サークル閉鎖。
by 鯨
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博多メモ
中洲川端まさかどでの会話メモ

森=森井聖大、錆=矢野錆助、柳=小柳日向、靭=上住断靭

●新しいイベントについて

森 文学フリマに変わるイベントを鯨がやるなら手伝いたい。それは作家に次のステージを設けるためだ。
鯨 それはどんなイベントか。
森 やる気のある人だけを募るイベントだ。
鯨 そこで何をするのか。
森 作家と読者の出会いがある。
鯨 それは文学フリマ・テキレボ・福岡ポエイチなど既存のイベントと同じ状態に陥る。
森 違う。やる気のある人だけを募る。
鯨 参加サークルを査定するのか。
森 しない。やる気のある人だけを……。
鯨 それは既存のイベントと同じになる。作家に次のステージを設けるならイベントではなく企画だろう。文学フリマなどの弱点は批評だ。文学フリマという枠で括らないでもインディーズ作家の批評企画は今誰もやっていない。
森 文学フリマガイドブックがある。
鯨 あれは推薦に落ち着いた。信頼に足らない、感想ポエムだ。マンガは勘所と萌を共有すればよいが文章は読まれる価値の発見と共有、批評が必要だ。文学史を紐解いても文学に批評は不可分。森井の言う、インディーズ作家に次のステージを設ける目的のためには信頼に足る批評が必要だ。佐藤は非公式ガイドブックでそれをやろうとしたのだろう。公式化で文学フリマは文学への可能性を捨て同人誌即売会へ後退した。
錆 確かに俳句に批評は切っても剥がせない。
森 文学フリマの本を全部読むのか。
鯨 時間をかけて、無差別にやるのが理想だろう。
森 とてもじゃないが下手で読めないものもある。
鯨 ならその読めない理由をその作者自身が納得できる形で示せば良い。その批評企画のためにはインディーズ作家の作品をこよなく愛し、文芸の即売会に出展せず、かつ創作も批評もできる人材が最低三人要る。


●文学フリマとの和解

森 鯨は文学フリマと和解しないのか
鯨 こちらは和解する用意も提示する条件も揃っている。ただ文学フリマは歩み寄りを見せない。
柳 大阪(文学フリマ大阪)でも参加できないのか。
靭 難しい。通報された時点でお縄だ。
鯨 実はそれはない。府警ということもあるが警視庁は文学フリマに入場してもよいと明言している。
靭 えっ、でも。
鯨 そう、文学フリマが内規で出入禁止にしているだけだ。文学フリマが警視庁の警告を誤解したのか敢えて曲解したのか知らないが文学フリマは「鯨が参加できないのは警視庁の警告のため」と嘘を言っている。警告の内容なら毎週開催していない文学フリマはどれも入場できる。そのことを望月へメールで指摘したら望月は返信しなかった。
森 大阪が望月へ正しい解釈をしろと言うべきだろう。
鯨 甘い。女性の涙は日本国最高権力だ。張本人と大阪を天秤にかけたら大阪はふっとぶ。望月にしてみれば「文学フリマ京都」を「文学フリマ関西」に変えるチャンスが来るだけだ。
錆 百都市構想じゃないのかよ!
鯨 百都市構想は百ほどの多様な拠点のことではない。イオンのように均一な百の拠点ができるだけだ。
森 鯨は文学フリマに参加したくはないのか。
鯨 参加するメリットはもうあまりない。現状の方が文学フリマ時代より充実しているくらいだ。それにブースの後ろに何時間も座っている必要がなくなった。
森 いや絶対に参加したいはずだ。
柳 本人が参加したくないって言っているんだから和解しなくてもいいじゃない。
鯨 和解はしたいんだよね。仲違いしたままって気持ち悪いじゃん。やってもないDVをやったと嘘をつかれるは気持ち悪い。それに鯨が原因で精神不安障害になったと賠償金をとるために心療内科を受診したら診断は発達障害だったとか目も当てられない。

参照:森井聖大ブログ文学フリマ関連福岡ポエイチ

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by suikageiju | 2016-06-24 13:29 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第5回福岡ポエイチ
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来る6月18日(土)と19日(日)、福岡県博多市の中洲川端駅近くの冷泉荘で第5回福岡ポエイチが開催される。騙りを除けば福岡県下ほぼ唯一と言える文芸メイン即売会である。開催時間は13時から18時、遅いように思うだろうが、福岡は東京より経度が低いので太陽の高さなら午前4時から午前10時くらいの感覚である。



鯨は今回二つのサークルの本に寄稿している。

18日(土)
雲庵(b-6)、自由律俳句のゴリラ
『蘭鋳 vol.2』:異形の自由律俳句同人誌の第二弾。たぶん当日までに間に合わないだろうけれど自由律俳句観賞文と散文「楽園の一言」等を寄稿した。
谷川俊太郎殺人事件』:熊本震災関連本らしい。

