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コミックマーケット83戦利品
昨日12月29日は冬コミことC83の1日目ということで西瓜鯨油社は創作文芸嶋の片隅でひっそり頒布活動を行った。いつもの創作文芸関係の方や吉田さん、くちさんやまひえもんさんなど「Twitterで見てます」という方も冬コミに遊びに来ていて、親にも見せたことのない鯨の恥部を知る方々と東京ビッグサイトで直にお会いできるというのはなんともむず痒いものである。むず痒いと云えば伊織さんから預かった付け髭をずっと鼻に装着していたので自分の洟の臭さに失神しそうになったし、繊維が落ちてくるので唾で濡れて唇にはりつくのが鬱陶しかった。付け髭は短時間の一発芸用に作られているようだ。伊織さんと云えばパセリさんがしょうがキャンディーを配って歩いていたので文学フリマ非公式ガイドブックを押しつけたから、またdisってくれると思う。ブース写真は下の通りである。
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今回、冬コミに参加した目的の筆頭に2013年4月の新刊告知という事項があった。第十六回文学フリマin大阪になるか超文学フリマになるかは分からないけれど『オルカ』(仮)を出す予定である。

【戦利品】
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・『生命の染み』、影井公彦
 この方とも長い付き合いだなあ #掌篇 #かぶりもの

・『でもほら繁殖するしかないの』、日野裕太郎、下町飲酒会駄文支部
 売子さんがいた。 #ヒと #ファンタジー #電子書籍 #kindlejp #キンドル

・『ホテル惺明館のお客様』、真乃晴花、Natural maker
 佐藤さんは幼児体型が好きなのかどうかで盛り上がった。#耽美 #良識の腐 #なちゅらめか

・『後輩書記とセンパイ会計、不浄の美脚に挑む』、青砥十、眠る犬小屋
 ご近所で知り合いの犬吠埼さんが頒布していたので購入。 #妖怪 #学園 #青春

・『ヤンコメ!』、漢字中央警備システム
 ヤンデレには定評のある漢中警Sさんの本。前にでっかい本を買ったけれどそれとは別物らしい。 #ヤンデレ #アンソロジー

・『竜たちの9月』、麻宮、牧師館の雨傘
 このサークルさん好きなんだよな。 #ファンタジー #童話

・『青年バベル』、木嶋章夫、ストカスト
 買ったら15年前のエヴァのマンガ同人誌をくれた。しかもエロ。 #エヴァ #エロ

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 帰路に見た夕陽。どうやら我々は文学という刑に処せられているようだ。
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by suikageiju | 2012-12-30 11:28 | コミケ | Trackback | Comments(0)
Kindle Paperwhite、紙製書籍から電子書籍へ
 明日のコミックマーケット83では新刊も無いしみんな帰郷しちゃったし多分暇だろうなと思っていたら2013年1月6日に届くはずだったKindle Paperwhiteが自宅に届いていた。「在庫あり」となっているし多分増産したのだろう。これは冬コミの良い暇つぶしになる。さっそく起動して日本語に設定、時刻を9時間進めてTwitterアカウントを設定し、何冊か電子書籍をAmazon kindleストアで購入してみた。
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電子書籍と対照をなしている言葉は今のところ紙製書籍であろう。書籍の「書」は「ふで」を意味し「籍」の部首は竹冠である。「書籍」そのものは紙製であることを示さない。ゆえに電子書籍が普及し始めた今では従来の書籍を紙製書籍と呼ぶのである。我々21世紀人が電子書籍と言いはじめるときウルクの書記官やエジプトの神権政治、そしてペルガモン王エウメネス2世や蔡倫について思わざるをえない。あるいは人類における書記の歴史を。
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上はホーム画面である。E-inkは想像していたよりも落ち着きがある。頁をめくる度に文字が白抜きになったりするのが昭和の味わいで好ましい。
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上はFactotum, Charles Bukowskiの冒頭部分である。新品で買うと1575円もする洋書も電子書籍なら824円で購入することもできる。意味が分からない単語は長押しすると『プログレッシブ英和中辞典(4版)』を引いてくれるので英語の勉強にもなる。受験生の長文読解にもお勧めだ。
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上は拙著『コルキータ』の冒頭部分である。紙製書籍と比較して読むときに少し目の周囲の筋肉が力むのを感じてしまうのは、まだ鯨の肉体が電子書籍に慣れていないからだろうか。慣れてくれば諸賢のようにすらすらと違和感なく読めるようになるかもしれない。

