鯨が三糸ひかり氏にブロックされた理由
 三糸ひかり氏の名を初めて知ったのは第九回文学フリマか、或いはその前であったろうか。短文を連ねたブログを拝読していて、いつでも氏の名前は頭の中にあった。そして氏の作品、ソベルテクァイユ名義の作品は何冊か読んだ。『MOJIの群レ』や『楽園の小枝』や『ヤンソンを読む』などである。鯨はTwitterアカウントを持っていて、三糸氏のアカウントをフォローしていた。三糸氏も鯨をフォローしていた、と記憶している。いずれも過去の話だ。失われた月日だ。

 ある日、三糸氏からブロックされていた。タイムラインにしばらく名前が出てこなくなって、アカウントのページを見てみてそのことに気付いた。そっとブラウザを閉じた。

「絶対移動中」
 というサークルに寄稿という形で関わったことが三糸氏を知ったキッカケだったかもしれない。それから今に至るまで「絶対移動中」は毎号購入しているし、単なる暇つぶしでブースを訪れることもある。
 編集長である伊藤鳥子女史にも何かの折にTwitterでフォローされ、鯨も女史をフォローをしていたことでつぶやきを拝読していたけれど、何度か@を送って黙殺されたことがある。まるでそこにいてそこにいないかの如き存在とされていた。理由は分からない。さまざまな場所で、さまざまな局面で、さまざまな世界線で鯨と「絶対移動中」とは徹底的にすれ違っていった。寄稿を頼まれることもなくなった。そして三糸氏からはブロックされた。

 絶対移動(中)大賞のことはかねてから知っていた。周知のように鯨は投稿しなかった。Amazon KDPでの出版計画や2013年春への新刊のこともあり、そのことは後回しにしていた。投稿経験もないので何か「書く」以外の目的を持って執筆するという作業が自分の中で消化しきれなかった。しかし、それらは投稿できなかった主たる理由ではない。すれ違い続けてきたサークルの本に鯨が載せたい作品とは何なのか、それが分からなくて、真実を自らえぐり出すのに気後れして、そして倒れた墨壺のように闇を広げるのを恐れて、一文字も書くことができなかった。「1月の最後の週に書こう」ある日、そう決めた。けれど、締め切り直前に書こうとしたところ、締め切り3日前にインフルエンザA型に罹り5日間の闘病生活に入ってしまう。拙作「夜尿地理学」は一文字も書かれることがないままその役割を終えた。汗と尿を含んで重く冷たくなった布団の上で転がりながら、投稿したかった、と後悔の念だけが募った。自分は絶対移動(中)大賞に投稿できなかった半端な作家なのだ、臆病者なのだと親指の皮を前歯で破いて剥ぎ取った。

 とあるイベントで三糸氏に訊ねたことがある。「なぜ鯨をブロックされたのですか」、その問いかけに氏は簡潔にこう答えた。「鯨さんならお分かりでしょう」なぜ自明であるはずの理由を他人に訊ねるのかと、まるで諭すように。

 汗と尿を含んで重く冷たくなった布団の上で三糸氏のその言葉を思い出した。そして気づく、鯨は「投稿できなかった」のではなく「投稿しなかった」のだ。人は解決策がわからないことでは決して悩まない。悩むのは解決策がわかっているのにその解決策をすんなりと受け入れることができない時だけだ。なぜ「絶対移動中」とすれ違っていったのか、それはきっと鯨にとって既に自明のことだったのだ。

cf) 私が三糸ひかり氏をフォローしなかった理由
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by suikageiju | 2013-03-18 18:24 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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