文芸座標・久保田輝氏による牟礼鯨インタビュ(於伏見ミリオン座)記事
 文芸座標、久保田輝氏の最期を鯨は知らない。彼が過ごしたという終焉へと向かう日々を鯨は読めない。彼の遺志を鯨は汲み取れない。ただ、11月4日の第十七回文学フリマで彼に遭った。サークル入場前から軍手をはめて長机を運んでいた。そして彼はイベントの途中で三重県桑名市へ帰った。帰る前に不穏なことを彼が口走ったのを鯨は覚えている。
「俺のブログがアクセス稼いでもしょうがないし。西瓜鯨油社のブログにインタビュー記事を置いてよ」

 11月7日に久保田輝氏からメールが来た。
受取拒絶』は大事にする。何となくあなたが俺を相手にしてくれた気がしたので。
勝手にそう思ってます。

 と書いてあった。そのメールに「牟礼先生インタビュー」と題されたzipファイルが添付されていた。名古屋の伏見ミリオン座付設のカフェで話したことを文字に起こしたものだ。その後、文芸座標のjugemブログは閉じられた。若かったのに。
 久保田輝という奇癖がこの世界に存在していたことの証として、そしてインタビュアとしての質問に垣間見える彼の思想を彼の遺志として後世に残すために、拙者のインタビュ記事を弊社ブログに転載する。
 11月7日メールに対する返事は送っていなかった。

 以下は久保田輝氏から送られてきた文書をそのまま載せたものである。

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今更ですが、この度、「文芸座標」というサイトを始めました。「文芸座標」は面白い書き手や、面白い書き手になるのではないか、という人を取り上げて広報するのが主な目的です(でした)。もともとは「文学フリマ」界隈に着目したのですが、「文学フリマ」より大きな枠組みで、「文学」自体に寄与する情報を掲載したいと思っております。以下はその一環としての作者へのインタビュー企画です。

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第一回は全身小説家「牟礼鯨」です。

***

鯨の去り際はあざやかであったと思う。一言も、一文も残さずに職場から、会員寮から消えた。単に鯨を矮小化させるだけの怨み言も、何の意味も持たない謝罪文も書かずに消えた。職場の人間に、失踪した理由を思考したり類推したりすることすら許さずに、鯨は消えた。実家にも連絡すらしていない。でも最後の出勤日に雀蜂に刺されたことは何かしら予言めいた記憶を彼らに与えてしまったかもしれない。しかし鯨は何も痕跡を残さずに、彼らにとっての失踪者になった。社会人としては失格だったかもしれないが、鯨としては合格だった。そして、鯨は自分を取り戻した。(『OKULO』より)


最初は日直日誌だった。

——最初に「名前」に関して教えてください。私は「筆名」というものに興味を持っています。「筆名」とは「本名」とは違い自分自身を命名する「名」のことだと思います。さて「牟礼鯨」は、あるいは牟礼さんが旗揚げした文学結社「西瓜鯨油社」はどのような由来を持つ「名」なのですか?

牟礼鯨:もともとはBarkituro(バルキトゥール)という名前で文章を書いていたんだけど、それから「牟礼鯨」に変えました。mixi上での話ですね。「鯨」ってのは、もともと陸にいた生き物なんです。すべて陸上の生物は、海から上陸して来た訳だけど、「鯨」という生物は一度陸に上がってから、再度海に帰っていった。インド大陸のはずれ、現在のヒマラヤ山脈がある場所に、かつて「テチス海」という遠浅の海があって、そこが「鯨」が海に帰った場所だと言われている。「鯨」はほ乳類にも関わらず、まわりが魚類ばかりの海という環境に身を置いた。要するに、まったく異なる種の中で生きているんです。陸と海の中間にいる存在、此岸と彼岸を繋ぐ存在。そんな存在こそが重要だと思った。後、『モーツァルトと鯨』っていう映画があって、カップルの女がモーツァルト、男が「鯨」が好きで、それも理由の一つ。それから、「西瓜鯨油社」に関しては、リチャード・ブローディガンの『西瓜糖の日々』に出てくる「西瓜鱒油」っていう物質が出てくるんだけど、それを鯨に変えた。響きと文字の並びが良かったからね。

——mixiの話が出ましたが、「総表現社会」と呼ばれるように、現在は様々な環境で文章を綴る人々がいます。奇しくも私と牟礼さんは、共に1984年の生まれです。我々はジョージ・オーウェル的なレトロ・フューチャー以後の「透明な未来」を生きている(笑)。どの年齢でネットの洗礼を受けたか、というのは重要な問題だと思いますが、我々はちょうど思春期から大学時代にかけてネットに触れるようになった世代ですね。恐らく今、「文学」にとってもネットという環境が徐々に大きな意味を持ち始めているように思います。twitterを始めとするSNSなどもその一つです。「牟礼鯨」もサイバースペースにおいて「命名」され「誕生」したわけですが、牟礼さんは重度の「ブログマニア」ですね?

