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文芸同人誌の再読性
 佐藤こおりさん(現・佐藤こおり.txtさん)が電子書籍の価格について言及する過程で弊社同人誌(たぶん『物語群』)に言及していた。


お礼とかは期待していないと思うので特にそういうことは書かないけれど「NON MULTA SED MULTUM」を社是として掲げている西瓜鯨油社としては「読んだ上でこの人の文章なら何度でも読める確信」を抱いてくれたのは嬉しい。けれど、ここで思うのはこの再読性(re-readability)は本や物語そのものではなく、それを読んだ人に起因するのかもしれないということ。もちろん物語が読んだ人に再読を促すことはあるだろう。でも、それ以上に本や物語を読んだ人自身が自らに再読を促すような気がする。なぜなら本や物語はただの文章の連続に過ぎず、そのなかから再読すべき価値のある言葉を見いだすのは読んだ人自身だからだ。
 西瓜鯨油社の本は西瓜鯨油社宣言にあるように「無価値な個人の表現手段に貶められた物語」とは対極に位置させるために製作された。もちろん司書による偏りは否定し得ないけれど、極力個人の表現からは遠ざかるように、なるべく没個性に近づくように書かれている。そのように個人の思想や哲学とはより遠ざけられた座標に存在する誰にも属さない物語にこそ再読性が宿るという確信が鯨にはある。その確信星の下、砂漠に埋もれ誰にも属さず、そして誰にとっても自分の物語たり得る物語「公共の女」に西瓜鯨油社以外でも会いたい、文学フリマで。
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by suikageiju | 2012-08-27 21:18 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
潜勢の文学であるということ
 先の猫鯨座談会で鯨と山本清風氏は承認欲求にからめて、特に女性同人文芸作家に向けてのメッセージとして
女性であるというジェンダーをぷんぷん匂わせながら「女性だから特別なんだよ」という子宮病をちらつかせるのではなく更にその上に技量を積んで何かを語れ

という内容を話した。その際に両者から同人文芸作家渋澤怜女史の名前が例示された。以下はその座談会とはまったく関係なくつぶやかれた女史のtweetである。



 鯨は女史の『バンドマンとは付き合うな』等を読んだことがある。性交表現のあることがエロさの充分条件ではないという前提で読むならば、特にエロさはなかった。そして「女」という面もさほど強調されてはいなかった。ただ語り口のみで鯨は彼女の技量を評価した。まずここでまとめ、渋澤怜女史は「女」としての武器は持っておらず、確かに書く技量がある。なので同人女性作家諸君は「それだけで同じ年の男の子より良いもの書けちゃう」という安易な言葉に惑わされたり安心しちゃったりして過去の女性作家に続いて駄作死屍累々とはせずに、ちゃんと技量を積んで作品を仕上げよう。そうやって文学フリマ並びに創作文芸界全体の底上げを図っていこう。
 「私は○○で特別なんだから」と仕上げられただけで技量を伴わない作品には、いつだってひどい目にあって来た。○○に入る言葉が何であれ「私は特別なんだから」なんて自負はいらない。ましてや「女」という世界の過半を占める性であっては特別さも無い。「二十代の女の子」がどんなに肉感的であったとしても、また、その作品を褒めることが性的蹂躙の達成に繋がったとしても、ただそれだけでは特別たりえない。普通でも全然構わない。○○症候群だとか○○人格障害だとか○○病だとか○○被害者だとか、自分を特別な弱者に仕立て上げるための理由や肩書きを探している暇があったら、この世界のどんな些細な事象でもいいからスケッチするようにして書く練習を積んで欲しい。自分を弱者に仕立てあげて、誰からも文句の言われない、自分を守ってくれる堅固な城塞なんて築かなくたっていい。ただ書く技量さえあればその力によって君は守られるのだから。そしてその書く技量で以て自分のアイデンティティを確立しろ。

