娘を引き取った父親の話。世間と上手く折りあうことと自由に生きること、逃げ出したい全ての父に捧げる一冊。
f0208721_9192042.png


・『逃避癖のための句誌</haiku id="01">』(44頁200円)
 「普段散文を書いている首都圏の作家」による俳句71句と掌篇9篇、それと墓碑銘を収録。
-牟礼鯨による「余白を読む」
-反響と古書ビビビ納品記事
f0208721_14162380.png


・『南武枝線』 (82頁300円)、牟礼鯨
 痴漢で出会った嘘つきとサイコパス。嘘つきの始めた「新日程」が南武支線を怪異させる。記憶を喪う鉄道幻想譚。その第二版
-痴漢という言葉からは恋の芽生えしか想像できない。小説『南武枝線』牟礼鯨(著)
-ガジェット通信-Amazonが『南武枝線』を販売停止にした件(西瓜鯨油社)
f0208721_6241743.jpg


※ 『受取拒絶』や『譫妄とガラナ』、『コルキータ』など手持ち分は完売していますが、リンクの貼っているものはアマゾンで購入できます。

※ 文学フリマwebカタログで気になるサークルさんの「気になる」ボタンをクリックすることで「気になる」登録できます。

※ ひそかに前夜祭

【備考】
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるのでよくトイレに行きます。鯨不在の場合は売り子の高村暦女史が対応します。

【地図】

[PR]
# by suikageiju | 2014-09-06 10:22 | 大阪 | Trackback | Comments(0)
第二回文学フリマ大阪の俳句
 2014年9月14日(日)に堺市北区中百舌鳥の産業振興センターで第二回文学フリマ大阪が開催される。関西で2回目となる文学フリマで俳句を扱ったサークルはあるのかそれともないのかと思い文学フリマwebカタログで検索したところ紹介文に俳句について言及したサークルは3件あった。3サークルとも「気になる」をクリックした。君はどうする?

雲庵 E-15
 福岡ポエイチにも参加している錆助さんによる自由律俳句のサークル。幻の新刊『蘭鋳』があるかも。

大阪大学短歌会 E-28
 無料冊子『阪大俳句』があるとのこと。

盲目羊とサクラジマ E-38
 短歌・小説本『甘受の才能』に俳句もあるかも。

夜更社 B-32
 『プレオープン短歌俳句解凍文集BL篇』で俳句のBL幻視があるかも。

西瓜鯨油社 A-15
 首都圏の散文作家7人、そのいたたまれなさを俳句71句と掌篇9篇として収録した『逃避癖のための句誌』があるという。

 もしかしたら紹介文に書いていないだけで俳句の本を販売するサークルはまだまだあるかもしれない。9月14日は中百舌鳥へ行くしかない。
[PR]
# by suikageiju | 2014-08-11 06:34 | 大阪 | Trackback | Comments(0)
Amazonが『南武枝線』を販売停止にした件
 AmazonからKindle版『南武枝線』についてのお知らせメールが来ていた。この本を販売停止にしているという。『南武枝線』は7月15日につんどく速報で取り上げてもらって以降、売上げがのびていた電子書籍商品であった。メールの内容は以下の通りである。
f0208721_18443785.jpg

Amazon KDPをご利用いただき、ありがとうございます。
今回お知らせを差し上げたのは、読者からお客様の本に問題があると報告を受けたためです。
この問題は、弊社の販売基準に関わるため、お客様の本を一時的に販売停止とさせていただきました。
◇ テキストが欠落しているようです。問題箇所を以下に示します:
位置No.582 「・・・知恵が戻ってきたのだと僕は振り返り」の後
Kindle本の品質については、「Kindleコンテンツ・クオリティのガイド」(https://kdp.amazon.co.jp/self-publishing/help?topicId=200952510) をご参照ください。
コンテンツの修正が終了したら、修正後のコンテンツをKDP本棚の「本のアップロード」セクションからアップロードした後、「保存して出版」をクリックして本を再提出してください。
問題の修正が確認できましたら、本の販売を再開いたします。
その他、ご不明な点がある場合はこのメールに直接ご返信ください。
コンテンツの修正に関するご質問につきましては、お困りの点を具体的にメールに記載いただきますようお願い致します。