19日(日)
日表造形社(c-9)、当代文芸界隈最高峰美女(闇)
『如雨露の泪』:自由詩「雨が雨ではなくなる日」と俳句連作「月片放逐」を寄稿。後者は第八回滑稽俳句大賞入選作、投稿俳句界め〜る一行詩二〇一六年四月号優秀作品、第二回宝井其角俳句大会二十句詠部門特別賞第参席受賞作、信濃毎日新聞フォト×俳句優秀賞受賞作に書き下ろし十三句を加えた魂の三十句追放劇。
『二日酔いのモナムール』:自由詩「狗みたくハンバーグ」と俳句連作「両畿赫歌」と自由律俳句連作「三嶋往還」を寄稿。
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by suikageiju | 2016-06-17 15:35 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第4回福岡ポエイチ
高浜虚子は九州へ来ると巨大になった。〈天の川の下に天智天皇と臣虚子と〉を作ったのは太宰府である。また九州の女をよく見ている。小倉では〈落椿投げて暖炉の火の上に〉の句で橋本多佳子を俳句の世界に誘った。そんな文学と女の住まう島九州は福岡の博多で6月の定例行事、福岡ポエイチが開催される。

2015年6月6日(土)と7日(日)の両日12時-17時、福岡市は中洲川端駅近くにある冷泉荘(福岡市博多区上川端町9−35)で開催される第4回福岡ポエイチに、西瓜鯨油社は参加しない。しかし牟礼鯨は福岡へ遊びに行く。

というのも、かの精霊的肉体を持つ文学地母神=小柳日向命が主宰する日表造形社の詩誌『二日酔いのモナムール』に詩と俳句と自由律俳句を寄稿したのだ。その詩誌は6日と7日の両日、a-8「大坂文庫」にて販売される。

この詩誌『二日酔いのモナムール』は地母神が集めた5人の作家が参加している。彼らを世代で分けると以下のようになる。

第一世代 森井聖大(大分県)
第二世代 牟礼鯨(東京都)、泉由良(台湾)
第三世代 上住断靭(大阪府)、小柳日向(福岡県)

どんな作品が集まったのかは知らない。だが創作文芸界隈でよくあるような公募ではなく、小柳日向命が自ら作家を選び編集した。その行為に一つの明確な神慮があるだろう。たぶん、文学を楽しめ、と言っているに違いない。

作家の言葉を、ボクサーの拳のような凶器だと恐れる者は言葉を知らぬがゆえに恐れている。彼らは嘘を知らず、ゆえに言葉を知ることなく、文学を恐れ、文学に背を向け、文学に門戸を閉ざし、文学に敗北する。福岡の地には言葉を楽しみ、文学に親しめる者らが集うだろう。福岡ポエイチの当日、会場となる冷泉荘には私服警官はひとりもいない。なぜなら福岡ポエイチは詩人どものイベントであり、言葉を知るものが司るからだ。言葉と文学に警察は不要である。なぜなら言葉自身が作家と詩人を律し、同時に欺くからだ。そのことを信じることができない者は文学から去る他ない。

福岡では言葉と文学、そして地母神を楽しもう。



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by suikageiju | 2015-05-25 10:34 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第3回福岡ポエイチ報告
「書いている文章とは違う人ですね」と二度言われ。

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 6月7日(土)と8日(日)に、福岡県福岡市博多区の冷泉荘で第3回福岡ポエイチが開催され、西瓜鯨油社は両日ともに参加した。福岡ポエイチは第1回から計3回5日間開催され弊社はその全日程に参加している。それほどまでに牟礼鯨は福岡ポエイチが好きなのだ。殺伐かつ軽薄な人間どもの集いである文学フリマにはない、福岡ポエイチの家族的で和やかな雰囲気が好きなのだ。今回は小説や物語だけでなく、文学フリマなどに参加する作家7人の俳句・掌編・墓碑銘を収録した句誌を頒布した。でも俳句はジャンルとして所謂「詩」ではなかったみたい。それでも11月には次号を刊行する予定だ。俳句から「逃避癖の言葉」としての徘句へ、首都圏からはるか成層圏へ。
詩人「俳句はよくわからなくて」

 福岡ポエイチでは他にも20余のブースがあり毎日100人をこえる来場者があった。ブースには将棋文芸誌や自由律俳句誌、小説、統合失調症の本、高橋しか登場しない歌集、精神科病院の歌集、現代アジア社会を描いた小説、詩集と詩集と歌集と歌集が頒布されていた。そして数人の美女と美少女がいた。無名な詩人が吐いた言葉でも有名な詩人のこさえた言葉でもかまわない、ただ言葉を欲している人がいてそれに見合った詩句が置いてあり、買える。そんな幸福な市場が福岡市の博多川端にある。
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 福岡ポエイチは実行委員会とサークルと来場者とゲストの距離が近い。文学フリマ程度で「内輪」とか「文壇」とか発言する気負いが気恥ずかしくなるくらいに。でも福岡ポエイチには大塚英志がいない。だから詩壇と歌壇とオフ会が入り乱れた福岡ポエイチはこのままであるべきだし、このままで楽しめる。第4回からゲストパフォーマンスだけではないサークル参加者オープンマイクが始まることを期待している。
 1日目は打ち上げに参加せず、仮眠後に薬院大通のRead cafeへ赴いて福岡の地方出版事情に触れた。2日目には詩人たちとの打ち上げに参加した。長卓の端っこ喫煙者集団のなかにいて、夏野さんや三角さんやとある患者さんや森井さんや1984年生まれの高森先生や1983年生まれの売り子さんと駄弁っていた。その打ち上げ後には森井御大と明治通り沿いのブルックリンパーラーに入って文学フリマや小柳日向などについて話したあと、中津へ帰る御大を中洲川端駅で見送った。
ヒモとなったり親の脛をかじったりしながら文学活動を続けていく。それが現代文芸の一つのゴールなのかもしれないな。