 話は変わる。以前に女史と対談した際、霜月みつか嬢離席後に「普通さから逃れるためにもがくことでその普通さがかえって増幅されて凡庸への道を辿っているのではないか」と女史に言ったことがある。そのときは鯨も病み上がりで意識が朦朧としていて話の焦点を絞られず、しかもうまくそのことを説明できなかったので、女史からぴしゃりと「さっきから鯨の言っていることはひとつもわからない」と言われてしまった。もし改めるとしたら「普通さから逃れたことの卒業証書みたいな作品そのものではなく、無理をして普通さから逃れようと藻掻く渋澤怜という在り方こそが文学的である」、そのようなことを当時の鯨は言いたかったのだろう。
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by suikageiju | 2012-08-26 00:33 | 自己愛な人 | Trackback | Comments(0)
エウゲーノ・ミハルスキイ
西瓜鯨油社における同人誌という発想の起源は提唱者Ludoviko Lazaro Zamenhofが自費出版した国際補助語エスペラントの本、『第一の書』(la unua libro)にある。今日、成城のキヌタ文庫さんでエウゲーノ・ミハルスキイの詩集『序章』(PROLOGO)を購入した。国民性無き全世界協会(SAT, Sennacieca Asocio Tutmonda)の出版協同組合部門(ライプツィヒ)が1929年にパリのエペランティスト印刷センターで印刷した小冊子であり12篇の詩作が収録されている。店主の話によれば近隣に住む仏蘭西文学者が元の持ち主だという。その他2名のエスペランティストが生活費を得るために語学書などを売りにキヌタ文庫に来たとのこと。最近のエスペラント界について二、三会話をして店を出た。
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エウゲーノ・ミハルスキイ Eŭgeno MIĤALSKI は1897年西ウクライナの都市Letiĉev生まれの労働者エスペラント運動家・詩人で1911年にエスペラント学習を開始し1917年からサラトフ市での雑誌「Libera Torento」上で詩作を発表するようになる。その後も詩を発表し続け、教員図書館で司書として勤務する傍ら国民性無き全世界協会に加入してエスペラント雑誌製作に携わった。1934年には、ドイツでLudwig Rennらが立ち上げナチス・ドイツのために頓挫した革命的エスペラント作家国際協会(IAREV, Internacia Asocio de Revoluciaj Esperantaj Verkistoj)の活動をHonoreo Burginjonoらともに継承する。そのため1937年3月に反革命的・トロキズム的活動を行ったとしてソ連内務人民委員部に逮捕されその年の10月に処刑された。
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 この本は詩人エウゲーノ20代青年期の詩を集めた本であり、まだ政治的要請に詩が汚されていないころの詩集である。もちろん全文活版印刷であり、詩の題名の装飾体が美しい。言語と文学とのその生命を捧げたpaca batalantoとしてその名を後世に引き継ぎたい。

Eŭgeno Miĥalski -vikipedio

EŬGENO MIĤALSKI - Novaj informoj
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by suikageiju | 2012-08-20 23:04 | 感想 | Trackback | Comments(0)
コルキータ
少年憧憬社の栗山真太朗氏から『コルキータ』の書評をいただいた。2009年の12月に初版を出してから早2年と9ヶ月、版を三つ重ねてもなお反応文を頂けるとは僥倖である。以下そのなかの「蛇足な考察」が気になったので抜粋する。
 この物語が現実世界を基にしたものであれば、舞台となる帝国はその固有名詞こそ欧風な名称だが、実はタイなどの東南アジアで、コルキータというキャラクターは中国や台湾系の民族だったのではないかと考えればしっくりくる気がする。根拠は文中にあらわされたおそらくは亜熱帯の気候と、帝国内の女性に比べコルキータが色白だとの描写から。語られていない生後15歳までの歳月に生まれながらにして異邦人であるコルキータは孤独感を募らせ、帝国内でのリテラシーを得ることを忌避し、 ドライな感情体系を育てたのではないだろうか。また、この本の初版、表紙には(おそらくは)日本の女子高生を被写体に選んだとのこと。これはコルキータ=極東アジア人という作者の含みもあったのではないのだろうか?