 なるほど、本当に販売停止されていた。
f0208721_1846356.jpg

 該当する「Kindleコンテンツ・クオリティのガイド」の文言はこれだろう。
コンテンツの欠落
コンテンツの欠落の問題とは、本に存在するはずの内容の一部が誤って削除されていたり、本に存在しない内容への参照が含まれていたりすることを指します。
深刻な問題
• 長い語句のテキストが欠落している
Kindleコンテンツ・クオリティのガイド」より


 「・・・知恵が戻ってきたのだと僕は振り返り」の後のテキストの欠落については書籍版を見ればわかるように意図的な空白である。この頁をめくると見開きの空白があり、その前後での名称の違いなどからその空白が単なる欠落ではないことが読み取れるようになっている。初版も他者の校閲を経た第二版もそうなっている。
f0208721_18525028.jpg

 Amazonは「読者からお客様の本に問題があると報告を受けたため」とあるので
(1) 読解力の不足している読者が指摘した。
(2) 読解力の不足している読者がもしかしてと思い指摘した。
(3) ちゃんと読解できたけれど指摘すれば販売停止になることを知っていたので敢えて指摘した。
など様々な可能性が考えられる。
 普段の同人誌即売会の範囲内では(1)(2)のような明白な読解力不足であっても感想やレビューで書かれるくらいなので不足部分を指摘すれば済むことである。しかし今回はそういうレベルで留まってはいない、明白な読解力不足により販売停止というディストピア的現象が発生している。これは芸術読解力により反動主義や革命主義を見抜いて出版禁止、のような20世紀的検閲とは事情がまったく異なっている。一番レベルの低いところに品質を合せるということだ。

 ただ、すべての読者がちゃんと読解できるという前提で物事を考えてはならない。文学フリマという限定された空間で販売していたときはある程度の読解力を担保できる。でもAmazonなどを使って販売するということはそういった何ら担保されていない読者の手にも著作が渡るということであり、そのために発生する反応をも覚悟するということである。もちろん文学フリマにおいても

 のように「誰でも読み取れるように記載を改善できる」と考えている暢気さと出会うこともあり、文学フリマであっても読解力は必ずしも担保されているわけではない。もちろん文学フリマ以外で高度な言語能力を持つ人と出会うこともある。そして人間としてみなすためにギリギリな言語能力しか持たない人と出会うこともある。
 文学フリマのような同人誌即売会程度の、相手が誰だか分かる範囲のことであれば「確かにそういう読み方もありますね」とか「お馬鹿ですね」とこちらが言ってしまえば済むこともある。今回の事例も牟礼鯨に訊けば一発で済むことだった。しかしAmazonなどを使い一定の範囲以上に展開してしまうと、そういうわけにはいかない。その一例として今回、牟礼鯨に質問はなく、いきなりAmazonへ指摘され、販売停止となった。でもその(悪意なき)読者を責めるわけにもいかないし、消費者優先をお題目に掲げているAmazonを責めても仕方がない。文芸や小説の水準としては限りなく低いレベルで仕事をしているだけだ。それが消費者優先ということである。たぶんメールでAmazonに「おばかんちん」と直接返信すれば済む話だろう。そして販売停止は解除される。
 だが、今回そんなことはしない。この電子書籍版『南武枝線』は販売停止のままにしておこうと思う。というのも『南武枝線』は紙の書籍もあるからだ。現在、下北沢の古書ビビビさんで委託販売している。そして今年9月14日の第二回文学フリマ大阪で販売する予定だ。大阪府堺市北区中百舌鳥の産業振興センターで待っている。

おまけ
[PR]
# by suikageiju | 2014-08-04 18:47 | kindle | Trackback | Comments(2)
第二回文学フリマ大阪前夜祭
 前回の第十六回文学フリマ同様、第二回文学フリマ大阪でも西瓜鯨油社は文学フリマ前日に入阪する。
 なので前夜は20時くらいから味園ビル2Fのデジタルカフェにいると思う。
 人が集まれば前夜祭になるだろう。「鯨ナイト」として人口に膾炙していたあのことだ。数人くらいの集まりならば文学を祭る。織田作之助を祭る。

