<   2013年 06月 ( 10 )   > この月の画像一覧
印鑑ライフハック
 これはどこの会社でも起こりうる風景である。きっと君も経験したことがあるはずだ。
 「この書類、ここにも印鑑いるよ」
 と上司に印鑑漏れを指摘され「実印ですか」と返すと決まって
 「認め印で構わない」と上司は答えるだろう。
 そんなとき、またあの部署の石頭と会わなければならないのか、またあのような心痛を味わいながら人と会わねばならないのかと君は苦悩する。そしてこの日本社会に蔓延る文書主義あるいは印鑑主義を怨み、そんなに判子が偉いのか、人間よりも印鑑が偉いのかと吐き捨てる。苦悩の果てにこれほどの心理的葛藤を経るくらいなら簡単に事を済ませてしまおうと君は決意し、事務所を飛び出して近所の百円ショップに走り三文判を購入してしまうことだろう。だが近所に百円ショップも文房具店もない時もある。またそれらの店舗があっても、運悪くその姓の印鑑だけは売っていない時もある。回転ケースのからっぽの穴をじっと見つめていても三文判は生えてこない。
 この記事で紹介するのは後者の場合、そのうち求める印影が二文字姓であり、手持ちの三文判だけで求めるその印影を得るための手法である。そして印鑑を相対化してパラハラッテイン(変造)するための方法である。

宮村さんと堀田さんの三文判で宮田さんの印影をえる方法

① 宮村さんと堀田さんの三文判を用意する。
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② まず宮村さんの三文判に朱を付ける。
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③ そして宮村さんの三文判の下半分「村」をセロハンテープで隠す。このときなるべく「宮」の下が欠けないように注意する。
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④ 宮村さんの三文判を捺す。
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⑤ 次に堀田さんの三文判に朱を付けてから上半分「堀」をセロハンテープで隠す。このとき周囲の円が欠けないように注意する。最初の三文判で右を下げたなら二番目も右を下げるというように。ただ円がちょっと欠けていても味になる。
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⑥ 宮村さんの印影と上下が合わさるように、そして上の円が合わさるように堀田さんの三文判を捺す。
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 これで宮田さんの印影が得られた。
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 さあ、君も印鑑をパラハラッテインせよ! そして印鑑主義のくだらなさと矛盾をこの日本列島中に喧伝せよ!
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by suikageiju | 2013-06-27 22:39 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
たび屋
 小田原の早川口から国道1号線を上ってしまった。思いつきではじまった旅路のため行く宛なんてあろうはずもなく、とりあえず目指した箱根二ノ平にある民宿の女将さんに「満室なんですよ」と断られた末に紹介された箱根小涌園ユネッサンも21時に逐い出された。硫黄の匂いをさせながら鯨は軽自動車のアクセルを限界まで踏み込み、夜の箱根山系を走る。
「腹が減った」
 20時30分を過ぎると小涌園の食事処は軒並ラストオーダーを終えていた。空腹を抱えて鯨は逃げるように小涌谷をあとにしたのだ。ヘッドライトを消すと途端に闇に包まれる山道を御殿場へ向けて車輪を転がす。幾つものヘアピンカーブを攻略し、眠気が意識を森の精霊たちと混合させるのを感じていた。側溝に落ちないよう中央線から反対車線に出ないよう注意しながらステアリングホイールを回すのに飽いてきた頃、夜の底で灯りを見つける。
「人里だ」
 と鯨は声をあげる。川縁に向かってゆるやかにカーブする道端に古い雑貨店のような佇まいの店舗が建っていて仄かな照明で雑貨と喫茶という文字が見える。喫茶をやるなら軽食も出すはずだ。そう思い鯨は箱根裏街道から脇道に入り、軽自動車を店舗前の空スペースに停めた。お兄さんに出迎えられ店内に入ると、丸みを帯びた無垢材と手垢にまみれ変色した家具とに同時に魅了された。まるで熟女とその若い娘を同時に愛してしまう男の心理そのもののように。カウンターには2人の男性が座っていたので、十数人は座れるだろうテーブルに鯨は案内される。そして、給仕に来たスッキリとした美女に魅了された。店名はたび屋(tabiya)というらしい。でもそんな店名は携帯端末によるGoogle検索にはまったくヒットしない。鯨はネット世代なのでGoogle検索でヒットしないものはこの世に存在してはならないと信じている。なので夜道を進むあまり妖怪境に迷い込んだかと疑った。
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 現実感覚を喪失しながら珈琲と肴を注文した。カウンターの賑やかさを羨ましく思い、しっかり味のついたつけもの盛り合わせをポリポリと噛み、煮豚のやわらかさと味に舌鼓を打っていると初老の男性が鯨に声をかけてきたので「ここはいつごろ開店したのですか」と尋ねた。というのはまだ現実界へ一縷の望みを残していて、そしてテーブルや机や壁の無垢材が新しく煙草ケースの上に備えられた開店祝いの花がまだ鮮度を保っているのを見てそれらを証拠に望みをつなぎ止めておきたかったのだ。その男性曰く、たび屋(神奈川県足柄下郡箱根町木賀945)はもとは田舎によくあるような煙草屋を兼ねた雑貨店であった、それが約1週間前に改装を終えてランチもお酒も出す食事処として開店したとのこと。なるほど1週間前に開店でまだ本格的に回っていると云えない状況ならGoogle検索にヒットしない理由も頷けた。妖怪境にいるのではないのだと信じることができた。
 店内をいろどる家具やジャノメの家庭用足踏みミシンやアンティーク・レジスターはもともとこの雑貨店で使用されていたものを展示しているのだという。男性は店の地下一階を案内してくれた。地下の壁は隣の早川に架かっていた橋の土台がむき出しになっており、新しい無垢材でしつらえた数席が設けられていた。小田急のホテルで勤めていたという男性はものつくりに長けた人らしい生活の知恵を鯨に教えてくれる。その温和な人柄にも魅了され、そして食べたものが全ておいしかったことから、また箱根に来た際はこの店を訪れたいと思った。
 追加注文した豆腐つくねを食べて満腹になり、22時も過ぎたので鯨は再び夜の箱根裏街道へ繰り出した。そして運転しつつ御殿場の夜景を見下ろしながら、行く宛てもない旅に出て、偶然に良い人と出会ったと思った。大事なのは偶然ということだ。そして行動を起こすにあたり自分の考えに頼ってはいけないのだと思い返す。自分の知っていることや考えていることだけで行動すると、その範疇内だけのことしか為しえない。もっと考えなしに行動しないと、もっと他者の意見に唯々諾々と従わないと、そしてもっと乱数に頼らないと。それは自分で考えることを放棄することではない。考えてから事況を起こすことよりも、考えなしに得た事況をどう理解して処理するかの方が自分で考えることの本質なのだ。ブレーキ・ペダルを小刻みに踏みながらそんなことを考えた。