牟礼鯨:そうです。2006年のBarkituro名義、『世田谷エスペラント』というブログが最初のブログだね。その後『OKULO(眼球日誌)』というブログを始めたのですが、両ブログには『ゆうべ、ユートピアにて』という思弁的な対話篇が重複して掲載されていたりします。その後も多くのブログ遍歴を重ねてきましたし、現在もいくつか並行して運営しています。過去には「蕎麦ブログ」もやっていたりもした(笑)。

——中でもこの『OKULO』というブログは大変面白く、牟礼鯨のキャリアの中でも非常に重要なものだと思います。読者のみなさんにも、ぜひ一読をお勧めしたいのですが、実人生の様々な出来事、例えば女性の影が見えたり、仕事の話、ドラマティックかつドラスティックなドロップアウトと日本一周の逃避行、小説的な断片、思弁的な考察…と非常に多岐に渡っていますね。青春です。これを読むと、小説家・牟礼鯨が未だ顕在化させていない諸々の主題系が、水面下にはふんだんに潜んでいるんだな、とよくわかります。その意味では牟礼さんは完成された作家ではなく、大きなポテンシャルを秘めた作家だと言えるのかもしれない。そもそも「作家」とは、そのような執筆的体力というか、潜在する「豊富性」によって定まる「宿命の名」なのかもしれませんね。では、そもそも小説ないし書き物を、最初に綴り始めたのはいつからなんですか?

牟礼鯨:中学二年生の頃に「日直日誌」を書きはじめたのが最初です(笑)。どういう頻度で書いてたかっていうと、毎日書いてた。「日直日誌」というのは日直が書くものだけど、基本的に俺がすべて書いてた。当初は起きたことや、起きたことに対する自分の意見を書いていたけど、途中からは、起きていないことも書くようになった。地球の裏側に暮らしている人の話とか…覚えてないけどね(笑)。ただそれは小説を書いていたんじゃなくて、あくまで「日直日誌」を書いてたの。

——ある程度つながりのある話を書いていたのですか? それから読者はどれだけいたの?

牟礼鯨:数日に渡って書いていたりもした。ただそれは「日直日誌」だけどね。基本的にはクラスのみんなが読んでいた。普通、授業期間って200日もないじゃないですか? だから200頁で終わるんですけど、その年の「日直日誌」は1000頁になってた。俺が書いていない日もあったけど、その内の800頁ぐらいは自分で書いたと思う。

——それが最初の小説というか、エッセイというか…

牟礼鯨:「日直日誌」だね。

——最初の「日直日誌」(笑)。

牟礼鯨:日直日誌って日付があるじゃないですか。で、基本的にはブログっていうのも今日あったことを書くか、時には続けて物語を書いたりすることもある。それと同じ感じで「日直日誌」を始めた。要するに「ペーパーブログ」ですよ。教育実習に来た先生が、何でこのクラスは一人の人が書いてるのって(笑)。だけど鯨君の書いた文章は「読ませるね」って。

——女の先生?

牟礼鯨:男。そこにロマンスを期待してもしょうがないだろ。「読ませる文章」を俺は書けるのかなって思った。

——「読ませる文章」を書けた背景として、その時点でそれなりの読書体験は積まれていたのですか?

牟礼鯨:中学二年の時に俺はすべての勉強をしないと決めた。代わりに何をしていたかというと、俺の学校は六限授業があったんです。新書程度なら、二コマごとに一冊の本が読めるし、休み時間と昼休みでもう一冊読める。そう考えると一日に四冊の本が読めるわけです。基本的に学校にあった『筒井康隆全集』や『森茉莉全集』や国書刊行会の『幻想文学大系』シリーズを片っ端から読んでいってた。後、村上春樹とかも全部読んだな。

——なるほど。しかし大胆ですよね。最初の執筆体験が「日直日誌」というのは、要するに人に見せる所から始めたわけでしょう?