行き暮れてここが思案の善哉かな 作之助

 祭であって会ではない。みんな子供じゃないし大人なので人数の集計もしない。自主的にただ来て、飲んで、話して、飲み代を払って帰るだけだ。それだけでいい。それ以上は不要だろう。何をやっても自由だ。突然句会がはじまるかもしれない。いきなりボードゲームかもしれない。疲れたら眠れ。小うるさい人が集まれば唐突に文芸批評会かもしれないが我慢しろ。参加者次第。

9月13日(土)20時
味園ビル2F デジタルカフェスクリプトにて


 その翌日14日(日)は第二回文学フリマ大阪

前回の様子
大阪文学フリマ前夜祭報告
第十六回文学フリマin大阪を過ぎても [上] [中][下]
大阪文学フリマ外伝ー鯨ナイト前編ー
[PR]
# by suikageiju | 2014-07-22 23:34 | 大阪 | Trackback | Comments(0)
先従隗始
 事を始めるならまず給料払え。

 経営者の好きな故事成語に「先従隗始」がある。書き下すと「先ず隗より始めよ」である。辞書的な意味は「遠大な事をするには,手近なことから始めよ。転じて,事を始めるには,まず自分自身が着手せよ。」(大辞林)だ。
f0208721_164911100.jpg

 自己啓発ビジネスの世界ではこの「隗より始めよ」という成語は「ものごとを始めるとき、自分の考えどおりの行動を部下に求めるのであれば、まず自分から率先して着手しなさいということです。」(故事百選)という教訓とともに語られることが多い。
f0208721_16531845.jpg

 また、この「隗より始めよ」は「率先垂範」(日系BizGate)という言葉とともにも語られる。悪名高き『職場の教養』にも以下のように書かれている。
この言葉は、「大きな事業を始めるには、まず手近なことから手をつけよ」という意味の他に、「事を始める時には、まず言い出した人から実行せよ」という意味のたとえとしても使われています。(『職場の教養』2014年7月14日分)

 自分の勤務している会社の社長が朝礼などでこの「隗より始めよ」という言葉を使い「さあ俺の背中を見るんだ」と一人悦に入っているようだったら、目を背けるだけではいけない。文学の出番である。文学は言葉の前で踏みとどまることを怠った者を揶揄できる力を持つ。

 まず「隗より始めよ」を「手近なことから」「率先垂範」という意味で使うことは決して誤用ではない。慣用された使い方なので正しい。
 しかし創業者型のワンマン社長が「隗より始めよ」をのたまい“大事業”とやらに自ら着手して、社長命令で一般社員をその“大事業”に引き込み、通常業務をずたずたに切り裂き社内をゴタゴタにして、社員は残業に残業を重ね、その上36協定で残業代は定額だとかフザケたことをぬかし出したら、文学的態度を以てこう言ってあげるべきである。

「社長のおっしゃっていた『隗より始めよ』、実は裏があるんですよ」

 この故事成語「先従隗始」は、昔から人気で『戦国策』「燕策」に由来するのだけれど、『十八史略』にも引用されている。機転の効いた弁舌であることも理由のひとつだが、樂毅を描く上でどうしても欠かせないエピソードだからでもある。
燕昭王收破燕後即位燕昭王收破燕後即位,卑身厚幣,以招賢者,欲將以報讎。故往見郭隈先生曰:「齊因孤國之亂,而襲破燕。孤極知燕小力少,不足以報。然得賢士與共國,以雪先王之恥,孤之愿也。敢問以國報讎者奈何?」郭隈先生對曰:「帝者與師處,王者與友處,霸者與臣處,亡國與役處。詘指而事者,北面而受學,則百己者至。先趨而後息,先問而後嘿,則什己者至。人趨己趨,則若己者至。馮幾據杖,眄視指使,則廝役之人至。若恣睢奮擊,呴籍叱哆咄,則徒隸之人至矣。此古服道致士之法也。王誠博選國中之賢者,而朝其門下,天下聞王朝其賢臣,天下之士必趨於燕矣。」昭王曰:「寡人將誰朝而可?」郭隗先生曰:「臣聞古之君人,有以千金求千里馬者,三年不能得。涓人言於君曰:『請求之。』君遣之。三月得千里馬,馬已死。買其首五百金,反以報君。君大怒曰:『所求者生馬,安事死馬而捐五百金?』涓人對曰:『死馬且買之五百金,況生馬乎?天下必以王為能市馬,馬今至矣。』於是不能期年,千里之馬至者三。今王誠欲致士,先從隗始;隗且見事,況賢於隗者乎?豈遠千里哉?於是昭王為隗筑宮而師之」