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by suikageiju | 2013-06-23 22:59 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
魔王ジュリオ

イル・ディーヴォ ‐魔王と呼ばれた男‐ [DVD]

アメイジングD.C.


 イタリアの現代政治はメディチ家とローマ帝国とが同居している、そして諧謔とが。これは7期もイタリアの首相(閣僚評議会議長)を勤め、数多くの疑惑で訴追されながらも一度も投獄されなかった「せむし男」(Il Gobbo)あるいは「魔王」(Il Divo)、ジュリオ・アンドレオッティが共和国大統領に立候補し転落するまでを描いた映画だ。
 漫画「ガンスリンガー・ガール」を読めばわかるように、そしてディーノ・ブッツァーティやイタロ・カルヴィーノ、ジャンニ・ロダーリなどの優れたイタリア文学作品を読めば分かるように、現代イタリア人の言葉遣いはトスカーナ語や白銀期のラテン語にまで遡れる。フランスやドイツやイギリスの知性に隠れて忘れがちだが、イタリアの知性はその歴史の重みと同じようにどっしりと腰を据えて、今でもカルタゴを滅ぼさなければならないと睨んでいる。結局キリスト教文化はローマ帝国の遺産を食いつぶしきれなかった。カエサルの余剰がまだカラビニエリに、広報官に、アルファロメオのディーラーに、パン職人に、根付いている。
アンドレオッティ「ポエニ戦争以降の事件はすべて私のせいらしい」

マリオ司祭「ある作家いわくデ・ガスペリと君はミサヘ行く。同じように見えてもやることは違う。デ・ガスペリは神に話し君は司祭と話す」
アンドレオッティ「司祭は有権者だが神は違う」

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 諧謔は重要だ。それは人間関係を円滑にし、他人を憎む気がしなくなり、個人と個人の距離感を知り、そして訴追をまぬがれる。事態はより複雑である。安易な善悪二元論に陥りがちな人間に諧謔を混入させれば、他人はそう単純ではなかったと気付くだろう。ラジカルな意見の対立と暴力とが一つの国で湧き上がればその国は破綻する。そんな国には平衡感覚に優れ、権力の意味をよく知ってそれを操る術を持ち、そして諧謔のよく効く政治家が必要だ。当時のイタリアでは、それがアンドレオッティであったのだろう。
 無表情な男という怪演。
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by suikageiju | 2013-06-18 08:42 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
MILLE-FILLES
 桐島こより編集長によるこのがなぜ手もとにあるのか分からない。入手したとしたら銀座か池袋だろうか。でもそこらでこの本を購入した記憶がない。表紙は黒のジェッソに白や黄色のアクリルガッシュを置いたようで、絵本画を粧っている。
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 あちゃと名付けられた瞼の厚ぼったい、子犬のような鼻をした女の子の写真が何枚かある。ナグリアイの子だという。公園であちゃはまるで自由そうに無邪気に遊び回るけれど、やがて終わろうとする搾取の季節を懐かしむような視線を向ける。「ねぇ、私から奪って、いろいろなものを、もっと」 それが"彼女たち"の生きる縁だから。

Stand Alone、町田ひらく
 運動会や合唱会や遠足といった学校行事の撮影・編集・上映係として児童はもちろん父兄や校長先生からも信任篤かった教諭A。だが実際の彼は幼女性愛者だった。運動会の上映会で、あやまって女児の放尿盗撮映像を流してしまったAは処分を待つ身だ。それまでの功績を省みられることなく、実際に女児には触れたこともないのに、単にその性癖により、Aはまるで犬のように罰せられ捨てられるのだろう。不誠実で残酷な社会のなかで生きようとしたAの最後の悪あがきは、この歪んで潔癖症な社会への最後の反抗。