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 福岡ポエイチ後の6月9日には福岡アジア美術館を訪れ常設展ギャラリーで2日目のゲスト三角みづ紀さんに遇い、中洲ぜんざいを食べたあと福岡空港へ向かった。去年と同じく保安検査場でひっかかりカッターナイフだけ入れた段ボールを預けた。そして遅延した飛行機で東京に帰る。
 この福岡行で有益な情報を仕入れることができたので2015年初頭までの西瓜鯨油社の方向性が決まった。そのことだけでも有意義な遠征であった。
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by suikageiju | 2014-06-09 23:01 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第3回福岡ポエイチ
 西瓜鯨油社は2014年6月7日(土)と8日(日)に福岡県福岡市博多区の冷泉荘で開催される第3回福岡ポエイチに両日参加する。そこで逃避癖のための句誌</haiku id="01">を頒布する。やるからにはメデジンを目指す。しかし、詩、詩、詩、詩とはなんぞや? 詩を考える上で参考になる言葉がある。
An old woman runs the readings. She'd cream in her panties if she knew you were drinking. She's a nice old girl but she still thinks poetry is about sunsets and doves in flight.  WOMEN Charles Bukowski

 「沈みゆく夕日や飛翔する鳩」ではない詩、そんなものを目指して渡福する。

【頒布物】
・『</haiku id="01">』(44頁200円)、新刊
 「普段散文を書いている首都圏の作家」による俳句71句と掌篇9篇、それと墓碑銘を収録。
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・『昔鯨類』(58頁200円)、牟礼鯨、新刊
 詩歌でもなく、物語でもなく、反吐の出る言葉を束ねた本。
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・『南武枝線』 (82頁300円)、牟礼鯨
 痴漢で出会った嘘つきとサイコパス。嘘つきの始めた「新日程」が南武支線を怪異させる。記憶を喪う鉄道幻想譚。その第二版
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・『文学フリマ非公式ガイドブック小説ガイド2014年春』(56頁200円)、受託
 第十八回文学フリマ終了後、物議を醸した文芸ガイドブック。「あわなかった本、あります」
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・『灰の公園』(26頁200円)、高村暦、rg、受託
 「周縁の街に暮らす著者、初の《除染》詩歌・写真集。原子力発電に、賛成も、反対も、即座にいえないものとして。除染された灰色の公園たちと寄り添った日々の記憶。」
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【備考】
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるのでよくトイレに行きます。鯨不在の場合はAmazon Kindleストアでショッピングして待っていて下さい。
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by suikageiju | 2014-05-31 10:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
BARラジカルにて
 8日20時30分、地下鉄西新駅の改札を出て右手、3番出口近くの無機質なベンチに野良評論家久保田輝が座っていた。文学的ストーカー行為を繰り返し、東京や大阪の文学フリマで文学的ナンパを繰り広げてきたこの男は三重県を飛びだして、とうとう福岡市までやって来てしまった。久保田の隣に鯨が腰掛けると改札から高村暦女史が歩いてきた。もしかしたら鯨と同じ電車だったのかもしれない。
 5番出口から出て西新の町を歩く。博多、中洲、天神に続く繁華街として知られる西新だけれど数十歩離れただけでもう地方都市特有のコンクリート的な寂れの湿っぽい臭いが漂う。うす暗い大通りを3人は南東に向かって歩く、まるで藻の生えた海を掻き分けて進むように、文学的な期待で窒息しそうになりながら。城西二丁目交差点の角、右手にある建物の壁にフリードリヒ・ニーチェの横顔がデカデカと貼られている。そこがBARラジカル、福岡における文学的叛徒どもの拠点だ。[BAR ラジカル foursquare]
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 先客がライダースーツを投げ出してカウンターに座り珈琲が淹れられるのを待っている。マスターに対して右端奥から久保田輝、牟礼鯨、高村暦と座った。まず5人は西新そして福岡という土地の確認をする。西南学院や修猷館などがある西新、そして文官で唯一戦犯として処刑された広田弘毅を軸に親不孝通りの予備校文化などで形容される福岡にこびりついた文化の残滓を手探りしていった。
 続いて如何にも文学青年という感じの眼鏡男子が入店して鯨たちとは離れたカウンターの席に座る。彼は西南学院大学読書会『十二会』の人と名乗る。
「どんな本を読むのか」
 と問えば
「世界の文学」
 と答え
「たとえば」
 なら回答は
「20世紀後半の作家」
 である。そこで久保田が「カフカとか」と頓珍漢をするが、彼は表情を変えることなく
「マルケスとか」
 と言った。ガルシア・マルケスなら鯨も昔少しかじったことがある。何でも直近では『コレラの時代の愛』を読んだと彼は告白する。
「是非とも『予告された殺人の記録』を読んでもらいたい」
 と鯨は勧めておいた。それに頷くようにして頭を垂らし、再び彼は目の前の印字された紙の束に目を落とす。
 やがてポエイチの交流会に参加していた森井御大が入店した。そこで御大に暦、輝、鯨の4人は将棋盤のあるテーブルにグラスを移し語り合った。