(あらまし)即位したばかりの燕昭王、自分の燕国をめちゃくちゃにした斉国へ復讐するため、郭隗にどんな人材を登用すべきか訊いたところ、郭隗は故事を引いた。昔の君主に千金で千里馬を求める人がいました。雑役夫(涓人)に金を持たせたところ、死んだ馬の首を五百金で買ってきます。その君主は激怒。すると雑役夫は「死んだ馬に五百金を出すなら、生きた馬ならどれくらい高値で買ってくれることだろう、と多くの良馬が集まりますよ」と返しました。案の上すぐに千里馬が三頭集まったのです。この故事のように王様がもし人材を求めるならまずこの郭隗を重用してください。そうすれば郭隗より賢い人材は千里を遠いとも思わず集まるでしょう。それを聞いた昭王は郭隗のために家を築いた。すると噂を聞きつけた名将・樂毅らが諸国から燕国へ仕官を希望して訪れ、彼らの功績により宿敵・斉国を滅亡寸前にまで追い込むことに成功する。

 これが故事成語「先従隗始」のあらましである。「手近なことから」も正しいし「率先垂範」も正しい。でもそれだけだと郭隗にも燕昭王にも足りない。では何が足りないのか? 手近なことから、率先垂範して、何をすべきとこの故事成語は教えてくれるのか? それは給料である。社員への給料を手厚くすることである。社員に見せるのはがんばっている社長の背中なんかじゃない。そんなのどうでもいい。社員が見たいのは横にしても立つくらい分厚い給料袋なのだ。

「だから社長、給料泥棒であるこの私のボーナスをアップすることからまず始めましょう。隗より始めよ、です」
[PR]
# by suikageiju | 2014-07-11 21:05 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
謝罪文
 牟礼鯨は謝罪する。2009年に牟礼鯨と名乗り文学活動をはじめて以降、牟礼鯨は多くの人を対面で、SNSで、webで、文書で言葉により「傷」つけてきた。未だにその「傷」を抱えている人がいるだろう。その「傷」によりなお牟礼鯨を怨んでいる人もいることだろう。時はその「傷」を癒さない、言い訳はなんて許されない、許してくれなんて言わない。許されるだなんて思わない。しかし、だから、牟礼鯨はここに謝罪する。牟礼鯨が「傷」つけてきた人たちよ、申し訳なかったと。
 「傷」ついた人のうち多くは小説を書いて同人誌即売会で本を売っている人だろう。ある程度のまとまった文章を発表しているなら、その文章を読めば書いた人の弱点が心のどこにあるのかを把握できる。小説をたしなみ程度でもやっている人なら誰でもできるこの力を不用意に行使してしまった。自分もまとまった文章を公表しているからおあいこでしょ、という勝手な理屈で多くの人を「傷」つけてきた。ムルソーばりに社会のコードを読めていなかった。文章を書く人の間ではそれはやってはいけない禁忌だったらしい。なぜなら牟礼鯨以外にそんなことを楽しんでいる人はいないから。その証拠に牟礼鯨は「傷」つけられたことがない。こんなにも周囲の人は優しさに溢れていたのに、牟礼鯨はまるで玩具を与えられたばかりの子供のように「傷」つけ遊戯を楽しんでしまった。だから謝罪する。
 解釈優位のこの社会だ。された方が「傷」つけばセクハラとなる社会だ。読む人が有害だと言ったら児童ポルノとなる社会だ。悪気がなかった、そんなつもりじゃなかった、は許されない。だから謝罪する。「傷」つけたのは牟礼鯨だと、主張する。解釈優位の社会だからって、解釈者に自分を「傷」つける権利なんて与えない。あなたに自分勝手に自分で自分を「傷」つける力があるなんて認めない。あなたを「傷」つけたのは牟礼鯨。だから謝罪する。
 いいか、よく読め。おまえを「傷」つけたのはこの牟礼鯨だ、分かったな? 謝罪する。何度も謝罪する。ごめんなさい。よく覚えておけ。
[PR]
# by suikageiju | 2014-07-02 01:05 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
卒塔婆百夜
 化野の卒塔婆語りの夜はふけて水子も踊る日境越えよ。さて兎角毒苺團女主人伊織さんよりこの企画へと招かれたのはいつであったのか。「それは確か」と振り返ること第十八回文学フリマ。訪れたブース、「鯨さんもどうですか?」そう訊かれ不覚にも見下したるは超巨乳。乳のデカさは心の寛さ。そんなこと、知ってか知らずか「やりましょう」返事したのが運の尽き。ここにこうして怖い話を書く羽目に。子供のころに流行っていた怪談話思い出す。夜の学校、トイレの花子、ハニワ太郎に風呂場の影と、トイレに行けぬ夜を重ね、怖い話は葬りましたよあの丘に。
 ひと様を怖がらすより楽します、そう心がけ生きてきた。だから怖さの心理解析おぼつかず。見よう見まねで書き出した。怖いのか怖くないのか分からずも、夜めいた想像力は何物も恐怖へ変える効能があり。カタカタと揺れるPC、鳴る鍵盤の子守歌。
 この企画、百夜続くと人は言う。百夜目は大阪の文学フリマにあたるという。さて最終夜どうなりますかお楽しみ。