総括ヘビーローテーション、宗像郁
 広井王子を自宅に泊めた秋元才加や彼氏との写真が流出した平嶋夏海や社長の喜び組だったことが発覚した篠田麻里子を、他のAKB48メンバーが次々と「総括」(参照:連合赤軍)していく話。少女たちの「夢」を養分に拡大するショービジネスは多くの犠牲を少女たちにもたらした。ではその先で少女たちは何を諦念し、何を得たのか? もう一度、蜷川実花とともに考えたい。
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by suikageiju | 2013-06-16 19:58 | 感想 | Trackback | Comments(0)
銀座モダンアートzine展
 生乾きのにおいと汗くささとで鼻はふさがれた。空気をしぼれば白く濁った水がしたたりおちそうな梅雨の日、銀座四丁目での仕事を終えてぽっかり空いた暇を逃さずに奥野ビルの銀座モダンアートで催されているzine展へ遊びに行った。zine展といえばなにより森井御大の何故?事件で有名であるが、その他にも絶対移動中、象印社、よいとな、トルタ、白石薬子、高村暦、宮村小鳩、添嶋譲(敬称略)などの選別されたzineが置かれている。
 傘を傾けて雨に服を湿らせながら奥野ビルを見上げた。
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 大正時代に建てられたのだろう。まさに朽ちようというよりこれから生成しようとしているように見える建造物の梅雨臭い階段を6階まであがる。年代物のエレベーターは現代人にとり操作することさえ難しい機巧である。
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 戦間期日本人のおおきさに合わせて造られたからだろう建物も扉も空間も心持ち窮屈である。まるで臓器の内側を歩くように。その臓器は芸術器官だ。
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 僅かな隙間から隣の空間を窺える。それは窃視に近い感覚。
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 六階奥に目映い光に満ちた空間があった。銀座モダンアートかな。
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 中に入り本棚を見ていると人の気配を察知したのだろう、隠れからお姉さんが出てきて「お好きにご覧下さい」と言う。言われるがまま見ていると、とある本棚の前を通るたびに高い棚に陳列され焦茶の紙帯を巻かれた淡い桃色の文庫本が落ちてきた。右から通り過ぎても左から通り過ぎてもその本は落ちてくる。もう、そういう商法だと思うしかなかった。3度目になりお姉さんが「大丈夫ですよ」と慰めながら寄ってきたので
「今落とした本とこのうるはさんの本をください」
 と鯨は言った。
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 その2冊を手にして店番台へ戻ろうとするお姉さんに「ここでは何か飲めるんですか」と訊くとメニューを見せられたので鯨はアイス紅茶を頼んだ。すぐにお姉さんは隠れに消えたので、椅子に座ってしばらく呆としているとお姉さんが出てきて店番台に座る。紅茶はまだらしい。きっと薬罐をあたためているのだろう。鯨が「会計を済ませてしまいましょう」と言うとお姉さんは
「実はあと150円でケーキもセットになるんです」
 とおすすめしてくる。
「ケーキは何があるんですか」
 と鯨が問うと
「チーズケーキと……」
 そこで鯨はお姉さんの話を遮った。
「ではチーズケーキで。実はチーズケーキが好きなんですよ」
 またお姉さんは隠れに引っ込んだ。鯨は一人になって呆とする。しばらくしてお姉さんが隠れから出てきて店番台に座った。
「実はさっき落とした本の作品解説を書いたんですよ」
 目があったのでお姉さんに声をかける。「そうなんですか」と返されしばらく紙帯に書かれたその本のキャッチフレーズについて話していると成り行きだろう
「お仕事の他に本も書いているんですか」
 と訊かれたので
「本を書いている他に仕事もしているんです」
 と答えた。またお姉さんは隠れに戻ろうとするのでその背中に声をかける。
「今からでも紅茶、ホットにできますか」
「できますよ」
 チーズケーキと紅茶が隠れから出てきた。そしてお釣りがもどってきた。
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「なぜこんなことを始めたのですか? それと文学フリマとかにも行っているんですか?」
 この展示を企画した人そして同人誌を集める人はお姉さんとは別の方という。その人は特別同人誌が好きだというわけでもなく「今、同人誌がアツい」と気軽な感じでこの展示をはじめたらしい。好きとか嫌いとかで仕事をやられてもみんなが困るだろうと鯨は思ったのでその軽さに好感が持てた。そしてお姉さんはここでカフェができると聞いて在廊しているのだと言う。軽妙さが好ましい。それにもともとこの画廊は若い作家さんを応援するという機能も持っているらしい。そういえばチーズケーキは在廊の人の手作りだという。ベイクドで歯応えがあって甘さも控えめで上品な味だった。
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 一通りギャラリーのなかに陳列された本を見渡した。
「トルタさんのパフォーマンスを先週の土曜日に見ました」
「舞台とかでやったんですか」
「福岡市にもこの奥野ビルのような古マンションを改装した冷泉荘という建物があって、そこでここにあるような同人誌を売るイベントがあったんです。そこで見ました。背の高い男の人と背の低い女の人でした」
 と福岡ポエイチの思い出を話したり
「あそこらへんは絶対移動中さんの本ですね」
 と回顧したり
「白石薬子さんとは川崎市で開催された本の杜でお会いしましたよ」
 などとイベント紹介をしたりしているとお姉さんは
「そういったイベントに出ているとそういった作家さんとかとお友達になれるんですか」
 と問うので
「そうですね。たとえ嫌でも」
 と答えた。
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by suikageiju | 2013-06-13 23:25 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
BARラジカルにて
 8日20時30分、地下鉄西新駅の改札を出て右手、3番出口近くの無機質なベンチに野良評論家久保田輝が座っていた。文学的ストーカー行為を繰り返し、東京や大阪の文学フリマで文学的ナンパを繰り広げてきたこの男は三重県を飛びだして、とうとう福岡市までやって来てしまった。久保田の隣に鯨が腰掛けると改札から高村暦女史が歩いてきた。もしかしたら鯨と同じ電車だったのかもしれない。
 5番出口から出て西新の町を歩く。博多、中洲、天神に続く繁華街として知られる西新だけれど数十歩離れただけでもう地方都市特有のコンクリート的な寂れの湿っぽい臭いが漂う。うす暗い大通りを3人は南東に向かって歩く、まるで藻の生えた海を掻き分けて進むように、文学的な期待で窒息しそうになりながら。城西二丁目交差点の角、右手にある建物の壁にフリードリヒ・ニーチェの横顔がデカデカと貼られている。そこがBARラジカル、福岡における文学的叛徒どもの拠点だ。[BAR ラジカル foursquare]