電子書籍で読むのは小説ばかりではない、中には漫画だけ読む人もいるらしい。使い方はこれから開拓していきたい。なんでも電子書籍の一文を蛍光ペンで塗ったようにハイライトできる他、その一文をTwitterなどで共有(シェア)できるようだ。
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紙製書籍を片手に開きながらポチポチとキーを叩いて文を引用する時代はもう終りを告げようとしている。これで鯨も書籍史の奔流に飲み込まれたということになる。それは電子書籍を読みこなしていくことを意味し、同時に肉体の変容をも意味する。
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by suikageiju | 2012-12-28 22:53 | kindle | Trackback | Comments(0)
コミックマーケット83
「黒子のバスケ」の問題で大荒れになりそうな今年の冬コミことコミックマーケット83に西瓜鯨油社は参加することになった。会場は東京ビッグサイトの東3ホールである。前回のコミケ参加は2年前のコミックマーケット79であった。なぜ弊社がこの2年間申し込まなかったのかというと「やる気がなかったから」で、そして今回申し込んだのは「たぶん第十五回文学フリマで新刊の『南武枝線』と『コルキータ』が大量に余るだろうから今年のうちに少しでも減らしておこう」という腹積もりからであった。もちろん部数は余ったんだけれど、1月にはタトホン、3月には本の杜3があることを踏まえると「別に冬コミに出なくても良かったんじゃなかったのか」という思いも湧いてきて今では後悔している。ただ「黒子のバスケ」の件もあり、冬コミに参加できて本を頒布できるだけでもありがたいことなんだと思い直している。

【配置場所】
 1日目東Q36b
 ここって風で寒いところなのではないのかと危惧している。

【頒布物】
・『南武枝線』 (82頁)、牟礼鯨
 痴漢で出会った嘘つきとサイコパス。嘘つきの始めた「新日程」が南武支線を怪異させる。記憶を喪う鉄道幻想譚。頒布後の反応はこんな感じでした。
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・『flugas filozf'』(賢者は飛ぶ、128頁)、牟礼鯨
 9篇の卑猥短篇集。そのうち7篇は『ガリア女』収録作のため地方同人誌即売会限定版だったが、もういいだろうということで冬コミにて東京解禁。
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・『コルキータ』 新装第四版(174頁)、牟礼鯨
 「コルキータを買った男は四十日で死んだ」16歳の少女はみな破瓜祭で破瓜される世界。 破瓜祭以前に男を知った罪によって子宮を奪われた美少女娼婦コルキータは死の呪いを身にまとっている。この少女と出会い、恋の感染症のために狂気へと追いやられる青年ダオ。やがてダオの求愛行動は殖民地戦争という歴史のうねりにまきこまれ壮大な叙事詩となる。真実の愛さえあれば死の呪いから逃れられると信じたダオの運命は? 官能的言語で綴られた「娼婦幻想譚」新装第四版。
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・『文学フリマ非公式ガイドブック』第二版(64頁)、委託
 第一版を第十四回文学フリマで146部売り上げ、この総入替された第二版は第十五回文学フリマで157部売り上げた非公式ガイドブックをコミケでも頒布。どこよりも真剣におもしろい創作文芸誌を選出した指南書。
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【備考】
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・質問などがございましたらコメントや「murekujira◎gmail.com」(◎→@)まで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるので頻繁にトイレに行きます。不在の場合は立ち読みして待っていて下さい。
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by suikageiju | 2012-12-17 07:27 | コミケ | Trackback | Comments(0)
Kindleストアでランキング操作してみた。
 全然話題にならないAmazon Kindleだけれど、TwitterのTLに「自分で一万冊買えばKindleランキング上位になれるんじゃない?」みたいな文言が流れてきたので、世間じゃほとんど注目されていないKindleなのにそんなに張り切ってどうするんだい? と思いつつGoogle検索していたらKindleストアのランキング操作は可能か? | fladdictという記事を見つけた。でも実証記事ではなく、憶測記事である。なら鯨が試してみようと考えた。検証するのは以下の2点である。
・単アカウントで同じ本を複数冊購入できるのか?
・単アカウントで同じ本を複数冊購入できたとして、その結果がランキングに反映されるのか?