 もちろんこれは、傾国の美女といえば呂雉、妲己というステレオタイプな僕の偏見から 派生したものなので、はなはだ信憑性に欠けるかもしれない。だがそう考えされるというのはそれだけ魅力的なものだと思うのでこの文章でちょっとでも興味湧いたひとは読んで欲しいっす。ちなみに僕は下北沢の古書ビビビで買いましたよー(DISK UNIONの隣!)。コルキータ@西瓜鯨油社感想。

 読んだ人がそのように感じたということは、鯨が書いた文に鯨の知らないそのような含意があったということなんだよね。感想文とか書評をこうやって鯨が取り上げるのは、自分の意志や思いとはまったく関係ないところにある自分の文章作品の自分も知らないような意味を教えてくれるから。感謝の意をこめて。
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by suikageiju | 2012-08-19 21:10 | 弊社発行物 | Trackback | Comments(0)
猫鯨座談会
 文学結社猫の山本清風氏と鯨による猫鯨座談会(la simpozio Kato kaj Baleno)が夏コミの終わった8月12日午後4時より下北沢で開催された。会場は本多劇場から井の頭線高架下をくぐって十字路を直進し右に湾曲しながら商店街と合流する手前の右手にあるGOPALである。この会の発端は「猫鯨座談会の発端」に書いてあるとして、この座談会は「みゃお・げい」と読む。
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 たとえばイジメなどでもそうだけれど人間相互の関係において、お互いの意志を確認すること、自分が勝手に誤解釈を加えていないかどうか確認することは肝要である。「これはイジメなんですかね? 」そう確認して返事をもらうことで「これはイジメだよ」(ああ、よかった、やっぱりイジメだった)、「え、イジメじゃないよ、なんでそんなこと言うの」(ああ、またやっちゃた。ごめんなさいっ!)と一歩先に進める。それ抜きで「はい、私、イジメられました!」と耳に腕をあてて挙手しても何も先に進まない、「へぇ、そうなんだ」でおしまいだ。今回のお詫びメールは清風氏のそんな前に一歩進もうとする在り方が行動を伴った結果である。鯨はその在り方を支持する。人間関係はメール上、ウェブ上での電子情報のやりとりだけではなんとも定められない。実際に会って、皮膚と皮膚とを交え、その体温を感じ、体液を啜りあって、はじめて何かの決定を下すべきだよ。さあ、メール上、ウェブ上だけで何か決定を下している人、こっちこっち。
 鯨より四歳年上の清風氏は北海道は帯広市の出身である。鯨はかつて北海道の札幌市に居住していたことがあり、北海道の住居というか街並みそのものに寂寥感を得ていた。それはどうやら氏も同意見のようで、単なる異邦人の感想だけではなく居住者の視点でも北海道のサイコロ型の家が建ち並ぶ街は暗く、切なく、もの悲しげであるようだ。そして天候も荒涼としている。こうして「上京して働いている道東出身のチビ」問題は北海道人の引っ込み思案な島国気質へと焦点が移っていった。また、驚いてはおらず想像の範囲内だったけれど、山本清風氏はかつてバンドをやっており、ベーシストであった。果たしてベーシストが過去形で語りうる生き様かどうかは寡聞にして知らない。少年憧憬社の栗山真太朗さんもバンドでドラムをやっておって、そういう音楽のような女陰にほど近い瞬発芸の持ち主には鯨特有の僻み根性を前面に押しだして立ち向かう嫌いがあり、今回もネチネチと氏の音楽経歴について掘り下げていった。音楽家にとっても自己完結でき自家撞着できる文学は人気でありそんな二足の草鞋を履ける人を羨ましくも妬ましく思う。

 コップが乾くとスズナリの近くの古書ビビビで『コルキータ』を清風氏に買わせて、スズナリより小田急の踏切寄りにある四文屋なん八で二次会をはじめる。そこで話題になったのは他人の承認欲求を満たす方法というか他人の承認欲求を叩き潰す方法についてである。氏はかつてとある女性の承認欲求を満たせず怒らしてしまったトラウマがあり、人間の承認欲求を叩き潰してその人間の本質を探ることをひとつの文学的課題としている鯨とそのややこしくも興味深い対人関係の問題について話した。ほろ酔いだったけれど、何を話したかよく覚えていない。単に注目の的になるだけじゃダメで自分が要求するような形で衆目を集めないと満足できない人のややこしさ、障害とか病名とかを自分の肩書きとして相手に特別に扱って欲しいと承認を求めるのはやめて自分の言葉で自分の肩書きをつくれ、女性であるというジェンダーをぷんぷん匂わせながら「女性だから特別なんだよ」という子宮病をちらつかせるのではなく更にその上に技量を積んで何かを語れ、太宰治フアンの基盤がなくしかも方向性を誤ってしまった堕落志向、といったことを話したと思う。成熟しつつある文学フリマに参加する女の子が段々とでいいからその成熟と反比例して可愛くなるといいね、という結論だった。


