西瓜鯨油探偵社へようこそ!
「こちらは西瓜鯨油探偵社ですか」
 と事務所の扉を開けた六角に、毎週土曜日恒例のエロサイト巡回をしていた牟礼がブラウザを消しながら応える。
「そうです。あなたのためにある探偵社、西瓜鯨油探偵社です」
 促されるがままに六角は、桃花心木製の机を挟み牟礼と対峙して座る。すぐに牟礼が探偵助手と紹介した、二十六歳にしか見えない女性が氷の浮いた烏龍茶の入ったグラスをもってきて六角の前に置く。探偵助手は瞬く間に隣の部屋に消えた。六角の目にはどうみても助手が二十六歳にしか見えなかったのであとで確かめようと思った。グラスのまわりに生えた露でコースターが少しずつ湿っていく。事務所の冷房はよく効いている。
「それで、どんな依頼ですか」
 牟礼が口火を切った。
「まことに言いにくいのですが」
 そう六角が言いよどむと、牟礼は机の上に両肘をついて両手を揉みながら身を乗り出した。
「言いにくいことを解決するのが、我が探偵社の使命です」
 六角はグラスに口をつけ烏龍茶で舌を湿らしてから言う。
「彼女の住所を知りたいんです」
 牟礼は机の端に置いてあったブロック・メモ帳を引き寄せると胸ポケットに差してあったジェットストリームの黒ボールペンをカチッと鳴らし、何かを書き付けた。
「今つきあっている彼女ですか、それともすでに別れた彼女ですか」
 牟礼の質問に息をつまらせそうになりながら六角は応える。
「すでに別れた、と思う彼女です」
 牟礼の質問は途切れることはない。
「『と、思う』というのは明確な別れを告げられたわけではないということですか」
「はい」
 六角は落ち着きを取り戻した。いや、落ち着いたわけではない。この事務所に入ったときの状態に戻っただけだ。
「急に音信不通になった。メールを出しても電話をかけても返事はない。どうしたものか分からない。それこそまだ付き合っているのかそれとも別れたのかどうかも定かではない。そこで直接会いたくなった。でも住所を訊いていなかった。ああ、どうしたらいいんだ、で、この事務所にやってきた、そんなところですか」
 たたみかける牟礼に六角は押され気味になりながらも返す。
「……はい」
 牟礼探偵はこの手の依頼には慣れているのだろう。
「そこであなたが知りたいのはその彼女さんの住所で間違いないですか」
「はい」
 その六角の返事を聞いて、牟礼は姿勢を正した。
「無料相談はここまで。ここからは料金が発生します。前金は五千円。これは今日の話が終わってから戴きます。それで、あなたが住所を知ったときに成功報酬をいただきます、その額が五万円。もしその住所が違っていたり、住所が見つからなかったりすれば成功報酬はいただきません。ただ、失敗した場合でも前金の五千円は返金いたしかねます。お支払いは住所情報を渡してから一週間以内でお願いします。それでは料金発生の話をすすめてもでよろしいですか」
 牟礼にまくしたてられた勢いで「調べてくださるのですか」と六角は言ってしまう。牟礼はにやりと口角をあげる。
「はい、あなたはどうやら誠実な人柄の男性のようです。ぜひともあなたの手助けをしたい。それと言い忘れましたが、もし住所がわかっても白枝さんに別の男性がいた、いわゆるアバズレの場合、あるいは復縁……いやいやちゃんとした関係に戻れなかった場合でも成功報酬はお支払いいただきます。よろしいですね」
「はい」
「そこらへんの身辺調査はまた別料金となります。それでは料金発生の話をすすめてもいいですね」
 六角は頭を前に一回だけ垂らした。それが彼の本心だったのかどうかはわからない。
「それでは本題にいきましょう。あなたは社会人ですね。その彼女も社会人ですか。職業とお名前など知っている情報をお願いします」
 自分が社会人であると見抜かれて、六角は驚いたようだった。それと同時に六角も身を乗り出す。何か期待のようなものを抱いてしまったのかもしれない。
「彼女、その白枝睦月は社会人ではなく、大学生、小鹿女子大学文学部仏蘭西学科の三年生です。誕生日は六月十二日、二十一歳。趣味はゴルフ。サークルには入っていません、バイトもしていなかったように思います」
 それをすらすらと牟礼はメモ帳に記していく。
「あとは」
 六角は机の角を見ながら眉間に皺を寄せる。その角を牟礼も見る。
「とりあえず、そのくらいでしょうか」
 牟礼はペンを置き、目の前で両手の指を組み合わせた。
「白枝さんの最寄り駅、ご両親のお名前、ご両親の職業はわかりますか」
「最寄り駅は小田急線の喜多見駅、両親の名前はちょっとわかりません。職業も、わかりません」
 すまなそうに六角は答えた。だが済まなそうにする必要はあったのか。
「白枝さんの中学・高校も東京ですか」
「えっ」
 六角は驚いた表情を見せる。
「さあ、でもずっと東京だと聞いたような気がします」
「では一人暮らしではなさそうですね。それでは白枝さんのご自宅は一軒家ですか、それとも集合住宅ですか」
 六角は首をひねる。
「さあ、どちらでしょう」