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 森井御大にとって高村暦と久保田輝は初対面であり、久保田輝にとって森井聖大は初対面であり、高村暦にとって森井聖大は初対面であった。まずはそれぞれの存在理由の確認から入った。そして久保田が「何故?」の今後を森井御大に問うと、御大は商業誌に活動の拠点を移すと宣言した。理由はもう同人誌が嫌になったからだと云う。賢明な選択だと思った。「鯨も同人誌であることに行き詰まりを感じていると思う」と森井御大は言いのける。それは確かに鯨もそうだと思っていたのですぐに肯んじた。その上で御大は
「鯨も小説だけで食っていきたいんだろ」
 と半ば押しつけるように言ってくる。そこで鯨は
「そんなことはない」
 と答え
「カフカが作家としての鯨の理想像である。どんな作家であっても浮き世の義理として働かなければならない。それは書くこととは別だ」
 と補足した。もちろん死ぬまでということではない。もうこれでたくさんだと思うまで浮き世で働いて、不必要なことで騒ぎ立てたとしても書く自由を与えてくれた社会に報いる、それが生活者による生活者のための文学の根拠であり糧だ。その答えに森井御大は不服だったようで
「でもカフカは生前無名だったではないか」
 と言う。もちろん本当に無名であったとしてもだからどうしたという質問だったが、それは文学史とは別の作家神話に過ぎない。カフカは世界的ではなかったにせよ無名ではなく、むしろ有名だった方だ。そこで
「そんなことはない」
 と否定するもここで森井御大と鯨とで押し問答になる。BARラジカル中に2人の怒号が反響し、緊張感で満ちたけれど、2人とも文学フリマ界隈きっての大人なので、埒があかぬと知れるや話題を一旦やめた。いつの間にかメインストリームの桜子さんと尖った感じの青年が入店していた。
 森井御大が商業誌を目指すのは、長年同人誌をやってきて嫌になったからと云う。それは同人誌が商業誌の下部組織でしかないことに我慢がならないからだ。そこで一度森井御大自身が新人賞などを取って名を上げてから文学フリマに戻ってくる。そして大塚英志が掲げていたように、既存の出版業界に並ぶ対等な市場として文学フリマを有力作家森井御大が活性化していく。つまり文学フリマ全体が文壇的なものと対立するものとして一致団結し、もう一つの文学の市場を樹立するために運動をしなければならないというものだった。不遇な時代が長くて御大も日和ったなと思った。
 とは言え森井御大が商業誌を目指すのは応援したい鯨であったが、またもや御大は「鯨も商業誌を目指せ」と言ってくる。まるで技量がなく努力もしないくせに名声だけは得たい我が儘な屑どものように。そこで
「もし商業をやるならまったく書くものを変えなければならないから嫌だ」
 と答えた。
 森井御大はそれに対し「商業もそれ以外も違わない」と言ってくる。
「そうは思いたいが、商売として見た場合、文学フリマに出てくるような本は商品として成り立たない」
 と鯨は反論する。ここでまたもや鯨と森井御大による「違わない」「違う」の押し問答が続く。さすがの鯨も頭に血がのぼってきて「森井さん、あなたはまさか自分の進もうとする道を歩むのが怖くて、同意を欲しがっているのですか」とか「商業もそれ以外も違わないというならあなたが商業誌でデビューしたいというのは文学のモンドセレクションを受けたいということだけですか」「あなたの作品は商品化すると単純につまらなくなるだけだ」と言おうと思って喉まで出かかったけれど止めにしておいたくらいである。
 ここで久保田が森井に同調して文学フリマが一致団結しなければと傾いたので、鯨は対案として、文学フリマに出ている作家は書く意志はあるが読解力も批評力も思考力もない、そんな作家達を文学フリマという枠組みでくくって一致団結させても意味がないと意見。商業誌に対立するための文学フリマにするのであればそれは商業誌、或いは久保田の言う「文壇」という実体のないモノ、によって文学フリマが未来永劫規定されることになる。それは対等なもう一つの市場と言えない、下部組織のまま。文学フリマがもう一つの市場となるためには個々のサークルが「文学フリマの~」という冠を廃して主体として「~が参加している文学フリマ」にならないとダメだ。そのためには個々の作家が森井さんみたいに商業誌で活動する道もあるし、或いは研究職で活動する道もあるし、痴漢で逮捕されても、即戦力として就活しても、政治活動に身を投じても良い、ただそういった色んな局面で活動をしている作家が文章という共通項だけで括られる場としての文学フリマに期待すべきであって、文学フリマの中身である従来の作家どもに期待してはならないということを述べた。だからこそ鯨は多様な人間の生き様のひとつとして森井さんが商業誌で書くことを応援したい、最後にそう付け加えた。
 そこでようやく森井御大と牟礼鯨の間で意見の一致というかなんとなくお互い納得しあえる公約数を見つけて話は一段落した。
 それからは久保田が次々発表している文芸同人誌に対する論文がアカデミックでもなく、一般読者向けでもないどっちつかずになっていることを指摘し、それに久保田が恩寵の時間やらインターネット以前やらとごちゃごちゃ言って、高村暦がメモをとりつつ散らかされた話を収束していき、暇になった牟礼鯨が森井御大と久保田の似顔絵を余白に描いて夜は更けていく。疲労感と浮遊感と、森井御大がBARラジカルのまんなかでタバコをくわえたまま浮遊し出した。そしてどんなもんだいと天井を紫煙で燻す。なるほどねと鯨もふうんわりと浮かび、頭を下にしてこぼさないように淹れたての珈琲を啜る。カウンターの向こう側でマスターが口をあんぐりとして宙に浮いている2人を見る。それを眺めていた高村暦も祈るようにして数センチだけ椅子から浮いた。久保田もかぶりを振って3人を見て「浮かなくちゃ」と思ったのだろう。椅子の上で踏ん張るがひねり出たものは屁だけだった。
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 そして23時半を過ぎると何事もなかったように4人は椅子の上に座っていた。ネットカフェに泊まる森井御大以外の3人は瞼をパチクリさせそれぞれの寝床へと戻っていく。美大3年生の喫茶店における美術論談義の域を超えないようなラジカル談義だったけれど、それぞれがなんとなく満足してその日を終えることができたのは幸いだったろう。でも本当に幸いだったのは順当に考えてBARラジカルのマスターであった。