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 先客がライダースーツを投げ出してカウンターに座り珈琲が淹れられるのを待っている。マスターに対して右端奥から久保田輝、牟礼鯨、高村暦と座った。まず5人は西新そして福岡という土地の確認をする。西南学院や修猷館などがある西新、そして文官で唯一戦犯として処刑された広田弘毅を軸に親不孝通りの予備校文化などで形容される福岡にこびりついた文化の残滓を手探りしていった。
 続いて如何にも文学青年という感じの眼鏡男子が入店して鯨たちとは離れたカウンターの席に座る。彼は西南学院大学読書会『十二会』の人と名乗る。
「どんな本を読むのか」
 と問えば
「世界の文学」
 と答え
「たとえば」
 なら回答は
「20世紀後半の作家」
 である。そこで久保田が「カフカとか」と頓珍漢をするが、彼は表情を変えることなく
「マルケスとか」
 と言った。ガルシア・マルケスなら鯨も昔少しかじったことがある。何でも直近では『コレラの時代の愛』を読んだと彼は告白する。
「是非とも『予告された殺人の記録』を読んでもらいたい」
 と鯨は勧めておいた。それに頷くようにして頭を垂らし、再び彼は目の前の印字された紙の束に目を落とす。
 やがてポエイチの交流会に参加していた森井御大が入店した。そこで御大に暦、輝、鯨の4人は将棋盤のあるテーブルにグラスを移し語り合った。
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 森井御大にとって高村暦と久保田輝は初対面であり、久保田輝にとって森井聖大は初対面であり、高村暦にとって森井聖大は初対面であった。まずはそれぞれの存在理由の確認から入った。そして久保田が「何故?」の今後を森井御大に問うと、御大は商業誌に活動の拠点を移すと宣言した。理由はもう同人誌が嫌になったからだと云う。賢明な選択だと思った。「鯨も同人誌であることに行き詰まりを感じていると思う」と森井御大は言いのける。それは確かに鯨もそうだと思っていたのですぐに肯んじた。その上で御大は
「鯨も小説だけで食っていきたいんだろ」
 と半ば押しつけるように言ってくる。そこで鯨は
「そんなことはない」
 と答え
「カフカが作家としての鯨の理想像である。どんな作家であっても浮き世の義理として働かなければならない。それは書くこととは別だ」
 と補足した。もちろん死ぬまでということではない。もうこれでたくさんだと思うまで浮き世で働いて、不必要なことで騒ぎ立てたとしても書く自由を与えてくれた社会に報いる、それが生活者による生活者のための文学の根拠であり糧だ。その答えに森井御大は不服だったようで
「でもカフカは生前無名だったではないか」
 と言う。もちろん本当に無名であったとしてもだからどうしたという質問だったが、それは文学史とは別の作家神話に過ぎない。カフカは世界的ではなかったにせよ無名ではなく、むしろ有名だった方だ。そこで
「そんなことはない」
 と否定するもここで森井御大と鯨とで押し問答になる。BARラジカル中に2人の怒号が反響し、緊張感で満ちたけれど、2人とも文学フリマ界隈きっての大人なので、埒があかぬと知れるや話題を一旦やめた。いつの間にかメインストリームの桜子さんと尖った感じの青年が入店していた。
 森井御大が商業誌を目指すのは、長年同人誌をやってきて嫌になったからと云う。それは同人誌が商業誌の下部組織でしかないことに我慢がならないからだ。そこで一度森井御大自身が新人賞などを取って名を上げてから文学フリマに戻ってくる。そして大塚英志が掲げていたように、既存の出版業界に並ぶ対等な市場として文学フリマを有力作家森井御大が活性化していく。つまり文学フリマ全体が文壇的なものと対立するものとして一致団結し、もう一つの文学の市場を樹立するために運動をしなければならないというものだった。不遇な時代が長くて御大も日和ったなと思った。
 とは言え森井御大が商業誌を目指すのは応援したい鯨であったが、またもや御大は「鯨も商業誌を目指せ」と言ってくる。まるで技量がなく努力もしないくせに名声だけは得たい我が儘な屑どものように。そこで
「もし商業をやるならまったく書くものを変えなければならないから嫌だ」
 と答えた。
 森井御大はそれに対し「商業もそれ以外も違わない」と言ってくる。
「そうは思いたいが、商売として見た場合、文学フリマに出てくるような本は商品として成り立たない」
 と鯨は反論する。ここでまたもや鯨と森井御大による「違わない」「違う」の押し問答が続く。さすがの鯨も頭に血がのぼってきて「森井さん、あなたはまさか自分の進もうとする道を歩むのが怖くて、同意を欲しがっているのですか」とか「商業もそれ以外も違わないというならあなたが商業誌でデビューしたいというのは文学のモンドセレクションを受けたいということだけですか」「あなたの作品は商品化すると単純につまらなくなるだけだ」と言おうと思って喉まで出かかったけれど止めにしておいたくらいである。
 ここで久保田が森井に同調して文学フリマが一致団結しなければと傾いたので、鯨は対案として、文学フリマに出ている作家は書く意志はあるが読解力も批評力も思考力もない、そんな作家達を文学フリマという枠組みでくくって一致団結させても意味がないと意見。商業誌に対立するための文学フリマにするのであればそれは商業誌、或いは久保田の言う「文壇」という実体のないモノ、によって文学フリマが未来永劫規定されることになる。それは対等なもう一つの市場と言えない、下部組織のまま。文学フリマがもう一つの市場となるためには個々のサークルが「文学フリマの~」という冠を廃して主体として「~が参加している文学フリマ」にならないとダメだ。そのためには個々の作家が森井さんみたいに商業誌で活動する道もあるし、或いは研究職で活動する道もあるし、痴漢で逮捕されても、即戦力として就活しても、政治活動に身を投じても良い、ただそういった色んな局面で活動をしている作家が文章という共通項だけで括られる場としての文学フリマに期待すべきであって、文学フリマの中身である従来の作家どもに期待してはならないということを述べた。だからこそ鯨は多様な人間の生き様のひとつとして森井さんが商業誌で書くことを応援したい、最後にそう付け加えた。
 そこでようやく森井御大と牟礼鯨の間で意見の一致というかなんとなくお互い納得しあえる公約数を見つけて話は一段落した。
 それからは久保田が次々発表している文芸同人誌に対する論文がアカデミックでもなく、一般読者向けでもないどっちつかずになっていることを指摘し、それに久保田が恩寵の時間やらインターネット以前やらとごちゃごちゃ言って、高村暦がメモをとりつつ散らかされた話を収束していき、暇になった牟礼鯨が森井御大と久保田の似顔絵を余白に描いて夜は更けていく。疲労感と浮遊感と、森井御大がBARラジカルのまんなかでタバコをくわえたまま浮遊し出した。そしてどんなもんだいと天井を紫煙で燻す。なるほどねと鯨もふうんわりと浮かび、頭を下にしてこぼさないように淹れたての珈琲を啜る。カウンターの向こう側でマスターが口をあんぐりとして宙に浮いている2人を見る。それを眺めていた高村暦も祈るようにして数センチだけ椅子から浮いた。久保田もかぶりを振って3人を見て「浮かなくちゃ」と思ったのだろう。椅子の上で踏ん張るがひねり出たものは屁だけだった。
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 そして23時半を過ぎると何事もなかったように4人は椅子の上に座っていた。ネットカフェに泊まる森井御大以外の3人は瞼をパチクリさせそれぞれの寝床へと戻っていく。美大3年生の喫茶店における美術論談義の域を超えないようなラジカル談義だったけれど、それぞれがなんとなく満足してその日を終えることができたのは幸いだったろう。でも本当に幸いだったのは順当に考えてBARラジカルのマスターであった。


