サークル閉鎖。
by 鯨
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ポメラDM100のcsv機能を試す
 昨日届いた新型ポメラDM100はcsvファイルを扱えるらしい。このcsvとはComma-Separated Valuesの略、住所録など表のデータをカンマで区切ることで、excelなどの表計算ソフト以外のメモ帳などのソフトでも表を開いたり編集したりできるようにしたファイル形式だ。ポメラDM100にはせっかくのこの機能がついているので、これを何に使うか考えていたけれどcsvファイル操作と言えば郵便番号データだろうと思い、ポメラDM100に埼玉県の郵便番号データをぶちこんでみることにした。鯨が人生で最初にcsvファイルをいじらされたのが郵便番号データだったからで、埼玉県にしたのは単にその県が最初に目についたからだ。PCにダウンロードした埼玉県の郵便番号データは2928行にも及んだ。

 郵便番号データダウンロード -日本郵便

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 なんだかワクワクしてきた。もしポメラDM100に一都一道二府四十三県の郵便番号データをぶちこんでポメラさえあればいつでもそれを参照できるようになったら……。あまり意味はないけれど、それはきっとすごいことなんだろう。さっそくデータをポメラDM100に移動させ、開いてみた。だが
「規定の行数を超えているので、ファイルを開けません」
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というエラーメッセージが出た。そこで調べて見るとポメラのcsvファイルは縦は1000行まで、横はA-Zの26列まで、つまり全部で26000セルしか扱えないらしい。日本全国の郵便番号データをポメラで持ち運ぶ鯨の夢はこうして打ち砕かれた。多寡が埼玉県の郵便番号データも開くことができないなんて非力すぎる。
 でもこれで引き下がったのでは悔しいのでデータ数を減らしてポメラDM100にぶちこんでみた。
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 悪くはない。何の意味もないけれど悪くはない。

 埼玉県一部地域の郵便番号をポメラの画面で眺めてニヤニヤ笑みを浮かべてから数分後のことである、NHKのニュース番組を観ていたら、東京電力福島第一原子力発電所の吉田所長が入院加療することになり、福島第一原発の所長が交代になったことを知った。そのニュースを受けて鯨は、ポメラDM100に本日(11月28日)の東京電力管内における電力の使用状況データをぶちこんでみることにした。要領は埼玉県のときと同じである。
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 ポメラDM100は新型機とは言えどセルの横幅を変えることができないので、セルの字数が多いと右端が隠れてしまうのが弱点。だが、なんとか鯨は今日の電力の使用状況データをポメラとともに持ち運ぶことができたわけだ。
 「だから何だ? 」とここまで読んだ“ポメラを持たざりし人”は問うのかもしれない。だがポメラを持っている人はこう応えるだろう、「ポメラとは聖杯である、ポメラとは宗教である、ポメラで何かをすること、それ自体がこのポメラ教の宗教儀式なのである」と。ポメラで何かをしたいからポメラを持つ者を少なくとも鯨は想定していない。ポメラを持ちたいから人はポメラを買うのだと鯨は考えている。なぜなら鯨自身がそうであったからだ。ポメラを持つこと、それは信仰心を強固にすることだ。そしてポメラを使っていくことは自身の信仰を試すことでもある。鯨は今回のcsv機能の探索活動でまたひとつの宗教的段階を踏んだのかも知れない。
 さて、またポメラでのcsvファイルの活用法について考える日々がはじまりそうだ。
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by suikageiju | 2011-11-28 21:05 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
ポメラDM100購入に至った理由と使ってみての感想
 27日午後2時半ごろ、11月25日にキングジム社から新発売になったポメラDM100が届いた。今年8月7日に鯨がDM20を購入してから4ヶ月もたっていない。その間、DM20で幾つかの随筆と第十三回文学フリマ新刊『ガリア女』を執筆した。世界文学史にささやかな痕跡を遺した道具ポメラDM20は、彼を引き続き星のように輝かせてくれる書き手を3時間も待ち望んでいたが、午後5時半ごろ、白昼社泉由良氏に引き取られることが決まった。近日中に大阪へ送られるだろう。彼のささやかな第二の人生に、少しでも光が届きますように。
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 さて、なぜ鯨がそんな性急に上位機種を欲しがったかというと、DM100には後光機能がついており、おまけに縦書きもできるようになった、この2つの理由がある。前者は夜、電灯を消した状態でも書くには必須の機能であり、後者はとある尊敬すべき文芸同人作家に「縦書きができないなら(ポメラ)いらない」と言われたので鯨も気になっていた機能だった。だからこの2つの機能を兼ね備えていたDM100の存在を知ってから、一秒たりとも待つことなんてできなかった。