「思い出してください。白枝さんと話したエピソードを一つ一つ思い出してください。帰りに母親からお買い物を頼まれた話を聞いたことはありませんか。近所のおばさんとこんな話をしたなどくだらないエピソードを聞いたことはありませんか。どんな些細なことでもいいです。愛のささやきの合間に話したこと、ピロートーク、なんでも、お話しください。もちろん今までの情報でも尾行調査で白枝さんの住所は見つかるはずです。データベースでも見つけられるでしょう。でも尾行というのはなんとも野蛮なやり方です。前時代的で二十世紀的です。それにターゲットに見つかってしまう危険性もある。そしてデータベースの出所はもちろん違法だ。そんな手はなるべくなら使いたくない。なのでスマートに調査を完了させたいと思います。そのために六角さんが実際に見聞きした白枝さんの情報はとても貴重なのです。さあ、思い出してください。どんな些細なことでもいいです」
 そう言って牟礼はさらに上半身を乗り出した。六角は目を閉じ、白枝睦月との思い出を回想する。
「その、よく駅前のミスタードーナッツで朝食を済ませるとか、野川沿いをよく散歩すると言っていました」
 牟礼はにこやかに笑顔を浮かべる
「いずれも糞情報ですね。ちょっと作業をします。しばらく白枝さんとの思い出を回想していてください。何かを思い出したらすぐにおっしゃってください」
 六角はムッとしたようだがすぐに言われた通りに再び回想しはじめた。そうさせる必要は本当にあったのか? その間に牟礼はパソコンに向かいキーボードとマウスで何かを操作する。五分後、「おそらく白枝家は集合住宅でしょうね」と言ってマウスをクリックすると牟礼は両手を頭のうしろに置いて後ろに凭れた。
「なんでわかったんですか」
「それは企業秘密です。さて何か他に思い出しましたか。白枝さんのよく着る服とか覚えていらっしゃいますか」
「それは、どうでしょう。下着なら覚えているのですが」
 あきれたように牟礼はメモをとりながら両肩をもちあげる。
「男性はえてしてそういうものです。だが下着では情報として薄い。女子大生の下着を堂々と外に干すご家庭は少ないですからね」
「はあ」
「他に何も思い出しませんか」
「残念ながら」
 牟礼はわざとらしく大きなため息をついた。
「まったく、愛するだの恋するだのは相手の情報をしっかりつかんでからやってくださいよ。ご両親の名前、住所、電話番号なんでもいいんです。そういった情報をしっかりつかんでからいっぱいしのことを言ってもらいたいものです」
「すみません」
 そう弱気になった六角を取り直すように牟礼は声をかける。
「いえ、こちらも言い過ぎました。とにかくこの情報で調査しましょう。三日後にまたこちらからお電話をさしあげます。それでは助手に五千円を支払っておいてください。領収書はいりますか」
「あ、はい」
 六角は立ち上がる。気落ちしてしまった依頼者に牟礼が思い出したように声をかける。
「六角さん、儀式を忘れていました」
「儀式、ですか」
 牟礼は今まで話をメモしていたメモ用紙をちぎるとくしゃくしゃに丸めて灰皿のなかにいれた。そして胸ポケットに入れてあったジッポで火をつける。血を流すようにメモ用紙が燃えていく。
「個人情報ですので、目の前で処理させていただきました」
 鼻を焦げた匂いが襲う。その匂いを嗅ぎつけてか、隣の部屋からどう見ても二十六歳にしか見えない助手が出てきた。六角は財布から五千円札を取り出して助手に渡す。すぐに助手は宛名のない領収書を六角に渡した。
「それでは、三日後に」
 そう挨拶をした牟礼は手をふってまた背もたれによりかかり、エロサイト巡回に戻る。助手に見送られて六角は事務所の外に出る。
「ありがとうございます」
 そう言って廊下で頭を丁寧にさげる助手に六角は声をかける。
「すみません、あの、失礼なことを訊ねるようですが」
「はい? 」
 助手は首をかしげる。
「二十六歳ですか」
 助手は目を見開くが、即答する。
「よく間違えられますが、十九歳です」

 六角は何も言わずに事務所をあとにして階段を降りた。そしてマンションの敷地の外に出て事務所のあるだろう部分を見上げる。窓硝子に「西瓜鯨油探偵社」と書かれた赤文字のビニルが貼ってある。
「来たときにあれ、貼ってあったかな」
 そう呟いたとき窓ガラスが開いて牟礼が顔を出して、手を振る。助手も顔を出した。六角は二人に軽く会釈をして立ち去った。窓ガラスから顔を出している、十九歳と自称する、どう見ても二十六歳にしか見えない助手の高笑いが聴こえた。幾夜を寝てもその声は拭い落とせそうにない。
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by suikageiju | 2012-07-29 22:29 | 掌編 | Trackback | Comments(0)
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