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by suikageiju | 2013-06-12 20:28 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチ報告
 福岡市中央区天神にある通称「福岡赤煉瓦文化館」は旧日本生命九州支店社屋であり現在は福岡文学館として使われ、一階の常設展で花田清輝や中野秀人など福岡の文学史を来訪者に紹介している。その玄関には「文学する椅子」と題された木彫りが置かれ、背もたれ部には二羽の梟が彫られている。9日朝、鯨はその梟の彫刻に指で触れた。福岡ポエイチのマスコットも二羽の梟であることから
「ポエイチのマスコットは福岡文学館にある文学する椅子の梟に由来するのですか」
 と9日夕の交流会で福岡ポエイチ実行委員会の夏野雨さんに尋ねると
「え、そうなんですか?」
 という返答だった。
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 6月8日と9日に冷泉荘で開催された第2回福岡ポエイチに西瓜鯨油社は2日連続で参加した。8日9時に飛行機で福岡入りし、9日20時に離福するまで35時間福岡に滞在し、そのうち12時間と2時間を福岡ポエイチに捧げた。

6月8日
 中洲ぜんざいで氷を食べてから11時半過ぎに会場入りする。やがて正午12時に第2回の福岡ポエイチは開場した。前回と同じ冷泉荘での開催で、一部屋分だけ会場が広くなってサークル数も増えた。畳敷きの閲覧室に置かれた見本誌の冊数も増えて、今回は作者に向けて一言コメントを届けられる仕組みも新たに付け加えられた。工夫とその結果が目に見えて分かるイベントだ。
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 受付を屋外に置いたのは正解だったと思う。抜け道でぶらりと歩いてきた人が立ち寄れるからだ。また受付の隣にはぱん屋のぺったんさんが出店していた。食べ物で釣ろうとする姿勢も好ましい。前回と同じ和室に設けられた閲覧室は畳が敷かれて脚を伸ばせられる他、ソファーにも腰掛けられるので、鯨はポエイチ開催時間の大半をそこで過ごした。設計上の意図なのか単に離れているからなのかは分からぬが、閲覧室にいれば会場の喧騒も隣の教室から流れる英文復唱のように聴こえる。そこは福岡ポエイチで一番好きな場所、冷泉公園の次に。
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 14時からトルタが突如として30分間のパフォーマンス状態に入っていた。前回のイベント内パフォーマンス時のようなほぼ満員状態ではなかったけれど、本を勢いよく閉じたり他人の朗読に朗読を被せたりと起伏があり見世物として楽しめた。1日目だけでは前回よりお客さんの数は少なかったように思えたが二日に分散したと考えれば寧ろ増えたのかも知れない。
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 17時の閉会ののちにホテルにチェックインして仮眠をとった。1日目の交流会には参加しなかった。19時にホテルを出て楽天地通りにある居酒屋でモツ鍋をつつきながら48グループ総選挙を8位発表まで観る。それから西新駅に移動し、地下のベンチで久保田輝、高村暦と合流して歩いてBARラジカルへ向かった。カウンターに座り、ライダーのあんちゃんや西南学院大学読書会『十二会』の学生さんと広田弘毅やガルシア・マルケスの話題で盛り上がる。その後、ポエイチの交流会に参加したため遅れてやって来た森井御大と終電近くまで将棋席で飲んで語らった。森井御大の商業誌進出と久保田氏の見えにくい活動について、そして文学フリマの中身ではなく場に期待することについて。
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6月9日
 小雨の降る朝、中洲の川沿いの道を歩いているとスーパーメイト製のショッピングカートが衣類ハンガーのように打ち捨てられているのを見つけて拾った。本の入った段ボールを載せて、カートを押して中洲の街中を歩くとなかなか快適である。11時に会場入りする。帰りに他のサークルも荷物搬出で使うだろうと思い冷泉荘の前のカート置き場にカートを停めておいた。
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 2日目は降雨だったので受付は屋内に設けられた。前日とのこのような変調が鯨の肉体に心地よい波動を与える。ブースは売り子の高村暦女史にほとんど任せて、鯨は近くの博多長浜ラーメン風びで替え玉したり、四階の踊り場にある喫煙所から濡れそぼつ冷泉地区を眺めたりした。
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 2日目から無計画書房さんや大阪文庫さんや何故?さんなど文芸サークルが新しく出展している。中嶋葵さんのインタラクティブブックが面白くて2日続けて挑戦してしまった。そうは言っても福岡ポエイチは詩のイベントである。文芸サークルがコミティアで「マンガじゃないんですね」と訊かれるように、福岡ポエイチで文芸サークルは「詩じゃないんですね」と訊かれる。
ぼくは、言葉で敷き詰められている頁よりも余白の広がっている頁のほうが思いを感じるんです。そして伝わるんです。(とある休憩者)