 ここからは新型ポメラで今までに気づいたことについて綴っていく。まず鍵盤だが、鍵の間隔がDM20よりも広くなったので、指先の置き損ねによる打ち間違いの機会が減ったように感じられる。ただ鍵の造りがしっかりとしたのでDM20を打った時のような軟らかさが失われた。しかし鍵の硬さを気にしていたのも最初の10分くらいで、支持脚もしっかりしている安定感が加わり、すぐにこの打鍵感に慣れてしまった。むしろDM20よりも打ちやすいかもしれない。鯨はよくベッドのなかで寝ながら執筆するのだが、実際に寝ながら書いてみたらDM20よりも揺れずに書きやすかった。この点でもポイントが高い。
 次に後光機能だけれど、実際に暗闇のなかでも作業ができた。明かりがチラチラして気になるという人がもしいるとすれば光度を微調整すればいいと思う。これくらいの後光があるならば、充分な照明機器のない野宿中でも執筆できる。また、辞書検索もできるようになった。Shiftを押しながら左右の矢印を押して語句を選択し、画面の右側に付けられたボタンを押して語句の意味を調べることができる。あまり使う機会はないと思うけれど、あって悪い機能ではない。
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 鯨はandroidのスマートフォンを使っていて、140文字以内の文章であればQRコードを使ってtwitterに投稿できる。ただ鯨はbluetoothなるものが何であるかをよく理解していないのでファイル転送には失敗した。またiOS搭載機は持っていないので情報端末機の鍵盤利用は試せなかった。SDカードがあるのでそういった目に見えない連携に頼るよりも、挿入したり外したりで情報を移動させればいいだろう。
 縦書きに設定できるのは画期的だと思う。ただ原稿用紙ではないので半角文字を使えばもちろんズレるし、句読点が最後の列に来たときの改行もwordなどのようにはいかない。だから縦書き機能に執着し、行数や文字数を設定してポメラで書いたままで実際の本の組み方にしようとするとズレが生じる。最終的な推敲はやはりパソコンのワープロソフトでやった方がいい。だから縦書きで流して書いてみる、という目的でポメラを使うやり方が最適だ。
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 あと文芸同人作家が使うにはポメラDM100は最適か、という視点。まだ新機種で長文を書いていないので、長文を書いたときの疲れ具合などをDM20と比較することはできない。自宅や喫茶店での執筆のためにはDM20でも何ら問題はないと思う。むしろそちらの方が費用対効果が高い。ただ野宿中に書いたり、長距離鈍行列車旅行の最中で書いたり、といった執筆様式を持っている、あるいは予定している文芸同人作家であればDM100を買った方がいいと思う。電池の持ちも単4電池から単3電池に変わってよくなっているようだ。
 気になるのは上書き保存にDM20よりも少々だが時間がかかるところかな。あと2画面表示は執筆には使えない。表示できる範囲がせますぎる。どこかでサッと書いた創作メモを参照にする程度でなら使えるかもしれないけれど、筋を確認しながら執筆するためには2画面表示は使えない。期待しない方が良い。それと、csv表は何に使うか今でも迷っている。同人誌即売会での頒布数集計にでも使うかな。
 ポメラDM100については以上のように、文芸同人作家個々人の執筆哲学によって利便性が異なるという曖昧なことしか鯨は書けない。ただひとつ確実に言えることは、ポメラDM100の文芸同人界隈に対しての真価は、鯨がこれから執筆していく第十四回文学フリマ新刊の出来映えによって問われるということ、それだけだ。