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by suikageiju | 2013-06-12 20:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチ報告
 福岡市中央区天神にある通称「福岡赤煉瓦文化館」は旧日本生命九州支店社屋であり現在は福岡文学館として使われ、一階の常設展で花田清輝や中野秀人など福岡の文学史を来訪者に紹介している。その玄関には「文学する椅子」と題された木彫りが置かれ、背もたれ部には二羽の梟が彫られている。9日朝、鯨はその梟の彫刻に指で触れた。福岡ポエイチのマスコットも二羽の梟であることから
「ポエイチのマスコットは福岡文学館にある文学する椅子の梟に由来するのですか」
 と9日夕の交流会で福岡ポエイチ実行委員会の夏野雨さんに尋ねると
「え、そうなんですか?」
 という返答だった。
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 6月8日と9日に冷泉荘で開催された第2回福岡ポエイチに西瓜鯨油社は2日連続で参加した。8日9時に飛行機で福岡入りし、9日20時に離福するまで35時間福岡に滞在し、そのうち12時間と2時間を福岡ポエイチに捧げた。

6月8日
 中洲ぜんざいで氷を食べてから11時半過ぎに会場入りする。やがて正午12時に第2回の福岡ポエイチは開場した。前回と同じ冷泉荘での開催で、一部屋分だけ会場が広くなってサークル数も増えた。畳敷きの閲覧室に置かれた見本誌の冊数も増えて、今回は作者に向けて一言コメントを届けられる仕組みも新たに付け加えられた。工夫とその結果が目に見えて分かるイベントだ。
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 受付を屋外に置いたのは正解だったと思う。抜け道でぶらりと歩いてきた人が立ち寄れるからだ。また受付の隣にはぱん屋のぺったんさんが出店していた。食べ物で釣ろうとする姿勢も好ましい。前回と同じ和室に設けられた閲覧室は畳が敷かれて脚を伸ばせられる他、ソファーにも腰掛けられるので、鯨はポエイチ開催時間の大半をそこで過ごした。設計上の意図なのか単に離れているからなのかは分からぬが、閲覧室にいれば会場の喧騒も隣の教室から流れる英文復唱のように聴こえる。そこは福岡ポエイチで一番好きな場所、冷泉公園の次に。
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 14時からトルタが突如として30分間のパフォーマンス状態に入っていた。前回のイベント内パフォーマンス時のようなほぼ満員状態ではなかったけれど、本を勢いよく閉じたり他人の朗読に朗読を被せたりと起伏があり見世物として楽しめた。1日目だけでは前回よりお客さんの数は少なかったように思えたが二日に分散したと考えれば寧ろ増えたのかも知れない。
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 17時の閉会ののちにホテルにチェックインして仮眠をとった。1日目の交流会には参加しなかった。19時にホテルを出て楽天地通りにある居酒屋でモツ鍋をつつきながら48グループ総選挙を8位発表まで観る。それから西新駅に移動し、地下のベンチで久保田輝、高村暦と合流して歩いてBARラジカルへ向かった。カウンターに座り、ライダーのあんちゃんや西南学院大学読書会『十二会』の学生さんと広田弘毅やガルシア・マルケスの話題で盛り上がる。その後、ポエイチの交流会に参加したため遅れてやって来た森井御大と終電近くまで将棋席で飲んで語らった。森井御大の商業誌進出と久保田氏の見えにくい活動について、そして文学フリマの中身ではなく場に期待することについて。
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6月9日
 小雨の降る朝、中洲の川沿いの道を歩いているとスーパーメイト製のショッピングカートが衣類ハンガーのように打ち捨てられているのを見つけて拾った。本の入った段ボールを載せて、カートを押して中洲の街中を歩くとなかなか快適である。11時に会場入りする。帰りに他のサークルも荷物搬出で使うだろうと思い冷泉荘の前のカート置き場にカートを停めておいた。
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 2日目は降雨だったので受付は屋内に設けられた。前日とのこのような変調が鯨の肉体に心地よい波動を与える。ブースは売り子の高村暦女史にほとんど任せて、鯨は近くの博多長浜ラーメン風びで替え玉したり、四階の踊り場にある喫煙所から濡れそぼつ冷泉地区を眺めたりした。
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 2日目から無計画書房さんや大阪文庫さんや何故?さんなど文芸サークルが新しく出展している。中嶋葵さんのインタラクティブブックが面白くて2日続けて挑戦してしまった。そうは言っても福岡ポエイチは詩のイベントである。文芸サークルがコミティアで「マンガじゃないんですね」と訊かれるように、福岡ポエイチで文芸サークルは「詩じゃないんですね」と訊かれる。
ぼくは、言葉で敷き詰められている頁よりも余白の広がっている頁のほうが思いを感じるんです。そして伝わるんです。(とある休憩者)

