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マスカレイドの零時

マスカレイドの零時

今村 友紀 / 今村 友紀


高城亜樹ではないけれど呼吸の仕方を忘れて窒息しそうになる作品でかつKDPだからこそ出版された作品と言えるのは他のKDPの良作が推敲の朱筆と編集の手とが加われば商業化される可能性もあるのに対しこの作品は商業化されるつまり商品として市場に並べられることを全く想定できない作品というか商品として扱われることを全く拒絶しているような心意気を読んでいるうちに感じこの『マスカレイドの零時』はそう読めるくらい独善性と実験性の両面で秀でていてまず例えば描かれた展開にも登場人物の行為にもほとんど意味がないと言い切ってしまうと時々ハッとさせられる切れ味のある文も書かれていると返されてそれに鯨が応えるならそれは小気味良いまでに人間には関係ない否この作品が人間の情に捉えられること文学作品として存在する領域から自らを追放刑に処しておりこれは純粋読書の新たなる対象へと自らをのしあげる孤高と看做せ次に実験性で言うなれば前述の呼吸の仕方を忘れて窒息するとかいう戯言はほぼ「読点がない」という特徴的な文体の成せる業であってあたかもジェットコースターのようなストーリー展開も相まって読み手に息継ぎをする暇さえあたえないのならいっそのこと改行も廃止すれば良かったのにと思いつつ一人称単数が一人称複数に変わる瞬間を鯨は覚えていない。
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by suikageiju | 2013-02-27 12:27 | 感想 | Trackback | Comments(0)
村まつり

村まつり

敦音尚之 / 敦音尚之


 前半を読んでいたとき頭の中で鬼束ちひろがカメラ目線で月光を歌っていて消音するのに手間取ったけれど、読み進めるうちに自然と歌声は消えていった。そして奇妙な静けさで充たされた頭蓋骨のなかをコーン、コーンと鈍い金属音が響く。良作の一覧に題名を刻んでおきたい作品。
 海へ行った帰り道、渋滞に巻き込まれた「私」と婚約者・智恵子を載せた車は脇道に逸れる。そこで山の中の、地図に載っていない集落に迷い込み出られなくなって不思議な行列を見る、という民俗学とか習俗研究とか文化人類学とかの素養のある人が好みそうな話。もちろん鯨も好きだ。そして各章に配された物語の仕掛けがよく機能していて最後まで不気味な雰囲気を醸し出している。文章も読みごたえがあるので一気に読み進めることができた。ただ屋敷の若主人が「私」に話す思想がそんな限界集落寸前の集落に住んでいる人間のものとは思えないほど高度で、そして「私」も優等生的な受け答えをしていて、違和感を得る。「稲が雀や悪い虫にやられてしまう」という若主人の文言から「凶作」へと「私」がすぐに連想できたのは少々飛躍があるだろう。
我々自身が我々であるための根っこを見失っていることです。
我々を取り囲む世間に蔓延る空気、といったところですか。この空気に、昨今の社会は汚染されています
伝統的価値観の存在は文明の進展の足枷では決してないのです

 一つ一つの主張は尤もである。しかしそれは地図にも載っていないような集落に住む人間が話すにしては世間や文明について俯瞰的な視野を持ちすぎていやしないか? そこが奇妙であり、それらの大きな視野とともに、集落を訪れた者の奇妙な顛末をも予見しうる若主人はいったい何者なのかと読み手は不審に思う。鯨は、所謂文明社会の構造を知り尽くした上で、土着の習俗をも見守る若主人は物語展開上欠くことのできない神がかった人物と見た。彼がいるからこそ物語が潤滑に展開し、そして誰もが終末を迎えることができる。彼がいなければ何も動かなかったろうし、物語も進展しなかったはずだ。だからこそ後半で描かれるもう一つの家族の顛末よりも、この屋敷の若主人の存在こそがこの物語のなかで一番奇妙でおそろしい。

 だからと言っても最後の方まで「婚約者が妖獣の花嫁として寝盗られる場面」が出てくると期待していた自分を厳しく責めたい。それとともに敦音尚之の名は必ず覚えておきたい。
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by suikageiju | 2013-02-27 00:13 | 感想 | Trackback | Comments(0)
コンビニの戦士達