【ポメラDM100で書かれた本】

受取拒絶

牟礼 鯨 / 密林社



【ポメラDM100で書かれた電子書籍】

オルカ

牟礼 鯨 / 密林社

最後の女オルカ、彼女を守るは三百の去勢旅団、性交を望むは三億の残存人類

南武枝線

牟礼鯨 / 西瓜鯨油社

痴漢から始まる恋もある。

ガリア女

牟礼鯨 / 西瓜鯨油社

ミソジニー短篇集

浄められた花嫁の告白

牟礼鯨 / 西瓜鯨油社

花嫁は告げる、
「初夜の寝床をかつての男たちの血で浄めなさい」

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by suikageiju | 2011-11-27 19:36 | 雑記 | Trackback(1) | Comments(0)
雨の日、テトラポッドで
『雨の日、テトラポッドで』、霜月みつか1103号室
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 異性愛者とか同性愛者とか少女性愛者という言葉は後付けの意味しか持たないと考えている。そういうふうにカテゴライズされているからとそれに見合った性愛行動をとるのではなく、たまたま好きになった人が小学生だったり、偶然にも同性だったりすることで、そう呼ばれるような、相対的な呼称にすぎないのだと。
 大学時代にS藤という男がいた。どこかの温泉街に住む画家の息子で、気取ったハンチング帽をかぶったお洒落な男だった。S藤に比べればミジンコみたいな鯨はS藤とつるんで詩作集団をつくり、講義から講義へと流れながら教室の机にペンで詩を書き残していくという文学的テロ活動を行っていた。ある日、一緒にキャンパスから高田馬場駅まで歩いているとき、S藤はマウスの実験の話をした。
「ケースでオスとメスのマウスを飼っているとする。人口密度が低いうちはみんな異性愛なんだけれど、世代を重ねて個体数が増えて人口密度が高くなって過密状態になると同性愛に耽るマウスや未成熟な幼女マウスを犯すマウスが出てくるんだって。密度が高くなればなるほどそれに比例して同性愛マウスや少女性愛マウスは増えるらしい。これって面白いよね」

 その話にソースがあるのかは知らない。けれどそれ以降、同性愛者は人口過密化を抑制する、生物としての本能によって形成された性癖であると鯨は考えている。自己調節できない異性愛者に代わり、同性愛者が人類の個体数の均衡をある程度保っているのだ。

 誰かは忘れたけれど東京流通センターの会場で「A-10におしゃれにがんばっている女の子がいる。そこに行って、お誕生日おめでとうございますって言ってみな」と言われ、莫迦正直に行ってみることにした。ブースにはやたらとシャイな女の子が座っていて「お誕生日おめでとうございます」と鯨が言うと小さな声で「ありがとうございます」と返してきた。なんかいたたまれなくなって、その子が適当に見繕ってくれた本数冊を吟味せずに「買う」と言い、お金を払ってブースを後にした。後日、その女の子が21世紀日本文学界期待の新星、ジャンクフード・クラッシャーこと「霜月みつか」だと知った。
 さて本作は第三版であるという。結局この雨ポッドを三回読んだけれど、今回は以前の版とはまったく違う内容になっていた。どう違うかは実際に買ってみて読めばいい。これはBLなのかなと思うけれど、すぐに違うと鯨は否定する。小説としての焦点は時雨にも岬にもない。焦点は佐々木由香にあり、岬の母であり、時雨の同僚でもある。最後に言っておこう、これは同性愛の小説ではない。これは「全身の皮膚を剥がれたアイドルの握手会」小説である。
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by suikageiju | 2011-11-13 16:04 | 感想 | Trackback | Comments(0)
ショート*ショート集 ~彼女とわたしの物語~
『ショート*ショート集 ~彼女とわたしの物語~』、珀亞楓StORy×TeLLeR
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 とあるブースの前を通り過ぎようとしたとき、あ、どこかで見知った顔だと思ったら第十二回文学フリマで隣だった珀亞楓さんがちょこんとパイプ椅子に腰掛けていた。そこがStORy×TeLLeRのブースだった。知らない顔ではないので「どうも」と声をかけたとき、珀亞さんの反応を見て「あれ?」と思った。様子がおかしかったのだ。もちろんいつもの珀亞さんの様子なんて知りようがないから、日常との比較ではない。ただ、おかしかったのだ。
 文学フリマでよくブースまわりをされている方はきっとご想像の通りだと思う。ひとりでやっている女性サークルの方に話しかけたときに感じる、特有にして共通のアレ、である。でもそれは単に推測に過ぎない。鯨は「新刊をください」と言ってから珀亞さんがその言葉に反応するまでの時間を自分の右腕の脈拍で計ってみた。それで確信した。推測の通り、珀亞さんは「あっち」の世界に入っていたのだ。
 ひとりでやっている男性サークルの方もよくそうなっている方がいる。でも圧倒的にひとりの女性サークルの方の割合が多い。そういう方を見かけたら、鯨はブースに立ち寄り「ちょっと立ち読みしてもいいですか」と訊ねる。そしてその言葉に反応するまでの時間を右腕の脈拍で計り、「ああ」と確信するという儀式をやっている。その儀式を経てはじめて鯨は、人生の欠落を埋めてくれるような本に出会えるのだ。
 朝の光を漉した清澄さのなかでこの本を読み、鯨は収められた話のなかで巻頭作の「プレゼント」を一番気に入った。それは夢の続きであり、現の終わりであった。鯨の欠落が少しづつ埋まっていくのを感じた。
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by suikageiju | 2011-11-13 08:34 | 感想 | Trackback | Comments(0)
小春日和
 トイレで髄液を垂れ流して死んでいたという。死んだのは僕の友人の健吾で、享年二十七歳だった。健吾は二年前、高校生のときから付き合っていた初美と結婚して三鷹市のマンションで暮らしていた。初美のことはあまり知らない。笑う顔がとてもステキな女の子だったと思う。結婚して二年たったある夜のこと。午後十一時半に、五年間勤務していた証券会社から帰宅した健吾は、初美のいるキッチンに向かって
「ただいま」
と言った。食器を洗っていた初美はその挨拶について何の感慨も抱かなかった。当然と言えば当然だ。それは毎晩の夫の挨拶だったのだから。靴を脱いだ健吾は
「トイレにいく」
と初美に言った。そんな夫の言葉に初美は疑い深くも
「飲んできたの? 」
 と訊いた。それは「遊んで遅く帰ってきたのか」という遠回しの批難だった。
「まさか」
 と健吾は返し、鞄を玄関に置いたままでトイレに入った。それが、健吾が初美に言った最期の言葉になった。