牟礼鯨:まあ、厳密にいえば、その前の小学生の頃に日本を舞台にして大名同士の抗争を書いていたし、中学に入ってからは自分で作った大陸での抗争を書いていた。それが下地にはなっている。ちなみに、その世界の地図が実は『コルキータ』に出てくる世界と同じなの。

「地理」「歴史」「語学」

——牟礼作品を読んでいると、「物語」を中心の軸として、「歴史」と非常に細かい「固有名」が出てきますね。「地理」「歴史」「語学」。それらが牟礼さんの興味の中心だと思うのですが? 大学時代には「イスラーム史・東洋史」と「エスペラント」という非常に専門的な勉強をされましたね。

牟礼鯨:「地理」「歴史」「語学」は好きです。小説にはあんまり興味がないんですよ。「空間と時間」が好き。ただ「イスラーム史」はあまり真面目にはやっていなかった。「東洋文庫」に行って、オマーンやアラブ首長国連邦の辺りの「海賊海岸(パイレーツ・コースト)」について調べたりはしていた。「海賊海岸」とは、イギリスと植民地のインドを結ぶ交易商船を狙った海賊の根城があった地帯です。要するに、アラブ首長国連邦の首長達は海賊の末裔なんですね。

——牟礼作品の『コルキータ』や『オルカ』等といった作品は、架空の世界であるとはいえ、イスラーム的な印象を与えると思いますが?

牟礼鯨:物語の根底にあるのが『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』だからね。それから『春秋左氏伝』、ヘロドトスの『歴史』。基本的に東洋・アジアに偏っているね。『千夜一夜物語』はそもそも中央アジア・ペルシャあたりが起源で、イラクとかエジプトの要素を含んでいる物語で、『春秋左氏伝』は中国だし、ヘロドトスも基本的にはペルシャとか小アジア(トルコ)、エジプトあたりに視点が置いてあって、ギリシャについてはまり書いていないしね。専修は「東洋史」なので、我々がみた中国・日本・韓国ではなく、西洋人から見た東洋、つまり「オリエンタリズム」が「物語」の根底にあるかもしれない。
 それから「エスペラント」に関しては、学校の勉強をやめた時点から「英語」が嫌いで、中学生の頃は「トルコ語」を独習していました。「エスペラント」は、大学四年生の時に紀伊国屋書店の語学の棚の端っこで、関連書籍を見つけたのがきっかけ。教科と科目の違いって分かります? 「社会」は教科で、「歴史」とか「地理」は科目なわけです。分類の上下関係。それで「英語」というのは教科じゃなくて科目なわけです。センター試験などを見れば分かると思うけど、教科は「外国語」なんです。それが一部私立の「仏語」等を除いて、一般的な国公立では「外国語=英語」という教育制度上の常識がある。俺は、少なくとも半年は「エスペラント」を学習して、その後に他の言語に移るのが筋じゃないのかと思っています。

——「エスペラント」の歴史的背景への関心は当初からあったのですか?

牟礼鯨:最初はなかった。純粋な語学的な関心ですね。ただ学習していくうちに「エスペラント」を作ったルドヴィコ・ザメンホフのバックグラウンドに、三分割されたロシア帝国領ポーランドがあり、ロシア人・ポーランド人・ユダヤ人・リトアニア人・トルコ人・ドイツ人等の多言語状況があったことへの関心が芽生えてきました。

人生は無価値だ、自殺する価値もないくらいに。世界図書館から物語を抽出する物語作家も無価値だ。ただ物語には価値がある。それは物語作家に価値があるからではなく、物語が世界図書館から抽出されているから。そして夢にも価値がある。夢は物語の種子であり、人類創始からの記憶をなぞっているから。価値は星の通貨で量られる。
西瓜鯨油社宣言(manifesto de societo suikageiju)


「世界図書館」と「完全なる書物」

——「エスペラント」とは、「人工言語」であり「普遍言語」を目指すという理念のもとに作られたわけですが、牟礼さんの「世界図書館」という概念にも共通する「普遍性」へのこだわりはあるのですか?