 串をあらかた食べ尽くすと下北沢駅南口の坂を代沢三差路の方へおりてミスタードーナッツ前で右折したところにある草葉繁る不思議小径で男子女子入り交じった高校生集団をからかいからかわれた後、昭和の匂いのする閉店間際のロクサンでピザを一枚食べて解散した。エロとユーモア、去りゆく清風氏の小さな背中にはそう書かれていた。
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by suikageiju | 2012-08-13 07:08 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
コミックマーケット82戦利品
孤独な営為として西瓜鯨油社はこの2012年夏コミにはサークル参加していなかったけれど10時20分から炎天下、行列に並んでコミケに一般入場した。そして脇目もふらず最初に西ホールの閑散とした創作文芸島を訪れた。そんな自分を自分で褒めてあげたい。以下はC82の戦利品である。
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『夏がいき、風ばかり熱い』、日野裕太郎、下町飲酒会駄文支部
 猫リリエンスを犯したい。

『トラウマ・サーカス』、浅葱つくみ
 男性が書く少女視点の作品って女性からすれば「ちゃうねん」と言われるんだろうけれど、その差異こそが作品の意義なんだよね。

『恋の果実』、流浪の民
 小説合同誌。バレー選手かと思ったらプロの作家さんだった。

『Polyphony』(第三号)、上智大学「紀尾井文学会」OB会
 前に紀尾井文学会さんの本を購入した気がする。

『絶対移動中』(第一号)、絶対移動中
 あの絶対移動中の創刊号。伊藤鳥子作品が初々しい。

『ジョソウダンシ!!』、絶対移動中1103号室。
 なんで主人公の名前同じなの? 絶対前もって打ち合わせしてなくて偶然の一致でしょ。そういうのってすぐわかっちゃうんだよ。

『たわまが』(vol.1)、たわまが
 戯曲を訓読みして戯曲(たわまが)。Tower Magazineっぽい名前さん。

以上


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by suikageiju | 2012-08-12 23:59 | コミケ | Trackback | Comments(0)
猫鯨座談会の発端
 知らないところで、他人が鯨について怒っていたり、悲しんでいたりすることがある。一人で悶々としているなら鯨と膝を突き合わせて話せばいいのにと願うけれど、たいていそうはならない。怒りや悲しみを燃料にして彼ら/彼女らはどこか鯨とは関係ない海に出かけて溺死するか漂着するかする。陸にあがったのであれば助けてくれた人がこう問う「どうしました?」それに嬉々として漂着者は答えるのである「鯨にやられました」。そうやって反鯨の火が燃え広がる。
 8月2日、Gmailに山本清風さんから「件名:お詫びさせてください」というメールが投げ込まれていた。何があったのだろう? と開いてみると「まず心より非礼をお詫びいたします。私は鯨さんを不快にさせてしまったと思っており、優れた書き手である鯨さんに嫌われたくないと思っていて、まだ間にあえばという思いから、弁解の筆を執らせていただきました。どうか暫しおつきあいいただければ幸甚に存じます」といった書き出しで「Twitterに於ける鯨さんの発言から」気づいたという「『感想をいただいておいて、私はまだ感想を送っていない』という非礼」について詫びが綴られている。まず西瓜鯨油社ブログ内を検索し、『そして太陽は燦々と照っていて』の感想記事があることを確認する。そして、いったい彼に何があったのだろうと首を傾げる。清風氏のことだから、単に感想を送りたいための手の込んだ工作という線も捨てきれなかったけれど、一応該当するtweetをtwilogで探した。