 14時からはヤリタミサコさんのパフォーマンスがあった。詩人が朗読する際に詩句を、気違いじみたというか常軌を逸したように発音することがあって、もしくは非日常的なイントネーションで演奏することがあって、だからこそ詩巫、詩は霊的なものと繋がる手段なのかと夢想した、言葉で、手つきで。
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 また、福岡ポエトリー界隈の男性と反人間主義について話した。反人間主義の呑気なまでに人間的なところ、博愛精神に満ちた人間主義の反人間的なところについて。
 17時に閉会してから片付けたり搬出したりして45分頃に冷泉荘前に集合して移動、18時から川端商店街のまさかどで交流会が催された。隣のテーブルでは、6~7月に博多の随所ですれちがう法被姿の男たちが集まって飲んでいた。こんな光景は博多祇園山笠の本番まで見ることができるという。20時に東京へ向けて離陸する飛行機に乗らねばならない鯨はモツ鍋と串とキャベツを掻き込んで18時45分には離席した。福岡空港への移動中、冷泉荘の前にショッピングカートを置き忘れたこと、そして森井聖大ではない方の小柳日向女史に会えなかったことを悔いた。
 来年開催の福岡ポエイチにもまた参加したい。2日ではなく1日だけで。そして2014年は彼岸花が咲くころにでも大阪へ行きたい。
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by suikageiju | 2013-06-10 19:10 | 福岡 | Trackback | Comments(0)
カミーユ・クローデル
 芸術家である男と芸術家である女が男女の関係になったとき、どちらが潰れてしまうかについて、興味を示さない人などいない。高村光太郎と智恵子は女の方が心の病で仆れた。与謝野鉄幹と晶子については女に軍配が上がる。マックス・エルンストとドロテア・タニングをはじめとする女達は男が偉大すぎて、そしてオーギュスト・ロダンとカミーユ・クローデルについては女が心を病んで囚われた。