牟礼鯨:「世界図書館」とか「物語」について語れば、どうしても「個性論」の話になるわけですが、創作にとって「個人」というのはどうでもいい概念です。自分の個性を出していこう、という考えが「個性」だ、という見方もあるわけですが、俺はそうは思わない。あくまでも「普遍」を目指していく「過程」で滲み出る違い、それが個性じゃないのかな、っていうのがあくまでも前提なんです。ところで「世界図書館」の由来の一つはホルヘ・ルイス・ボルヘスで、彼には『バベルの図書館』というのがあります。さてでは「世界図書館」に対比されるものって何か分かりますか?

——(笑)。はあ…。えーと、何でも収蔵されている抽象的な場所なわけだから…何か個人の、誰にも見せないような、日記帳みたいな…?

牟礼鯨:まあ似ているけど「聖書」です。「聖書」は、一冊で世界のすべてを含んでいる。俺には「世界図書館」と対比される「完全なる書物」という概念があります。これは伝説だけど「アレクサンドリア図書館」という古代最大の図書館があって、一般には、それをイスラム帝国の将軍がやってきて焼いたとされている。…実際は別の人が焼いたらしいんだけどね。彼は図書館に火を放つ前に、カリフに手紙を出し、伺いを立てた。「この書物を焼いてもいいのか、それとも取っておくべきなのか」。カリフの回答は「もし図書館にある本がコーランに反しているなら、アッラーを冒涜する書であるから、すべて焼き払いなさい。もしその本がコーランの内容と一致しているのであれば、コーラン一冊でこと足りるから、それも焼いてしまいなさい」。結局のところ、「すべて焼いてしまいなさい」。つまりは「聖書」を基準にして、膨大な書物の運命が決まったわけです。なぜ多くの書を集めるかというと、それは全ての知識を網羅するため。しかし「完全なる書物」一冊さえあれば、それら膨大な本=図書館は不要になる。基本的には「西瓜鯨油社」のコンセプトは「普遍」を目指すのだけれど、少し迷いがあります。「完全なる一」を目指すか、「網羅による多」を目指すのか。仮に「西瓜鯨油社」および「牟礼鯨」に個性があるとすれば、「普遍」を目指す「過程」での、そんな揺らぎこそが「個性」だと思います。

——なるほど。奇妙な傑作『南武枝線』にも関わる、「一と多」という主題が出てきたのですけれども、牟礼さんは「完全なる書物」を未だ書かれていないという認識なのですね?

牟礼鯨:ええ。目指してはいますけど、まだ書けてはいないですね。ただ、『コルキータ』とか『オルカ』などの一冊ものは「完全なる書物」をイメージして書いています。あえていえば「擬した」という感じです。一方の『物語群』や短編集は「網羅的な書物」を「擬した」といってもいい。しかしながら「完全なる書物」にも「図書館のような書物」にも共に到達はしていませんけどね。

——『ガリア女』は「多」に入るのですか?

牟礼鯨:そうだね。ただ、どちらかというと『ガリア女』のような現代を舞台にした小説は、また違う分類に入る印象があるけどね。

理想に一番近い本は『プレイボーイ』誌(ロリコン万歳)

——さて、それでは具体的な作品の執筆に話を移行していきたいと思いますが、「架空の国の抗争」「日直日誌」「ブログ」という遍歴を経た、最初の本格的な小説執筆について教えてください。

牟礼鯨:「西瓜鯨油社」の「牟礼鯨」名義では、大学五年生の1月から3月にかけて書いた、50編ぐらいの『掌編集』という短編集が最初の作品です。現在の『物語群』は、実は『掌編集』と『複雑系』とその他の寄稿を合本したものですね。つねづね思っていたことなのですが、ブログの『OKULO』等で読書感想文や好きな本の一覧などを作りながら、世の中に読みたい本がない、読みたい雑誌がない、と感じてきました。理想型に一番近いのは『プレイボーイ』誌でしたが、グラビアが好みではなく、ロリコンというか、もっと12、3歳ぐらいの女の子を表紙にすればいいのにと不満でした。ただ『プレイボーイ』誌にも内容の濃い記事はあり、チョムスキーなどの名前が載ることもある。でもやっぱり表紙が良くないんだよ(笑)。そういう風に、読める本と読みたい本が違う中で、自分が読みたいものを自分で出す、それが基本的な考え。俺は俺の読みたいものを勝手に出すから、お前らも読みたかったら勝手に買え、っていうスタンス(笑)。

——その時に読ませたい対象はいないんですか?

