超文学フリマ
 文学とは何だろう? それは通勤電車で隣に座った人に朝見た夢について語ることかもしれない。それは自分の理屈がどこでも通用するわけではないと知る喜びかもしれない。それは夜にしか咲かない花の色彩かもしれない。それは誰かの傲慢を責めたら自分の傲慢が明るみに出る愚かさかもしれない。それはチェコの田舎町で強姦されて殺された三人の少女が向ける眼差しかもしれない。それは四本の弦では絶対に弾けない音階に隠された古代メソポタミアの神秘かもしれない。それは人間ごときが他人の心を傷つけることは到底できないと知る謙虚さかもしれない。それは淡い光りに満たされたバルコニーで十六世紀のアマゾンを思うことかもしれないし、そうではないかもしれない。同じ文でも読む人によってとらえ方は違うし、違う文でも読む人によっては同じようにとらえる。文学に形はない、あるのは読みの静謐さだけだ。
 今まで文学を小難しいものと思い込んで、まったく関心のなかったあなたが超文学フリマをキッカケに、そして牟礼鯨をキッカケに文学に目覚めてくれたら幸いだ。それはとても不幸なことかもしれないけれど。
 超文学フリマinニコニコ超会議2に牟礼鯨は西瓜鯨油社ではなく、第十三回文学フリマ以来の個人サークル「牟礼鯨.txt」として参加する。

【配置場所】
 オ-29

【頒布物】
・『オルカ』(108頁)、牟礼鯨、新刊
 孤独な惑星における最後の少女、オルカ。彼女を守るは三百の去勢旅団。性交を望むは三億の残存人類。謎かけに答えられれば性交。答えられなければ無惨な死。欺き合い騙し合い殺し合いながら、男たちは誇り高き戦死を遂げる、人類史を明日へと繋ぐため。
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 内容に関連はないのに装幀がどことなく似ている『匣と匠と匣の部屋』(高村暦、rg)との鯨暦譜企画あり。
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・『コルキータ』 新装第四版(174頁)、牟礼鯨、残部僅少
 「コルキータを買った男は四十日で死んだ」16歳の少女はみな破瓜祭で破瓜される世界。 破瓜祭以前に男を知った罪によって子宮を奪われた美少女娼婦コルキータは死の呪いを身にまとっている。この少女と出会い、恋の感染症のために狂気へと追いやられる青年ダオ。やがてダオの求愛行動は殖民地戦争という歴史のうねりにまきこまれ壮大な叙事詩となる。真実の愛さえあれば死の呪いから逃れられると信じたダオの運命は? 官能的言語で綴られた「娼婦幻想譚」新装第四版。
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・『常磐線』(64頁)、鯨鳥三日(オ-28)
 地に足つかず、その身も定まらない男女が目指すのは、なぜかいつも福島県いわき市だった。真夏の常磐線を舞台に、気が滅入るよう織り成された3篇。霜月みつか、鳥久保咲人、牟礼鯨の3人によって構成される文藝unit「鯨鳥三日」、その最新作。
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・『flugas filozof'』(賢者は飛ぶ、128頁)、牟礼鯨
 9篇の卑猥短篇集。かつて、ミソジニー中毒文学と呼ばれたジャンルに属する詩的短篇群。
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・『文学フリマ非公式ガイドブック』第二版と第三版、委託
 第一版を第十四回文学フリマで146部売り上げ、総入替された第二版は第十五回文学フリマで157部売り上げた非公式ガイドブックのまったく新しい第三版。7人の編集委員が文学フリマで売られているおもしろい創作文芸誌を真剣に選出した素人と玄人のための文学フリマ指南書。このガイドに掲載された本を読まないで「文学フリマに行く価値なし」と断定するのは知的誠実さに欠ける。

【備考】
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるのでよくトイレに行きます。鯨不在の場合は立ち読みするかAmazon Kindleストアでショッピングして待っていて下さい。


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by suikageiju | 2013-04-23 20:56 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
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