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パイオニアLDC


 この映画においてカミーユ・クローデル(Camille Claudel)を演じたイザベル・アジャーニ(Isabelle Yasmine Adjani)は若い頃にL’Histoire d’Adèle H(アデルの恋の物語)に出演し、そこでもこのカミーユ・クローデルと同じように精神病院に入れられた娘を演じている。どんなに病質的であったとしても女優としてのイザベルは美しい。顔のアップを映す画像がそれだけで一幅の絵になる。
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 映画でイザベルが演じたカミーユ・クローデルも美しい女だったとされている。下に写真がある。彼女ほどの美女を追い詰めて心を病ませて精神病院に幽閉できたのであれば、望んだ結果だったにせよ望まなかった結果だったにせよ、それは芸術家冥利に尽きると云えるだろう。しかもその女は、自分の考え方が面白いと思っているだけで傍目から見たらただの高慢ちきなつまらない女などではない、正真正銘に芸術家の女である。きっと、できることなら、彼女の人生を台無しにしてやりたいと、男なら思うはずだ。芸術家ならずとも。
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 オーギュスト・ロダン(François-Auguste-René Rodin)の作品は美術の教科書などでも良く見ることができる。彫刻作品といえば誰もが知っているだろう「考える人」はロダン、「カレーの市民」もロダンだ。だがカミーユの作品を知る人はロダンの作品を知る人よりも少ない。カミーユの彫刻作品よりもカミーユ・クローデルと云う人物の方に世間の関心は集まっているようだ。彫刻家オーギュスト・ロダンに全てを捧げて全てを失った女として、そしてあの『火刑台上のジャンヌ・ダルク』を著わしたポール・クローデルの姉であり女神として。
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 実際のところはどうだか知らないけれど、この映画ではオーギュスト・ロダンは彫刻家というより寧ろ彫刻技師として描かれている。情熱と苦悩によって創作を燃やしたりはしない理性の人として、そして若い娘との恋愛で長年寄り沿った古女房を捨てきれない一般人として描かれている。情熱と苦悩によって創作とその身を焦がしたカミーユと描かれ方は対照的だ。もちろん芸術のほとんどの部分を占めるのは技術的な側面であり、心が占める部分は小さいのだろう。もし芸術作品を世間から広く受け入れられるために造るなら、インスピレーションに頼らずにどんな芸術が他人を感動させうるかのデータを蓄積して解析して「設計するように」造るデータ創作が必要になる。逆にカミーユのようにインスピレーションに頼る創作姿勢は疎い世間がその作品に気付くのが遅れ、その間に脳を酷使して精神病院行きの片道切符を手にするようなものだ。
 ただロダンがカミーユに憧れ、そして嫉妬したように、データ創作には既に創作された作品を超えられないという限界があって、その限界をインスピレーション創作は簡単に突破してしまう。ロダンにとってその限界はミケランジェロだった。神を外部に置いて神をデータ化すれば神には近づけるが、神になれない。こうとも言える、ロダンが見る世界をすでにカミーユは知っていたが、カミーユが見ていた世界をロダンは知ることはできなかった。
 結局のところロダンは芸術的権力と芸術的金力を獲得はしたが、カミーユは芸術的個性をかっ攫って精神病院へ逃げ込んだ。人間世界にはそれで良かった。
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by suikageiju | 2013-06-04 07:47 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
第2回福岡ポエイチ
 2013年6月8日(土)と9日(日)に福岡県福岡市博多区の冷泉荘で開催される第2回福岡ポエイチに西瓜鯨油社は両日参加する。去年の福岡ポエイチから約1年たち、その間に大阪文学フリマが開催され「西日本における創作文芸」の動向に注目が集まりつつある中での第2回福岡ポエイチ開催だ。
 文芸とは悔しいまでに場の芸術なのだろう。どこでそのテクストを入手したか、どこでそのテクストを読んだか、そのような読み手による場の選定が文芸の価値の多半を決定する。
 大阪は関西、北陸、東海、山陽といった地方を結ぶ交通の要衝である。なにしろ江戸時代、大阪には堂島米会所があったことからもわかるようにこの商都は日本列島における穀物集積地であり商業の中心地だった。一方で、福岡・博多のある玄界灘沿岸には古来より大和朝廷の出先機関が設けられて、そこは九州全土はもちろん山陽地方・朝鮮半島を結ぶ交通と交易の要衝である。東京や大阪に並ぶ「文学首都」として福岡・博多の立地は申し分ない。また東中洲(現・中洲)の西大橋袂にあった喫茶店ブラジレイロには原田種夫や夢野久作、武田麟太郎、北原白秋といった九州や九州文学にゆかりのある文学者が通ったという。その上、東京に吉原・歌舞伎町があり大阪に飛田新地等があるように、福岡・博多の境界には中洲がある。おまけに福岡ポエイチの会場・冷泉荘は中洲に近く福岡大空襲で甚大な被害に遭った冷泉地区のただ中だ。文芸イベントとしての土地柄と霊力の提供は充分である。あとは福岡ポエイチに腕利きの作家が集えば良いだけだ。既に有している天地の力に人の力さえ合わされば福岡ポエイチは福岡・博多を「文学首都」たらしめるだろう。
 あなたは第2回福岡ポエイチでその現象の目撃者になれるかもしれなかったのにな。
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【配置場所】
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【頒布物】
・『昔鯨類』(58頁)、牟礼鯨、新刊
 詩歌でもなく、物語でもなく、反吐の出る言葉を束ねた本。
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・『オルカ』(108頁)、牟礼鯨、九州初
 孤独な惑星における最後の少女、オルカ。彼女を守るは三百の去勢旅団。性交を望むは三億の残存人類。謎かけに答えられれば性交。答えられなければ無惨な死。欺き合い騙し合い殺し合いながら、男たちは誇り高き戦死を遂げる、人類史を明日へと繋ぐため。
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 内容に関連は全くないのに装幀がどことなく似ている『匣と匠と匣の部屋』(高村暦、rg)との鯨暦譜企画あり。
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・『flugas filozof'』(賢者は飛ぶ、128頁)、牟礼鯨
 9篇の卑猥短篇集。かつて、ミソジニー中毒文学と呼ばれたジャンルに属する詩的短篇群。
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・『文学フリマ非公式ガイドブック』第二版と第三版、委託
 第一版を第十四回文学フリマで146部売り上げ、総入替された第二版は第十五回文学フリマで157部売り上げた非公式ガイドブック。その第二版とまた全て入替えた第三版。7人の編集委員が文学フリマで売られているおもしろい創作文芸誌を真剣に選出した素人と玄人のための創作文芸えらび指南書。