卒塔婆Carnival
[PR]
# by suikageiju | 2014-06-21 23:59 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
古書ビビビに俳句誌を納品
 古書ビビビさんは下北沢の茶沢通り沿い、ザ・スズナリ近くにある古本屋さんだ。そこへ逃避癖のための句誌</haiku id="01">を納品した。「普段散文を書いている首都圏の作家」による俳句71句と掌篇9篇、それと墓碑銘を収録した句誌、その創刊号だ。在庫がある限り下北沢で購入できる。
f0208721_14162380.png

f0208721_754065.jpg


 鯨お手製ポップとともに。

 句誌に寄稿していただいた栗山真太朗さん、高村暦さん、山本清風さんはいずれも著作を古書ビビビに委託している。彼らの本を買うついでに句誌も手に取って欲しい。句誌を手に取るついでに彼らの本も手に取って欲しい。
 その他この句誌には霜月みつかさん、鳥久保咲人さん、太田和彦さんから寄稿をいただいた。
 俳句は短詩であり言葉数は少ないんだけれど、そのかわり言葉ひとつひとつが大きな意味を持ってくる。たった十七音が長篇一万枚に匹敵する情報量を持つこともある。定型詩の面白さをこの句誌で分かってくれたら嬉しいね。








 2014年9月に堺市北区中百舌鳥で開催される第二回文学フリマ大阪へもこの句誌を持っていきます。

 徳川龍之介店長原作、齋藤裕之介さん作画のマンガ『トーキョー・ベイ』も販売中。タモリが怪獣と戦うよ。

[PR]
# by suikageiju | 2014-06-15 10:02 | 古書ビビビ | Trackback | Comments(0)
三文会
 目覚まし時計を使わず午前5時に起きた。ぼんやりとした頭をかかえて小田急線と大江戸線に揺られ東京大学本郷キャンパス正門前の喫茶店モンテベルデへ赴き、三文会という朝会に参加した。午前7時半の開店直後に3~4人が集い、午前7時50分に会がはじまったときには9人、途中で来られた方を含めて11人の前で、「文学を手段として少女とつきあう方法」と題して個人文芸について、文学フリマについて、福岡ポエイチや本の杜やText Revolutionsや密林社について、プロットについて、小説と物語について1時間強話した。
三文会への参加ははじめてです。2013年9月28日に千駄木のカフェ・ブーサンゴで隣席に座っていた吉立さんと知り合い、第十八回文学フリマで彼と再会したことでこの会に招かれました。あるいは勝手にそうだと考えています。