コンビニの戦士達

幻夜軌跡 / のぎのぎ出版


 これは地獄のコンビニチェーン「ヘルマート」で働くバイトの物語である。コンビニといえば何気なく立ち寄ってマンガ雑誌のグラビアを立ち読みし、乳酸菌飲料か無難な珈琲飲料でも買ってレジでカードを見せて小銭を払ってドアを出る、そんな場でしかなかった。それと、たまに昼食用に緑のたぬきかおにぎりを買うくらいの場所である。この本はそんな何気ない「ヘルマート」というコンビニ店舗のある一週間を描いている。しかもタダの一週間ではない。通称バックレがバックレたためにバックレのシフトと自分のシフトの両方に入る羽目になった「俺」が見たコンビニの一週間である。男女関係のもつれあり、珍客あり、失禁あり、脱糞あり。これまで単なる一地点としてしか見ていなかったコンビニにこれほどの広がりがあるなんて知らなかった。たとえば人物の広がりがある(22人ものキャラクター、これはシェイクスピア劇における平均的な役名のある登場人物数よりも多い)、たとえば時間の広がりがある(コンビニは24時間休まず、5つの勤務時間帯がある)、たとえば空間の広がりがある(誘惑のウォークイン)。コンビニはひとつの小宇宙である。
 ただ、珍客と男女関係のもつれとサボりがちな同僚以外はとくに緊迫するような大事件もなく淡々と一週間は過ぎていくので話は平坦になりがちなのだけれどそれを補うのがエスプリの効いた文句である。「自分から孤独を選んでいたじゃないか。事務所と言う安全地帯にいることを望んで」や「まいったなぁ、超やりずれぇ」、「目の前で四十分遅刻した奴が一時間遅刻した奴を叱っている」、「胸がでかい、この店には胸がでかい子だけが足りなかったんだ」、「チラッと見えたお客さんはブリーフだけだった」、「キャラかぶってんじゃねえよ」などなど。他にも探してみてはいかがだろうか。それらの文句が読む人を飽きさせないよう要所要所に配置されている。それに刺激されてもう一週間分くらい読んでみたくなるけれど、こんなコンビニなら一週間も働きたくない。
 最後に気になることがある、それは「俺」がみんなに何と呼ばれているかである。
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by suikageiju | 2013-02-25 23:32 | 感想 | Trackback | Comments(0)
まほろば

まほろば

くまっこ / 象印社


 言葉と言葉とを繋いだ文章を読むという楽しみを奪われて、「美しい(ような)もの」「こころの(ような)もの」を、直に、それこそ詩のようにむき出しにされたとき、文読みは戸惑ってしまう。文章は何かを伝えるものと思っていたけれど、その実は何かを隠していたものではなかったのか?
 この本は「エンド・オブ・ワールド」、表題作「まほろば」、「花のうた」、「箱庭」、「竜の魔法」、「ソラ」、「砂のうた」と題された詩・掌編・短編で構成される。「箱庭」で箱庭の主人が自らの体を咀嚼されながら吐いた「安堵の息」は「般若心経」のことであろう。この作品で描写されたウエハースやら水飴やらポッキーなどのお菓子はディズニー映画のような華やかさと楽しさを読む者に印象づけるけれど、それらの虚飾をいっぺんにはぎ取れば「色即是空、空即是色」、この短編で描かれた虚しさは現世を生きる人間の虚しさにも通じていて、作者の根底にある仏教思想の上澄みをすくったようである。
 少し長い「ソラ」は神に恋した天使の物語である。その許されぬ恋によって地上を黒く塗りつぶしたソラは荒野に建つ塔に閉じ込められる。なんとなくではあるが、賢明なる諸子はもうおわかりだろう。人は時々、自らの恋心に他意や邪なものを見いだしてひとり自らを罰することがある。それは先生に怒られたからかもしれない、親に叱られたからかもしれない、級友にからかわれたからかもしれない。人はそんな先生や親や級友を自らの中に育んで自らを罰するのである。自傷と人は言うかもしれない。そんなむき出しの自傷と流れる血を、美しい(ような)ことばに載せて読むと、心がチクチクと痛んでくる。苦しんだんだねと声をかけたくなってくる。
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by suikageiju | 2013-02-25 06:53 | 感想 | Trackback | Comments(0)
約束の収穫