 何を隠そう鯨はKindleを所持していない。なのでAndroid携帯端末にkindleアプリを無料ダウンロードして、ランキング操作のための準備を整えた。ちなみに今までどうやってKindleストアから電子書籍を買えばいいのか分からなかったんだけれど、試してみたらクレジットカードの番号をAmazonに登録していたので「1-click®で今すぐ購入」ボタンですぐに買えた。ちなみに実験対象は、なんでパブリッシュしたのか自分でもわからない『偽バスタールの教団史』である。ちなみに12月9日販売開始で今までに1冊しか売れていない。たぶんこれからも売れることはないだろう。

■12:59時点の『偽バスタールの教団史』の順位、「評論・文学研究」で53位
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 実験開始、13:00にまず『偽バスタールの教団史』を1冊購入してみる。Kindleストアからの初購入が自分の本とは。クラウドから端末に配信して無事購読できた。さて、順位や販売数の動向を見てみよう。

■14:07時点で56位と順位が下がっている。なぜ?
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 14:30過ぎにAmazon KDPレポートの販売数に13時に購入した本が反映され、販売数が2冊になった。それを確認してからMy kindleでこの本のデータを削除して再注文するなどを繰り返してカチャカチャしていたらいつの間にか注文履歴の画面上ではこの本を12月14日に3冊購入していたことになっていた。どうやら単アカウントで同じ本を複数冊購入できるらしい。15:25の時点でAmazon KDPレポート販売数も4冊になっていた。(他の人が買っていないという前提)

■15:26時点で順位は58位と下がっている。他の本が売れている?
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■16:03時点で順位は11位に上昇。
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Amazon KDPレポート販売数も4冊のままで、鯨の他に購入者はいないようだ。つまり鯨が自分で購入した3冊がランキングに作用していることになる。

【結論】
・単アカウントで同じ本を複数冊購入できる。
・単アカウントで同じ本を複数冊購入できたとして、その結果がランキングに反映される。


つまり、Kindleストアでランキング操作は可能ということだ。Amazonは早急にこのようなランキング操作について対策を図るべきだ。

偽バスタールによる教団史

偽バスタール / 西瓜鯨油社



12月15日9:45追記
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by suikageiju | 2012-12-14 16:16 | kindle | Trackback | Comments(0)
文学の定義
 「文学とは何か」という問いかけは無意味である。或いは文学への疑念さえ消してしまうべきだ。文学とは定義されるものであり、そして鯨は文学を「悟りの段階」と定義する。
 創作文芸の「上から目線」問題でも書いたように、文章に携わる以上否が応でも書き手は「どの程度言葉を操れているか、どの程度事象を操れているか、によって区切られている」。そして、読み書きや対話などの鍛錬を積み重ね、目の前の区切られた段階を踏み越えることこそ文学である。そのまるで竿無き竿をよじ登るように段階を踏み越える様が、まるで曹洞宗の禅問答のようだから、鯨は文学を「悟りの段階」と定義している。全ての書き手には先達が書き遺した文学作品という「師家」がいる。しかし「公案」についてはそれら文学作品から自分で導き出して、そして自分の文学作品で答えていかなければならない。もしかしたら、ひとつの公案に対して原稿用紙一万枚を答えに要するかもしれないし、或いは禅の公案に対する答えが師家の部屋を訪れる足音だけで充たされるように、たった一句で答えとなるかもしれない。文学とはあくまでも各人の自己勝手流な修行体系なのだけれど、しかしその公案と言葉による表現での答えが志向する段階の踏み越え、それは共通して文学的なのだ。

1.液段
2.册段
3.衒段
4.躁段
5.冥段
6.殘段
7.辯段
8.?