 と三文会のブログで書いたように三文会への参加は全くはじめてだ。よくは知らない、そして同じ経験と知識を共有しない人の前で話すのはとても緊張する。それは内輪の会合などでは得られない感覚だ。でも福岡ポエイチで会った森井さんが福岡ポエトリーでのオープンマイクの経験を根拠に「人前で話すことで自分に緊張と試練を与えるのは大事だ」みたいなことを言っていたので、その言葉を守り札として緊張を楽しめた。そして勉強になった。参加者のうち文学フリマを知っている人は11人中5人、そして半分くらいが東大理系の学生さんだった。
f0208721_11342792.jpg

 まず一分間スピーチということで「もしあなたが25歳男性で童貞だとしたら、女の子とつき合うためにどのような戦略をたてるか?」というテーマで参加者に話してもらった。身だしなみや誘うために店を調べるといった戦術論、本当につき合いたいのか、つきあってどうなるのかを考える、あきらめる。自我を捨てる、文学作品を読みロマンチックな言葉を習得する、自分に自信をつける。所属するコミュニティを変えるなどの意見が出たなかで女性からの「逆に25歳童貞はアピールになる」という意見は勉強になった人も多いと思う。鯨も勉強させていただいた。あとで聴いたら25歳で童貞だった男性と結婚された女性もいた。この世界に希望を持てた。
f0208721_11354410.jpg

 それからはA3資料と西瓜鯨油社宣言をまわして下のスライドを流しながら話していった。
slideshare
 過去動画を見ると結構頻繁に質問が出ていたのだけれど、今回は少なかった。やや早口で話したこと、60分の発表なのに読込みが甘くスライドを約60枚も用意したこと、そしてテーマを詰め込み過ぎたことが原因だろう。実はこの話をいただいたのは6月2日であり、6月11日まで9日間。そのうち3日間は福岡ポエイチに費やしたので実質6日しか準備期間がなかった。しかしそれは言い訳にはならないので今回の経験を次に生かしたい。内容よりも、言葉を区切ってゆっくり話すの大事。
 この三文会のように、イベントの宣伝とか内輪向けだけではなく、個人文芸作家たちが文学フリマなどイベントの枠を越えて話す機会が増えれば良いと思う。朝食のお膳もおいしかった。
f0208721_11375393.jpg

過去動画
[PR]
# by suikageiju | 2014-06-11 11:39 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
第3回福岡ポエイチ報告
「書いている文章とは違う人ですね」と二度言われ。

f0208721_22441684.jpg

 6月7日(土)と8日(日)に、福岡県福岡市博多区の冷泉荘で第3回福岡ポエイチが開催され、西瓜鯨油社は両日ともに参加した。福岡ポエイチは第1回から計3回5日間開催され弊社はその全日程に参加している。それほどまでに牟礼鯨は福岡ポエイチが好きなのだ。殺伐かつ軽薄な人間どもの集いである文学フリマにはない、福岡ポエイチの家族的で和やかな雰囲気が好きなのだ。今回は小説や物語だけでなく、文学フリマなどに参加する作家7人の俳句・掌編・墓碑銘を収録した句誌を頒布した。でも俳句はジャンルとして所謂「詩」ではなかったみたい。それでも11月には次号を刊行する予定だ。俳句から「逃避癖の言葉」としての徘句へ、首都圏からはるか成層圏へ。
詩人「俳句はよくわからなくて」

 福岡ポエイチでは他にも20余のブースがあり毎日100人をこえる来場者があった。ブースには将棋文芸誌や自由律俳句誌、小説、統合失調症の本、高橋しか登場しない歌集、精神科病院の歌集、現代アジア社会を描いた小説、詩集と詩集と歌集と歌集が頒布されていた。そして数人の美女と美少女がいた。無名な詩人が吐いた言葉でも有名な詩人のこさえた言葉でもかまわない、ただ言葉を欲している人がいてそれに見合った詩句が置いてあり、買える。そんな幸福な市場が福岡市の博多川端にある。
f0208721_2240880.jpg