約束の収穫

ヘリベ マルヲ / 人格OverDrive


 予め書いておくけれど、この作者はすごいよ。
 読みながら興奮していた。もともと学校関係者だったのか学校への取材を綿密に行っていたのかは知らないけれど何かに裏打ちされた確かな描写力、そしてきっと幼少期に人生を台無しにしてしまえるような絶望を知った者だけが為しうる冷めた筆致。頁を繰るのが楽しく、きっとヘチマのような顔の女の子に嫌な思い出があるのだろうか、とか徳島産ソフトって徳島県の教員が開発したソフトウェアだろうかなどと脇道めいたことを考えながら読み進めていった。「そして数日後には誰の手も借りる必要がなくなった」なんて好みの文言が出てくればすかさず汗で濡れた人差し指を上下に動かしてハイライトである。
 青葉市立第四中学校に赴任した“学校警察官”浦賀太一巡査部長、そして彼の赴任から十日あまりで発生し百数十名が犠牲となった銃乱射事件を描く。鯨はこの作品をルポルタージュ作品として読んでいた。幾つかの章は事件もしくは事件後の描写からはじめられ、それから章を貫くように事件前の十日間が描かれる、ときどき絶妙なタイミングで回想が混じる。日本版『予告された殺人の記録』とも云うべき、読み手を引き込む力を持った構成である。もちろんこんな事件は実際には起きていない。なのでルポルタージュを装った文学作品なのだろう、そう思って鯨は読んでいた、11章までは。ただ、勝手にルポルタージュだという思い込みで読んでしまったがために11章後半で鼻白んでしまう。このまま浦賀太一が殺されれば鯨はすっきり読み終えていただろう。でもそうは成らなかった。「やられた」、鯨はそう吐いた。まんまと踊らされたのだ。
 もちろんルポルタージュ作品として読み進めても良いし、そうではない作品として読み進めても良いだろう。それは君の自由だ。自由を与えられたのだから君は鯨の判断が正しかったのかを確かめるべきだと思う。なぜそんなことを言うのかって? 君に訊きたいんだよ「君はこの本を読んでみてどう思う?」って。
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by suikageiju | 2013-02-24 22:10 | 感想 | Trackback | Comments(0)
山月記

山月記

中島 敦 /


 無料kindle本の中島敦著『山月記』、この本に刻み込まれるように書かれた李徴の叫びは、いつぞや望月代表が言っていたように文学フリマやコミティアに参加していたり、kindleで電子書籍を刊行していたりする文芸作家たちの報われない文業に圧し潰された叫びでもある。そして悲鳴である。引用しよう。
己は詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。かといつて、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

 太字にしたところを声に出して読むと良い。君は大いに泣くだろう。あるいは君よ、大いに泣け。
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by suikageiju | 2013-02-24 21:19 | 感想 | Trackback | Comments(0)
おかえりください

おかえりください

日野 裕太郎 / doncha.net


 こっくりさん、狐狗狸さんとも書く遊びを鯨はやったことがない。その遊びに鯨を誘ってくれるような友人なんていなかったからだ。これを読んでやらなくて本当によかったと思う。あと捻締錠というものがよくわからなかったのだけれどGoogle画像検索をしたら理解できた。どこかでそんな錠を見たこと、触ったことがあるかもしれない。
 「表紙に騙された」と鯨が書いても誰にも非難されないはずだ。本当に恐い怪談話。怪談話は小学生のころに流行っていて何冊か読んだけれど霊よりも生きている人間の方が恐ろしいということを知ってからは余り読まなくなった。たぶん夜トイレに行けなくなってしまったのでこの本を読むんじゃなかったと今後悔している。怪談話が文学として認知されていく過程で「幽霊」に建前を排除した人間の本音みたいなものを投影していっているような気がしていて、そして死んでから本音を吐いたってしょうがないじゃない、幽霊になって恨み言を述べるくらいなら生きているときに本音を言ってよ、と訴えかけていると思っていた。全部嘘である。怪談話は単に読む人を怖がらせて反応を楽しんでいるだけだ。くすぐらせてくすぐったくて笑っているのを楽しむのと、いじめて顔が歪むのを楽しむのと、つっこんでよがるのを楽しむのと、そうは変わらない。でも著者が本当に意地の悪い人間ならばさらに最後にもうひと捻りしたはずだ。そうせずにそのまま終わらせたのは著者の優しさでもあるし、この作品を人間劇として締めくくろうとした決意を表わしていると鯨は受取った。
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by suikageiju | 2013-02-23 20:03 | 感想 | Trackback | Comments(0)
それが僕らを別つとしても

それが僕らを別つとしても [短編小説]