 日付が変わってもトイレから出てこない夫を不審に思った初美は「酔って寝てしまったのかしら」とトイレの扉を開けた。健吾は自らの頭蓋から漏れ出した髄液に、沈むようにして倒れていた。初美は一一九番で救急車を呼んだ。けれど、すでに健吾は二度と「ただいま」の言えない世界へと旅立っていた。病院での検死の結果、アルコールは検出されなかった。臨月を迎えた初美はそれを聞いてはじめて泣いた。
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by suikageiju | 2011-11-12 17:59 | 掌編 | Trackback | Comments(0)
絶対移動中vol.10 妄想×少女 第一弾
『絶対移動中vol.10 妄想×少女』、絶対移動中
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 これは"複数人による文芸誌"を避けるようにして生きてきた鯨がほぼ唯一連続して購入している文芸誌だ。なぜかは明白である。それにしても「絶対移動中」はわからない。笑っていいのか、泣いていいのか、それとも突き放していいのか、抱きしめればいいのか。「絶対移動中」はそういった"理解"を敬遠する。誰にも「わかったふり」なんてさせる隙を与えない。だからこそ「絶対移動中」なのだろう。さて、今回の主題は「妄想×少女」である。少女は何なんだろう。少女は追憶のなかにしか存在しないと彼は言った。

「Lost girls calling」、泉由良
 ウサビッチこと泉由良氏には大阪で会ったことがある。たぶん、それだけだ。この本の冒頭作となったコレ、不自然な会話が一つの魅力となっている。「何ミリグラム、吸っているの?」「二十四ミリ」普通は銘柄を訊くだろう。そして「十七回」はありえない。でもそこが泉由良であり、彼女の文章であり、読者を痙攣させうる魔力を秘めるものだ。鯨は読みながら気持ち悪くなって嘔吐した。

「ケセランパサラン」、霜月みつか
 ケセランパサランはUMAであるという。これを読んだとき、鯨はひたすらユキアツを想像してしまった。彼の姿が読書視界に貼り付いて、離れなかった。――まぁそれはいい。この「ケセランパサラン」において注目したいところ、それは少女描写に「腿から膝裏にかけて絶妙な形をしていた」と「膝裏」を使用しているところだ。これは鯨の自説だが、あらゆる少女性と美とは「膝裏」に集約される。ゆえに「膝裏」描写の巧拙にかかわりなく、この掌編は膝裏を以て完成を見た。たとえそれが男の娘であっても。
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「小さな肩を震わせて」、有村行人
 光が濃密さを増したとき、それは精神の感度が高くなっている証である。岩井俊二の映画のような一コマを思い浮かべながらこの作品を読ませて戴いた。生々しいくらいに果肉をむき出しにした少女を抉るにはただひとつの不協和音だけで充分である。「一筆書きのように弾く」の修辞のすばらしさえあれば鯨はあとはもう何もいらない。