f0208721_22482472.jpg

 福岡ポエイチは実行委員会とサークルと来場者とゲストの距離が近い。文学フリマ程度で「内輪」とか「文壇」とか発言する気負いが気恥ずかしくなるくらいに。でも福岡ポエイチには大塚英志がいない。だから詩壇と歌壇とオフ会が入り乱れた福岡ポエイチはこのままであるべきだし、このままで楽しめる。第4回からゲストパフォーマンスだけではないサークル参加者オープンマイクが始まることを期待している。
 1日目は打ち上げに参加せず、仮眠後に薬院大通のRead cafeへ赴いて福岡の地方出版事情に触れた。2日目には詩人たちとの打ち上げに参加した。長卓の端っこ喫煙者集団のなかにいて、夏野さんや三角さんやとある患者さんや森井さんや1984年生まれの高森先生や1983年生まれの売り子さんと駄弁っていた。その打ち上げ後には森井御大と明治通り沿いのブルックリンパーラーに入って文学フリマや小柳日向などについて話したあと、中津へ帰る御大を中洲川端駅で見送った。
ヒモとなったり親の脛をかじったりしながら文学活動を続けていく。それが現代文芸の一つのゴールなのかもしれないな。

f0208721_225145100.jpg

f0208721_22492492.jpg

 福岡ポエイチ後の6月9日には福岡アジア美術館を訪れ常設展ギャラリーで2日目のゲスト三角みづ紀さんに遇い、中洲ぜんざいを食べたあと福岡空港へ向かった。去年と同じく保安検査場でひっかかりカッターナイフだけ入れた段ボールを預けた。そして遅延した飛行機で東京に帰る。
 この福岡行で有益な情報を仕入れることができたので2015年初頭までの西瓜鯨油社の方向性が決まった。そのことだけでも有意義な遠征であった。
[PR]
# by suikageiju | 2014-06-09 23:01 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第3回福岡ポエイチ
 西瓜鯨油社は2014年6月7日(土)と8日(日)に福岡県福岡市博多区の冷泉荘で開催される第3回福岡ポエイチに両日参加する。そこで逃避癖のための句誌</haiku id="01">を頒布する。やるからにはメデジンを目指す。しかし、詩、詩、詩、詩とはなんぞや? 詩を考える上で参考になる言葉がある。
An old woman runs the readings. She'd cream in her panties if she knew you were drinking. She's a nice old girl but she still thinks poetry is about sunsets and doves in flight.  WOMEN Charles Bukowski

 「沈みゆく夕日や飛翔する鳩」ではない詩、そんなものを目指して渡福する。

【頒布物】
・『</haiku id="01">』(44頁200円)、新刊
 「普段散文を書いている首都圏の作家」による俳句71句と掌篇9篇、それと墓碑銘を収録。
f0208721_14162380.png


・『昔鯨類』(58頁200円)、牟礼鯨、新刊
 詩歌でもなく、物語でもなく、反吐の出る言葉を束ねた本。
f0208721_18465860.jpg


・『南武枝線』 (82頁300円)、牟礼鯨
 痴漢で出会った嘘つきとサイコパス。嘘つきの始めた「新日程」が南武支線を怪異させる。記憶を喪う鉄道幻想譚。その第二版
f0208721_6241743.jpg


・『文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド2014年春』(56頁200円)、受託
 第十八回文学フリマ終了後、物議を醸した文芸ガイドブック。「あわなかった本、あります」
f0208721_915726.png


・『灰の公園』(26頁200円)、高村暦、rg、受託
 「周縁の街に暮らす著者、初の《除染》詩歌・写真集。原子力発電に、賛成も、反対も、即座にいえないものとして。除染された灰色の公園たちと寄り添った日々の記憶。」
f0208721_2131290.jpg


【備考】
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるのでよくトイレに行きます。鯨不在の場合はAmazon Kindleストアでショッピングして待っていて下さい。
[PR]
# by suikageiju | 2014-05-31 10:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
町中の当代詩人
 町中をぶらぶら歩いているときに強烈に惹きつけられた言葉群を「当代詩」と呼び、それを編み出した詩人を「当代詩人」と呼んで紹介する。現代詩ではない理由はお察し下さい。