 14時からはヤリタミサコさんのパフォーマンスがあった。詩人が朗読する際に詩句を、気違いじみたというか常軌を逸したように発音することがあって、もしくは非日常的なイントネーションで演奏することがあって、だからこそ詩巫、詩は霊的なものと繋がる手段なのかと夢想した、言葉で、手つきで。
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 また、福岡ポエトリー界隈の男性と反人間主義について話した。反人間主義の呑気なまでに人間的なところ、博愛精神に満ちた人間主義の反人間的なところについて。
 17時に閉会してから片付けたり搬出したりして45分頃に冷泉荘前に集合して移動、18時から川端商店街のまさかどで交流会が催された。隣のテーブルでは、6~7月に博多の随所ですれちがう法被姿の男たちが集まって飲んでいた。こんな光景は博多祇園山笠の本番まで見ることができるという。20時に東京へ向けて離陸する飛行機に乗らねばならない鯨はモツ鍋と串とキャベツを掻き込んで18時45分には離席した。福岡空港への移動中、冷泉荘の前にショッピングカートを置き忘れたこと、そして森井聖大ではない方の小柳日向女史に会えなかったことを悔いた。
 来年開催の福岡ポエイチにもまた参加したい。2日ではなく1日だけで。そして2014年は彼岸花が咲くころにでも大阪へ行きたい。
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by suikageiju | 2013-06-10 19:10 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチ
 2013年6月8日(土)と9日(日)に福岡県福岡市博多区の冷泉荘で開催される第2回福岡ポエイチに西瓜鯨油社は両日参加する。去年の福岡ポエイチから約1年たち、その間に大阪文学フリマが開催され「西日本における創作文芸」の動向に注目が集まりつつある中での第2回福岡ポエイチ開催だ。
 文芸とは悔しいまでに場の芸術なのだろう。どこでそのテクストを入手したか、どこでそのテクストを読んだか、そのような読み手による場の選定が文芸の価値の多半を決定する。
 大阪は関西、北陸、東海、山陽といった地方を結ぶ交通の要衝である。なにしろ江戸時代、大阪には堂島米会所があったことからもわかるようにこの商都は日本列島における穀物集積地であり商業の中心地だった。一方で、福岡・博多のある玄界灘沿岸には古来より大和朝廷の出先機関が設けられて、そこは九州全土はもちろん山陽地方・朝鮮半島を結ぶ交通と交易の要衝である。東京や大阪に並ぶ「文学首都」として福岡・博多の立地は申し分ない。また東中洲(現・中洲)の西大橋袂にあった喫茶店ブラジレイロには原田種夫や夢野久作、武田麟太郎、北原白秋といった九州や九州文学にゆかりのある文学者が通ったという。その上、東京に吉原・歌舞伎町があり大阪に飛田新地等があるように、福岡・博多の境界には中洲がある。おまけに福岡ポエイチの会場・冷泉荘は中洲に近く福岡大空襲で甚大な被害に遭った冷泉地区のただ中だ。文芸イベントとしての土地柄と霊力の提供は充分である。あとは福岡ポエイチに腕利きの作家が集えば良いだけだ。既に有している天地の力に人の力さえ合わされば福岡ポエイチは福岡・博多を「文学首都」たらしめるだろう。
 あなたは第2回福岡ポエイチでその現象の目撃者になれるかもしれなかったのにな。
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【配置場所】
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【頒布物】
・『昔鯨類』(58頁)、牟礼鯨、新刊
 詩歌でもなく、物語でもなく、反吐の出る言葉を束ねた本。
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・『オルカ』(108頁)、牟礼鯨、九州初
 孤独な惑星における最後の少女、オルカ。彼女を守るは三百の去勢旅団。性交を望むは三億の残存人類。謎かけに答えられれば性交。答えられなければ無惨な死。欺き合い騙し合い殺し合いながら、男たちは誇り高き戦死を遂げる、人類史を明日へと繋ぐため。
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 内容に関連は全くないのに装幀がどことなく似ている『匣と匠と匣の部屋』(高村暦、rg)との鯨暦譜企画あり。
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・『flugas filozof'』(賢者は飛ぶ、128頁)、牟礼鯨
 9篇の卑猥短篇集。かつて、ミソジニー中毒文学と呼ばれたジャンルに属する詩的短篇群。
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・『文学フリマ非公式ガイドブック』第二版と第三版、委託
 第一版を第十四回文学フリマで146部売り上げ、総入替された第二版は第十五回文学フリマで157部売り上げた非公式ガイドブック。その第二版とまた全て入替えた第三版。7人の編集委員が文学フリマで売られているおもしろい創作文芸誌を真剣に選出した素人と玄人のための創作文芸えらび指南書。



