文学フリマガイドブックについての望月倫彦×秋山真琴対談を読んで

文学フリマ事務局×文学フリマガイドブック編集委員会対談

感想

 文学フリマガイドブックは秋山真琴氏の努力によりあるべき形へ動いているという感想を抱いた。あるべき形とは文学フリマという容れ物(=イベント)に合った中身になっていること。その変容は文学が思想や個人の主張の道具から商売道具に変わりつつある変化のなかでは当然おこりうる流れだ。ただ、あえてか無意識にかその変容を考慮せずに望月氏が発言を行っている印象を受けた。あたかも、事務局の行為を正当化するために文学フリマ非公式ガイドブックと文学フリマガイドブックの歴史を意図的に修正しているような。
 確かに文学フリマガイドブックの前身となった非公式ガイドは
立ち上げ時点で軽く炎上した面がありました。(望月)

とあるように現状維持派な方々からの批判意見に囲まれていて商売道具には相応しくなかった。立ち上げ当時から文学のナイフ然としていた。
 ただ、責任編集者を四期務めた経験から言わせてもらえれば、望月氏がそういうことにさせたがっている「炎上商法」は非公式ガイド側からは一度も行われなかった。
望月:それは、炎上商法を狙っていた頃の「負の遺産」みたいなものでしょうね。

 非公式ガイド側の意図した「炎上」は、当然のことだが、一回もなかった。周辺のほぼ全てのトラブルは非公式ガイド批判者による外因であり、「炎上商法」と揶揄されるくらい頒布されたのは最高責任編集者であった佐藤氏と高村女史の一本筋の通った編集意図に由来する。「炎上」であるように見えたのは単に非公式ガイドに(主に私に)反論された批判者感情の発火が激しかったのと、「炎上商法だった」と非公式ガイド側から発言することで周辺のトラブルを過去のものにする意図があった。なので文学フリマが「炎上商法」だとお墨付きをくれるなら有り難いことこの上ないのであるが。
 面倒なほど非公式ガイドは批判とトラブルに巻き込まれた。逆に言えば非公式ガイド立ち上げ時は批判やトラブルへの応酬が可能なくらい人材が豊富だった。なので、わざわざ界隈の意見を調整して当たり障りのない本を作る必要はなかったのだ。しかし、現在の文学フリマガイドブックには批判意見に対して建設的な理論を構築できる作家も、また小説執筆の応用で批判者の心情を抉ることのできる作家も、温情なく斬り捨てる作家も存在しないか、隅に追いやられるかした。クリーンなイメージが売りの編集長・秋山真琴氏に文学的な議論は似合わない。なので
物事を穏便に進めようとさせる調整力

 を必要とせざるをえず、文学フリマガイドブックは商売道具として生き残る道を選んだのだ。そのため自薦を別枠ではなく受け入れたり憲章に
文学フリマにおいて、価値ある同人誌を見いだし、一般来場者に提案すると同時に、出店者を支援し、同イベントの活性化を促すと共に、同人誌の楽しさを広く知ってもらうことを目的とする。

と「出店者を支援し」という一文を入れたりするように文学フリマガイドブックは作品尊重の役割を終え、サークル相互扶助の役割を増すようになった。それも含めて文学フリマガイドブックは現状をふまえ身の丈にあった正しい選択をとっている。
 だが、勘違いしてはならないのは今が正しいからといって過去においても正しいとは限らないということだ。最初から非公式ガイドが穏便さと調整を求めていたら作る側も読む側も「面白くない」と手放していて続かなかっただろう。非公式ガイドの批判とトラブルと議論の歴史の果てに現在の文学フリマガイドブックの中興期があるのだ。だからこの奇跡的に続いた文学フリマのガイド史のなかでは佐藤氏の大局観も高村女史の批評精神も中継ぎの想さんも、斬り捨て御免の屋代氏も消極的積極の真乃氏も、その他ガイドに携わった方々もガイドを批判して炎上し散った方々もみな「負の歴史」や「負の遺産」なんかではなく全て現在の文学フリマガイドブックの人柱、いや礎となっているのだ。

補足として気になったこと

望月発言で気になることがいくつか。
それに、事務局としては「『非公式』って付いてるから大丈夫でしょ」って言われるのは、むしろ迷惑なんですよね。何かあったときに「いやいや『非公式』って付いてるから、何やってもいいでしょ」とか言われて、責任逃れされたら、たまったもんじゃない。「非公式」という言葉を、免罪符みたいに使われるほうが迷惑なんですよ。
そして第1号はまさに「非公式ってついてるからいいでしょ」っていう文脈で「非公式」の言葉を使っていた。その意味でも「文学フリマ非公式ガイドブック」って名前をつけてしまったこと自体、上手くないな、ヘタクソだなと思っていたんです。

望月:あの「最高責任編集者」とかっていう大仰な役職名は僕も気になっていました。僕自身、文学フリマの取材を受けた時に「事務局長」って書かれていたら、必ず「事務局代表」に修正しています。「事務局長」って、なんだか国連とか労働組合みたいな響きがあるし(笑)。

でも、そういう「細部」に神経が通っているかどうかっていうのは、けっこう大事です。これまであの長い役職名を変更しなかったことは、ちょっとセンスがなかったかな、と思いますね。
 
 これらの発言は望月氏の非公式ガイド時代の体制への無知に由来している。憲章を一読すれば分かることなのに基本的な読解で望月氏は躓いている。当時の非公式ガイドは「責任編集者」と「編集者」で役割が違ったし、「責任編集者」と「最高責任編集者」とでも役割が違った。そして非公式ガイドの責任者は「責任編集者」以上であり、責任者の任命責任は「最高責任編集者」のみにあり、責任者は主観によって左右される内容以外の責任を負うと憲章に明記されている。確かに「最高責任編集者」は佐藤氏が言ったとき私も長ったらしくてダセーと思ったのだがこの長さは、細かいようだが、機能的に必要なのだ。なので、非公式ガイドの責任の所在については、第一回文学フリマ金沢において自己都合で好き勝手やった責任を放棄し続けている文学フリマ・アライアンスの代表がどの口で言ったのだろうかというくらい明確だった。

 また「非公式」について、非公式ガイドの正式名称は「文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド」というもので冗長である。しかし望月代表はご存知なかったのかもしれないが、のちに「非公式」だけでニックネームになったようにこの「非公式」が文学フリマのガイドであることの鍵となったのだ。望月発言の

「非公式」っていう言葉自体、ネガティブさとか、イリーガルさがありますから。


 のように、「非公式」は立ち上げ当初の非公式ガイドが必要としていたイリーガルな魅力を表現する的確でクールなネーミングだった。それに非公式ガイドは当初は小説作品のためのガイドであり、事務局のためのガイドではなかった。文学フリマ事務局のご都合ばかりで判断するな。

最後に望月発言で気になったこと
全国各地に文学フリマが増えれば、その影響を受けて出店者が減るのは東京と大阪です。でも、それを乗り越えてもう1、2年くらいすると、今度は増えてくると思うんです。福岡や北海道や盛岡でやって、と繰り返していくと、ある段階から、地元で文学フリマを経験した人たちが「年に1回くらいは東京に行ってみようか」「大阪に行ってみようか」みたいな感じになってくるんじゃないかな、と。

 金沢は繰り返さないの? そういえば第二回の告知まだないし。まさか、あの山崎くんが罪悪感で心を病んで自死したわけじゃないよね?


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by suikageiju | 2015-11-15 17:00 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)
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