笑顔で譲り合ひ smaill and HAPPY
f0208721_22994.jpg

(世田谷区宮坂) 梶山と名乗る当代詩人の作品。「顔」や「譲り合ひ」という旧字旧仮名と小文字大文字が混在した英文とがよく調和している。「smaill」は「smile」のことだろうか。学校英語が泣いている。なんとなく終戦直後の匂いもある。駐車場御利用申込受付の上にこんなハイセンス標語を掲げる地主・梶山氏は何者なのか? 現在鋭意調査中である。

汚文字漢字多数案内ですが色々困ってして一緒に働きましょう。
f0208721_22195539.jpg

(渋谷区神山町) 渋谷Bunkamuraから代々木公園の方へ伸びる道沿いにあるコンビニエンスストア・ローソンの求人広告。たぶん店長が漢字圏出身のバイト君こと当代詩人に書かせたのだろう謎文句が並ぶ。「汚文字漢字」の「汚」が「文字漢字」を修飾しているとしたら「文字」とは何を指すのか、興味深い。そして一番上の「求人深夜勤務希望集う」が前向きで好ましい。非母語話者による日本語使用の一例でもある。

調整中調整中調整中調整中調整中調整中
f0208721_6571417.jpg

(飯田橋駅) 超大手企業内当代詩人の登場である。一瞬どこかの中学校の応援幕かと思った。もちろん消費税増税に際して「間違い」となってしまった運賃表を隠すという実用のためのデザインであるが、一種の狂気さえも孕む。「作業中」や「工事中」ではなく「調整中」という文言を選んだセンスが当代詩にふさわしい。実直さゆえの狂気とでも言えばおさまりがつくか。

圏外活動
f0208721_22531092.jpg

(千代田区神田神保町) きっとどこかのよくわからない集団が貼っているステッカーのひとつ。町の隅っこ、物陰にある死角、多くの人が見ているはずなのに意識に留めないあたり、記憶と想像力の盲点、そこに暗号めいたものを嗅ぎ取って足をとめてしまい、読んだり撮ったりする。そしてこの町と違う町で同じステッカーを見つけたとすると、何かその尻尾をつかんだような、気になる。その誘い水が当代詩となって。

この男は三浦春馬の偽物で変質狂人ストーカー犯罪死刑囚の修正しまくったバケモノが本当の姿です。
f0208721_2325897.jpg

(文京区向丘) 町中を歩いていると掲示板やアパートの門や家の塀にびっしりと文字の書き込まれた貼紙を見ることがある。その貼紙にびっしりと書き込まれた文字はたいてい何事かを訴えかけようとしている。何も訴えようとしていない人はそんな貼紙は出さない。まず何か訴えるものがある、それだけでもうその人は当代詩人と言える。そこに書かれている内容がいかに狂気に充ちていて、根拠も論理もなくて、どうしようもない便所のチリ紙程度の内容であったとしても訴えかけようとする意志だけでその文章は当代詩だ。当代詩人は歓迎しないけれど当代詩だけは歓迎だ。

そんな執念に充ちた当代詩をもうひとつ。

私は六年前に狭心症と大動脈瘤の手
術を同時に受けた八十六歳の一人暮らしの老
人です。厚生年金を頼よりに細々と生活
して居るのです。それが一寸したスキを狙れ
て葬式代の足しにと一生懸命に貯めた
大切な金を盗まれた。クヤシクてクヤシクて夜
も仲々眠れない。犯人はだいたい分かっている
が手元も見ないので捕らえる事が出来ず
に居る。だから犯人が早く姿を消す
ことだけを神佛に祈りつづけている

人間て!!正直なもんだ
犯人の奴も事件の前と今
では毎日の生活態度が
一変して居る。被害者の俺より
後悟の気持で苦しんでいる
ようだ 大馬鹿野郎!!

f0208721_2312446.jpg

f0208721_2312461.jpg

(世田谷区千歳台) 「人間て!!正直なもんだ」という八十六歳老人の快哉が天まで届けと木霊する。呪詛で貫かれた内容、そして最後の「大馬鹿野郎!!」が気持ち良い。この古アパートの木戸に貼られた2枚1組の貼紙は当代詩の傑作と言える。一年のうち何度も画像を取り出して読んでしまう。この老人の心持ちだけは忘れてはならない。その心持ちが当代詩を生む。
[PR]
# by suikageiju | 2014-05-26 22:25 | 雑記 | Trackback | Comments(0)