【備考】
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるのでよくトイレに行きます。鯨不在の場合は売子の高村暦を牟礼鯨だと思ってください。もしくはAmazon Kindleストアでショッピングして待っていて下さい。
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by suikageiju | 2013-06-03 19:51 | 福岡 | Trackback | Comments(1)
表象文化としての「売り子」論を福岡ポエイチで
 「鯨さんの作品には校正が必要です」と書かれたメールを読んだとき、他人の本になんてことを言うのだとメールを送った人に対して怒りを覚えた。それと同時に自分自身に対しても怒りを覚えた。というのは鯨もそのメールと同意見だったからだ。

 4月29日深夜、新宿の珈琲西武で鯨は分離派の久保田氏(三重県)に「君は福岡ポエイチへ行くべきだ」と言った。当然のことだけれど、久保田氏は肯んじた。たぶん鯨はそのとき調子にのっていたのだろう。隣でだまって珈琲を飲んでいた高村暦女史にも「君も福岡ポエイチへ行くべきだ。早稲田なんだから暇だろう」と勧めた。すると女史は眉を顰めながら「旅費を大阪で使い果たしてしまいまして、もし旅費を出してくれるなら行きます」と返す。もしかしたら鯨は酔っていたのかもしれない。女史のがめつさを気にとめることなく「旅費を出せば行くんだな」と再び訊いた。
 超文学フリマを終えて「鯨暦譜」の印刷代などを精算するに際し、高村女史は請求書をPDFで送りつけて来て、それに記されていた金額は¥30,600円だった。「鯨暦譜」はそんなに枚数を刷っていなかったはずで印刷代にしてはやや高額だと感じる。きっと本来の数字ではないのだろう。ならば、いったい何の数字なのかと振り返り、忘れかけていた珈琲西武での会話を思い出した。5月1日、鯨は職場の帰りに小田急線に乗り、登戸駅で降りて徒歩5分、建てられて半世紀は経っているだろうビルの錆び付いた外付け階段を昇る。そして踊り場で両足を揃え、黄色地の紙に赤字で「臓器高価買取」と大書されたポスターが貼られた扉を開けた。「いらっしゃい」、ねばっこい声色をした店主が満面の笑みで迎える。「何かお困りですか?」
 コミティア104閉幕後に訪れた神保町のろしあ亭で、鯨は中身の入った黄緑色の銀行封筒に「鯨暦譜印刷代」と墨書したものを女史に手渡しながら
「これをどうするのか君はわかっているんだろう?」
 と問うと女史は「はい」と肯んじた。女史が鞄に封筒をしまうと
「これ食べなよ」
 と鯨はピロシキを半分に切って女史の皿に置く。
「食欲ないんですか?」
「ほら、お昼インドカレー食べ過ぎて」
 そう言いながら鯨は、アルコールで熱を帯びて疼く脇腹の手術痕をさすった。