代々木 犬助 / ノベラブルブロガブルシステムズ


 話は簡単である。タクシー運転手と三人の男、つまり四人の男が砂浜ビーチへタクシーで行って砂の城を築くのである。
 きっとこの本をおしまいまで読んだことのある人は上の一文を読んだだけで「ちょっとトイレ」「ベランダいってくる」「煙草買ってくるね」などと誤魔化してその場をあとにして、誰も見ていないところでひとり男泣きするのだろう。「ねえ、どうしたの」なんて追いかけてきた女に泣いている現場を見られてしまったらもう隠しようがない。「なんでもない」なんて言い繕っても何かあったことはその頬を伝う涙の筋を見れば明白だ。
三十八にもなって処女って呼ぶのもね、身内としちゃ気持ち悪いんでね、童貞だって呼ぶんですよ。
いや僕はね、そういう固定観念を覆していこうと思っているんです。タクシー運転手ってこうだろうなーっていうね。

 気の利いた言葉に気の抜けたコーク。「タクシーならきませんよ」おかしい世界へようこそ。
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by suikageiju | 2013-02-23 18:41 | 感想 | Trackback | Comments(0)
イムルダイ宣言 【エッセンシャル版】

イムルダイ宣言 【エッセンシャル版】 (名刺電庫-001)

山本清風 / 文学結社猫


 作家はとにかく宣言したがる。これはイムルダイストにして戯作家山本清風の最新名刺電書である。ちょっと薄い。内容が、ではなく、そう! 電子インクが通常の(いままで鯨が読んだ)電子書籍に比べて薄いのだ。読みながら「とうとう鯨のkindle壊れたか」と思ったし、照明も設定を変えてみたけれど、なんにも変わらない。全体の20%ほどを読んでみて、これはkindleの不具合などではなくそういう「遊び」なのだと思うことにした。でも気の弱い人なら思い詰めて首をくくったろうね。慣れてくれば味わいがある。ただ、電子インクの色は黒というよりも灰色60%だ、なんて言うのは無粋というものだろう。これは電子的薄墨(うすずみ)なのだ。
 「読み終わることになんて意味がないよ」そう言いたげな短編が並んでいる。永遠に読み続けること、繰り返し読むこと、逆順に文をたどること、一文ぬかしで読むこと、そういった読み方を推奨される。言葉が厳としてそこにあるんだから、配列なんて気にしなくていいからとにかく読んでみて、そう言われているような気がする。「なまえはまだない。」はフレーズのひとつひとつがなぜか記憶に残るね。くねくねしちゃう。
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by suikageiju | 2013-02-23 18:22 | 感想 | Trackback | Comments(0)
ノウチラスの黒猫

ノウチラスの黒猫

山田佳江 / 無計画書房


 シミュレーション仮説についてはじめて聴いたのは品川のお好み焼き屋さんだった。それは新しい小説の設定でも思考トレーニングでもなく、血の通った生身の人間の「願い」だった。一人の天才が脳だけで考えたもの、それが我々のこの世界であるなんて。その仮説をはじめて聴いたとき鯨は呆気にとられた。「そんなことあるものか」と。たったひとつの脳が複数の脳の思考を同時演算できるものかと。可能かどうかでいえば可能なのだろう。でもそれは可能であろうが不可能であろうがどちらでもいいのだ。今ならわかる、そのくらい世界があやふやなものであってくれればいいのに、シミュレーション仮説は今では鯨の願いだ。そんな鯨だから、今ではもうわかっている。品川のお好み焼き屋で聴いたシミュレーション仮説、それは話者の切実なる「願い」であったのだ。
 オモシロい小説である。この世界の片隅で眠っているちょっとした不思議が現実に繰り広げられて実体となる、短く簡潔に切りすすめる文章が読む快楽を読者にあたえる。ただ鯨には三加の生活も大地の生活もピンと来ない。もちろん彼らは「普通」ではないのだけれど、ドラマのなかのようによく作られた小綺麗な世界の住人のようで、どことなく気後れしてしまう。もちろんそれは設定であって、これは文学ではないのだろう。けれど、それでも良いではないかと鯨は思う。これは営業と会議と研修とに疲れた仕事あがりに場末の喫茶店で紫煙でもくゆらせながら読み進めたい一冊である。そして読み終わったら夜の高層ビルの航空障害灯でも見上げながら、しばらく佇んでその余韻を噛み締めたい。
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by suikageiju | 2013-02-23 10:36 | 感想 | Trackback | Comments(0)