非公式ガイドブック第4版を終えて
 非公式ガイドブック第4版を完売で終え、牟礼鯨は11月4日に当編集委員会の責任編集者職を辞した。鯨は旧称・非公式文学ガイドブック小説ガイド編集委員会結成当初からのメンバアで、第1版から続けている唯一の責任編集者であり、この度やっと拒否権を手放せることになった。責任編集者は憲章にあるように拒否権vetoを有する編集者である。それは非公式ガイドブックに推薦された本の掲載を拒否できる権利だ。悪魔のような権能である。第3版までは佐藤さんと屋代さんが拒否権をぽんぽん発動していたので鯨がそれを発動する機会は少なかったが、第4版の同僚責任編集者であった高村女史と山本清風さんはともに人間的なので、彼らの内面に潜む悪魔の代理人として拒否権を発動することもあった。拒否権を発動するのが責任編集者の仕事だ。
 創作文芸と呼ばれる界隈には「自分がオピニオン・リーダーでありたい」という欲望が潜んでいる。オピニオン・リーダーと呼ぶのが相応しくなければ精神的指導者(アイドル)であろう。自分の意見をこの小さいが裾野の広い界隈の隅々にまで行き渡らせたいという欲望である。さかのぼれば内紛で自滅した文芸リローデットから、非公式ガイドブック発足前にいたるまで、すべての諍いはその欲望に起因している。たいていは少し売れて界隈を賑わした作家やアンソロジーを主宰した作家や十年選手・二十年選手の作家が欲望を抱き、お山の大将となって精神的指導者を、意識してか無意識にしてか、目指した。そしてその周囲にはそこまで力のない作家が金魚の糞のように集う。はたから見れば稔りの少ない畑の縄張り争いだ。単に醜悪で愚かなだけ。文学はエンターテインメントか芸術か人生の支柱かの論争もその縄張り争いの一端である。文学を冠するイベントなのに、文学フリマでも人格者や優しい人に人気があり、人格破綻者や攻撃的な人が嫌われるのも創作文芸界隈特有の精神的指導者を求める傾向があるからだ。くだらない。鯨もくだらないと思う。そんなことよりも作家はもっとやるべきことがあるはずだ。だから、非公式ガイドブックはそんな欲望と諍いの連鎖をたちきるための手段であるはずだった。お互いを褒めちぎり合って精神的指導者を輩出する陋習の代わりとして、人間を排除した殺伐たる場を演出する機構を生み出すはずだった。初代最高責任編集者であった佐藤さんはそこへ至る基礎を築いた。そしてそこに誰よりも近づくことができた。でも失速した。佐藤さんは可愛い。だから批判的ではありえても殺伐さの機構を徹底させることができなかった。2013年4月に大阪文学フリマと超文学フリマのダブル開催があり第3版は頒布数を60部以下に落とした。それが潮時だった。佐藤さん、屋代さんはそれぞれ責任編集者から降りたいと明言した。そして誰も引き継いでくれなければ第4版は出なくてもいいや、そういう流れになった。古書ビビビに納品するため在庫担当責任編集者となっていた鯨も在庫の山を見て、もうやめたいと考えていた。

 6月30日(日)夕方、新宿で在日外国人犯罪追放デモ行進があった日に、靖国通りの北の家族で佐藤、山本清風、真乃晴花、吉永動機、はいり、久保田輝、屋代秀樹、渋澤怜、牟礼鯨が第3版の集計会で集った。その会で上記引用の高村暦女史小説発表中止のお知らせを読んだ佐藤さんが次期最高責任編集者候補として高村暦女史と久保田輝氏の名をあげた。実はその集計会の数十分前まで代々木のカフェロリータで高村暦女史と久保田輝と鯨の3人で文芸座標を立ち上げていたのだ。新しいことをはじめるくらいなら既存のレール上でやりませんか? という考えが佐藤さんにはあった。そして久保田はダメっぽかった。そのため『視姦』や鯨暦譜や福岡ポエイチなどで一緒に作業したことがあり高村女史に連絡できる唯一の責任編集者・牟礼鯨が女史勧誘の任にあたった。

 7月23日(火)に珈琲西武で佐藤、山本清風、真乃晴花、高村暦、羽岡元、牟礼鯨による会議が催された。そこで佐藤さんは高村女史に無理に最高責任編集者の任を押しつけない方針だったと思う。というのは会議の最後になるまで「持ち帰って考えてきてください」という言い回しだったからだ。しかし鯨は、第十七回文学フリマまで残り3か月半では、第4版をやらないなら兎も角、やるとしたら高村女史に時間的猶予はないと考えていた。そのため事前に話を詰めて7月23日以前に「高村女史が最高責任編集者を継承し牟礼鯨は勧誘の任を果たす。その代償として牟礼鯨は責任編集者をもう1期だけ継続する」という条件で話をつけていた。鯨は何も決断できない会議が嫌いなのだ。つまり、その7月23日の珈琲西武での会議が最高責任編集者禅譲の場となるお膳立てはすでにできていた。だから佐藤さんが「持ち帰って考えてきてください」と会議を〆ようとしたとき、鯨はやや強引にその場の流れを遮るようにして「高村さんはどうしますか?」と訊いた。鯨はこう思っていたのだ。第4版が出ないよりも出た方が良いのは佐藤さんも鯨も同じだろう、そして女性が最高責任編集者になれば殺伐たる場を演出する機構をつくっても何だか許されてしまいそうな気がする。それに高村女史は充分なくらい腹黒い人間だ。

 その日の2次会で近くの居酒屋海峡に移り、高村暦女史は責任編集者を指名する。まず鯨が、そして山本清風さんが責任編集者に任命され、こうして第4版の責任編集者陣3人が決まった。

 そして8月5日(月)に第4版の責任編集者陣に佐藤さんと組版担当者を含めた会議がまた珈琲西武で催される。そこで評定制度など第4版の方針や大まかな紙面が決定された。その後の流れを説明するのは鯨の仕事ではない。それは高村最高責任編集者の仕事である。

 第4版は第十七回文学フリマにおいて175冊完売という結果に終わった。まだ殺伐さを演出する機構としては容赦がありすぎるが、挙げた数字は成功と言っても良いだろう。これらは全て高村女史と山本清風さんの働きのお蔭である。すでに鯨の責任編集者としての役割は高村暦最高責任編集者を擁立したことで終わっていたからだ。なのに、11月4日まで責任編集者という立場に居座り続けたことを文学者として愧じる。
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by suikageiju | 2013-11-07 01:18 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
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