牟礼鯨:いない。自分で読む。

——そういうスタンスが一方にありながらも、例えば牟礼さんは「文学フリマ」の一部では、ある種のネットワーカーであるように見えますが?

牟礼鯨:ネットワーカー(笑)。どんな文学的に硬派な旗印を掲げようとも、基本的に「文学フリマ」は出会いの場じゃないですか?俺も人と話すのが好きなので、んー、例えば久保田は人間の屑だと思うんだけど、話すのが好きだから今も話しているし。

——牟礼さんは「俺は文学者のスタンスとしてカフカに共感する」とかつて発言しましたが、ハードコアな文学者でありながら、市井の人として生涯を終えたフランツ・カフカに何を託されたのですか? 文学へのハードコアな関心と、会って普通に交友関係を結ぶことを自分の中でどう位置づけているんですか?

牟礼鯨:それらは全く別のことですね。「文学は孤独の営為」であって、作品を孤独に出し、交遊は別の水準で結ぶ。

——書くことの深みに潜った地点で、そのまま人と関係したいという欲求はない?

牟礼鯨:さっきの「世界図書館」の話じゃないけど、色んな人に会い経験の「断片」を「収集」することで、普遍的な人間世界の法則を知ろうとしているとはいえる。人に会うことで情報を集める。それが「一」か「多」のどちらに向かうのかはわからない。「人付き合いはひとりでいい」「人付き合いはたくさんがいい」。それはわからない。仮に「一」人の人間と深くつきあうことで世界のすべてがわかるなら、それもいいかもしれない。けれど今現在においては、俺は「多」の方向に向かっている気がする。例えば「伝記」はあくまで個人に焦点をあてて、人生を掘り下げる事で人間全体の本質に迫ろうとする文学的試みである。一方、群像劇は数多くの人々を「収集」していくことで人間の本質を掴もうとする。目的は一緒で、普遍的な人間像を求めているんだけど、その「方法」が違うんだよ。その「方法」の違いが、作家や思想家の「個性」の違いなんだ。





「物語」と「小説」の違い

——今、ふたたび「個性論」に差しかかりましたね。「普遍」に近づくアプローチの違いが「個性」である、とのお話だったと思います。いささか強引に言い換えれば、それは「方法」の問題ではないでしょうか。
 80年代以降の一時期に、文学研究においてロラン・バルトの「テクスト論」という概念が流行しました。「テクスト論」とは「作者の死」といわれる様に、作者の意図を否定し、読者の解釈の優位を認める立場だと、一般的には考えられています。恐らく「方法」とは、そんな狭義の「テクスト論」の解釈の恣意性には、反する立場にあります。つまり「方法」とは汎用化された伝達の形式であり、「方法」はコミュニケーションの「絶対」を指向します。そして「絶対的」な伝達とは「作者」が解釈をコントロール可能であることを意味し、そこで起きているのは実質的に「作者の復活」という事態だといってよい。例えば、小林秀雄の『私小説論』は、生(なま)に出てきてしまう「私」というものを一度殺し、「方法」を経由して再び「私」を組み立てる可能性について、独特のヴィジョンを提示しました。
 このように考えたとき「作者」に意図を訪ねる、そんな「問い」にも一定以上の意義が回復されたように思えます。そこでお聞きしますが、以上のように、牟礼さんにも如何に「方法」を駆使するのか、という問題設定はおありなのですか? あるいは牟礼さんは創作時に「方法」を意識されますか? 


牟礼鯨:ある程度の構図や流れは作って、後は筆の任せるままに書いていきます。ただ最初に「主題」をたてることはしませんね。ある程度設定したとしても、仮に置いておくだけで、基本的に「主題」は一回全部書かないと見えてこないものなんです。とりあえずいったん終わらせる。その後で、とりあえず書いた小説を「これは一体何なのか?」と自分で分析するんです。そこで「主題」を発見して、それからリライトする。

——『コルキータ』や『オルカ』という作品は、タイトルに冠せられた名前の神話的な女性を巡る物語ですが、彼女たちは牟礼さんの概念でいえば「公共の女」と呼ばれる存在ですよね。両作品は@Kazamisumaさんが「マクガフィン」と見事に指摘されたように、中心に空洞が空いた様な構図になっています。これは当初から意図していたのですか?

牟礼鯨:それは意図はしていないです。

——ちなみに『コルキータ』はご自身の代表作という認識なのですか? あるいは牟礼さんの作品群の中心にくる作品なのですか?