 上は現在、牟礼鯨が踏み越えた段階を名付けてみたものである。これは鯨が勝手に名付けただけのものであり、他の人はそれぞれの段を別の名前で呼んでいるかもしれない。ただ同じ段階を踏み越えた方なら漢字の持つ意味からなんとなくその段階がどういう境地なのかを共有できると思う。そして1、2、3……と段階を経るわけだけれど、もちろん「7.辯段」の上にまだ次なる8の段階があるかもしれない。しかし鯨は現在その段階には達していないのでそれを形容する術を持たない。もし鯨より先んずる書き手がいれば、その段に今すぐにでも名を与えてくれるだろう。
 勿論この段階における進展度は作品の「面白さ」とはほとんど相関性がない。いくら読んでいて「つまらな」くても段階が高い作品には文学的価値があるのだし、いくら商業的に通用するような「面白い」作品でも段階が低ければ文学的な価値はない。ただ鯨は段階が進んだ作品についても面白さとして形容している。もしかしたら鯨は幸福と面白さを混同しているのかもしれない。それは作品の「面白さ」よりも書き手の到達度を楽しんでいる様からもわかるだろう。誰が踏み越えたとしても、段階の踏み越えは幸福なものである。もちろん「面白さ」のために「7.辯段」の段階にある人が「3.衒段」に属するような作品を意図して書くこともある。ちなみに鯨は「6.殘段」と評されるような作品を書くのが個人的には好きで、読むのは「4.躁段」に属する作品が好きだ。しかしどう足掻いても現在属している段階の影響からは逃れられないし、まず奇跡でも起きない限り到達していない段階の作品は著せない。
 作者の感性や才能といったものを信仰しない人であれば、他人の作品を評価するときもこの段階は使えるので便利である。単に、なぜその書き手がその段階にあると考えたのかを文章解題によって論じることもできるし、あるいはある段階にある作品のリアクションとして同じ段階に属する別の作品を仕上げて「お宅はこういう段階にあって、執筆時はこの段階を意識したでしょ」と確かめあうこともできる。もしくは他人の書き手が自分より下の段階にあるのならば、そこから上の段階へ上がれるような手引きとなるリアクション作品を書いて「こうすれば上がるんじゃないかな」と提案することもできる。昨今の文学フリマにおける感想ではそういった段階を意識するような向きを垣間見えるようになった。極論を言えば、「悟りの段階」を意識していないような感想は慮るのも無駄なくらい意味が無い。だから他人から讃辞や酷評を受けたとしたら書き手はよくよくその内容を解くほぐさなければならない。その讃辞や酷評には今抱えている公案に答えるためのヒントが隠されているかどうかを。もし隠されていなかったら、それらは聞き流すべきだ。
 もちろん文学における段階の踏み越えという側面を黙殺して、文学をただ陳列されるだけの商品とし、文学を目的ではなく手段として扱うこともできる。その行為を鯨は批判することはない。それもまた文学のひとつの歴史的な形だからだ。ただ、精神の目的としての文学という側面を見逃していては、やがてより有効な他の手段を見つけて変わり身をするだけとなってしまう。「文学はうまし」という文言は文学で飯を食えることだけを意味しない、それは精神の充足をも言い表しているのだ。いずれにせよ文学の幸福は、「悟りの段階」を踏み越えることにしかない。それ以外の文学にまつわる幸福のようなものは商業的成功の錯誤である。
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by suikageiju | 2012-12-13 21:22 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
書架にねむる。
 象印社による図書館と図書室についてのアンソロジーだという。図書館は貧乏人が自然と足を向ける場所である。それは朝に図書館へ行くと浮浪者がたくさん椅子で寝ていることからもお分かりいただけるだろう。ライトノベルや現代音楽が金持ちの娯楽なのに対し、古典文学とクラシック音楽が貧乏人の娯楽なのは、後者が図書館にて無料で手に入るからだ。図書館は貧乏人の楽園である。中学高校時代の放課後、友人が「吉野屋行こうぜ!」「マック行くか!」と言っても鯨には「いや、行かないよ」と返すしかなかった。理由は簡単である、そんなところへ食べに行くお金が無かったからだ。なので、周囲を見回して奢ってくれるような先輩がいなければそのまま自宅に向かった。でもすぐに家に帰るのをもったいなく思う夕方もある。空腹を抱えながらお金のない鯨が行けるのは公立図書館くらいのようなものだった。そこで鯨は図書館の閉館時間まで日本と世界の主要な文学作品を読破し、世界のすみずみで起こった歴史的事件を知り、トルコ語を習得し、哲学の基礎を抑え、錬金術について研究し、女性の体の神秘と画家達の奇行とチェス・プレイヤーの発想に唸った。青春期における図書館との関わりが深かったからだろうか、大学一年生のときに図書館司書課程を履修したが、一年でやめた。夏休みの課題だった「質問調査」(日本で最初の女子大生の名前は?などの質問200項目を中央図書館にある蔵書で調べて答える)は面白かったけれど、司書資格で就職が有利にならなそうだったのと、何者にもなりたくなかったのと、貧乏人の溜まり場である図書館にそれほど魅力を感じなくなったのと、夜の授業が多い司書課程に出席することに辟易としたからだ。何事も中途半端に終わる、まるで人生のように。
 このアンソロジーは図書館の様々な性質について書かれている。いずれも図書館についての深遠なテーマを持ったすぐれた作品であった。だが、図書館にとって最も肝心な存在意義である「一に対する多」についての考察(→例えば「アレクサンドリア図書館」など)は取り扱っていない。そのため画竜点睛を欠いている。そのことだけが世界図書館の司書として文学フリマに参加する鯨には残念でならない。その他にもサラーフ・アッディーンによるダール・アルヒクマ、イスマーイール派蔵書売却(西暦1176年)など焚書系の話題はいくらでもあっただろう。それに弊社最初の発行物『物語群』にはそのまんま「世界図書館」という掌篇も収録されている。なのに、どうして喚ばれなかったんだ!
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水底図書宮第7分館(いぬのほねこ)
 ダムの底に沈んだ図書館の美しい描写。

