世界史Cに執筆者・校正担当として参加
 歴史は生きる上で大切だ。まず、歴史はエアリプをしてはならないという教訓を与えてくれる。フランス革命の指導者ロベスピエールは、テルミドール8日の国民公会で「粛清されるべき議員がいる」と発言した。彼は最後まで誰が粛清されるべきか明示しなかったため、彼を恐れ脛に傷のある国民公会議員たちが結束し、翌9日にテルミドールの反動が勃発。市庁舎に逃げ込んだロベスピエールは捕えられ翌10日のうちにギロチン刑に処せられた。「粛清されるべき議員がいる」発言は歴史に刻まれたエアリプであり、「対象者を明示しない批判」=「エアリプ」が無差別絨毯爆撃であって予期していない人からの反撃を受ける危険を伴うことを教えてくれる。また、ロベスピエールはエアリプにより命を落とした人間のうち、おそらく最初の人である。
 そして、我々が歴史を学ぶのはロベスピエールをエアリプで死んだ最後の人にしたいからだ。

 その日も新宿の海峡靖国通り店で唐橋史女史相手に上記のような話を一席ぶった。いい気になった鯨はそのまま「熱」繋がりで「旅人よ、行きて伝えよ、ラケダイモンの人々に。我等かのことばに従いてここに伏すと」の碑文を読み上げると、女史は鯨の話を遮るように「そういえば鯨さんも世界史Cに寄稿してはどうですか?」と言った。あまりに唐突な提案に
「え?」
 鯨はキョトンとした顔をした。史文庫の『日本史C』については知っていた。歴史島だけでは留まらないその政治的な影響力について京童たちが噂していたからだ。しかし『世界史C』についてはうすうす予感はしていたものの、その未来を確証できる情報を何も得ていなかった、モサドも沈黙していた。だが鯨は腹を括って答えた。
「やろうじゃないか。どこの地域でもいつの時代でも構わない。アダムとイブの時代からオバマ時代まで、有史時代であれば何でも書いてやろうじゃないか」
 唐橋女史の飛び出る眼鏡が両面同時に曇り、右に三十度ずれたことに鯨は気づかなかった。新宿の夜は湿り気を帯びながら更けていく。

 そして今に至る。
 牟礼鯨は『世界史C』の執筆者の一人になった。なおかつ校正担当を引き受けた。従来から文学フリマと距離を置くため、文学フリマに参加する人のために何かできないかと考えていた。その「何か」のひとつとして、文学フリマにはその手の事務的な作業をこなす業者はいるけれど、小説の校正校閲さらには一読ののちの改善策提案役を引き受けられる知識と技量と経験と振れ幅のある人がまだ育っていないと考え、鯨自身がその役を今後引き受けるための練習として校正担当を買って出たのだ。まだまだ鯨はその役としては未熟かもしれないけれど鯨の他にも3人の校正担当がいるし、なにより唐橋史というよく肥えた人柱が毅然と立っている。あるいは寝坊することのない執筆者たちからきっと遅れることなく作品が届くのだ。必ずや『世界史C』は良い本になるだろう。いやそうしなければならない。

 あなたは思うのだろう。なぜ日本国の教育制度は「日本史」と「世界史」というおかしな分類で歴史を分断してしまったのかと。その答えは第二十回文学フリマ東京で『日本史C』と『世界史C』を読めば必ず分かる。
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by suikageiju | 2015-02-10 00:37 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
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