牟礼鯨:いいえ。そうじゃないと思います。

——おお、それは意外ですね。ここで牟礼鯨作品のおおまかな系譜的整理をさせてください。牟礼さんは『昔鯨類』という面白いアフォリズム集を出版されておりますが、この時の宣伝ポスターの説明書きが大変興味深いんです(http://suikageiju.exblog.jp/19694268/)。そこで牟礼さんは自身の作品を整理して、『オルカ』を「物語」、『ガリア女』を「小説」と定義していますね。あるいはその後に書かれた『ヴァルター・ベンヤミンの「物語作者」と物語作家について』(http://suikageiju.exblog.jp/19584459)というブログ記事においても「物語」とは何かを定義されています。

「そんな説明過多な情報に比べ、物語は「出来事の心理的な関係」が押しつけられることはない。解釈はまったく読者の自由に委ねられており、振れ幅は広い。このように情報よりも小説の方が、そして小説よりも物語の方が読みは自由であり、解釈の余地が残されている。逆に言えば物語よりも小説の方が、そして小説よりも情報の方が説明が充分になされており、何が描かれているか分かりやすい。」


…以上のように「物語」を「解釈の自由」の観点から、「小説」の「説明の自足性」と対比してらっしゃいますね。これは「一」と「多」の主題にも関わる問題です。すなわち「一」なるテクストがあり、それに「多」なる解釈があるというように。「物語」には描写されきっていない「欠如」があり、解釈はそれを多様に「補填」する。そんな風に、牟礼作品には「物語」的系譜と「小説」的系譜の二つの流れがあると考えてよろしいのですか?


牟礼鯨:その区別は、確かにありますね。

——その場合、女性の名が冠せられた『コルキータ』『オルカ』、あるいは牟礼作品の特権的女性である「澤田彩香」が出現する「彩香もの」とでも呼べる系譜がありますが、それらは「物語」であると。そして一方に『ガリア女』の冒頭二作のような痩せた文体の「小説」がある。そう考えたとき、私が一番興味を覚える奇妙な傑作『南武枝線』はどちらの系譜に所属するのでしょうか。『南武枝線』は「彩香もの」でありながら、『ガリア女』の痩せた文体を部分的に引き継いでいるように思えるのですが?

牟礼鯨:『コルキータ』や『オルカ』と「澤田彩香」には共通点がひとつあって、それは「女性の集約体」なの。つまり「公共の女」。それから、んー、『南武枝線』は一応「小説」なんだけど、「小説」の皮を被った「物語」だね。共和制に偽装した君主制のような感じかな。

南武枝線』小論、ー匿名と告白ー

——なるほど。『南武枝線』の何が面白いかというと、牟礼鯨が二つに分裂しているんですね。『南武枝線』はどこか「両義的」なんです。さっきの『昔鯨類』のポスターの話に戻りますが、あのポスターにおいて「こいつらは撲られたことのない世代 だから撲ってわからせないといけない」という非常にショッキングな惹句が『昔鯨類』から引用されていますが、これって実は「逆さま」なんです。つまりこの文章は、本編中では続きがあるんです。「(~)上司は言ふ そいつは違ふ 俺たちは撲られる無意味さを悟った世代 さあ撲って おまへは何を教えてくれる 莫迦野郎!」。このフレーズというか、ミシェル・フーコーを引いて「エノンセ」といってもいいような「断片」なのですが、つまりポスターと本編では180度がらりと向いている方向が違う。素朴に読めば、牟礼鯨から飛んできたように見えた「挑発」が、実際は牟礼鯨に向かって飛んでいった「罵倒」だったわけです。
 それと同様の「両義性」が『南武枝線』にも見られるように思うんですね。先ほど「偽装」という話が出て非常に興味深かったのですが、『南武枝線』は一種のループ構造を持つ小説ですが、その冒頭と末尾が「匿名的な時間」であって、真ん中に「彩香」との「名前のある時間」がある、という風に感じるんです。その意味で『ガリア女』的な「小説」に、「彩香もの」の「物語」が挟み撃ちを受けている。


牟礼鯨:何か、訳の分からない話になってきたんだけど(笑)