天の川逃避行(鳥久保咲人)
 煙草を吸いながら気障っぽいことを言う変なお兄さんと、長台詞によって物語を進めてしまう謎の脇役という鳥久保作品におなじみのパターン。安心した、本物だ。

さくらさんの話(田中理桜)
 エスプリが効いていておもしろい。文学少女には向かない職業について。

中有図書館(日野裕太郎)
 あるいは中陰図書室。厳密に言えば図書室の話ではないけれど、いいよね、こういうの、コルタサルめいていて。図書館で本を読んでいるうちにふと「こんなの読んで何になるんだろう」という考えが首をもたげ人生の虚しさとか無価値さとかに気付くときがあるけど、その感覚をなぞって持って来たよう。

第百夜(久地加夜子)
 エロ師匠ヒガヒサ先生の控えめな一本。ここは叙述トリックで押し切ってもらいたかった。

千古草の巫女(くまっこ)
 「どこの国とも繋がっている」図書館か、そういうのもあるのか。

パネルラ(泉由良)
 空気感がうまいね。きれいだね。

 旅先で朝早く起きて、一休みしたくて地元の人と並んで入る午前9時の公立図書館が好きです。そこで郷土資料を読むのが好きです。
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by suikageiju | 2012-12-02 18:06 | 感想 | Trackback | Comments(1)
何故? vol.10
 「何故?」をはじめて手にしたのは福岡ポエイチだったかもしれない。冷泉荘では小柳日向さんがブースに座り本を売っていた。第十五回文学フリマでは『何故? vol.10』を購入した。言い値で買えるということだったので、鯨は財布に入っていた百円玉全てで購入した。三百円だった。「何故?」のスペースだけ他のスペースと隔絶されていた。一見すると新興宗教の布教ブースである。なにしろ惹句が「この本を閉じる頃キミの世界は変わるだろう」である。なるほど文学とは浮遊する宗教なのかもしれない。『何故? vol.10』の赤い表紙を素手で持ってしまうと、ビニル質が指にひっついてくる。なんだか独特な物質のようで、もし夏ならばこの文芸雑誌が融けだしたかもしれない。今号には叶姉妹の評論とか詩とかマンガとか小説が収録されている。
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レモンの裡(小柳日向)
 前に読んだ小説と同じように滲み出てくる私生活。けれど格段に巧くなっている気がして圧倒される。レモンは甘いのかもしれない。

ある狼の話(南野蜜柑)
 狼は鯨と同義である。

暁の空(LOVE)
 向井君、死んじゃっているのかと思った。

上級妄想病院レジントン一〇二号室(森井聖大)
 参った。なんだこれ。それと「前戯が上手そうな男」ってなんだよ。
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by suikageiju | 2012-12-01 18:50 | 感想 | Trackback | Comments(0)