 昨夜、Gmailが来ていた。高村女史からである。メールには簡潔に「福岡へのチケットを取りました」とだけ書いてあった。
「バカだこいつ」
 と鯨はひとり呟き、同時に高村女史が先日手渡した3万円を例の柏ホストに貢がなかったことに感心した。自分の欲求よりも文学を優先した人間が少なくとも一人はいたのだ。鯨は「では売り子をお願いします」とだけ打ってメールを返信した。これで等価交換である。
 6月8日、9日と福岡県福岡市中洲川端駅近く冷泉荘にて第2回福岡ポエイチが開催される。西瓜鯨油社は両日参加し、新刊『昔鯨類』を頒布。それとともに鯨暦譜企画を再起動する。
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by suikageiju | 2013-05-19 18:21 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチで『昔鯨類』を
 いつぞやのコミティアでぼんやりとブースに座っていると、中学生か高校生くらいの女の子がブースの前にやってきて『掌編集』と『一つの愛とその他の狂気について』を買い求めた。どこで西瓜鯨油社を知ったのだろうかと当時の鯨は不思議がり本を渡しながら訊いてみた、なんで西瓜鯨油社のことを知ってしまったんですかと。
「ブログを読んでいます。断片で泣いてしまって、ケータイの壁紙にしています」
 その娘はケータイの形が変わるくらい充電池がパンパンに膨れあがった携帯電話の画面を見せてくれた。そこにはこんな断片が表示されていた。
もし僕が心から愛する女性がいるとすれば、1000人の男に抱かれた14歳。

 こんな感じの断片や散文の切れ端や詩のなり損ないを集めて、陸から海にくり出したムカシクジラ亜目たちにあやかり『昔鯨類』(むかしくぢらるい)と題して第2回福岡ポエイチに持って行く。この本は俳句でも短歌でも詩でも戯曲でも小説でもない文芸ジャンル「昔鯨類」を提唱する。

 牟礼鯨以外の作家が著わした昔鯨類には以下のようなものがある。それは昔鯨類そのままだったり、その萌芽だったり。
Le trop grand empressement qu'on a de s'acquitter d'une obligation est une espèce d'ingratitude.
『ラ・ロシュフコー箴言集』

 箴言や警句といったエピグラムも昔鯨類に属するかもしれない。あまりにも熱心に恩返ししようとする人は一種の恩知らずである。ときに昔鯨類を知ることによって人との接し方や生き方が変わることもある。実生活で活用できる、これも昔鯨類だ。
Und wenn ich Allahs Namenhundert nenne,
Mit jedem klingt ein Name nach für dich.
『西東詩集』

 なぜゲーテがアッラーフか、というと1814年に独訳されたペルシア詩人ハーフェズの影響であるという。そして私がアッラーフの百美名を唱えるとき、それぞれの音にともなってあなたの名が響く。60代のゲーテが30代のマリアンヌに寄せた詩とされる。他国の宗教に老醜とも云える恋心を込めた、禁忌をも怖れぬ変態性。詩句が昔鯨類でもいいじゃないか。
「自分に同情するな」と彼は言った。「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
『ノルウェイの森(下)』

 村上春樹については『海辺のカフカ』より前の作品群を高く評価している。だが、永沢さんのこの言葉を書いた時点ですでに彼は世界文学になったのだと鯨は考えている。この部分だけ永沢さんは優しいのだ。
Que me mataron, niña Wene.
『予告された殺人の記録』

 「僕は殺されたんだ、ウェネ」。「どうしたの」(Qué te pasa!)という現在形の質問に過去形で答えている。しかもその状態を過去形で語ることは本来不可能である。流行の評で言うなれば「骨折している」。
What though the field be lost? All is not lost;
『失楽園』

 たとえ一敗地に塗れてもそれが何だ? 全ては失われていない。これを普通の人間が言ったとしたらつまらない。だが、もし唯一神の怒りの雷霆によって叩きのめされた堕天使の首領が、打ちのめされた堕天使の群に吐いた言葉だとしたらそれは昔鯨類。
桓子不知所為、鼓於軍中、曰「先濟者有賞」中軍下軍爭舟、舟中之指可掬也。
『春秋左氏伝』

 紀元前6世紀初頭、中国。長江中流域にある楚はその勢力を淮河および黄河へと拡げていた。周王の使者に鼎の軽重を問い、覇権を手にしつつある楚荘王は鄭邑を攻め、これを陥落させる。鄭の君主であり周王朝の王族でもある鄭襄公は上半身裸で羊をつれた料理人の扮装で楚荘王を出迎えた(鄭伯肉袒牽羊以逆)。鄭の救援に乗り出したのがかつて覇権国家であった晋である。晋の三軍は黄河を渡り晋楚両軍は邲で干戈を交える。敗れた晋は黄河を渡って撤退する、その場面である。桓子(晋の総司令官、荀林父)はどうしていいか分からず軍中で太鼓を打ち鳴して「先に渡河した者には褒美をとらす」と命令した。三軍のうち中軍と下軍は争うように舟に群がり(舟が沈まぬよう先に乗った兵が後から乗り込もうとした兵の指を斬り落としたため)、舟の中に転がっている指は両手で掬うほどになった。舟中の指掬すべし、文章芸術の極限。
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by suikageiju | 2013-05-12 19:54 | 福岡 | Trackback | Comments(0)