——(無視して暴走)『コルキータ』を評価する某氏が、『南武枝線』に関して面白い事を言っています。『南武枝線』のループは安易であるが、よく調査されている部分は評価できる、と。恐らくこれは冒頭と末尾ではなく、真ん中の「彩香」との日々に書き込まれた地理や地名のディティールを評価するということだと思います。これは興味深い事に、私とちょうど逆さまの意見なんです。『ガリア女』に惹かれる私は、冒頭と末尾における、鉄道での遭遇や痴漢の場面の「匿名的な抽象性」にひどく惹かれるわけです。そこで提案したいのですが、『南武枝線』とは「名前」が主題になった小説である、とは言えないでしょうか。ここでは「名前」を失った「遭遇体験」として痴漢が描かれている。つまり命名以前の空間における出会いですね。それが相手の受け取り方によって、「法」の下での「痴漢」という「汚れた名」が与えられるわけです。そんな儚い一瞬だけの「匿名的な空間」が冒頭と末尾にあるのではないかと思ったんですね。

牟礼鯨:一般に、なぜ「名前」が与えられるかというと、法律上の戸籍を特定するために与えられている訳ですよね。名前は大事です。それは人物の特定のために与えられている。基本的に痴漢行為というのは「匿名の空間」の出来事ですけれども、違う常識をもった個人同士が出会った時に、その行為をどう呼ぶかというのは個人の解釈の問題であり、必ずしも正当性がない。「一」と「多」、あるいは、「エスペラント」と「諸言語」に喩えていうなら、「諸言語」の世界でこれは「悪」だ、これは「痴漢」だ、といっても、「エスペラント」においてはそうではないかもしれない。個人の想いは他人に必ずしも共有されるという保証はないんです。痴漢を成立させるのは、「触っていた(という証言)」「触れる状況にあった」というような辻褄が吟味されてのことです。それで初めて「法」的に「痴漢」の「名」が与えられる。
 法律の起源を考えると「慣習法」と「普遍法」の二つがあるわけです。アレキサンダー大王がギリシャの諸都市とかペルシャとか、色んな常識の違う世界を統合していった。そこでアレキサンダー大王が何をやったかというと、秦の始皇帝とも同じなのですが、言語を統一した。秦の始皇帝は漢字を統一した。アレキサンダー大王は各地の小アジアやイオニア方言、アッティカ方言などを統合して、コイネーという共通ギリシャ語を作った。それぞれの都市の慣習法としてあった、いわゆる「慣習法」ではなく、それらを統合して「普遍法」を作ったんです。これは比喩なのですが、いわば『南武枝線』とは、そのようなローカルな個人の想いと、社会的な正当性の対立を描いた作品です。その意味では「名前」の無い個人の出会いが描かれている、という洞察は正しいかもね。そして「名前」が与えられると、個人の感情は無視され「法」に従わざるを得なくなっていく。

——そこには関連した問題として「告白」という主題があるだろうと思います。「告白」とは、「匿名」的な接触というものを「名前」の空間に移行させる行為です。『南武枝線』には、二つの「告白」があるのではないか。一つは「彩香」への愛の「告白」であり、もう一つは痴漢被疑者が糾弾され、名刺を献上させられ、投身自殺に至る「告白」です。一見、真逆に思える二つのエピソードですが、これらは実は同じ役割を果たしていると思われます。すなわち、牟礼鯨作品の中央に位置する「彩香」というキャラクターへの愛の「告白」が、実は「消極的」な行為と捉えられている様に見受けられる。

牟礼鯨:うーん、よく分からないな。

——「彩香」は自分はセフレだと思いこんで、その認識でずっと関係を続けていました。つまり「彩香」と付き合っていると思っていた「僕」との間で行き違いがあったわけです。そこで「僕」は改めて「告白」をするんですね。いわば「名前」のない関係に、正式に「名前」がもたらされたのですが、ところがその後に「彩香」は失踪してしまう。まるで「告白」をきっかけにしたように、二人の時間は終わりを告げるんです。ここでの「告白」とは「物語」の介入を意味する様にもみえますね。
 さて、そんな「彩香」は『コルキータ』『オルカ』につながる「公共の女」であり、「物語」をまとった存在だとして、もう一方の『ガリア女』に見られる「小説」とは、牟礼さんにとって、どのようなものを指すのですか? あまり解釈の余地がない様な貧しいもの…?