「後輩書記とセンパイ会計、奥座敷の黒ずみに挑む」
、青砥十
 9月に発生した「文化祭事件」によって"大きな世界"を失った生徒会の面々が、被災地・岩手県は金田一温泉へ行き、さまざまな困難を乗り越えながら"大きな世界"を取り戻すハートウォーミング・ストーリー。心もあったまり温泉で身もあったまる小旅行。あなたもふみちゃんを抱きしめられるかも。
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by suikageiju | 2011-11-08 23:41 | 感想 | Trackback | Comments(0)
歩きながら考える vol.6
『歩きながら考える vol.6』、歩きながら考える
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 今回、鯨はジャンルを間違えてノンフィクションで登録してしまった。その誤記がきっかけで隣同士になったのが「歩きながら考える」こと「アルカン」さんである。ambulocetus(歩き鯨)を二つ名に持つ牟礼鯨としては因縁深い名前のサークルさんだ。当日ブースにいらっしゃっていたのは、他人の失敗には容赦ない美女AI女史とどこか憎めないエロ・イケメンのHaTToRi氏。当日はお二方にはたいへんお世話になった。なんでも限りなくプロフェッショナルに近い編集者の方々だと聞いた。
 このアルカンは「旅に出ているときのように新鮮な眼で、あらゆる可能性を探し続ける、そんな雑誌」でありたいと裏表紙に書いてあるように、オシャレな雑誌である。中身もオシャレだ。鯨は比較的、本に興味はなくて「文字が書いてありゃそれでいいんだよ」という派だけれど、そんな鯨を「ふふん」と嘲笑うかのようにオシャレである。いやあ、すごい。鯨も独立国をつくりたい。あと、是非頼めるものなら装丁とかをお願いしたいくらいである。
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by suikageiju | 2011-11-06 20:28 | 感想 | Trackback | Comments(0)
スコシの領分
『スコシの領分』、日野裕太郎、下町飲酒会 駄文支部
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 最近、日野裕太郎氏が女性に見えてきてしょうがない鯨である。日野氏は言わずとしれた創作文芸界屈指のファンタジー書き。毎回、クォリティの高いカバーをつけた文庫本を刊行していて、その律儀な姿勢には感服させられる。今回の『スコシの領分』には「スコシの領分」、「闇憑きのハコベ」、「探求中毒」の三作品が収録されている。いずれも典型的なファンタジーではなく、登場人物の心情に寄り沿った叙情詩の出来。基本的に日野裕太郎文学の登場人物はみな人生に対して真摯に生きているので安心して読める。と思っていたんだけれど、未だに「探求中毒」のラストの呪縛から逃れていない。
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by suikageiju | 2011-11-06 20:13 | 感想 | Trackback | Comments(0)
無題
『無題』、河内寿々+吉田聡、文藝吉田組

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 昔の岩波文庫のような手製本。
 暗い海、光る海
 生命は連続しない限り生命として成立しえないし、連続が断たれたときにその種はこの地球上で生存していた意味を失う。個体ならなおさらだ。だけど、この世界ではたいていの子供が間違えて産まれてくる。そんな世界にあって「産むけど、母親にならない」と決断した女性の話。すごい文章がうまい。

 おれの奢り
 工場とかどうでもいいので死にたガールの話を読みたい。
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by suikageiju | 2011-11-05 14:41 | 感想 | Trackback | Comments(1)
ディティールズ・イン・パッチワーク
『ディティールズ・イン・パッチワーク』、高橋己詩
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 この本がなぜここにあるのかについての記憶はまったくない。
 スマイリング・タイムス
 氷点下ではりつめた一本の糸を断ち切るような掌編。
 オクトーバー・フラミンゴ
 笑ってしまうような話なのだけれど、笑えない。人間が持つ記憶領域のうち、もっともくすぐったい領域をくすぐられたような作品。テレビに映されたフラミングの群にかつてのクラスメイトを見つけた男の追想。無理矢理感が高いけれど、その諦念が愛おしかったりもする。
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by suikageiju | 2011-11-05 13:12 | 感想 | Trackback | Comments(0)