中上健次が生まれた新宮市春日と聖地巡礼
 2013年12月31日19時のことだ。年が変わる5時間前に青春18切符を渋谷駅で購入した。あと5時間遅かったら買えなかったし、1月1日10時に旅立てなかっただろう。青春18切符を購入したときも、そして1月1日10時に出発したときですらその切符でどこに行くのか決めていなかった。登戸駅に立ったとき、電光掲示板の「立川」という文字と「川崎」という文字を見比べて、はじめて行き先を決めた。中央本線で名古屋まで行き、そこから紀勢本線で紀伊半島をまわって南から大阪に入ると決めたのだ。旅はそうやってなんとなしに始めるものだろう。モビーディックのイシュマエルの冒険もそうやってはじまったのだから。
 雪をかぶった山岳地帯を抜けて大都市名古屋を過ぎる。一日目は四日市で泊まった。二日目は午前6時に四日市を出て丸一日かけて紀伊半島の海沿いを走った。多気や新宮や紀伊田辺や御坊や和歌山といった紀伊半島の諸都市を経て大阪に辿り着いたときには夜の22時になっていた。
 新宮駅では2時間以上も紀伊田辺行きの電車を待った。その間に徐福公園や浮島の森を見て暇をつぶしていると、駅の近くで集合住宅群を見つけた。駅から徒歩3分もしないところに団地なんて珍しいなと思ったのだ。
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 その団地に近づいてみると草っぱらに「中上健次生誕の地とその付近」という看板が立っていた。どうやら駅近くで目に付く集合住宅群のひとつは『千年の愉楽』などの著書を持つ作家、中上健次の生誕地跡に建っていることになる。中上文学の読者である牟礼鯨を中本の血が引き寄せたのだろうか。その看板によれば中上健次作品に出てくる天地の辻や礼如さんとオリュウノオバの家とされるところも近くにあるらしい。つまりそこ新宮市春日は「路地」であるようなのだ。思いがけなく中上文学の「聖地巡礼」を果たしてしまった。
 看板をおしまいまで読んで周りを見渡した。真新しい新宮市人権教育センターが見える。そしてなんてことない町並みだ。若松孝二監督の『千年の愉楽』を新宿で観たけれど映画の中の「路地」をとりまく景色は海のある静かな漁村だった。もちろん新宮市春日地区は中上健次がいた当時から今に至るまでにだいぶ開発が施されているのだろうけれど、海は遠いし地形やら何やら違っていた。ひとり立ち尽くし狐にだまされたような気になった。実際の「路地」の景色よりも映画の中の「路地」の景色の方がイメージに合っていた。何で実際の「路地」を見てしまったのだろうと後悔の念に襲われた。それは映画の中の「路地」を観てしまったときの後悔に似ていた。
 ウルスラの顔をこうだと提示されてしまったら『百年の孤独』のイメージがいくつか損なわれてしまうように、文学作品の場合、所謂「聖地巡礼」はその作品が持つ地理への想像を損なう危険がある。中上健次の「路地」については映画の「路地」の方が良かったし、更に言うなら文字情報だけの「路地」のままにしておきたかった。
 文学作品も分かりやすく伝達するために挿絵がついていたり、メディアミックスで映画化されたり漫画やアニメになったりする。そういったことでその文学作品の知名度が高くなるのは良いことだ。でもそういったことでその文学作品を受容するのに支障を来たすこともありえると考える。そして実際に支障を来たしていて、読み手の側が鈍くなっていて気づいていないだけなのだ。でも映画化や漫画・アニメ化を抗議するのは筋違いだ。だから、本来的に漫画やアニメとして描かれるべきであった小説を除いて、文学作品を受容するときは読み手の側がよくよく注意して選択しなければならない。何の映画を観るべきではないのか、あるいはどこに行くべきではないのか。
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by suikageiju | 2014-01-03 23:19 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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