非礼という言葉の共通項でこんなtweetを引っ張り出したがどうもしっくり来ない。それで面倒になり、今まで多くの人が鯨とは関係なく鯨に対して怒ったり悲しんだりしていたんだから理由なんてどうでもいいだろうと思い返し、とりあえずその感想を送ってくれとメールをしたら、『物語群』の83篇中22篇の一行感想が書かれた「感想.txt」がメール添付されてきた。もうこれは一緒に飲むしかないなと氏を誘うと場所は下北沢でいいとの返事。すでに鯨は3人と対談をしている。そのうち2人は突然先方が発狂して対談記事が非公開に追い込まれた。残る1人は女性であり、婚姻を発表したその日に記事が彼女の「公共の女」性を証明することを理由に花婿に殺害されるのではと怖れて鯨自身で非公開とした。その対談を夢判断までしてくれた山本清風氏としようというのである。まぁ相手は鯨より4歳年上の三十路男だから、たいていのことなら大丈夫だろうとすでに反証のある根拠を抱えて下北沢である。その対談の名は文学結社猫と西瓜鯨油社よりとって、猫鯨座談会。
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by suikageiju | 2012-08-12 16:00 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
関西コミティア41申込完了
 2012年10月14日(日)、大阪はOMMビル(大阪マーチャンダイズ・マート) 2階A・B・Cホールで開催される関西コミティア41に西瓜鯨油社は参加を申し込んだ。前回の関西コミティア参加は関西コミティア37であり、それから2年ぶりの参加となる。前回の参加で『コルキータ』と『奇貨おくべからず』とレビューを2つも戴いていて、早くもう一回参加したいと思っていたら2年がたっていた。
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 今回は福岡ポエイチ新刊の『flugas filozof'』(賢者は飛ぶ)を本州初上陸させる予定。あとは『物語群』でも持っていこうかと考えている。『コルキータ』はもう持って行ける本がない。
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 それと福岡ポエイチでお会いした雁林院溟齋さんから『flugas filozof'』についてのtweetをもらったのでこの場で紹介させていただく。


 それと『物語群』について。

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by suikageiju | 2012-08-07 21:00 | 大阪 | Trackback | Comments(0)
第十五回文学フリマ申込完了
 11月18日11時から17時、東京流通センター第二展示場で開催されるだろう第十五回文学フリマに西瓜鯨油社は参加を申し込んだ。今回からジャンルは、カテゴリーを「規定の項目(【大分類|小分類】)」から選択する形式になった。小分類については以下のように悩んだけれど結局「小説|純文学」としかならないだろうと決めた。次回から「小説|幻想純文学・掌篇・短篇」という小分類があったらいい。カテゴリーやジャンルではなく「何を書くべきか」によって文学活動をしているサークルにとって、今回の申込手続きは戸惑いなしでは済ませられなかっただろう。
小説|純文学 ◎
小説|エンタメ・大衆小説
小説|SF
小説|ミステリー
小説|ファンタジー・幻想文学 ◎
小説|ホラー・怪奇
小説|ライトノベル
小説|児童文学・絵本
小説|恋愛
小説|青春・学園
小説|百合
小説|BL
小説|歴史・古典
小説|短編・掌編・ショートショート ○
小説|アンソロジー
小説|海外文学・翻訳 △
小説|戯曲・シナリオ
小説|その他
詩歌|現代詩・散文詩
詩歌|俳句・短歌・川柳
詩歌|定型詩(俳句/短歌を除く)
詩歌|朗読・歌唱
詩歌|イラスト・写真
詩歌|批評・研究
詩歌|その他
ノンフィクション|エッセイ・随筆
ノンフィクション|ルポ・ドキュメンタリー
ノンフィクション|旅行記
ノンフィクション|インタビュー
ノンフィクション|雑誌
ノンフィクション|写真・映像
ノンフィクション|その他
評論|文芸批評(作家論・作品研究含む)
評論|文化研究
評論|現代思想・哲学
評論|社会批評(時事問題、政治、考現学含む)
評論|SF
評論|ミステリー
評論|ファンタジー・幻想文学・怪奇文学
評論|アニメ・マンガ・ゲーム
評論|ライトノベル
評論|サブカルチャー
評論|ジェンダー(BL・百合含む)
評論|インターネット(Twitter、ブログ、SNS含む)
評論|メディア(出版・印刷・電子書籍含む)
評論|アイドル・芸能
評論|映画
評論|音楽
評論|美術
評論|建築
評論|その他


 新刊は『南武枝線』と仮決定した。南武枝線の天空率を基盤としひとつの物語を基軸とした小説群の形式になると考えている。
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by suikageiju | 2012-08-07 20:27 | 文学フリマ | Trackback | Comments(0)