【備考】
・とりあえず「西瓜鯨油社宣言」をお読み下さい。
・「西瓜鯨油社」は「すいかげいゆしゃ」、「牟礼鯨」は「むれ くじら」と読みます。
・事前に質問などがございましたら「murekujira◎gmail.com」(◎→@)やコメントまで。
・小便もしくは尿意に対する強迫観念があるのでよくトイレに行きます。鯨不在の場合は売子の高村暦を牟礼鯨だと思ってください。もしくはAmazon Kindleストアでショッピングして待っていて下さい。
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by suikageiju | 2013-06-03 19:51 | 福岡 | Trackback | Comments(1)
駒込の東洋文庫
 東洋文庫と云えば、中国・朝鮮・インド・アラブ・トルコなど東洋諸言語の古典を文庫本として刊行している平凡社東洋文庫が有名である。実は文京区駒込駅近く六義園の南にも同じ名の東洋文庫がある。こちらの東洋文庫は三菱財閥の三代目総帥岩崎久彌が中華民国顧問ジョージ・アーネスト・モリソンの蔵書を買い取ったことを端緒とする世界的な東洋学専門図書館そして東洋学の研究機関であり、現在では東洋学関連の貴重書を主な展示物とする博物館でもある。
 牟礼鯨は大学時代2006年頃に故・佐藤次高教授に紹介状を書いてもらって駒込の東洋文庫の閲覧室に入り浸っていたことがある。その当時の東洋文庫は昭和の匂いを感じさせる古めかしい建物で、夏に行けば閲覧室の窓ガラスが開け放たれており、近くの昭和小学校の校庭から聴こえてくる児童の嬌声に苛々しながら史書の頁を繰っていたのが思い出される。ぼんやりと天井を見つめ「大学生でなくなったら通い詰めたいところだな」とも考えていた。その時点で東洋文庫はまだ国会図書館支部であったけれど、最近になって公益財団法人として独立し、建替えが行われて小綺麗なミュージアムになった。
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 まず多言語で来客を歓迎するエントランスからミュージアムに入ると右手にムセイオンの泉と称する水たまりがある。ミュージアムショップを過ぎると民族衣装を着た美女が出迎えてくれる。第一印象は「シンガポール航空の制服みたいだな」だったけれど実際はラオスの民族衣装とのこと。(参照:MAブログ)右手の扉から鮮やかな緑色に輝く中庭を囲む廻廊を進むと小岩井農場が経営するオリエント・カフェがある。きっと駒込マダムの溜まり場なのだろう。
当時、三菱社は、彌太郎の死後、実弟の岩崎彌之助が第2代社長に就いていました。小野義眞は、早速、井上と彌之助を引き合わせます。国家公共のため、荒地に農場を拓きたいという井上の高邁な願いに感銘を受けた彌之助は、その場で出資を快諾したといいます。こうして、1891年(明治24年)1月1日、井上が場主となり小岩井農場が開設されました。小岩井という名前は、小野、岩崎、井上、3人の名字から1字ずつ取って作られたものです。小岩井農場の歴史

 また廻廊にまわらずに受付でミュージアムのチケットを買えば展示室に入ることができる。ちなみに友の会会員になれば会員証がフリーパスポートのようになって無料で展示室に入場できる。一階のオリエント・ホールにはクボタ・アキラ氏のチェンバロが置かれており、階段をのぼればモリソン書庫がある。そこでは椅子に腰掛ければ見渡す限りの本に取り囲まれる楽しみを味わえる。ビブリオマニアにはたまらない趣向で、その椅子と書棚の配置で新しい東洋文庫が好きになった。また、岩崎文庫とディスカバリーホールを結ぶ回顧の路には視覚的断崖が設けられていて、これについては来場者に吊り橋効果を与えてデートスポットにしようと目論む東洋文庫の意図が伺えたけれど、そもそもカップルでこの東洋文庫をおとなう人がいるのかどうかは疑問符だ。また三階には閲覧室があり身分証明書を提示できれば入場できて東洋学の研究にいそしむことができる。
 今は企画展マリーアントワネットと東洋の貴婦人~キリスト教文化をつうじた東西の出会い~を開催している他、民族衣装を身にまとったMAさんによるガイドツアーやチェンバロの演奏もある。また次の展示はマルコ・ポーロとシルクロード世界遺産の旅-西洋生まれの東洋学-とのこと。東洋文庫は東洋学研究の場だけではなく、生活者の無聊を慰める場所となるだろう。
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by suikageiju | 2013-06-02 09:55 | 雑記 | Trackback | Comments(0)