牟礼鯨:それは微妙だけど、「物語」ってあくまで「書かない」という事だと思うんですよ。何を省くか。「小説」は基本的に説明するから、決定的な境界はないんですよ。虹のスペクトルが連続しているように、明確な区切りはないと思いますけど、極と極を考えると、「説明をせず解釈にゆだねる事」と「すべて説明をする妙を楽しむ事」になるんじゃないですか。作者が読者に何を楽しんでもらいたいか、といった時の欲望で分かれているのではないか。

——両系譜の文体を比べてみると全然違いますよね。牟礼さん自身、ガブリエル・ガルシア=マルケスを引いて「マジックリアリズム」という表現を使いましたが、『コルキータ』などは隠喩で文体が二重になった過剰さがある。一方『ガリア女』は打って変わってストイックで引き締まった硬質な文体です。この文体の違いは、先の「物語/小説」という区分と関係しているのでしょうか。

牟礼鯨:むしろ『コルキータ』なんかは、最初に出た時に、鳥久保咲人さんが「硬質文体」と言っていたけど…。正直、文体に関しては意識はしていなかった。ただね、書いていて楽しいのは「物語」。

——筆が自由に進むから?

牟礼鯨:ていうよりも、記述に矛盾があってもいいわけですよ。物理的な矛盾でも、物語的な矛盾でも。むしろ矛盾のない「物語」とは何なんだと。

——「小説」は矛盾があってはいけない?

牟礼鯨:「武蔵新城」の次の駅が「浦和」だったらおかしいでしょ?

——「小説」は整合性が求められると?

牟礼鯨:事実の調べは必要ですよ。物語にまったくそれが必要がないとはいわないけど。そしてそれが「正しい」かというよりは、作中で如何に「正しくない」ものにするかが大事なので、そのためにはやはり「正しい」ことを知る必要がある。

最後に、文学フリマについて

——牟礼さんは批評もやっていらっしゃいますね。牟礼さんは文学フリマで発行されている『非公式ガイドブック』の責任編集者のお一人でもあります。文学フリマの状況として面白いのは、創作系と批評系の分断です。文学フリマは往々にして批評の優位が語られますが、それはほとんどイコール「ゼロアカ」ということでしょうか。批評系は文芸誌やアニメやライトノベルの分析はしても、文学フリマ「内部」の創作系とは没交渉で、ある程度「名」の通った「外部」の既成作品を参照します。一方、必要に駆られてかは定かではないですが、創作系の作家たちには創作と批評を並行してやる、書きもし読みもするスイッチヒッターが数多くいます。無論、それは社交的な贈与と返礼による相互言及という面もあるし、多くは批評というより感想文であるのかもしれませんが、しかし『非公式ガイドブック』の発刊が、高度の「自治」の精神に到達しているのも事実だと思います。牟礼さんは批評の重要性をどう思いますか?

牟礼鯨:この人は文章書きとして死ぬまで浮かばれないかもしれない、けれど確かに自分のテクストを生み出そうとしている、そんな人を、例えば「安東洪児」さんや「栗山真太朗」さんを、『非公式ガイドブック』に載せた事で、俺の『非公式ガイド』人生は終わったと思っている(笑)。

——早いですね(笑)。確かに、あの二人を推した事は、批評として大きい仕事ですね。彼らは「文フリ」という枠組みを外しても通用するだろう、極めて完成度が高い作家たちですよね。…それでは最後に次回の文学フリマに発表予定の新作についてご紹介下さい。

牟礼鯨:人は想いを発するわけですが、受け取られるかどうかは相手にゆだねられている。正しく受け取られるかもしれないし、誤配されてしまうかもしれない。あるいは別の人に想いを受け取られる可能性もある。その中で、ひとりの人物が、別のある人物に対して想いを発して、それが受け取られなかった時、その受け取られなさ加減をどのように解釈したらよいのか。そんな事を書いた『受取拒絶』という本を出します。書きたいから書きますので、読んでみたかったら読んでみてください。

——そうですか。TVドラマ化を祈っております。主演は、本田翼?

牟礼鯨:いや、二階堂ふみで。
――君の物語を誰かが受け取るとでも思ったの?

受取拒絶

牟礼 鯨 / 密林社


返事の来ない手紙を78通投函し続けた男がやっと受け取った返事は「受取拒絶」だった。
彼はその返事をどのように愛したのか?
そして彼はいかにして自分を痛めつけたのか?
反人間主義の文学結社による最新刊、『受取拒絶』。

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by suikageiju | 2013-11-29 00:39 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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